第159話 新規加入、変わる環境
2021年3月 Vanditsチャンネル配信
今年度のVandits安芸の加入選手は三名。
一人目は津田尚也、21歳。北海道出身。JFLに所属する島根FCから移籍。ポジションはMF(DH)。182cm80kg。在籍DHメンバーの中でも一番高身長。本人としてはディフェンス意識の高いプレイスタイル。
二人目は長尾幸一、24歳。宮崎県出身。昨年JFLからJリーグへ昇格した宮崎SCから移籍。ポジションはMF(OH)。168cm65kg。ドリブル突破を得意とするプレイヤー。足元の技術が高く多彩なパスを持つ。
三人目は一条清春、18歳。高知県出身。安芸高校から新規加入。ポジションはMF(OH)。172cm70kg。スタミナ・体幹に優れ当たり負けをしない。高校一年の頃からキャプテンを務めたキャプテンシーにも期待。Vandits安芸初めての育成加入選手。
以上の三名。今季は全員がMF。昨シーズン末には古川が抜け、今期末には及川が引退する予定となっています。。そして五月がDHコンバートした事でOHは手薄です。それも含めて今回はこのような補強となりました。
昨年末で引退および移籍となった五人の選手につきましては、後日に録画配信とはなりますが全員のコメントを放送する予定でおります。
尚、シルエレイナ高知に関しましては今シーズンの新規加入選手は現段階ではありません。
今後も(株)Vandits並びに(株)デポルト・ファミリアスタッフ一同、皆様に喜んでいただける結果を求めて精進していく所存です。今シーズンもよろしくお願い致します。
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2021年3月 高知市内帯屋町 <長尾 幸一>
午後の練習後に八木に食事に誘われた。新たに移籍してきたVandits安芸。年齢もポジションも同じ八木とは練習でも同じメニューになる事が多かった。しかし、来月の開幕からはポジションを争う者同士。
着いたのは普通なら見逃してしまいそうな路地だった。『高知55番街』と書かれた赤いネオンが何とも昭和な雰囲気を醸していた。
その路地にある一軒の居酒屋に八木が入った。後に続く。炭火焼の良い匂いが腹を刺激した。
「親父さん、二人でぇ~す。」
「なんだ?待ち合わせじゃないのか?」
「え?」
店の店主が指差す方向には同じVandits安芸の棟田と飯島さんだった。
「あれ?賢太さん!なんだ、声かけてくださいよぉ。」
「お前がいるとうるさくなるから声かけなかったんだよ。」
「もぉ~。いけずぅ!」
八木と飯島さんの四人席に一緒に座らせて貰う事になった。
「お疲れ様です。(棟田)」
「お疲れ。悪いな。飯島さんと飲んでるのに。(長尾)」
八木が旨い物を適当に頼んでくれるらしい。嫌いなモノをちゃんと聞いてくれるのはこの男の性格を表している。お茶らけてるように見せているだけで、普段から周りを見ているし気も使える男なんだろう。
「あっ、うまっ!!」
出された焼き鳥を頬張ると思わず声を出してしまった。すると八木も飯島さんも嬉しそうに「だろぉ?」と得意気だ。いや、しかし良い店を教えて貰った。禁酒は絶対では無いとは言われているが、創立メンバーは今でもまだ酒は飲んでいないらしい。もう辞めたに等しいよな、それじゃぁ。
しかも、引退してチームを離れた選手まで飲んでないと聞いた。いや、このチームのJにかける意気込みを見せて貰った感じだ。
飯島さんが真剣な表情で八木に話をした。どうやら移籍交渉の事のようだ。
「今年も来たんだろ?」
「来てたっぽいっスけど、オレの方には回さないようにしてもらってますから、どこから来たかは知らないっスよ。」
「え?聞かないのか?(長尾)」
「チームは全部教えてくれるけど、オレは聞かないようにしてんの。移籍するつもりないのに聞いてもしょうがないじゃん。」
「いや、そうかも知れんが....」
自分の言葉に構わず焼きそばを頬張る八木。それを見て呆れた様子でため息をつく飯島さん。
「な?天才ってのは理解の外にいるもんなんだよ。」
「オレ、天才じゃないっスから。天才ならとっくにJリーグか海外で活躍してますって。」
「お前に来てた依頼を最初から選んでチーム変わってりゃ、今頃Jリーグにいたかもな。」
