第40話 久しぶりの暴走
2018年5月3日(木・祝) Vandits事務所 <冴木 和馬>
「じゃあ、夕方戻りなのでそのまま直帰しまぁ~す!」
「ほぉ~い!いってらっしゃぁ~い!」
高瀬と司が出かける。秋山と雪村さんが見送って事務所はこの3人だけになった。祝日、GW真っ只中だと言うのに皆に仕事をさせてしまっているのが心苦しい。当然、祝日出勤は後日に振替で休んでもらうんだが、GWだから旅行とかも行きたかったのかも知れないし....
「雪村さん、秋山。ホントにすまんな。GWに仕事させて。」
「どうしたんですか?冴木さん。気にし過ぎですって!」
申し訳なく思い謝罪すると、秋山は笑いながら気遣ってくれる。
「今日は畑の方に人が必要でしたから。事務所を冴木さんだけって訳にもいきませんし。」
「そうなんだけどさ....申し訳ないな。旅行とか行きたかったんじゃないかなって。」
「........こんな時に簡単に予約は取れませんし、行く相手もいませんので。」
雪村さんの無表情かつ抑揚のない言葉に場が凍り付く。まずい!触れてはいけないワードだったか。
「....っえっと、今日は部員は全員が畑の手伝いか。ビニールハウス建てるの上手く手伝えてるかな。」
「私、ビニールハウスを覆ってるビニールに色々種類があったなんて初めて知りましたよ。ちょっと良い奴にしたんですよね?」
「あぁ。安い奴でも良いかもしれないが、高知は台風多いし風や豪雨でダメになっちゃう事もあるらしいんだ。だから塩化ビニールでは無くてポリエチレンフィルムのシートにしたんだ。耐用年数なんかに違いは無いらしいんだけど、塩ビには塩ビの良さがあって、ポリにはポリの良さがあるから西村さんと話して風に強いポリエチレンにした感じかな。」
秋山が「あっ」と言うような表情で急に小声で話し始めた。
「そう言えば雪村さん、聞いた?千佳ちゃん。彼氏と別れたって。」
「えっ!?あの俺様彼氏!?」
こらこら。まぁ、事務所にいても今日は祝日で取引先は休みだし、急ぐような仕事は無いから雑談も良いんだが。聞いて良いもんなのかね。その話を俺は。
「やっぱり男の方が高知と東京の遠距離が耐えられなかったみたいで。こないだの試合の次の日から千佳ちゃん連休入ったじゃない?それ、彼氏に言ってなかったみたいで、家に戻ったら女と寝てたらしいの。」
「うわぁ........サイテェ......」
キツイなぁ。話の内容もそうだが、聞かされるのも。今度どうやって山下と顔合わせれば良いんだよ。
「で?どうなったの?」
「私も昨日千佳ちゃんから電話で聞いたんだけど。千佳ちゃんの部屋に転がり込んでたじゃない?あの男。千佳ちゃんのベッドでどこの誰とも知らない女と裸で寝てたもんだから、千佳ちゃんプッチン来ちゃって。中身パンパンのスーツケースをそのまま寝てる男の下半身に振り落としたたんですって。」
「カッコいい~!」
自分の下半身がキューンとする感覚に襲われる。そりゃ、自業自得だが男としてその痛みにはご愁傷さまだわ。
「その足で不動産屋に電話して違約金払っても良いから今月で出ますって言って、裸の二人に服投げつけて追い出して荷物まとめて追加料金払って引っ越し業者に高知の家まで運ばせたみたい。今頃たぶんアパートで受け取ってるんじゃないかな?」
「えぇ....男は?」
「何か色々言ってたみたいだけど、その上がり込んでた女に「付き合ってた事知っててやったのかは分かんないけど、後はあんたが何とかしてね!」って言って引き留める男の腹に蹴り入れて追い出したみたいよ。」
普段の会社で働いている山下の印象からはあまりにかけ離れた武勇伝に俺も雪村さんも言葉が無い。いつの時代も女はホントに強ぇわ。
「これからは仕事頑張ります!ってめっちゃ元気でした。いやぁ、怖かった。あの明るさが逆に。」
「今度、焼肉連れてってあげよう。力付けさせてあげないと。」
女性陣の結束力はこうして更に固まっていくんだな。しかし、山下って
「彼氏いたのに高知来るの希望してくれたのか。意外だな。」
「千佳ちゃんの同期の子の話では引っ込み思案で自分で行動起こせない性格が嫌で、今回の高知行はその同期の子が背中押してくれたみたいです。で、こっち来て仕事してるうちに自分でも積極的になってる気がするって言ってたんで。」
「確かに最初の頃よりは会議や打ち合わせでも発言増えて来てるよなぁ。」
雪村さんがこちらを見てニヤリとする。
「冴木さん、それ、真子さんと晴香さんの影響ですよ?」
「え!?何であの二人の名前が出てくるの?」
「こないだの設計の手伝いの時、千佳ちゃんもホテルでお手伝いしてたんですよ。さすがに女性陣3人が設計してて男性が気遣える訳ないじゃないですか。練習もあったし。」
「なるほど。それとこれがどう繋がるんですか?」
