第160話 女子会と女傑の悩み
2021年5月 自宅 <秋山 直美>
いつの間にやら月例となった女子会。しかもどんどんと規模は大きくなって来てる。今日は若干少なめとは言え、7人。しかもネット参戦してる詩織ちゃんまで。この女子会に参加してる時の詩織ちゃんは、『女優 宗石詩織』ではなく、本当に一人の女性で私達と同じ悩みを持つ『詩織ちゃん』。
最近は仕事の事よりもプライベートメインの話が多くて、高知県内や四国内で見つけた美味しいお店とか景色が良かった所とか、ホントに良くあるOLの世間話。その中で最近ちょくちょく話題に上がるのは、『資産運用』の話。
こう見えても私達も同世代の女性の中では結構お給料はいただいている方なので。デポルト・ファミリアでも(株)Vanditsでは選手向けはもちろん他の社員にも経済や資産運用、金融リテラシーを高める講義を行っている。そこは常藤さんの得意分野ではあるし、他にも外部から講師としてお呼びしたりもする。
そんな中で若い子達からすれば貯蓄以外の自分のお金の使い道を知っておく機会が身の回りに増えているからこそ話題にも上がる。この女子会で言えば裕子と祥子さんは強い味方だ。私も資産運用を始めたのはデポルトに移ってからだけど、この二人はファミリア時代からずっと続けているみたい。
祥子さんなんてこないだこっそり教えてくれたけど、めちゃくちゃ資産増えてて自分もこのまま続けようと思わせて貰えるくらいだった。
だから女子会だからと意外に馬鹿に出来たものでも無い。実際に参加者が多い時には高知市内で居酒屋さんやバルを借りてやったりもする。そのおかげで仲良くなり行きつけにさせて貰っている飲食店はすごく増えたし、チームのポスターを張って貰えたり店主さんが個人で国人衆の登録をしてくれているお店もあったりする。
それでもやっぱり一番盛り上がるのは恋愛の話。今日は色々とターゲットが変わりながら話が展開していた。
「裕子ちゃんはいつ結婚するの?(祥子)」
「そんな。まだまだですよ。」
「でも、付き合ってもう二年でしょ?そろそろそんな話も出てないの?(秋山)」
「本人は今シーズンが一番大事ですから。支えるだけです。」
「あんまり理解ある彼女やり過ぎると後がしんどいよぉ。(秋山)」
「葵ちゃんは!?どうなの!?(雪村)」
自分の話が旗色悪くなると一番話を振られたくない子に振ったなぁ。葵はドキッとしたのか、肩を跳ね上げて唐揚げを口に咥えたままこちらを見る。
「あはひはへふひ....」
「食べてから喋りなさい。(祥子)」
必死に唐揚げを頬張って葵が話を始める。
「私は別にご報告できるような事はありませんよ。」
「ホント、バレバレなのに隠そうとするのはうちの会社の社風なんですかねぇ?祥子さん。」
いつまでも攻め手でいさせる訳がないでしょ。バレてるのは祥子さんも同じ。
「えっ....何が?」
「正月休みはご実家帰らなかったみたいですね。」
「えっ、何で?」
どうして知っているのかと聞きたいのかな。あんなにあからさまなのに。
「ご存じかも知れませんけど、彼氏との旅行で系列ホテル使う時は社員割引使わない方が良いですよ。系列ホテルなんで同期から噂話飛んで来るんですから。」
北陸が実家なはずの祥子さんが東京のホテルに年始にいたら、そりゃ顔知ってる社員からしたらビックリしますよ。ファミリア時代は次期役員候補とまで言われてた設計部のトップが、いきなり昇進コースから外れて田舎の子会社行くってだけで注目集めてたのに。
恋は盲目とはよく言ったモノで、祥子さんほどの人でも夢中にさせるって。高瀬君、君の罪は軽くないぞ?
『はぁぁっぁぁぁぁ~~~~.......』
あまりに長いため息が机の上に置かれたノート型PCから聞こえた。詩織ちゃんだ。モニターを見るとグラスを口に当てながら『良いなぁ....』と愚痴っている。
『私だってぇぇぇ!!会いたいですぅぅぅ!!!!』
不用意な一言な気がするよ?詩織ちゃん。誰かいるって事かい?
