第165話 自治体との今後の関り
2021年8月 カフェ『engawa』 <望月 尊>
冴木さんの持ってきた話は高知県の地元スーパーマーケット「サンライズ」からの依頼だった。ジュニアユースへのスポンサー契約に興味を示してくれたサンライズさんがうちの農園で育てた野菜を限定的に店で扱いたいと申し出てくれたのだ。
「取扱店舗は香南店と田野店の2店舗。芸西店はさすがにえんがわに近すぎると言う事で遠慮していただけたみたいだ。」
「ありがたいです。」
「ただ、今は良い。本陣の農作物の使用量が減っているからその分を回す事も出来るだろう。問題は来年からだぞ。本陣はスタジアム拡張もあって宿泊客増の見込みだ。どっちを優先しなきゃならんかは分かってるな?」
「もちろんです。今から作付けの計画を見直します。あとえんがわへの納品待ちしてくれている農家さんにうちの枠を一年限定で少し譲ります。」
「うぅ~ん....なるほど。それしか無いか。分かった。そこの調整は任せるよ。あちらとの打ち合わせにも参加してくれ。ここからは農園部に完全にバトンタッチするから。」
「分かりました。有難うございます。」
「こっちの台詞だ。皆の頑張りがジュニアユースの活動費に繋がってくれた。本当に一次産業がうちの縁の下の力持ちになってくれてるよ。」
嘘でもそう言って貰えると嬉しい。会社の業績と言う面ではホテル事業やリノベーション事業には遠く及ばないはずだ。それでも自分達には地元の方達、そしてスタジアムへ訪れてくれた方達との繋がりを生んでいると言う自負はある。
そして会社の皆もそれを理解してくれている。冴木さんは特に「うちの基盤事業は農園部だ。ここが崩れると全ての事業に影響が出る。」と事ある毎に会議などで発言してくれてる。そう思ってくれている上司がいる。今はサッカー事業の運営統括部に移ったが、それでも農園部の皆にとってはいつもやる気を上げてくれる人なのだ。
「じゃあ、頼むな。とりあえず来週事務所で営業部と一緒に話を詰めれるようにしておくからサポート部から確認取ってくれ。」
「分かりました。ありがとうございます!」
「ふふふ。」
不意に小さく笑う冴木さん。何があったのか思わず顔を見つめてしまった。すると手をプラプラと横に振りながら教えてくれた。
「いやいや。もうすっかり農園部の責任者になってくれたんだなってさ。いや、当たり前なんだけど。それでもやっぱり嬉しいじゃないか。一番最初に皆で言ってた選手のセカンドキャリアの未来像を望月がモデルケースになってくれてる。これから加入してくる現役選手だけじゃない。ユースやジュニアユースの選手達がどこかの段階で自分のサッカー人生に区切りを付けなければならなくなった時に、間違いなく望月たちの存在が大きな助けになるさ。本当に残ってくれてありがとうな。」
「こちらの台詞です。チームを作ってくれて、会社に残してくれて、ありがとうございます。一生をかけて楽しみながら、冴木さん達に恩返ししますから。」
「....馬鹿野郎。泣かせようとするんじゃない。」
冴木さんはそう言って自分の胸にポンと拳を当てて席を立った。でも、冗談でもお世辞でも無いんです。あなたの行動力に自分達は救われた。サッカー人生を全うし、自分の可能性を存分に試して自己満足だけど結果も出せた。だからこそ、こうして農園で働けるんです。
サッカーに憂いを残さなかったからこそ。本当にあなたのおかげなんです。
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2021年9月 Vandits garage <冴木 和馬>
ヴァンディッツの早朝練習を見学した後、事務所へ来るようにと常藤さんから呼び出しがかかっていた。どうやら今日の常藤さんの芸西村役場との打ち合わせに同席して貰いたいとの事らしい。
芸西村役場の職員である小松君や高橋さんとは相変わらず定期的に情報共有をして、こちらがVandits field内で行っている工事や施設拡張などはいの一番に報告しているし、施設外の自分達が所有している土地で今後計画している事(商店街誘致)なども話せる範囲では伝えるようにはしている。