「真子さんとは今までもサッカー観戦で数回ご一緒してましたから、そのイメージしかなかったんでしょうね。いわゆる仕事モードの真子さんを知らなかった訳ですよ。」
「あぁ~........なるほどぉ....」
そりゃ、プライベートと仕事では天と地の差だろうな。真子は。昔は仕事仕事で常に気を張り詰めていた真子が颯一が生まれ拓斗を妊娠した時に急に仕事に距離を置き始めた。今になって話せるが、その頃までの真子はその張り詰めた気持ちのまま颯一の育児をしていた。その事にも気付けないほど精神的に参っていたんだろう。
そして拓斗が産まれた時に抱きながらお乳をやっていた真子に颯一が「ママの顔、怖い」と言ったのだそうだ。その言葉で真子は仕事から離れようと決めた。まだ二十代だったにも関わらず、現場の一線からは離れて仕上がった設計を判断するくらいの仕事だけに関わるようになった。
「ホテルで仕事の事をきっちりしながらも坂口さんのアフターフォローもきっちりやられてた真子さんを見て、私の目指す場所はここだ!ってなっちゃったみたいです。」
「真子からすると嬉しいだろうけど、複雑だろうなぁ。」
「どうしてですか?」
「いやぁ....」
これは言って良いものなのかどうか。俺の伝え方が間違えれば真子だけでなく、ここにいる二人の地雷原も踏み抜く事になりかねない。細心の注意を払って言葉を選ばなければ。
「真子の様になりたいって思って仕事頑張ってた人って本社時代結構多かったんだよ。まぁ、分からなくもないよ。結婚して子供いて、でも仕事では役員で設計部門からは引退引き留められて。」
「はい。カッコイイ理想の女性です。」
「ある女性社員がさ、入社以来ずっと真子に憧れて真子の様になりたいって仕事頑張ってたんだよ。でさ、次男が小学校に上がったくらいの頃に、その女性社員がうちに食事をしに来たんだ。そしたら少しワインを痛飲しちゃってさ。」
その女性社員は泣きながら「なぜ私は真子さんのようになれないんですか!仕事で認められても男も近寄らないし、結婚なんて夢のまた夢です!!」って絡みだした。彼女の中では結婚も自分の中で大きな目標だったのだろう。それがどんどんと遠のいている感覚があったようだ。
しかし、酔っていた真子がそこで放った一言でこの女性社員はそのまま立ち上がれなくなるほど泣き始めた。
「真子さん、なんて仰ったんですか?」
『馬鹿ねぇ。私は仕事にのめり込む前にもう和馬と付き合って結婚の約束もしてたもの。だから、何も考えずに仕事に打ち込めたのよ』
「..............」
「........あっ、私、冴木役員の事、嫌いになりそうです。」
そのままその女性社員は仕事の鬼になった。今じゃ押しも押されぬ設計部門のトップだ。誰もがうらやむ女性役員さ。
「えっ....じゃぁ、その女性社員って........」
「.........岩崎。」
「うわぁ~....晴香さんかぁ。」
「ちなみに岩崎に憧れてその後を追ってしまったのが坂口さんな。」
雪村さんも秋山も顔が震えている。そりゃそうだ。本社の女性社員の中ではバリバリに超最前線で活躍している二人は、未だ独身だ。坂口さんもこのままでいけば女性役員とは言わなくとも統括部長の座も見えて来ていた。
「この会社、既婚率ってどうなってるんですか?」
「悪くないと思うよ。まぁ、今の時代大っぴらに公表出来ないけどね。育児休暇の取得率も全国平均よりは若干上回ってるし。」
「じゃぁ、どうしてお二人は独身なんですか。」
「まぁ....お手本を見誤ったんだろうな。」
二人はバタリとデスクに倒れ込む。それを見て思わず苦笑いしてしまった。
「ここからちょっとセクハラに捉えられかねない質問するけど、許してくれよ?」
「....なんですか?」
雪村さんの顔が怖い。
「二人は職場結婚とか職場恋愛は無かったのかい?」
「え?うち、職場結婚推進してるんですか?」
「まさかだろ?しちゃいけないなんて言ったら、今のご時世袋叩きに合うよ。それに代表取締役が役員と結婚してんのに、職場恋愛ダメとか無いだろ。」
二人は顔を見合わせて「そりゃそうだ」みたいな顔をしている。
「まぁ、目の前の霧が少し晴れそうにはなったんじゃない?誰か良い人いないの?例えばサッカー部のやつとか。」
「あぁ~。サッカー部の子達はなんかもう弟みたいな感じになっちゃって。恋愛対象にはなりませんよぉ。」
秋山が顔の前で手を振りながら否定する。
「中堀も望月も独身だぞ?サッカー部で結婚してるの尾道だけか。ほら、司だって独身だ。」
「いや!及川さんは、そっ..そう言う感じじゃないですから!」
なぜか急に雪村さんが焦る。うん?秋山と目線が重なる。これって。
「まぁ、そうか。年齢離れてるしな。おじさんみたいな感じか。」
「いえ!別にっ!年齢は関係ないと思いますけどっ!でも、まぁ、そのぉ、関係ないと言いますか。」
