第163話 価値と可能性
2021年6月 Vandits garage <咲坂 英一>
(株)Vanditsから、いえ、冴木さんから連絡をいただいたのは昨年の12月。私が所属していたチームの年間スケジュールが一通り終了し、来季に向けての準備に取り掛かろうとしている時でした。
私はその年での契約が最終年で、恐らくそのまま継続契約となる予定でした。それが今までの流れでしたし、私に今まで興味を示すようなチームも無かったからでした。
しかし、ある日に会社から移籍の打診が来ていると連絡が入り、とりあえずお話だけでも聞こうと(株)Vanditsとの交渉をスタートさせる事になりました。
Vandits安芸の事は少し噂には聞いていました。しかしそれはチームの強さと言うよりも、自前の配信チャンネルであったり、八木選手のショート動画であったり、様々な試みを打ち出す運営であったり、そして退任騒動からの現場復帰をされたカリスマ実業家の話であったり。
どちらかと言うとそう言った話ばかりが目立つチームと言った印象でした。しかし、せっかくいただいたお話だったので自分を選んでいただけた理由を聞いてみたいと思いました。
わざわざ千葉まで足を運んでいただき、クラブ事務所で対面する事となりました。そこに来ていただけたのが、まさかの冴木さん・常藤さんの運営トップお二人。そして秘書でありながら元はクラブの選手だった尾道さんの三名。
皆さんから熱い気持ちを聞く中で、私の心を最も動かしたのは冴木さんが私に話した選手達への思いでした。
「私達はクラブにいる選手達に対して、間違いなく将来のサッカー界の輝きとなれる原石だと信じている。しかし、その原石がダイヤなのか、トパーズなのか、エメラルドなのか、私達には判断する眼も知識も無い。それをあなたにお願いしたい。このままでは原石を原石のまま埋もれさせてしまうかも知れない。どうか、助けてほしい。」
てっきり他のクラブから自分達のチームへ戦力補強するための計画が話されるものだとばかり思っていました。しかし、時間のほとんどを費やしたのは今クラブに在籍する選手達の評価の在り方でした。
その考え方に私は心を掴まれているような感覚がありました。返事は急がないとその場での決定はしないまま、その日は話し合いを終えました。
しかしその次の日にはVandits安芸のこれまでの全試合の動画と、練習風景を映した膨大なデータが入った数本のUSBメモリが送られてきました。そして、私はそれを受け取る時点でチームに事情を説明し、来季の契約延長は行わない意思を告げてチームを去る決意を固めました。
「そこから四カ月半です。」
その言葉を聞いている飯島選手はまだ何を話しているのかははっきり理解出来ていないように感じました。
「私は全ての記録を拝見し、Vandits安芸と言うチームを調べ尽くしました。恐らくこの四カ月間に限定すれば私が世界で一番ヴァンディッツの試合を見ただろうと断言出来ます。それで私が導いた判断が、このオファーを飯島選手にお伝えする事でした。」
彼らは自分達のチームや夢への意識は相当に高いのにも関わらず、自身への評価と言う面で非常に低く見積もっているように感じていました。私は私なりの考えではありましたが、それをきちんとチームに加わった初期の時点で彼らにお伝えしなければいけないと感じました。
「これは選手として子供の頃から18年。クラブスタッフとして5年。そしてスカウトとして15年務めてきた私なりの考えです。」
飯島選手の目をジッと見つめます。
「あなた方選手はただひたすらに自分の可能性を信じてプレイし続けてください。それに運営スタッフの皆さんにチーム発足当初のお話も伺いましたが、選手の皆さんは必死に将来に向けて足掻き続けると約束を交わしたはずでは?」
飯島選手は発足メンバーではありませんが、この話は新規加入の選手が来るたびに話していると及川選手が仰っていました。
「はっきりと申し上げます。あなた方選手の価値を決めるのは私達スタッフとサポーターの皆さんです。あなた方はその価値を信じて、それでもひたすらに自分の夢と可能性を追い続けていただきたいのです。」
飯島選手が私から目を逸らさなくなりました。
「あなたの中ではこのチームがJリーグに昇格した瞬間に立ち会いたいと思う気持ちがあるのかも知れません。しかし、それが本当に、あなたとサポーターの皆さんの本当の意味での幸せに繋がるのでしょうか?」
隣で常藤さんと冴木さんが、そして飯島選手の隣に座る樋口部長も頷いています。
「あなたがサッカー選手として成長し、成功を収める。それがどういった形が成功なのかはあなたしか判断は出来ません。しかし将来、この話があった事をチームメイトやサポーターの皆さんが知った時にどう言う感情が芽生えるでしょうか?残ってくれて良かったと感じてくれるでしょうか。それとも、行くべきだったと怒ってくれるでしょうか。それは今日までのあなたが一番ご存じだと思います。」