確かに八木ほどの実力があればそれも可能だったかも知れない。チームの皆から話を聞くには二年目、県1部リーグが終わった頃には最初の移籍話が来ていたと聞いた。その話に乗っていれば今年の開幕前の冬の移籍で成績次第ではJ3のチームへの移籍くらいは見えていたかも知れない。
そう考えると他人事ではあるが、八木が競技サッカーから離れていたと言うほんの一年間が非常に惜しく感じられる。高校を卒業してすぐに実業団なりJFLチームの育成なりで加入出来ていれば。
しかし、もしそうしていれば八木のVandits安芸への加入は無く、もしかするとVandits安芸もここまでスムーズに昇格は出来ていなかったかも知れない。偶然とは実に不思議だ。
その後も色々と話しをした。自分のJFLでの経験を聞かれたりもしたが、JFLに所属していたチームにいたと言うだけで、レギュラーで出場していた訳でもない。それでも皆は興味深そうに真剣に話を聞いてくれた。
「来季は何としてもJFL上がらないとな。」
「上がって見せるっスよ。もうあんな思いはしたくないっス。」
それぞれに思う事がありながらも目標はしっかりと共有し前へ進む。
腹も心も満たされ、駅まで歩く道中で自分は八木にふと声をかけた。
「本当に移籍しなくて良かったと思ってるか?」
その言葉に前を歩いていた飯島さんも棟田もこちらを見る。
「チームが自分をどう評価してくれてるかホントのトコは分かんないけど、今は後悔ないんだよね。まぁ、オレ達にはサッカーは全てだけど、クラブにとっては経営や資金の事もあるんだろうから、いつかは放出される可能性は全員にあるってのは分かってるんだけど。」
「....そうだな。すまん。変な事を聞いた。」
「なんで?嬉しいよ。そうやって相手を知ろうとしてくれる幸一君の行動。」
「自分は....Jリーグに行けると思ってた。なのに、実際には数少ない満了組になってしまった。そんな後悔をお前にしてもらいたくなかったんだ。」
「........ありがとう。」
飯島さんが肩を組んでくる。何も言わず、笑顔だ。まだ肌寒い高知の夜。
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2021年4月 東京『ホテル・アリア』 <常藤 正昭>
今年も新卒社員および転職社員の入社式が無事に終了しました。当社の入社式はホテル事業とその他の事業で分かれて行われます。ホテル事業の入社式は東京の『ホテル・アリア』で行われます。
ホテル事業の新入社員は東京で半年間研修を積み、本人の希望も聞きながら全国の系列ホテルへと配属される事になっています。
「お疲れさまでした。」
「いえいえ、浦部さんこそ。本当に全てをお任せしてしまって申し訳ありません。」
「この齢でこれだけ現場でやらせていただけるのはありがたい事ですよ。」
支配人室で浦部さんと紅茶をいただきながら話します。浦部さんは今年からホテル事業のトップ、事業部長となりデポルト・ファミリアでも役員待遇になりました。部長とは名ばかりで、ホテル事業のほとんどの事を任せてしまっており、もし浦部さんがデポルトに反旗を翻されでもすればホテル事業は崩壊しかねないと良く二人で冗談交じりで話をしたりします。
ただ、彼もまた私や笹見徳蔵氏と同じように冴木和馬と言う原石に魅せられた一人の様に感じています。でなければ、待遇もこの先も安定していたファミリアを離れる理由がありません。
「実は先日、(株)Vanditsの譜代衆の皆様と外部企業の経営者の皆様での食事会が当ホテルでございまして。」
浦部さんの報告に私は言葉を失い、しばらく彼の顔を見たまま動けませんでした。譜代衆がクラブの知らない場所で集まり話をすると言う事の怖さ。私は嫌な事を想像してしまいました。
「お考えのような内容ではございませんでした。」
「ご存じなのですか?」
「笹見様より同席するよう申し付けられまして。隠し事はしたくないと。」
あの方らしい。どう報告してくれても構わないと言う事でしょう。いつも通りのあまりに気持ちの良い行動に思わず笑みが零れてしまいました。
「内容は様々でございましたが、個人的に気になる話題が一つ。」
「何でしょう?」
