第166話 目標達成
2021年10月 高知市内ホテル <常藤 正昭>
乾杯が終わり、それぞれに食事を楽しみながら今シーズンの四国リーグ制覇を祝います。監督代行、コーチ陣、スタッフ陣、スカウト含め裏方で頑張ってくれた40名程が集まっています。選手達は選手達で気兼ねなくお祝いして貰いたいと『鉄』さんを貸し切りにしてあります。その後は街に繰り出すでしょう。
まさに圧倒的。この言葉に尽きました。全14節全勝、二位の徳島吉野川FCに勝ち点11差をつけての文句なしの四国リーグ制覇でした。しかも14節を戦って奪われた失点はわずかに8。
昨年の悔しさをDF陣がしっかりと結果として残してくれたと言えます。しかし、当然ですがまだ通過点。去年もここまでは全くもって順調だったのです。
「板垣さんも一緒に祝えれば良かったんですが。(百瀬)」
「確かに。まぁ、来月にS級の大事な最後の研修が残ってるからな。楽しみはJFL昇格に取っておこう。(冴木)」
板垣君からも電話でお祝いの言葉をいただきました。「気を引き締めさせて貰えた」と自身のS級合格に向けても良いカンフル剤になったようです。
「いよいよ来月からだな。リベンジって事になるか。」
私を含め全員の表情が真剣なモノに変わります。この地域CLの為に一年更なる努力を重ねてきました。我々もサポート面で出来る限りの事はしてきたと思っていますが、これに関してはいくら努力しても足りないと感じてしまう部分です。
「選手達の努力が来月で全て結果となって表れてしまう。もう何年もこんな思いをしてるのに、いまだに慣れませんね。(冴木)」
「準備を終えて全てを選手達に託して結果を見守る。その結果に天にも昇る気持ちにさせて貰えたり、立ち上がれないほどの絶望も突き付けられる。それでも次の年も準備に勤しむんですよね。本当に厄介なモノに心を囚われてしまいましたね。(常藤)」
私の言葉に皆さんから笑いが起きました。いえ、冗談ではなく本当にこれほどまでに感情を揺さぶられる日々を過ごす事になるとは思いませんでした。昨年の身を斬り刻まれたかのような痛みを感じるような絶望は、出来るならば二度と味わいたくないと思います。
しかし彼らが生きるのは勝負の世界。我々もその世界に足を踏み入れました。恐らく一生この感情と付き合っていかなくてはならないのでしょう。
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2021年11月 東京都北区 <及川 司>
【全国地域サッカーチャンピオンズリーグ 決勝リーグ 第二戦】
味の素フィールド西が丘 対 AC京都
地域CLの予選に入って以来、チーム全体の雰囲気がピリピリとはまた違った、研ぎ澄まされたようなモノを感じるようになった。
今シーズン本当にオレが出場出来る機会は大きく減っていた。チームのフォーメーションで1ボランチが採用される試合が多かった事もあるが、ボランチのレギュラーは五月が務める事がほとんどだった。
オレは交代枠で後半からの出場が多かった。五月はやはり器用な男で、DHにコンバートしてきたからと言ってチームに大きくマイナスが作用するような事は無かった。元々守備的意識が強い性格に足元の巧さとどんな時でも冷静に物事を見られる落ち着きが若い選手達にとっては頼れる存在でいてくれた。
八木がチームの太陽とするならば、五月は間違いなく月の存在。出来るならば二人とも移籍する事無く、ヴァンディッツの中心メンバーとして活躍し続けて貰いたいとさえ感じてしまう。
そんな今日の試合、まさかのオレはスターティングメンバーに選ばれた。皆、口にはしないが何となく雰囲気で分かる。あと2試合しかない。自分が現役として出場出来る試合は2試合しかない。
試合途中で状況が変わり出場出来なくなる可能性もある。今日の結果次第では明後日の第三戦での出場も考えなければならなくなる可能性も。ならば、今日のスタメンで。
はっきり言うがこんな大事な試合を引退試合にしてくれるなよ。別に和くんに頭下げれば来シーズンのどこか日程が空いてる時期に、Vandits fieldで引退試合組んでもらう事も出来なくは無いんだ。