飯島選手は目を閉じてジッと考え続けていました。そして、しばらくの後、しっかりとした表情で告げてくれたのは「前向きに考えさせてほしい。条件面を整えて貰えますか。」と言う言葉でした。
出来るだけ表に出ないように冷静を装いながらも、心の中では大きく拳を握っている自分がいました。そこからが私の本当の仕事が始まるのです。
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2021年7月 apaiser <三原 洋子>
クラブから急遽、生配信の通知が来たのはサマーブレイク前の前期最終戦を明日に控えた土曜日の夜でした。明日は高知市内での試合と言う事もあり、遠征しなくて大丈夫だったのですが私達はクラブから発表された配信を待つべく店に集合していました。
「ホント最近、配信内容が充実して来てるよな?」
「しかも毎日配信止めてから更に充実してきた感じあるよね?」
「週一配信になったのが大きいのかな?」
「やっぱ冴木さんが運営に入ってからだよな?配信のスタイルが変わったのも。」
「たぶん運営から離れてた間もずっと気にして見ててくれてたんだろうね。皆の仕事とかはもちろんだけど、動画に書き込まれてるコメントとかも。」
「考えすぎかもしれないけど、マジで仕事出来過ぎでしょ。ホント帰って来てくれて良かったわぁ。」
確かに配信の事もそうだし、スタジアムの改修やクラブハウス建設の事もそうだけど、前から計画はあったにしても動き始めたのは冴木さんが運営に復帰してからです。たぶん色々と準備していたモノを一気にGOサイン出したんだろうなって感じがあります。
あっ!配信が始まりました。あれ?由紀ちゃんが映ってるけど、何か神妙な表情。落ち着いた口調で話し始めた。どこかの廊下に立ってる?
『皆様、こんばんわ。本日は生配信で皆様にお届けしております。今回の内容は、皆様にチームの会議に参加している気になって貰うと言う内容になっております。』
?????
私達全員の頭の中に?マークが飛びまくります。会議に参加している気になる?って事は、これからチームの会議を生放送するって事?
「なんでこんな事考えたんだろうな?」
「緊急で生配信するような内容でも無い気がするけど....」
それでも配信は進んでいきます。
「会議中は皆様からのコメントの読み上げや、私やスタッフが話をする事もありません。本当にリアルなチーム会議の様子を皆様にご覧いただきます。そして、選手達は生配信されている事は知っていますが、会議の内容は知りません。これは通常通りとなっています。では、会議を始めていきます。」
会議室と思われる場所に切り替わりました。これって、Vandits fieldの中にある本陣のレストランだ。運営スタッフと選手達が向き合う形で席が用意されていて、スタッフ側には冴木さんや常藤さん、百瀬監督などが映っています。
選手もおそらく全員参加しているように見えます。
あっ、樋口選手。じゃない!樋口強化部長がマイクを持ちました。
『それでは、会議を始めていきます。皆、練習後に集まって貰って申し訳ない。出来るだけ長くならないようにしますが、皆もしっかり聞いてほしい。....それでは、咲坂スカウトから報告があります。』
スカウト!?報告!?えっ!!ヴァンディッツってスカウト担当雇ったの!?ついに強化面で一気に体制が充実して来てるなぁ。
「そう言えばJリーグ今週から夏の移籍ウインドー開いてるよな?これって、もしかしてJリーグの選手が加入するんじゃねぇの!?」
そんな期待感に私達の胸は高鳴ります。しかし、咲坂スカウトの口から発表されたのは信じられない内容でした。
『先週、当クラブの飯島賢太選手がベルギーリーグ3部のFCデュビズからの移籍オファーを受け、内容を精査し移籍の意思をチームに伝えてくれました。』
私達だけではありません。配信で映っている選手達も衝撃を受けているようです。飯島選手が席を立ち、前に歩いてきます。
『飯島選手より皆さんに挨拶があります。』
『皆さん、お疲れ様です。』
マイクを受け取った飯島選手の挨拶に会場からも挨拶が返ってきています。さすが、サッカー選手でありながら立派な社員を続けている皆です。挨拶を徹底されているのが分かります。
『今回、FCデュビズさんからの移籍オファーをいただき、チームとも話し合い、自分の中で何度も悩んだんですが、挑戦しようと決めました。シーズン途中で、皆に相談なく決めてしまって、本当に申し訳ない。』
深々と頭を下げる飯島選手。しかし、会場からは大きな拍手と「良く決めた!」「おめでとう!!」と言う言葉が飛び交っています。え?祝福してるの?