「芸西村に施設は揃いつつある。そろそろ今後のスタジアムの発展を視野に入れるならば、デポルト・ファミリアの系列ホテルが高知に無いのはいかがなものかと。」
来ましたか。しかもこの話題、笹見氏ではなく宇城氏から出た話題だったそうです。今後も芸西村を中心に事業を進めていくならば、デポルト・ファミリアの大きな事業でもあるホテル事業の系列がお膝元に無いのはどうなのかと。
今までにそのような話が我々の中でも出なかった訳ではありません。しかし、東城君の事もあり話は棚上げされていました。我々が棚から下ろすよりも先に皆様に下ろされてしまいましたね。
「はっきりと仰っていました。今後のクラブ運営を考えるならばクラブと連携できるホテルやレジャー施設・商業施設は地元への観光・観戦客の呼び込みの為には必須。それをみすみす他の企業に奪われるような真似をすれば、譜代衆としての我々も笑われる事になると。」
さて、ホテル建設と言っても「はい、どうぞ」とすぐに建てられる訳ではありません。芸西村の施設内に建てるにはすこし魅力が足りないように思えます。なにより芸西村、施設の周りに飲食店や買い物を出来る店が無いのです。
「コンビニや仕出し弁当のお店などは人気です。しかしそれ以外に、と言われると非常に困ってしまうのが現実です。施設内にコンビニなど建てようものなら毎日施設を開放しなければならなくなります。少なくともホテルの一階に併設して、と言う案が精一杯でしょうね。」
「ホテルは建てるとなっても半年や一年で建つものではありませんから。おそらく設計や他の施設との兼ね合いも考えれば三年から四年。焦る必要はありませんよ。それに冴木君の考えも聞いてみたいですしね。」
「そうでした。さて、どんな反応をするか、今から楽しみですよ。」
私達は笑いながらカップを手に取りました。
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2021年4月 Vandits garage <有澤 由紀>
編集が終わった動画のチェックをしています。今、広報部では三つの班に分かれて動画制作をしています。ヴァンディッツ班、シルエレイナ班、育成班。そして地域や観光にまつわる事は全体会議で話し合い、各班に作成を振っていく形です。
この二年で(株)デポルト・ファミリアは本当に社員が増えました。私達は(株)Vanditsに移りましたが、とは言え子会社と言うくらいで事務所内もデスクは今まで通り自由ですし、デポルトの営業部の皆とは度々情報共有はしますし、設計部なんて部署の半分は子会社所属なんじゃないかってくらい一緒に仕事をしてます。
最初は数名で動いていた広報部もいつの間にやら休日に手伝ってくれている学生アルバイトさんを入れると20名を超える人員になりました。
今季に関してはユニフォームのデザインもユニフォームスポンサーも変更が無かったため、新規加入選手以外に関しては年明けには背番号と登録名をサポーターの皆様にお知らせする事が出来、今までの予約数を大幅に上回る好調さを見せています。
中でもシルエレイナ高知のユニフォーム、特に五百城選手のユニフォームは両チーム通じて初の開幕前に予約100枚を突破する事が出来ました。それだけ昨年の活躍と今シーズンへの期待が表れています。
正直言って、まだ高校二年生の女の子が自分のグッズで100万円以上を稼ぎ出すなんて、本当に凄い才能に出会っているのかも知れないと感じています。まだ四国リーグにも関わらず、いくつかの取材なども受けました。
ここだけの話ですが、五百城選手に関しては未成年と言う事もありファクト・ファミリーの水木社長にお願いして、番組などへの出演交渉に関してはファクト・ファミリーさんを通していただくようにお願いしました。
ただ基本方針としては学業優先。これは五百城選手本人もそうですが、お母様からもお願いされています。まずは高校をしっかり卒業する事。そして、お仕事はシルエレイナに関わる事をメインにしていただく事。
この二つが条件でした。こちらとしても本人の前では言えませんが、彼女の学校生活が平穏無事であってくれる事が第一です。
才能あるサッカー選手である前に、女子高校生としての生活を望む彼女の助けになれるよう運営も注意を払っています。




