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第33話 傀儡

※注:暴力描写及びお食事中の方ごめんなさい、な箇所があります。ご注意ください。

 臨時休業で広小路には誰もいなかったため、人的被害が皆無なのは幸いだった。

「って安心してねぇでそいつを身ぐるみ剥げ」

 すかさず甚吾郎は勇次と竜弥に命じた。

「えっ、ここで?」

「いいからとっととやれ」

 言われた通り、ふたりはミサゴの着物を匕首で切り裂きながらすべて剥ぎ取った。

「え⁉ なにこれ、()っわ!」

 切り裂かれた毛皮の腰巻と着物を見て竜弥が叫んだ。勇次も目を丸くし絶句する。ミサゴの着物には無数の隠し武器がびっしりと仕込まれていたのだ。サンカは忍者の末裔とも言われている。忍びの道具を装備していたとしても不思議はない。

 ふたりが度肝を抜かれている背後で、甚吾郎はいたって冷静な口調で続けた。

(ふんどし)も取れ。ケツの穴まで調べろ」

 うげぇと嫌々ながらもふたりが全身くまなく調べる。耳鼻の穴、裏、髪の中に至るまで、ほかに武器は隠し持っていないと確認したところで、ようやくミサゴを邑咲屋へと連れていくことができた。


 途中、甚吾郎が腰を抜かしていたお亮を抱き上げた。

「ばかやろ、無茶しやがって。こんなことのためにおめぇにリボルバー預けたんじゃねぇんだぞ」

「ごめんね、甚さん、ありがと……」

 お亮が潤んだ瞳でぎゅっと甚吾郎の首に抱きつく。顔面雪崩状態の甚吾郎を見た勇次と竜弥は笑いをこらえるのに必死だった。




 3人がミサゴを連れて邑咲屋に戻ってきた。一旦ミサゴを全裸のまま仕置き部屋に閉じ込める。ここには(ひぐらし)も閉じ込められていたが、ミサゴを鎖で柱に括りつけておけば危険はないだろうとの判断だ。

