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終幕噺第二話 耐え忍ぶ愛

 横で眠る彼の顔をじっと見つめる。何も考えていないような平和な顔で寝息を立てるその顔を抓りたくなる衝動をいつも抑える事に必死。

 でも、そんな想いももうしなくて済む。彼とはいつの間にかこう言う関係になっていた。職場でずっと一緒にいたのだから、出会いの無い二人にとっては当然の成り行きだったのかも知れない。


 でも、彼は巷に良くいるどこかのイケメンのように、二人の関係を有耶無耶なままにするような男性では無かった。きちんと想いを伝えてくれて、一緒にいたいと言ってくれた。私は何となくその気持ちに甘えてしまったのかも知れない。

 彼がいつかここから去っていくと言う事は分かっていたし、覚悟も出来ていたと言うのに。


 彼を起こさないようにベッドを出てケトルでお湯を沸かす。そろそろ準備をしないと、さすがに今日は遅れる訳にはいかない。

 ベッドの布団が擦れる音がしたと思ったら、後ろから優しく抱きしめられる。いけないとは分かりつつ、その優しさに甘えてしまう。


 「おはようございます。」

 「もう準備しないと。シャワー浴びておいで。私、珈琲淹れとくから。」

 「....一緒に入りませんか?」

 「馬鹿言わないの。早く。」


 彼は小さく笑ってバスルームへ行った。甘えてはいけない。彼とは終わらなければいけない。私が傍にいてはいけない。そう思いながらカップを二つ用意した。


 ・・・・・・・・・・

 集合場所に向かう車の中で彼に話をする。彼は途中で及川さんと合流して移動する事になっている。私と一緒にいては誰かに余計な詮索をされてしまう。


 「あのさ....今日まで、ありがとね。」

 「........どういう意味ですか?」

 「頑張ってね。応援してるから。」


 前を向いて運転しながらの私をじっと見つめているであろう視線を隣から感じる。ここで終わらせなくては。彼を開放してあげなくては。


 「別れるって事ですか?僕の気持ちは聞いて貰えないんですか?」

 「そんな状況じゃないでしょ。今日までお互い楽しかったじゃない。だから、ね?」


 彼が黙る。出会った時と同じ。拗ねたように何も話さなくなる。この態度を何度怒ったか分からない。子供のままで社会人をやられては困る。そう思って厳しく指導した。


 「僕は別れるつもりないですよ。」

 「子供みたいな事言わないで。お互い大人なんだから。」

 「相手の気持ちも無視して勝手に決めてしまう方が子供です。」

 「........。」


 待ち合わせ場所にはまだ及川さんは来ていなかった。しかし、及川さんに見られるのも気まずいので彼を下ろし私は先に向かった。バックミラーに移る彼の顔が酷く寂しそうだった。


 ・・・・・・・・・・

 高知竜馬空港。出発便まであと少しの時間。彼は皆との別れを惜しんでいた。私はその輪から少し離れて見守っている。隣には小さく微笑む裕子がいた。


 「良いんですか?」

 「........良いの。」


 大きなため息が聞こえてくる。


 そろそろ時間となった時、皆で整列して彼を見送る事になった。彼は大きくお辞儀をして笑顔で顔を上げた瞬間、二歩踏み出して無理やりに私の右手を引いた。


 あまりの強さに思わず彼の胸に飛び込む形になった。強く抱きしめられる。壊れてしまいそうなほどキツイ。そっと離した彼は私の両頬に手を当てて、ジッと目を見つめてきた。


 顔が赤くなるのが分かる。後ろで恐らくどよめいているであろう同僚たちなど気にもならない。彼のその視線に私の気持ちは独占されていた。


 「必ず迎えに来るから。高知で、芸西村で、待っててほしい。必ず結果出して、直美さんを迎えに来ます。だから、待っててくれませんか?」


 真剣な視線が痛い。私は思わず逸らしてしまう。


 「飯島君。落ち着いて....」

 「直美さんッッ!!!」


 ロビーに響き渡るほどの彼の声に私はもう抑えられなかった。考えなくても次から次へと涙が零れる。ダメだ。サッカー選手なんて。しかも将来も分からないようなアマチュア選手なんて。


 「....グシュ、待ってて....良いの?」


 涙と鼻水で言葉にならない。カッコ悪い。ずっと物分かりの良い年上女子を演じてたつもりだったのに。もう一度、今度は凄く優しく抱きしめられた。


 「待たせてしまうけど、ホントにごめんなさい。すぐですから。結果出して、プロになって、日本代表候補になって、すぐにヴァンディッツに帰って来ますから。」

 「うん........。待ってる。」


 彼が優しく私の頬にキスをする。耳元で小さく「行ってきます。」と囁いて、後ろにいる皆にもう一度手を振って、最後までカッコイイ男のままで彼はベルギー行きの為に東京へと出発した。


 さて、この後皆にどう説明しようか。真っ赤に染まった頬とそこを伝う涙を拭きながら、私を後ろを振り返り苦し紛れの苦笑いを貼り付ける。


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