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第161話 全体会議

2021年6月 Vandits garage <常藤 正昭>

 今日は(株)デポルト・ファミリア、(株)Vandits合同の全体会議です。今日に関しては事務仕事は午後は全てストップして、全部署の責任者が顔を出しています。東京に事務所を構えるホテル事業部の浦部さんもビデオ通話での会議参加となります。


 各部署の部長と次長または班長クラスの参加で、各部署2~3名の参加になるとは言ってもデポルトだけで10部署、Vanditsで3部署になりますのでそれだけで30名近いメンバーが集まる事になります。

 事務所のコミュニティースペースで行われる会議は、時間の空いている社員も私達のテーブルの外を囲うように見学に来ています。


 「さて、では始めましょうか。まずは私から皆様にご報告があります。(株)デポルト・ファミリアとしての今後の計画の提案になりますので、決定事項ではありません。これから皆さんと議論を重ねて決定出来ればと思っています。」


 少し皆さんの表情に緊張感があります。この話に関しては私と和馬さん、真子さん、浦部さんしか知らない話です。運営部と設計部、そしてホテル事業部のトップに相談してこの三人がNOと言うならば企業としてまだ時期尚早だと言う判断でしたが、満場一致で会議の議題としてあげるべきと言っていただけました。


 「デポルト・ファミリアとして初めてのホテル建設の提案です。」


 ざわっと言う空気感と共に「おぉ....」と言う驚きの声が上がりました。やはり皆さんの中でも「いつかは」と言う目標ではあったのかも知れません。


 「だた、正直な話をするとまだ『ホテル』と決まったわけではありません。旅館かも知れませんし、やはり規模を小さくしてリノベーション宿泊施設と言う可能性もあります。ただ、今までうちが手掛けてきた宿泊施設の一棟の最大部屋数24室は確実に上回る規模の宿泊施設になる事は間違いありません。」


 ここで設計部の祥子さんから手が上がります。


 「建設予定地はどちらをお考えですか?」

 「はっきりここだとは決まっていません。そこはリサーチ部や営業部の判断も聞きたいので。ただ、間違いないのは高知県内と言う事です。出来れば東部地区で。」


 何人かの社員から拍手が起こります。やはり我々としては初めて手掛けるホテル建設が東部地区以外と言うのは寂しいものがあります。


 「本当の理想を言うならばVandits field内に建設出来るのが一番ですが、そうなるとそこまでのインフラ整備や周辺の店舗誘致など様々な課題が出てきます。ただ、今年来年に建てようと言う計画ではありません。少なくとも四年は見込んでいますので、それに応じた対策は練れると思っています。皆さんの意見を聞かせてください。」


 ここからは各部署が意見を出し合いながらのディスカッションになります。やはり話題の中心は建設予定地ですね。一番の有力候補は安芸市、そして南国市。この両市ならばサッカー観戦者以外の宿泊客も期待出来ますし、東部観光地へのアクセスもしやすいエリアにはなります。

 しかし、それと同時に安芸市への建設に否定的な意見も多いです。やはり安芸市とはこれまでも私達デポルト・ファミリアは良い関係を築けていません。


 最初は安芸球場の使用許可などもそうですが、その後の話し合いでも市の行政施設や防災拠点の移設に伴う用地使用で、我々の提案はことごとく断られてきました。それどころか話すら聞いていただけない事もあったのです。


 芸西村にVandits fieldが出来、安芸市に今のVandits garageが構えられてからは安芸市に何かを提案させて貰う事も無くなりました。それよりも近隣の香美市や奈半利町・田野町、そして和馬さんがゆず園を始めた事でお付き合いが出来た北川村などの方が積極的にこちらと関りを持ってくれているので、安芸市でなくてもと言う考えが我々にも生まれたと言う事もあります。


 「利用客の確保はもちろんだけど、ヴァンディッツ戦やシルエレイナ戦の観戦客が利用しづらいくらいに遠い場所はやっぱり考えられませんよ。(秋山)」

 「芸西村に建てるってのが理想なのは分かりますど、あまりにリスク高過ぎませんか?飲食店や物販のお店までこちらで誘致して構えるってのは相当厳しい気がしますよ。現にこれだけの期間、デポルトで移住支援をしてきて店舗経営の為に移住してくれた人は二十一組中で一組でしょ?(入船)」