 その足で台所に行くと喬史郎はりんに傷の手当てをされていた。お亮の計らいで、一時的にりんを行燈(あんどん)部屋から出したのだ。

「あ、皆さん、御無事で」

 上半身を(あら)わにした喬史郎が顔を上げる。思いのほか元気そうだ。出血量のわりに傷は浅く済んだようである。


 手当てが終わり、りんが席を外したところに今度は勇次が腰を下ろした。竜弥が髪結い道具を取りに行っている間に事の経緯を訊ねる。

「ミサゴはなんであんたを襲ったんだ?」

 だが喬史郎は首を傾げるばかりだ。

「わかりません。まったく心当たりがないのです」

「だってミサゴはあんたを助けてくれた、いわば命の恩人だろ? その人がなんであんたを襲ったりするんだ?」

「私も何が何だかさっぱり……」

 喬史郎は額に手を当て顔を振った。このままでは(らち)が明かない。お亮と甚吾郎も頭を抱えている。と、そこへ竜弥がバタバタと騒がしい足音を立ててやってきた。

「おい、勇次。りんがちょっと……」

「りんがどした?」

 りんと聞いては心中穏やかでいられない勇次である。中座して竜弥のあとをついていった。




 その場に残った甚吾郎が喬史郎を見る。

「つかぬことを訊くが、あんた、空蝉とかいう女郎の馴染みなんだって?」

「あ……はい。邑咲屋さんにはいつもお世話になってます」

「そうかい、いつも……」

 甚吾郎は懐手し、抑揚のない声色でゆっくりと呟いた。その顔からは感情が読み取れない。喬史郎は彼の心情を測りかね、お亮に助けを求めるような視線を投げた。

「ちょいと甚さん、うちの女郎にケチつけないどくれよ」

 お亮が柳眉を歪める。以前甚吾郎が空蝉を疑ったことを思い出したのだ。

「ケチなんかつけてねぇよ。ただちょいと気になっただけさ」

「なにがだい?」

 ひとつ間を置いて、甚吾郎はふたたび喬史郎を向いた。

「あの女郎、妙なところなかったかい?」

「妙なところ?」

 首を傾げる喬史郎に代わり、お亮が声を上げる。

「甚さん、まさか空蝉が黒い遊神に操られてるんじゃないかって(かん)ってるのかい?」

 愛娘を亡くしたばかりの空蝉は心を病んでいる。しかも遊女仲間からは疎まれ、孤立しているのだ。寂しさを抱えた心の闇につけ入られてもおかしくはない。

 だが、甚吾郎は首を横に振った。

「いや、その逆だ」

「逆、とは?」

 今度は喬史郎が訊き返す。甚吾郎は彼の目をじっと見据えた。

「あんた、空蝉に操られてないか?」

「……!」

 喬史郎もお亮も一瞬声を失った。甚吾郎が言わんとしていること、それは空蝉が黒い遊神なのではないか、ということに相違あるまい。

「そんなことはありません!」

 声を荒げたのは喬史郎だった。甚吾郎が驚きの目を見開く。ようやく感情を見せた彼を見て、喬史郎ははっと我に返った。

「す、すみません。大きな声を出してしまって。でも本当にそんなことはなくて……」

 だが甚吾郎は責めるでもなく、微かに笑みを浮かべた。

「女郎を信じてくれてありがとよ。女郎ってなぁよ、客とは(かり)()めの間柄でよ、金でつながってるだけだから本気で愛されてねぇって知ってるのさ。それで寂しい思いばっかしてんだよな。だから、あんたみてぇな情け深ぇ客がいるとホッとするぜ」

「甚さん、喬史郎さんも遊女屋の息子なんだからそれくらい言われなくてもわかってるさ」

 ねぇ、とお亮が喬史郎に微笑む。喬史郎もはにかんだようにうつむいた。彼を映す甚吾郎の眸は、その奥に何かを穿つような光を潜ませていた。




 その頃、勇次と竜弥はりんの元へと向かっていた。見ると、廊下の奥でりんが仕置き部屋の前に立っている。

「どした、りん?」

 りんはひどく慌てている様子だ。何を訴えたいのか慎重にその表情と動作を読み取る。すると勇次はあることに気づいた。廊下にミサゴの血が転々と垂れていたのだ。血は仕置き部屋へと続き、そこで途切れている。彼女はその血と仕置き部屋を交互に指差していた。

 勇次は、なるほど、と察した。仕置き部屋の中に怪我人がいると知り、手当てをしたいと訴えているのであろう。

「駄目だ。近づいたら何されるかわかんねぇんだぞ」

 今のミサゴは手負いとはいえ危険極まりない。捕らえられたことで気が立っているだろう。勇次は戸板の前に立ちはだかり、りんの行く手を遮った。

 それでもりんは簡単に引き下がらない。怪我人を救いたいという使命が彼女を突き動かしているに違いない。それは勇次にもわかった。しかし彼女を危険にさらすことはどうしてもできないのだ。

 りんの瞳をじっと見つめる。彼女は純粋無垢な瞳で見つめ返してきた。その確固たる信念からは引き下がる気配が微塵も感じられない。

「なぁ、勇次。俺からも頼むよ。りんにミサゴさんの手当てさせてやってくんねぇかな? あれでもミサゴさんは俺の命の恩人でもあるんだ」

「……」

「勇次、頼む。ミサゴさんが妙な真似しねぇように俺が見張ってるから。いざとなりゃ俺もりんを守るし。絶対守る。お天道様に誓って守る。だから、な?」

 勇次はりんから目を離さず、竜弥の言葉に耳を傾けていた。りんの必死な眼差しが胸に突き刺さる。

 やがて、ふーっと息を吐き、竜弥の髪結い道具から結紐を一本取り出した。髪を無造作に束ね、きゅっと結ぶ。

「りんに何かあったらただじゃおかねぇからな」

「おうっ、遊女(よな)(がわ)でも伊佐沼でもどこでも沈めてくれ」

 ぱぁっと明るくなった竜弥の表情を見て、りんも願いが通じたことを悟ったようだ。表情を明るくし、何度も勇次に頭を下げた。


 そのときである。仕置き部屋からなにやらうめき声のようなものが聞こえてきた。それと同時にドンッドンッと激しい物音が響いている。勇次と竜弥に緊張が走った。蜩に危険が迫っているのだろうか。勇次は竜弥にりんから離れないよう指示し、慎重に仕置き部屋の錠前を外した。

「蜩、どうした!」

 ところが、戸板を開けた勇次の目に飛び込んできたのは、想像だにしていなかった光景だった。

「……!」

 それを見た竜弥も一瞬言葉を失くした。が、りんを守ることは忘れない。咄嗟に袖でりんの顔を覆い、それを見せないようにした。

 彼らが見た光景、それは蜩が自分の帯を解き、ミサゴの首を締め上げていた姿だった。ミサゴは手拭いで猿轡状態だったため助けを呼べなかったのだ。

「蜩、なにやってんだ! やめろ!」

 勇次が蜩に飛びつく。痩せた体を抱え、棒きれのように細い手首を掴んだが、しかし彼女を止めることは容易ではなかった。この細い身体のどこにこんな力があるのかと思うほど、彼女の力は強力だったのだ。朱座の男衆屈指の腕っぷしを誇る勇次の力をもってしても簡単には止められないほどの怪力。昨日剃刀(かみそり)を振り回していたときよりもさらに力が増している。まるで別人のようだ。誰かに操られているとしか思えない。

 ——黒い遊神か!