試合が始まる。アナリストから貰った京都のイメージは『堅守速攻』。ガッチリと守って数少ないチャンスを全員で獲りに行くスタイル。しかし、このスタイルのチームはヴァンディッツは創立以来、一番対戦しているチーム戦術とも言える。
攻撃力とボール支配率に重点を置いているうちのサッカーに対抗するために対戦相手が良く使って来ていた戦術だ。一番対応に慣れているとも言える。
相手の守備は4バック。しかもダブルボランチ。ぐっと後ろに構えられたフォーメーションに普通ならば攻めあぐねてしまいそうな雰囲気だが、アナリストがもたらしてくれた情報が少し光を見せてくれる。
相手のレギュラーGKが予選リーグで相手選手との接触により怪我。決勝リーグに入ってからは今シーズン地方リーグでも一切出場機会の無かった高卒のGKが起用された。第一戦を0-3で落としている。登録GKはもう一人20代の選手がいるが、起用されていないと言う事はこの高卒の選手に比べれば実力は落ちると言う事なのだろう。
ボールは終始こちらが握っている。相手もボール奪取のタイミングで一気に押し込もうと試みるが、こちらのハイプレスがそれをさせない。パス・ボールタッチの技術を高めてボール支配率を上げる基本戦術をうちのチームが掲げた中で、何よりも練習を費やしてきたのが相手がボールを持った時点での初期圧力だ。相手にボールを落ち着かせない。
相手は自分達が想定していた内容に運べない苛立ちがプレイに見られる。そうなると繊細なタッチや普段出来ているはずの連携やポジションの受け渡しにどこかぎこちなさが生まれてくる。これはこの数年間、ずっとうちが感じ続けてきた事だ。
どんなに練習で上手く出来ても試合で出来なければ意味がない。槙田さんのあのたった一時間の指導でうちは数段階練習の強度が上がった気がする。
今まではどこかで自分達にラインを引いて、「今はこれ以上を求めても」等と言い訳をして出来るはずの練習の難易度を自ら下げていた。しかし、そうではない。槙田さんが言ったように自分達が目指すステージがあるならば、そのステージに見合う練習をしなければいけないのだ。そのステージに辿り着いてから始めていては遅い。
そうやって挑み続けた去年。たった一試合で一年間を全否定された。どんなに連勝しようと、どれだけ強さを見せようと、最終的な目標を達成しなければ事業として成功とは言えない。和くんから教わった考え方だ。
和くんとはデポルト・ファミリアで働くようになってから、全く連絡を取っていなかった日々を越えて、それを埋める以上の密度と濃度で会話をしてお互いの考えをぶつけ合った。二人で話に力がこもり過ぎて真子や鉄の大将に叱られた事は何度もある。
お互いにもう学生ではない。あの頃のような楽しいだけの日々ではいられない現実が目の前にあった。オレは和くんから経営者として、会社の中で人を引っぱる立場の人間のメンタリティを知りたいと思った。
いろんな話をする中でスポーツをする中でのメンタリティと仕事に求められるメンタリティは全く違うモノなのだと言う事を知れた。これはオレだけが思っている事かも知れないが、仕事、特に経営者に求められるメンタリティは結果・数字に関する部分が非常に重要だと言う事だ。
サッカーでももちろん数字・結果は大事だ。しかし、サッカー(特に社会人・プロ)に関して言えば、年間トータルでの結果を考えて経過を見る事もある。しかし会社経営の場合は年間利益はもちろんだが、小さな損害も大きな問題として捉える事が多いように思う。
いや、これは和くんだけの考え方なのか。考えが取っ散らかっている。とりあえず試合に集中しよう。
前半にしっかりと相手の守備を崩し切り、八木のラストパスに抜け出した棟田のシュートがキーパーに弾かれるが、それをしっかりと成田が押し込み先制点。こうなると相手は徐々に自分達の得意なスタイルを崩さなくてはいけなくなってくる。
堅守速攻は得点が拮抗しているかリードしているからこそ強さを発揮する。相手にリードされてしまっては堅守などと言っては居られない。相手も守りに入ってしまったら試合は極端に動かなくなるからだ。
試合を動かす為には自分達から動くしかなくなってしまう。その中でいかに堅守速攻を柔軟に相手に対して活かしていけるかだ。
