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第十四話 『元凶の末路』

 



 校内に授業終了のチャイムが鳴り響き、私は教室を出てスマホを取り出した。

 メッセージアプリを開いて、真っ黒なアイコンのアカウントをタップ。


 《今から向かいます》


 入力して送信。すると、間違いなく画面を開いて待機していたことがわかる早さで既読がついた。

 それからメッセージを送信した相手は、


 《待ってます! 愛しの御方‼︎》


 と返信してきた。

 相変わらず不愉快なほどに『刎ね子』に対する愛が強い。


 出会って間もないにもかかわらず、何をするにも私を尊重してくる。

 ダメだとは言わないが、少しは自重してほしい。愛が強い相手の対応は疲れる。


「さて」


 すれ違う生徒に適当に挨拶をしながら、私は羅奈に会うために埼玉県北本市に向かった。




 ◾️◾️◾️




 陽が落ち、辺りが暗くなる頃に北本市に到着した。


 指定した場所は人気のない公園だ。

 公園というには今にも壊れそうなシーソーが一つあるだけの質素な空き地という感じだけれど。


 防犯カメラがないことも事前に確認済みだ。

 これで羅奈がこの先犯人だと疑われることになっても、私と関係があると足がつく可能性を下げられる。


「お待ちしてましたー!」


 三段しかない階段を上がると、壊れそうなブランコに座っていた羅奈が私に手を振ってきた。

 手を振りかえすことはなく、私は羅奈の前まで行った。


「いつからそこに?」


「二時間前?」


 呆れた。

 どれだけ私のことが好きなのか。


「まずは、今日の段取りを整理しておきましょうか」


 今回の目的は羅奈の実の父親、新名篤也の殺害だ。

 彼女を縛る最大の要因を排除し、『刎ね子』の駒として自由に使えるようにする。


「一週間前に警察官を殺しました。その時、首は刎ねませんでした。何故かは覚えていますか?」


「覚えてます覚えてます! 警察を騙せたらいいなくらいで、首を刎ねなかったんですよね!」


 羅奈の回答に私は首肯した。


『刎ね子』の十人目の殺害対象に警察官を選んだ。

 羅奈の言う通り、首を刎ねないことで『刎ね子』による殺人ではなく別の殺人犯の犯行ではないか、と捜査を撹乱できれば儲け物程度の犯行だった。


 けれど、今回は違う。


「十一人目の殺害対象、あなたの父親である新名篤也は儲け物くらいではダメです。確実に、警察には他殺ではなく自殺だと信じ込ませなければいけません」


「どうしてですか?」


「羅奈が疑われて監視の目がつくからです。最悪、逮捕される可能性もあります」


「ええっ!?」


 お手本のような驚き方をする羅奈を見て私はため息をついた。

 この子は危機感がなさすぎる。


 血の繋がった父親が死ねば、当然娘である羅奈が疑われる。それが他殺であれ自殺であれ同じこと。

 ましてや羅奈の場合、父親に現在まで長い間虐待されてきた事実がある。自殺に偽装して上手くいったとしても疑われるのは避けられない。

 だから、警察官を殺した時のように『刎ね子』による殺人ではないと思ってくれたらいい程度ではダメなのだ。


 羅奈が疑われれば私が道具として使う道が消える。

 過去三回手際よく動いてくれた彼女を知っていると、尚更使えなくなるのは痛手だ。


 それに羅奈が父親を殺した犯人だと疑われ、その線で捜査されれば警察は私に確実に近づく。

 最悪、正体がバレて逮捕される結末を招く。

 何としてでも、羅奈の父親殺害は自殺として完璧に偽装しなければ。


「では行きましょうか」


「はい‼︎」


 新名篤也を殺すために、私たちは当人が現れるのを待った。




 ◾️◾️◾️




「良かったよねぇちゃん」


「ふふ、ありがと。また来てね」


 男は野卑た笑みを浮かべて、豊満な胸の風俗嬢にそう言った。


 男は親戚が倒れたと会社に嘘をついて有給を取った。

 会社での男の立場は高く、今日の仕事内容は男が欠ければ回らなくなる。

 男はそれをわかった上で敢えて有給を取ったのだ。


 目的は女遊び。

 職場では馬鹿な部下の相手をして、自宅に帰れば能無し女に押し付けられた見たくもない子供の顔を見るハメになる。

 会社で下手に鬱憤を晴らせばクビになる。故に会社では善人を演じて、家に帰って子供を痛ぶり、ストレスを発散している。


 だが、足りない。溜まったストレスを吐き出しきれない。

 そして溜まるのは何もストレスだけではない。

 度重なる多忙な労働のせいで性欲を発散する機会も極端に減っていた。

 溜まりに溜まったモノを放出したい。だから、嘘をついてまで東京の風俗まで来た。


 仕事は金を稼ぐための手段にすぎない。

 自分が休んだせいで同僚が大変な思いをしようと関係ない。