 やはり蜩は黒い遊神に操られていたのだろうか。ならばヤツはどこにいる? この邑咲屋の中か。いや、今はそんなことを考えている暇はない。蜩の帯はギリギリとミサゴの首を締め上げてゆく。ミサゴは口から泡を吹き、白目を剥いていた。まさに落ちる寸前だ。

 ——くそっ、しょうがねぇ。

 背に腹は代えられない。意を決して蜩の細い腕を握り直す。

「蜩、すまねぇ」

 ぼきっ……! 渾身の力で蜩の腕をへし折った。

「ぎゃああああああ!」

 断末魔のような悲鳴を上げ、蜩はばったりと倒れ込み、そして気を失った。

「ミサゴ、大丈夫か!」

 勇次は真っ先にミサゴの身を案じた。彼に死なれては事の真相が闇に葬られてしまう。だがそれより何より彼は竜弥の命の恩人だ。やはりここで死なせるわけにはいかない。

 必死でミサゴの頬を何度か叩くと、やがてミサゴは息を吹き返したかのようにひゅーっと呼吸を取り戻した。

()っぶねぇ……」

 勇次も安堵の息を大きく吐き出し、敷板に手を着いた。

「竜弥、手拭い貸せ」

 怪訝に首を傾げながら竜弥が手拭いを懐から取り出し、勇次に渡す。勇次はそれをミサゴの股間に通し、両端を腰骨あたりで結んだ。さながら即席の褌である。

「あーっ! 勇次、てめ、何しやがる! 俺のかわいい手拭いちゃんがー!」

 竜弥が涙目でぎゃあぎゃあわめき散らす。蜩の折れた腕に巻いてやるのかと思いきや、まさかの褌代わりとは……。

「うっせ。俺の手拭いだってこいつのよだれでぐちょぐちょだ」

 勇次は竜弥の頬をむぎゅっとつまみ、りんを見た。りんが手当てをする際、目のやり場に困らないようにとの気遣いなのである。




「どうしたんだい、勇次?」

 蜩の悲鳴を聞きつけたお亮が、甚吾郎とともに駆けつける。仕置き部屋を覗いたふたりは、あまりの惨劇に一瞬面食らった。

「こりゃあ……、いってぇなにがあったんだ?」

 甚吾郎の問いには勇次がかくかくしかじかと説明した。その間に竜弥が添え木を取ってくる。竜弥が戻ってくるまでの間、りんはミサゴの傷の手当てを始めていた。

「黒い遊神の仕業と見てまず間違いねぇな」

 状況を(かんが)み、甚吾郎が断じる。口封じとしか思えない。ミサゴに生きていられては何か不都合なことがあるのだろう。

 頷きながら勇次はミサゴの()の奥を見た。そこには生への執着が残っていた。

「抵抗したってこたぁ、まだ死にたかねぇってこったな」

 言いながら慎重に猿轡にしていた手拭いを解いてやる。甚吾郎は懐からリボルバーを取り出し、銃口をミサゴの頭に突きつけようとした。が、勇次がそれを制する。

「甚さん、りんが怖がるから」

 と、代わりに自分の匕首を握りしめ、刃をミサゴの首筋に当てた。

「指一本でも動かしてみやがれ。首と胴体切り離してやるからな」

「鉄砲もドスも変わんねぇと思うぜ」

 甚吾郎が鼻を鳴らしてりんを見る。だがりんは手当てに必死でそれどころではないようだ。お亮は蜩のそばに膝をつき、耳だけ傾けている。

 折しも竜弥が骨折した蜩の添え木を持って戻ってきた。お亮と共に手当をはじめたのを見届け、勇次は匕首を当てたままミサゴに語りかけた。

「さっきの答え、もっぺん言ってみな」

 ごくりと息を呑み、ミサゴは口を開いた。

「あの男はわしらの大事なものを盗んだ。わしはそれを取り返しに来た。それだけだ」

「大事なものって?」

「石黄だ」

 それを聞いて真っ先に反応したのは甚吾郎だった。

「石黄だと?」

次回は第34話「利用された恋心」です。

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