八木のスルーパスと古賀の飛び出しを警戒して積極的に前へ展開できない相手チーム。そこを上手くサイドから切り崩そうと何度か試す。しかしゴール前は常に相手の方が人数で優位に立っていて決定的なチャンスに繋がらない。
最終ラインをしっかりと意識しながらこちらもラインを少しづつ上げていく。
その時だった。密集したエリアの中で棟田がシュートを打ったが左ポストに阻まれ、ボールは勢いよくエリア外の左に位置する自分に向かって転がってくる。
昔、馬場が高校生に指導していた言葉を思い出す。
『やって来た事を信じて余計な事考えずに足を振り切れ。躊躇うな。』
ボールだけを見る。どこに飛ぶかなんて考えない。自分が最も足を振り抜きやすい角度で思いっきり振り抜いた。
ほんの少しボールの左を叩いた。軌道が外へ流れる。が、回転のかかったボールはそのままDF二人の間を一瞬ですり抜けて右サイドに突き刺さる。
飛び跳ねるゴール裏。雪崩のように飛び掛かって来る選手達。
あぁ、この光景ももうすぐ終わりになるんだなと感じてしまった。ポジションに戻りながらふとメインスタンドに目をやると、最前列に和くんとマコがいた。
拳を突き上げる。二人とも涙を流しながら拳を突き返してくる。
あぁ....大丈夫。何の後悔も無い。未練もない。オレは本当にこのチームを作れて良かったと感じていた。
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2021年11月 味の素フィールド西が丘 <冴木 和馬>
【全国地域サッカーチャンピオンズリーグ 決勝リーグ 第三戦】
早く鳴れ!!早く鳴れ!早く鳴れ!!!
自分の焦りが分かるのか、そっと背中に手を当てられる。真子だ。間近に迫る試合終了の合図。まだかまだかと焦りの感情だけが先走る。
地域CL決勝リーグ最終戦も残りAT。2対1でリードしたまま、それでもまだチームは追加点を狙って攻勢をかける。この試合は引き分け以上でVandits安芸の一位は確定していて、それをもってJFLへの自動昇格が決まる。
味の素フィールド西が丘には高知からのサポーターはもちろん関東近郊や全国にいるサポーターが集まってくれた。向月が四国リーグ優勝決定した時点で全国のヴァンディッツサポーターに声をかけ始めてくれた。
『JFL昇格を《《全員》》で味の素フィールドで目撃しよう!!』
そのたった一ヶ月の間にイベント化した呼びかけは向月からデポルト・ファミリアに『ホテル・アリア』を含めたファミリア系列の東京近郊のホテルを押さえられないかという問い合わせにまで発展した。
こちらも最大限の努力を重ねて『ヴァンディッツサポーターに関しては決勝リーグ期間の宿泊は15%OFF』のキャンペーンを急遽開催した。条件は手荷物にユニフォームを持っている事。5人で宿泊したとしても一人がユニフォームを持っていれば全員適用するようにした。
おかげでド平日にも関わらず、決勝リーグ期間の5日間東京近郊のファミリア系列のホテルとホテル・アリアは満室となった。ユニフォーム持参率は70%、キャンペーン適用客数1240名。ちょっとした稼ぎになってしまった。
そして、最終戦には1500人近いサポーターが観戦に訪れ、ゴール裏がまさしく深緑色に染められた。
棟田の二点目を獲得した時に大西と伊藤がゴール裏のサポーター達に両手を回して応援を《《煽った》》。あそこで一気にグラウンドの雰囲気は一変した。たった1500人が空間を支配する。サポーターの力を見せつけられた。
相手の苦し紛れのクロスを和田がしっかりとキャッチして大きく前へと蹴りだした瞬間、三度の笛の音と共に人々の感情が爆発する。
去年掴めなかった昇格を、今年は誰にも文句を言わせない年間全勝と言う快挙と共に手にした。
真子と抱き合った後、周りにいる譜代衆や国人衆の企業スポンサーの皆さんと握手を交わす。徳蔵さんの目には涙があった。愛さんも正樹さんも、そして他の皆さんも笑顔が咲いている。
選手達がメインスタンド前で礼をする。大きく手を叩き、労う。そしてゴール裏。こちらから見ていても分かるくらい歓びの感情で溢れている。
この瞬間の為に一年を走り続けてきた。やっと少し報われた気がした。