さて、今日は一体何の用事で呼ばれたのだろうか。指定されている個室型の会議室に入る。既にメンバーは揃っているようだった。
「遅れて申し訳ありません。」
「いえ、我々も時間より早く来てしまいましたので。お時間いただきましてありがとうございます。」
役場の皆さんが椅子から立ち上がり挨拶される。しかし、いつもと違い挨拶したのは小松君ではなく、60代くらいの眼鏡をかけた男性だった。
席に着き打ち合わせを始める。男性は橋本純一さんと言い、芸西村役場の産業振興課の課長さんだと言う。何か芸西村で企画していて、それにうちの協力をお願いしに来たのだろうか。
橋本さんは非常に緊張した面持ちで俺達に事情を説明し始めた。
「じつは来年の一月末で今の村長の任期が終わり、村長選挙が行われます。」
なるほど。芸西村の村長は我々が芸西村で活動している事に対して、反対の立場も示していないし協力体制を布いてくれるような動きも見せていない。それは以前に小松君達から説明があったように、今の役場全体の風潮として『日和見主義』が広がってしまっている事が大きな原因だと聞いている。
「小松達が先頭を切って様々な事で村の認知度向上と新たな財源確保に向けた活動をしてきてくれているのを私も見ていて、本当に微力ですが何か力になれないかと努力はしてきたのですが力が足りず。」
「課長!そんな事はありません。」
小松君達が橋本課長を奮起させようと声をかける。
確かに、そんな事は無い。俺達が芸西村で会社を立ち上げてから数年、役場は様々な形で農園の活動やヴァンディッツの運営に力を貸してくれた。地元の小学生達の収穫体験を組んでくれたり、ヴァンディッツのホーム練習試合の時に数ケ月も前から打ち合わせに来てくれて芸西村でブースを一つ構えてくれて、地元で作られている砂糖(白玉糖)の販売や地元の酒蔵も巻き込んで日本酒の販売もした。(当然、試飲などは出来ない形でお受けした。)
そうやってヴァンディッツの活動には芸西村も関わっていますと言うのを小さいながらもアピールする場を俺達も一緒になって作っていた。しかし、それは役場全体の指針としてやっている訳では無く、あくまで産業振興課が少ない予算の中で動かせる金額を全てこちらに投入してくれて実現しているものだった。
「なるほど。お話は分かりました。その村長選挙に我々が何か関りがあるのでしょうか?」
常藤さんの言葉に橋本課長だけでなく小松君達も緊張した様子で橋本課長の発言を待っていた。
「恐らく現職の村長が立候補するのは間違いありません。しかし、私共としてはこれ以上地域振興の機会を逃す訳にはいきません。以前から役場の中にはその分野に対して積極的に動いて貰える人を、そう言った分野の発展を公約に掲げていただける方を村長に推していくべきでは無いかと言う声が少なからず聞こえてくるようになっていました。」
「なるほど。」
橋本課長がグッと何かを飲み込むように言葉を切った。
「そして、小松達やこの活動に賛同してくれている職員達とも話し合いを続けた結果、今度の村長選挙に私が立候補しようと決意しました。」
橋本課長は来月末で役場を退職し、村長選挙に向けて活動を始める。その中で自身の政策方針として掲げていく事が『中山間地域の課題となっている人口減少の解決に向けて県外からの移住者誘致の為の外部企業との積極的な関りと政策の構築』、そして『少子化対策としての出産家庭への補助金・助成金の設立』だった。
そして橋本さんは今後の事もしっかりとこちらに伝えてくれた。
まずは立候補の意思を俺達に直接伝えてはくれたが、今後は選挙が終わるまで直接的な接触はしないと言う事。これは橋本さんが掲げる政策が俺達寄りな内容になっているので、妙な所から疑いをかけられないようにする為。
そして、無事に当選出来た場合は村議会に掛け合って移住対策支援としてデポルト・ファミリアとの合同施策協定を結ぶつもりでいる事。そして、一年の間に芸西村として正式にVandits安芸、またはシルエレイナ高知の協賛・応援を打ち出す事を約束してくれた。