こりゃ、確定項だな。秋山に片眉を上げながら合図を出すと、首を振った。なるほど。付き合ってはいないのか。
「まぁ、サッカー部も今はサッカーに集中してるからなぁ。出会いも無いだろうしなぁ。皆幸せになって欲しいよ。俺は。」
「じゃあ、デポルトでは社内恋愛OKなんですね。」
「本社だろうが、デポルトだろうが構わんよ。」
秋山は確認を取りガッツポーズをする。雪村さんも嬉しそうに小さく握り拳を握っている。
あぁ、もう既に5月だけど、デポルトには春が近付いてんのかねぇ。
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2018年5月14日(月) (株)ファミリア 大会議室 <冴木 和馬>
今日は本社で以前から決まっていた会議への参加で常藤さんと中堀と共にやってきた。そう、今期入社した社員の一ヶ月研修が終わり、これから希望部署での研修が始まるのだが、その前に子会社への転属希望が無いかお伺いをたてる訳だ。
今期の新入社員は115名。そのうち新卒は78名。ホテル業を本格化してから転職組は年々増えている。経験者を即戦力として迎え入れる事は会社としてもメリットが大きい。
デポルト・ファミリアの他にも大阪支社や福岡支社、札幌支社が会社説明に来ている。当然、支社でも新入社員の採用はしている。基本的に本社の新入社員の転属や支社への異動は希望に沿えるようにしている(支社から本社勤務の希望は例外)。支社や今回初めて子会社として参加するデポルトは本人から希望が出ない限りは本社の新入社員からの転勤は期待出来ない。
そしてデポルトは来年度まで新入社員は中途採用をするしか獲得の可能性が無い。なので、本社勤務の新入社員にデポルト・ファミリアへの転勤、子会社異動の希望を募る事が認められた。
以前に役員の高野のおかげでサッカー経験者や関係する新入社員のデータは見せてもらえた。その社員達の琴線に少しでも触れてくれれば良いのだが。
各支社の説明が終わり、デポルト・ファミリアの説明の番がくる。俺と常藤さんはこう言った場所は慣れたものだが、中堀には少し荷が重かったかも知れない。見た事無いくらい顔が固まっている。
まずは子会社の紹介動画を流す。だいたい10分くらいの動画だ。どういう仕事をしていて、どういう部署があるかを説明した後に最後の3分でVandits安芸の事を紹介する。初めてのスポーツ事業でJリーグを本気で目指している事を動画に込める。杉山さん、良い動画を作ってくれた。
さて、動画が終わりここからは俺達の出番だ。進行をしてくれている本社のサポート部の社員が俺達の紹介をしてくれる。
「では、デポルト・ファミリア社長の冴木和馬と室長の常藤正昭、そして設計・リノベーション部勤務・Vandits安芸キャプテンの中堀貴之から会社説明を行います。」
拍手で迎えてくれる。壇上にあがると前にはずらりと新入社員が壁の様に並んでいる。コロッセオの様に設置された座席もあって、この壇上から席を見ると迫られてきそうな雰囲気を感じる。
常藤さんがメインで会社の説明をしていく。しかし、やはりな反応。ほとんどの社員が聞く気が無いのが見え見えだ。そりゃそうだろう。東京本社に勤務して、なぜ一年目から高知なんて言う田舎で土にまみれて働かなければならないのか。そんな言葉が聞こえてきそうなほど、新入社員達の顔にはこちらへの興味が感じられない。中にはバレないとでも思っているのか、こっそりスマホをいじってる者までいた。
「では、ここで当社の社長であります冴木和馬が皆さんからの質問を受け付けたいと思います。何か聞きたい事があればどうぞ手を挙げてください。」
当然、挙がらない。俺はマイクを握る。あぁ、またやってしまう。
「興味のない者は会議室から出て構わない。子会社へ来るつもりも無いのだろうから、君らには余計な時間だろう。どうぞご退席ください。」
空気がピィンと張り詰める。しかし、あのプロジェクト立ち上げの時と違うのは本当に立ち去る社員が続出したのだ。おそらく半分以上は退室しただろう。これには壇上脇で控えているサポート部社員も支社の社員達も顔が引きつっている。
まぁ、面白くなったじゃないか。
「では、一番後ろの席の君と君、その後ろのドアのカギを閉めてくれないか。」
会議室のドアを閉めてくれとお願いした。驚きながらも二人は鍵を閉めてくれた。さぁ、ここからが俺の時間だ。常藤さんをちらりと見ると呆れた顔で首を振っている。中堀は青ざめている。ふふふ、まぁ、楽しめよ。
再び壇上で残った40名程の社員に語り掛ける。
「残ってくれてありがとう。もう少し説明の時間をください。改めて挨拶します。スポーツ事業と移住事業を主にやっています。デポルト・ファミリア社長で(株)ファミリアの代表取締役社長、冴木和馬です。」
会議室がざわッとした。すまないな。性格だ。許してくれ。