 「意固地と言われても仕方ないけど、安芸市への建設はやっぱり良い気持ちにはなれませんよね。って言うか今回も断られる可能性だってありますし。(入手)」


 そして次は規模の話です。一番現実的なのはビジネスホテルと言う事ですね。観戦目的の宿泊客となれば少しでも宿泊費用を抑えたい方が多いのが現実。ならば7000円前後で朝食の付くプランがあれば利用していただける可能性はグッと上がります。


 当然、高知市内に行けばさらに安い金額のホテルもありますが、芸西村までの移動費を考えるとどちらがお得かと言う事にも繋がります。

 ここに関してはさすがにリゾートホテルなどと言う意見は出る事無く、ビジネスホテルもしくはシティホテルを基本に考えると言う意見でまとまりました。


 「そうなるとホテル内にある程度のテナントを入れるって発想になって来るんですかね?」

 「コンビニとお土産物くらいは買えるお店は構えたいわよね。」

 「....あの、ちょっと宜しいでしょうか?」


 手を挙げてくれたのは及川君でした。及川君なりの発想の転換を提案してくれました。


 「Vandits fieldの西側にある畑の中の道をスタジアムへの道路拡張の為に250mくらい買い取った敷地があったと思うのですが、あそこに小規模な商店街を作ると言うのはどうでしょうか?」


 コミュニティスペースが静まりかえります。確かに買い取った用地はあります。畑を使っている近隣住民の方の資材置き場や物置を建てる場所として使われていたようでしたが、我々が現地に見に行くと物置とは名ばかりのボロボロの簡易な建物があるだけで使用されている形跡はなく、資材置き場と言われている場所にも何年も放置されていたであろうビニールハウス用の資材が錆びて放置されているだけでした。


 そこで我々は土地の所有者の方に「もしこのまま放置するのならばうちで買い取らせていただけませんか?」とご相談して無事に手に入れる事が出来ました。

 しかし、スタジアムから伸びるその道の先には何軒かの民家が建っており、道の拡張はほぼ無理となって、さてこの先どうしようかと更地にした後は半年ほど放置していました。


 「あそこなら一軒の店の幅が8mで干渉地として両脇に1mづつ設けるとしても、20軒近い店舗を誘致出来ます。しかも、道路拡張を諦める事になった民家ですけど、その南北にも50軒近い民家がありますから、そこの住民の方が利用客になってくれる可能性はあります。いかがでしょう?」


 さらに建設予定地としてデポルトのHPでも大きく取り上げながら、芸西村を含めた高知県東部への働きかけ、そして一番の提案をしてくれました。


 「これを機にそろそろ芸西村とタッグを組んで、県とも話し合いをして東京都市部や県外などで行われている移住相談会などに参加してみるのも良いのではないでしょうか?芸西村全体の移住を考えていくならば、そろそろ自治体との連携も視野に入れなければと考えます。」


 その意見に皆さんからも様々提案が出されます。しかし、ほぼ及川君の提案をベースに話が進む形になりそうです。私がここで坂口くんに話を振ります。


 「そうは言っても畑のど真ん中に商店街ですか。坂口くんならどういった商店街を想像しますか?」

 「私ならいわゆる新築の建売のような物件は建てません。日本民家、出来れば京都や江戸の小規模な町屋をイメージしたような物件にします。周りの景観を壊しませんし、畑だけの原風景の中にも何より温かみが生まれます。」


 そして古民家ベースにするなら全国からの移築も出来るだろうし、新築で町屋風に建てても良いだろうし、とにかく洋風の建物は建てるべきでは無いと言う考えのようでした。そして、真子さんも意見を出されます。


 「私も祥子ちゃんの意見に賛成です。何よりVandits fieldが砦をイメージして作られてるにも関わらず、そのすぐそばにある商店街が現代建築風の商店街だったら気分が冷めちゃいそうだし。距離的にも本陣に泊まっていただいているお客様が歩いて行ける距離だから、施設とのイメージの乖離も起こらずに済みそうだと思うの。」