「正直に申し上げまして、デポルト・ファミリアさんが芸西村で活動を始めていただけてからどれほどの税収を芸西村は得ているか。それを鑑みても芸西村としてヴァンディッツさんやシルエレイナさんの応援協賛を打ち出す事は何らおかしい事ではありません。今までに収めていただいていた税金をほんの少しお返しして、更なる芸西村の発展に共に協力し合いましょうと公言するだけです。」
この人も非常に考え方がシンプルな人だ。以前にデポルトの皆にスタジアムの改修・建替えの時に話した事ではあるが、人と言うモノは税金に対して使われる事には敏感だが、どれほどの税収があるかには全く興味を示さない。
それは直接自分の財布にお金が入って来る訳では無いから、「これだけの税収があった」と言われても現実味が無いからというのが大きな原因だろう。
しかし以前も話した通り、税金が使われる事に関しては非常に敏感で時には過敏になり過ぎる時がある。いくら1億の税収が見込めていても1000万円の税金が投入される事に反対される事は往々にして有る事だ。
税収が《《見込めている》》のであって、《《確定している》》訳では無い。見込みが外れた時はその1000万が大きな損失になると考える人が多いと言う事だ。
ただ申し訳ないが、どんなに無能な行政でもそんな博打のような税金の使い方はしない。直接的な税収が無くともそれによって住民の生活が向上したり、目に見えない効果を得られるとされているモノに税金を投入している事がほとんどだ。
インフラ整備がその代表とも言えるだろう。道が綺麗になったからと言って、収入が上がる訳では無い。水道管の古い物を新しく替えたからと言って村民に利益は無い。
しかしそれによって住民の生活のクオリティは上がっている。そして道が整い、街路樹が整備され、案内標識や自治体が管理する施設が綺麗に保たれる事で将来的に観光客の増加は《《見込める》》かも知れない。
そうやって自治体は観光客を呼び込み、そして移住希望者を募る。まずはその土地自体に『住みたい』と思わせるだけの魅力が無ければ移住者は今以上には増えて行かない。そうなれば当然、今の村民だけで税収を上げていくしかやり方は無い。
「今までの村長が繰り返し言ってきた園芸農業の振興と南海トラフ地震に対する防災予算計上。こんな物は継続努力して当たり前の内容なんです。これをすっぱり切り離して別のモノに手を出すなんて言っている訳では無く、今まで当然行ってきた継続振興とは別の視点を持つべきだと。(橋本)」
「まぁ、農業を忘れてませんよ、皆さんの安全を守る努力をしますよと掲げる事は住民の方からすれば耳への聞こえは良いですからね。正直言って、今までと何も変わらず特に手は加えませんと言ってるように聞こえますけどね。僕には。(冴木)」
俺の発言に役場の皆さんが苦笑いする。しかし、苦笑いすると言う事は思い当たる節があると言う事だ。結局、何か新しい事はしないけど、今までの税収を落とさない程度には頑張って、村長として叩かれないように任期を全うすると言ってるようなもんだ。
今の芸西村の状況はちょっと予定外な所もあるので、そこに対応して政策を考えようなんて村長さんが現れないのもあるんだろう。だって、その為にはうちに頭下げる事もあるかも知れない訳だから。
「お話は分かりました。全ては選挙が終わってからと言う事になりますね。」
「はい。今後とも小松達を宜しくお願い致します。」
そこには役場を去る一人の上司の顔があった。小松君達も橋本さんの当選の為に奔走するんだろう。我々が何か助けられれば良いが、これに関しては予期せぬ所で公職選挙法なんてモノに引っ掛かる可能性も大いにある。
役場の皆さんがお帰りになってからもうちはうちでしっかりと現状把握をしておく。役場とタッグを組む事には変わりない。しかし現職の村長が当選した場合、今後の自治体との協力体制に進展は無いかも知れない。
だからと言って芸西村に戸籍を置く社員に投票を呼び掛ける真似は絶対にしてはならない。さて、どうしたものか。