『では、キャプテンの中堀選手から一言貰いましょうか。』
中堀選手は椅子に座ったまま、スタッフからマイクを受け取り話し始めました。
『賢太、おめでとう!!3部だからアマチュアリーグとは言え、賢太がヴァンディッツからの初めての海外移籍選手か。くそぉ!悔しいな。そう思ってる選手は一杯いるぞ?賢太、あっちでも度肝抜くようなミドルでベルギー人驚かせてやってくれ!!』
中堀選手の言葉に飯島選手は目頭を押さえながら、また深々と頭を下げてそのまま背中を震わせていました。
『運営統括部の冴木部長から移籍に関して、報告がありますのでそのまま聞いて下さい。』
『皆、お疲れ様。驚かせるような形になってしまって申し訳ない。移籍をするしない関係なく、相手さんがある事だから、皆に知らせる事が出来なかった事は申し訳ないと思っている。また、国人衆の皆様、サポーターの皆さんへのお知らせもこのような形になってしまった事は誠に申し訳なく思っております。』
冴木さんが頭を下げる。「なんだよ。謝るなよ....」そんな声が私の周りからも聞こえる。謝らないで欲しい。飯島選手は更なる挑戦を始めるんだ。チームの皆があんなに祝福してるんです。私達も笑顔で送り出してあげなきゃ。
『また、契約上の問題から試合への出場は今後出来なくなるので、移籍前の試合出場はありません。しかし、明日の試合後に四国サッカー協会さんから許可をいただいて、現地に応援に来てくれたサポーターの皆さんに挨拶するお時間を頂戴しました。その様子はもちろん後日、動画で配信を致します。このようなバタバタとした報告なってしまい誠に申し訳ありません。しかし、選手達の様子を見ていただいた通り、飯島本人の今後の成功を祈り、どうか笑顔で送り出してやっていただきたいと思います。どうぞ、宜しくお願い致します。』
向こうに聞こえるはずが無いのに、私達はめいっぱい拍手をします。頭を下げた冴木さんが、「更に....」と言葉を続けます。
『飯島本人にも黙っていましたが、ここからクラブとしてと言いますか、譜代衆や国人衆企業の皆様から飯島への贈り物があります。』
驚いた表情の飯島選手。そして冴木さんは常藤さんから封筒を一つ渡され、それを飯島選手に渡しました。冴木さんが小さい声で「中見て良いぞ。」と伝えているのをギリギリマイクが拾っていました。
封筒の中に入っていた何枚かの紙を読みながら、飯島選手が涙を抑えきれず顔を俯き、最後には膝を付いて大きな声で泣き始めてしまいました。
一体、何が書かれていたのでしょう。冴木さんが飯島選手の背中をさすりながら、ゆっくりと落ち着いた声で説明してくれます。
『譜代衆企業の皆様には今日の午前中の時点でお話をさせていただきました。その際に、Vandits安芸のユニフォームスポンサーでもあります、高知県の企業、矢ノ丸様より飯島選手のベルギーでの生活の資金援助をしたいと申し出がありました。』
えっ!?すごい!!けど、そうか。ベルギー3部だからアマチュアリーグ、日本でデポルト・ファミリアにいた時の様にお給料を貰いながらのサッカーじゃないって事なんだ。ある程度の収入はあるかも知れないけど、たぶんアルバイトとかも考えなきゃいけない契約内容だったのかな?
『それを他の譜代衆企業の皆様も賛同していただき、矢ノ丸様と当社の常藤と私からの援助も含めまして、企業5社、個人4名から780万円の支援をいただく事が出来ました。』
選手の皆さんの驚きの声と拍手で会場は大盛り上がりです。私達は驚き過ぎて逆に静かになってしまいました。
『だけどな、飯島。矢ノ丸さんとの約束で支援は一年のみ。来年度からはお前自身がチームから、リーグから評価を勝ち取り、プロ契約を掴むんだ。だから、アルバイトなんかしてる暇無いからな。ヴァンディッツで培ったモノがベルギーでも通用するって事を俺達に見せてほしい。期待してる。』
冴木さんの言葉に涙を流しながら、頭を下げる飯島選手。
これは後に『Vandits海外育成支援プロジェクト』として、沢山のユース選手や若手選手の海外挑戦の手助けをしていく大きな支援制度の立ち上げの瞬間です。
私達は涙が止まらず、その雰囲気を持ったまま配信は無事に終了しました。