 ほとんど意見は固まったようですね。ここである程度まとめてしまいます。


 「では、Vandits field西側への商店街建設とそれに伴う移住推進案に賛成の方は挙手をお願いします。(雪村)」


 ほぼ全員の手が上がります。賛成多数としてこの案をとりあえず企画書として作成する所まで進めていきます。営業部と設計部でイメージ図、不動産管理部とリサーチ部で移設できる古民家の調査と分譲・賃貸の両面からの建設案を作成して貰います。


 さて、私からの提案が長くなりましたが、ここからは(株)Vanditsからの報告と提案を聞く番です。


 ・・・・・・・・・・

<冴木 和馬>

 司の提案で思いの外に意見が飛び交った最初の議題は着地点をしっかりと見つける事が出来た。司の社員としての成長と元々の経験に、偉そうだが少しグッとくるものがあった。

 以前、上本食品の上本社長と食事をさせて貰った時に社長が「私が残念なのは及川と中堀の社員としての成長を見られなかった事だよ。」と仰っていた。社長は会社を去った皆をずっと気にかけてくれているが、中でも司と中堀の二人は上本食品でも管理職にいた事もあり殊の外気になさっていたようだ。


 その成長が今回の提案に表れているのかも知れない。誰もが目の前の事に必死になり、新たな可能性の発見と開拓に気がいかなくなっている時に司はしっかりと周りを見続けていた。こう言った部分はサッカー選手として培ったモノが関わっているのだろうか。いや、それはあまりにこじ付けか。


 さて、ここからはサッカー事業の話になっていく。(株)Vandits関連の話の場合は進行は常藤さんから俺に変わる。


 「さて、デポルトからは景気の良い話がたくさん聞けて、こちらとしては少し焦っているがこちらも悪くない報告からいこうか。」


 皆から笑いが起きる。全体会議とは言え、あまりに硬い雰囲気のまま続くのも宜しくない。少しは肩の力を抜いて話を聞ける雰囲気も作ってやりたい。


 「(株)Vanditsの強化部に関してはずっと部長を作らずにやってきた。板垣がずっとそれに近い仕事はしてくれていたが、やはり監督やコーチなどの移籍が関わる人材が要職に就くのはあまり宜しくないと俺的には考えている。」


 皆の中にも頷いている者がいる。今後、JFLやJリーグへ昇格すればトップチームで指導してくれているメンバーは当然移籍の対象となって来る。そうなると移籍するたびに部長職がコロコロ変わるような事態になる可能性は十分ある。


 「しかし、トップチームが昇格していく中でいつまでもしっかりとした責任者が定まらないままにしておくのは部門管理としても宜しくない。なので、今回強化部の部長と次長を任せる者を決めた。」


 少し場がざわつく。ある程度、皆の中でも予想は付いているだろうが俺の中でもそうだし、板垣や御岳さんにも相談して問題ないと判断してもらった。


 「まず、部長職は樋口光。次長職は森慎也。この二人に頼みたい。理由としては前任者でもある板垣、御岳さん両名からの推薦もあった。それに二人は(株)Vanditsを設立する際の面接で、所属は(株)Vanditsで構わないが扱いは(株)デポルト・ファミリアの社員としての出向扱いにして欲しいとの事だった。」


 皆に話していない裏話だ。驚いているメンバーもいる。それはそうだ。コーチ採用では無く出向社員として配属される道を選んだんだ。この先、チームが昇格して結果を出した時にJ1チームから移籍交渉があったとしても、彼らは社員採用を理由に断る理由が出来る。

 そして当然コーチ雇用では無いから契約期限が無い。デポルトの社員達は給与面で変更があればその都度契約書を書き直すが(これは全社員共通)、基本的に雇用期間は設けていない。


 「樋口、森。受けてくれるか?」

 「もちろんです。ありがとうございます。一生懸命務めます。(樋口)」

 「はい。ありがとうございます。今まで以上にチームに貢献出来るよう努力します。(森)」


 皆から拍手が起こり、二人は皆に向かって礼をする。これで一つ落ち着いた。まだまだ周りからのフォローは必要だろうが、まだ二人とも20代。これからいくらでも経験は積める。


 「そして、もう一つ。紹介したい人がいます。お願いします。」


 そう言うと個別会議室の扉を富田が開ける。すると中から男性と女性が出てきて、皆にお辞儀をした。

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