「え?彼氏さんいらっしゃるんですか?(雨宮)」
『....いないけど。』
「じゃあ、好きな人はいると。(祥子)」
『........』
黙っちゃいましたよ。
「やっぱり芸能界って出会い多そうですもんねぇ!イケメンばっかりだし!(富田)」
『うわぁ!止めてよぉ!同業者なんて絶対イヤ!食事しただけでも売名の手段に使われるような世界だよ?あれ以来、同業者&関係者とは一切食事会は行かなくなったんだから。』
そうだった。詩織ちゃんが芸能界を一旦お休みする事になってしまったきっかけはそれが原因だった。私達に少し気まずい雰囲気が流れると、詩織ちゃんが「もう吹っ切ってるから気にしない気にしない♪」と明るく流してくれた。
「って事はぁ~!一般の方って事ですね?会いたいのは。(富田)」
郁のこういう性格はホント助かるわぁ。それを言われた詩織ちゃんは明らかに顔が赤くなって、もごもごと何か言い淀んでいる。あなた女優ですよね?少しは自分の感情を隠すって事をしなさいよ。
あれ?でも、これって....もしかして....
「え?もしかして、私達が知ってる人?」
真っ赤になったまま俯いてしまった詩織ちゃん。あぁ、確定してしまいました。私達全員は黙ったままお互いに目線を送り、誰なのかを推理し合います。そこで裕子がまさかの人間を挙げました。
「間違ってたらごめんね。もしかして....尾道さん?」
いやいや、まさか....と思っていたら、詩織ちゃんは画面に向かって必死に頭を下げながら『お願いしますっ!!』と懇願する。
『ここだけの話にしてくださいっ!尾道さんの耳には絶対に入れないでくださいっ!東京来た時に好きなモノ奢りますからッッ!!!お願いします!!』
詩織ちゃんの中で私達はどんな認定をされているのか怖くなる。さすがに人の恋路を邪魔するような真似まではしない。そんな事をしようものなら、恐らく自分の時にしっかりとお返しをされかねないメンバーばかりだ。
おちょくったりイジッたりはするけど、基本は微笑ましく見守っているスタンスなんだから。そうは見えないと言われそうだけど。
でも、まさか尾道さんなんて。寡黙で真面目。今では社長付き運転手をしながら、裕子に教わりながら秘書に近い仕事までするようになってきてる。サッカーを引退して社員契約を継続した元選手の中で仕事内容が一番ガラリと変わったのが尾道さんかも知れない。他の選手はほとんどが選手時代に所属していた部署でそのまま働いている。尾道さんだけはどんどんと会社の中枢に近い仕事をし始めている。そう言う素養があったって事なんだろうな。
「尾道さんかぁ。真面目で優しいですもんねぇ。(雨宮)」
「やっぱり専属広報してた時から良いなって思ってたの?」
『....そうですね。あんまり、私の周りにはいないタイプと言うか。何か話してても、ううん、話してなくてボ~ッとしてるだけでも落ち着ける人で。だから、良いなって。』
「なるほどぉ。まぁ、間違いなくうちの男性社員では出世争いで上位走ってるわよね。(祥子)」
『そうなんですか?(詩織)』
祥子さんが説明する。今、うちの男性社員で出世が順調なのは古川君、尾道さん、及川さん、望月さん、入船君の五名。そう、全員ヴァンディッツの選手または元選手。出世と言う意味では私や裕子の『初期東京組』も出世コースにはいるんだけど、高瀬君以外のメンバーは全員管理職に就いてしまって、これ以上の出世は役員になるくらいしか無いのが現状。役員なんて絶対ヤダ。真子さんとか見てて面倒そうなんだもん。
「まぁ、唯一狙えるポジションとしては不動産管理部なんだけど、あそこだけは不動産関係の資格取らなきゃいけないからねぇ。資格の勉強しながら実地訓練って感じになるわよね。(祥子)」
「そう言う意味では尾道さんはノーマークで出世していってますよね。農園部だったはずなのに、車好きで二種免許持ってるって理由で常藤さん付きの運転手になって、運転手だけじゃあれだからって常藤さんの仕事を覚える意味もあって勉強始めたら秘書チックになっちゃったって。ある意味シンデレラストーリー歩んでるし。」
『それって、やっぱり今後はどんどん重要な役職になる可能性あるって事ですよね?』