 人生、楽をしてこそだと男は考えている。

 他者が苦しむ結果になったとしても、男は自分にとって楽できる現実が生まれればそれでいいのだ。


「邪魔くせえな」


 改札機でもたつく男子小学生に聞こえるように言ってから、男はわざとぶつかって先に改札機を通った。


 ちょうど到着した電車に乗り込み、空いてる座席の真ん中にどかっと腰掛ける。

 そこから二時間ほど揺られて、埼玉県北本市まで戻ってきた。


「くせぇ町だなここは」


 幼少期から生まれ育った埼玉県北本市。

 田舎臭いこの場所を男は嫌っていた。だが、離れようにも離れられなかった。


 全ては、能無し女に押し付けられた子供がいるせいで。


「いっそ殺しちまうか」


 子供を殺せば、長年の枷から解放される。

 枷が消えればどれほど楽か。


「殺して見つかったら、枷どころじゃあねぇか」


 昔から一度たりとも実の娘を──羅奈を愛したことはない。

 能無し女の元妻の汚れた血が濃いせいで自分には全く似ていない。ろくに懐きもしなかった。


 顔を見るだけで吐き気がした。

 何度殺してしまおうかと思ったか。

 とはいえ、殺せば暴行によるストレス発散ができなくなる。

 殺そうとして、捕まったら人生が詰むと考えて、いつも殺さずに終わる。

 そんな日々の繰り返しだ。


「電気ぐらいつけとけよ」


 駅から歩くこと二十分。

 電気のついていない真っ暗な自宅に帰ってきた。


 玄関の扉を乱暴に開けて家の中に入った。


「おいガキ! いんだろ!」


 大声で男は羅奈を呼んだ。

 すると彼女は、リビングから静かに姿を現した。


 その姿を見て、腹が立った。


「きめぇ態度とりやがって!」


「……ゃ!」


 羅奈の頭頂部を力強く掴み、リビングまで引っ張って投げ飛ばした。

 蹲る羅奈の前まで重たい足音を響かせて歩いていき、男は腹部を蹴り始めた。


「いつもいつも! おれが! わりぃ! みてぇに! よぉ!!」


「うっ、ぐ! ぁ! ぅ……」


 男は何度も何度も蹴り続けて、最後に羅奈の顔面を蹴ってから罵声を浴びせた。


「死ね!」


 吐き捨てるように言った後男はリビングを出た。それから冷蔵庫のある台所へ。

 冷蔵庫の扉を勢いよく開け放ち、中に並ぶ数十本のビール缶から四本を両手に取った。


 キッチンを出て男は玄関前の階段を上がる。

 正面と左手側にある二部屋のうち、男は正面の自室の扉を蹴り開けて中に入り右肩で扉を閉めた。


 男は自室の畳にどっかりと腰を下ろすと、持ってきた四本のビール缶をこたつ用の机に置いた。一本目の缶を手に取ってそれを一気飲みした。


「ぶはっ。あぁ、うぜぇ」


 自分を見て怯える娘の顔を思い出して男は苛立ちを吐露した。

 今度は二本目の缶を手に取って再び一気飲み。


 酒は男の好物だ。

 ストレスが溜まった時は酒を飲み、気分を高揚させて精神にかかる負荷を落ち着かせている。飲んでも落ち着かない時は羅奈を痛めつけ、また酒を飲む。

 酒を飲んでから眠りにつくのが男の日常だった。


「明日五時起きかよ」


 明日は出張の予定で山梨まで行かなければいけない。

 そのことに腹を立てながらも、今日仕事をサボった分は仕方ないと割り切った。


「────」


 三十二型のテレビの電源を入れて、ザッピングしながら適当に番組を見た。


 テレビを見始めてから徐々に男を睡魔が襲う。

 そして、ちょうど一時間が経過した頃。


「かぁぁぁぁぁぁ……」


 大きなイビキをかいて眠っていた。


「────」


 電気がつけっぱなしの畳部屋は、テレビから流れる報道番組の音声と男のイビキが響き渡っている。

 ビール缶は散乱し、大の字に涎を垂らしながら男は眠っている。


 変化は、突然訪れた。


「あがっ、あぁぁぐぁ!?!?!?」


 眠っていたはずの男は、目を覚まして苦痛に喘いだ。

 突然起こった理解できない事象に視線を巡らせ、自分の身に何が起こったのかを確かめようとした。

 だが、酒で正常な状態でないことに加え、視界が明滅していて何も情報を得られなかった。


「ふぬっっ!? がぁ、はっ!!!!」


 次第に、男の意識は遠のいていく。

 口からは泡を拭き、全身は痙攣を始めた。

 明滅していた視界も段々と暗くなっていった。


 そして──、


「ふ……。──。────。────────。」


 男は──新名篤也は、死んだ。




 ◾️◾️◾️




 縄から手を離して、新名篤也を見下ろす。


「あなたの娘さん、大事に使わせてもらいますね」


 冷えた視線で死体を見つめながら私はそう言った。


 汚れた黒のビニル手袋を外して、空いた手で服の裾にしまっていたジップロックを取り出しその中に入れた。


 屋内での殺人は今回が初めてだ。

 今まで外でやっていたため、天候を利用した殺人が可能だった。しかし、今回はその手は使えない。