それはそうかも知れない。だって、常藤さんが外で会う人たちは取引先も関係者もほとんどがお偉いさん。そうなると当然帯同してる尾道さんも顔は知って貰える事になる。運転手だった頃はお会いする事は無かっただろうけど、秘書的な仕事もやりだしてからは同席する事も増えたみたいだし。
「こんな想像はまだ早いけど、デポルトが大きくなって支社を作るなんて事になったら、現状で言えば支社長候補は裕子ちゃんか尾道君でしょうね。」
「そうなんですか!?常藤さんが支社長って可能性は無いんですか?(富田)」
ここで郁が大いに勘違いしてるけど、常藤さんは既に取締役社長だ。その次にとなると和馬さんか真子さんなんだけど、この二人をサッカー運営と設計部から切り離すなんて判断はどんな馬鹿な経営者でもしないだろう。
そうなると次の候補はファミリア時代から社長付き秘書をしていた裕子と、現在社長付き秘書をしている尾道さんって事になる。
『そうなんですね....』
「なんか困り事?」
『いや、だって、今でも私は皆さんからすれば取引先に所属してる女優じゃないですか?それが利害関係のある会社の社員と付き合うとか、あんまり見た感じ宜しく写らないんだろうなぁって....』
「あぁ~....まぁ、ファンの人からすればそう言う人はいるかも知れないけど、うちからしたらそう言う感情は全く湧かないと思うけど。ね?祥子さん。(秋山)」
「そうね。むしろ、そこ行ったかぁ~!って喜ばしく受け止められると思うけど。」
詩織ちゃんに説明しているけど、『社内恋愛大歓迎』な社風。当然、仕事に影響を出すような学生みたいな真似は困るけど、ちゃんと仕事とプライベートを分けられるなら何の問題も無い。
結局は世間体と言うか、詩織ちゃんのファンがどう見るかって事ぐらいなのだ。
「まぁ、でも詩織ちゃんも忙しくなってきてスタジアムゲストもそうそう来てもらえなくなってきてるし、今シーズンはホームでの練習試合無いしね。そりゃ、不安にもなるわよね。(祥子)」
「それに前提として付き合ってる訳でも個人的に連絡取ってる訳でもないですからね。」
『....もしかして、二人とも私をいじめてますか?』
笑いに包まれる。でも、こうやってだんだんと幸せの輪が広がっていくのは聞いていて嬉しい。さて、私の幸せの輪を持ってる人はどこにいるんだろう。
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2021年5月 自宅 <真鍋 薫>
休みとは言うても何かとやらなあかん事はあるもんで、書斎で様々なメールや書類を片付けていく。ふと書斎の端に置かれた書類に目がいき、また手に取ってもうた。
表紙には『学校法人蒼星学園 学園敷地内建設計画書』と書かれている。ぱらぱらと頁をめくり、何度も見とるはずの頁で手を止める。
学園の施設完成予想イメージ画。CG画とパステル画が合わさった絵で、広ぉい敷地に校舎・サッカーグラウンド・体育館としても使われるアリーナ等が描かれている。
まだ形になるんは先の話やけど、こうして想像を膨らませるだけでも私みたいな年寄りには幸せの時間やわ。
スマホが鳴る。いつの時も幸せを邪魔するもんはおるもんで、こちらの都合は考えてはくれへん。着信相手を見て、電話に出る。
「どないしたん?珍しいやないの。」
電話の向こうの声は真剣な様子やった。どうやら世間話ぃ言う感じでは無いみたいやね。
「なんやの、藪から棒に。え?まぁ、知り合いっちゃ知り合いやけど、仕事の繋がりがある訳ちゃうんよ?....うん。まぁ、あんまり良い顔はせんと思うけど。」
なかなか面倒な頼み事です。こう言った頼みをする子ちゃうんやけど、今回の事は色々と自分でも面白そうと思ってしまった部分もあって、引き合わせて見ても面白いかなと感じてしもうたんよね。
「ほな、紹介はしたるけど今年はあかん。大事な時期やからね。今季の結果次第っちゅう事にしよか。それまでに話詰めれるくらい仕上げときなはれ。ほなな。」
電話を切る。窓の外の竹林を見ながらふぅっと息を吐く。あの子にはこうやって色んな物が舞い込んでくる運命なのかも知れへんね。それがあの子にとって良いか悪いかは分かれへんけど、少なくとも困らせるような事にはならんやろ。