 他殺ではなく自殺偽装なこともあり、後処理はこれまで以上に徹底する必要がある。

 指紋を残さないために手袋をするのは言わずもがな。

 衣服についた髪の毛や足跡など、証拠になり得る可能性の全てを対策するのに私は工場で扱われる全身白の作業服を着用している。


「問題はここからですね」


 ひとまず殺すことはできた。

 問題はどう自殺に偽装するか。


 下調べに新名篤也がいない時に二回この家にはきている。

 その際、殺害場所はどこか考えた時、本人の部屋が最適であると判断した。


 新名篤也は無類の酒好きで、他の部屋にいることはほとんどないと羅奈から聞いていた。

 実際、ビール缶を持って自室に入って酒を飲んでいた。移動の手間も考えれば、新名篤也を寝室で殺すのが偽装の手間も半減する。


 偽装に用いる自殺方法は首吊り自殺と決めてあり、死体を吊るす場所も既に決めてある。

 焼身自殺や一酸化炭素による自殺の方法も考えたが、どちらも他殺の線での捜査に持っていかれる可能性が高い。

 対して首吊り自殺は自殺によく用いられる方法だ。偽装するとなれば首吊り自殺一択だった。


 吊るす場所については二つある。

 一つはベランダの柵。

 一目につき、早期発見される可能性が高いが私が楽に吊るせる。

 二つ目は室内の隅に設置された懸垂器具だ。

 けれど、懸垂器具に吊るすには死体を持ち上げるだけの力を要する。あまり現実的とはいえない。


 私一人なら。


「は、『刎ね子』様? 終わりました?」


 恐る恐る部屋を覗く全身白い服の少女が、私に声をかけてきた。羅奈だ。

 玄関先に隠しておいた私の着用している作業服と同じモノを着用している。


 女子二人で力量は心許ないものの、時間をかければうまく事を遂行できる。


「はい。問題なく。偽装するのを手伝ってくれませんか?」


「──っ! 喜んでー!」


 私と羅奈は自殺偽装を始めた。




 ◾️◾️◾️




 自殺偽装と証拠隠滅の両方を終えるのに二時間を要した。


「ざまぁみろ」


 懸垂器具に吊るされた実の父親の死体を見ながら、羅奈は激しい憎悪を全身から剥き出しにして悪罵した。

 私は視線を羅奈から新名篤也に移した。


 長年、羅奈を苦しめた元凶。

 彼女の話を聞いた時、救いようのないほどのクズだと感じた。こんな人間がなぜ平然と生きていられるのかと。

 世の中は不条理に溢れているというが、新名親子を表現するならその言葉が相応しい。


「羅奈」


「はい?」


「──お疲れ様でした」


 新名篤也から視線を外して、私は羅奈に再び向き直り労いの言葉を口にした。

 理想を演じる私の上部だけの言葉じゃない。


 本心から、私は羅奈を労った。


「……ぇ」


 ぽっかりと口を開けて、羅奈は驚いた表情のまま固まった。

 その状態から数秒後。


「うっ、ぅぅ……」


 嗚咽し、涙を流し始めた。


 殺人によって幸福が生まれたとしても、決して肯定されることはない。

 だとしても、殺人にしか幸福に至る道がないとしたら。


 世界の全ての人々がが否定しようと、私は殺人によって生まれた幸福を肯定する。


 ──『刎ね子』である私にしかできないことだ。


「泣いているところ申し訳ないのですが、本番は今日この瞬間をもって始まります。理解してますか?」


「は、はぃ、はい、は……」


 しっかり聞こえているのか不安になる回答だけど。

 聞いている前提で話を続けた。


「通報が入り次第、羅奈の下に警察が事情聴取に来るでしょう。それから、すぐに施設での生活が始まります。私があなたを道具として使うのは警察の監視の目が外れてから。大丈夫ですか?」


「わ、わ、わかり、ました……」


 涙声で応じる羅奈に私は嘆息した。

 私は視線を羅奈から窓の外へ向けた。


 これで、十一人目。

 人を殺すことへの抵抗も罪悪感も、既にない。

 あるのはただただ、首を刎ねたことで得られる快感への期待だけ。


 もう少しで羅奈を十全に扱えるようになる。

 そうすれば、私は負担を減らして殺人を続けられる。

 求められる理想を演じることで生まれるストレスを、殺人で、首を刎ねて発散する目的を果たし続けることができる。


「ふふ」


 酷薄に口を歪めて、私は嗤った。

 あぁ、私はとっくに狂気に染まりきっていたんだ。

 初めから常道を歩ませてもらえなかったけれど、まさかこんな結果になるとは思いもしなかった。


 なんて、素敵なんだろう。

 動物を殺した時点で私の欲求は止められない。

 外れた道を歩き出した以上、引き返すことはできない。

 毛頭、引き返すつもりはないが。


 私は──『刎ね子』として生きて、死ぬのだ。






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