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第158話 Jの高さ、迫る改革

2021年1月 Vandits field戦場 <及川 司>

 試合終了のホイッスルが鳴る。0対3。完敗。3セット目に関しては、ほぼ良い所は無かった。完全に新潟のギアが一つも二つも上がった気がした。これがJリーグで戦うチームの底力かと思い知らされた。

 しかし、勝てない訳じゃない。そう思えているオレは現実が見えていないのだろうか。


 試合後に新潟ベンチへ全員で挨拶に向かう。監督・キャプテンから言葉を貰った後、新潟の選手も含めてオレ達も一人の選手を見ていた。

 座って柔軟をしていた西原選手は「めんどくせぇなぁ」と言いながら立ち上がってオレ達の前に来てくれた。

 ニカッと言う音が似合いそうなほどの笑顔だった。


 「悔しかったか?まぁ、こんなもんだ!」


 本当に少年のようないたずらな笑顔だった。呆気にとられる。しかし、すぐに表情は締まりオレ達全員を見渡しながら気合を入れてくれた。


 「今年JFL行けなかったぁ?何やってんだ!!早く上がってこい!!俺はそんなに長く待てねぇぞ!リベンジしに来いよ。テストマッチとかそんなんじゃなくて、勝点とか優勝賭けたヒリヒリする試合を今度はやろうや!!!」


 そしてジョーさんが控室に向いて歩きだす。拳を高く突き上げた背中から大声が届く。


 「待ってるぞ!!ヴァンディッツッッッ!!!!」


 その背中に全員で頭を下げ、大声で感謝を叫んだ。


 ・・・・・・・・・・

 2021年2月 Vandits garage <冴木 和馬>

 クラブハウスの設計が概ね完成した。当初はクラブハウス内にトレーニング施設やシャワー室などを設ける案もあったが、結局トレーニング施設は別棟で建設する事が決まった。現状で体育館内のトレーニングマシーンを置いているスペースで事足りていると言うクラブ側からの意見を取り入れた形だ。


 なのでクラブハウスはまさにクラブ運営の中枢となる建物になる。正直言うと今の利用目的で言えば、選手達は契約更改の時くらいしかクラブハウスに来なくなるんじゃないかと不安になってくる。とりあえずはスタジアムとは別に記者会見に使える会議室は構えようとなった。


 コミュニティースペースで常藤さん達と話をしていると携帯が鳴る。離席しようと着信相手を見ると、徳蔵さんの個人秘書の新田(あらた)さんだった。常藤さん達に相手を伝え、席に着いたまま電話に出る。新田さんからの要件なら聞かれてまずいメンバーではない。


 「はい。冴木です。」

 「ご無沙汰しております。新田でございます。」

 「いつもお世話になっております。こないだも頂き物をしてしまって。家族で美味しく頂きました。ありがとうございます。」

 「お互いさまでございますよ。こちらこそありがとうございます。」


 新田さんとは新田さんが笹見建設の秘書部にいらっしゃった頃から、季節の御挨拶などの時には贈り物をし合う仲だ。とは言っても、最初は頂いてばかりで自分達の会社がやっと余裕が出てきた時に初めてお返しも兼ねてお中元を贈れた時には、自分としても少し会社の成長を感じられた瞬間ではあった。

 その後、新田さんは徳蔵さんが会長職へ退いたのを機に笹見建設をお辞めになり、今は徳蔵さんの個人秘書として働かれている。


 新田さんからこちらの仕事の時間帯にご連絡をいただけたと言う事は学校法人の関係だろう。


 「では、本題を。学校法人の件ですが、うちうちの調べですが間違いなく認可は下りるとの事ですので、理事会、と言いましてもまだ形だけですが。理事会の皆様の話し合いで4月より校舎の建設を開始するとの事です。会長より改めてご連絡はあるかと思いますが、改修していただいた学校までの冴木様所有の敷地内の道路を建設業者等が使わせて貰う事になるとの事でございます。尚、建設中に道路に損傷があった場合には《《色を付けて保全改修する》》との事でございました。」


 なるほど。今の道路状況では徳蔵さん的には不満だから、もう少し拡張するから名前を貸せと言う事か。


 「了解しましたとお伝えください。でも、新田さん。会社にお電話いただいても構わないんですよ?」

 「わたくしは会長の《《個人秘書》》ですので。」

 「変わりませんね。」

 「何を仰います。この数年のあなたの行動も十分に大学生の頃と変わらず、真っすぐで愚直で、安心致しました。」

 「有難う御座います。新田さんからの言葉は何よりの励みです。」

 「....では、そう言う事ですので。」

 「はい。ありがとうございます。」


 常藤さん達に電話の内容を伝える。これから忙しくなる事は容易に想像出来る。そしてすぐに会社の電話が鳴り、徳蔵さんから常藤さんに同じ事が伝えられる。こう言った所は二度手間と言われようが徳蔵さんは律儀だ。

 俺がきっかけで始まった学校法人の話とは言え、工事やその後の事で対応するのは会社だ。


 電話を切った常藤さんが何か富田に指示をして、笑顔でこちらに戻ってくる。同じ内容だったことを話していると、富田が会議室のドアを開けて「OKです。」と伝える。

 常藤さんがモニターを点けると、建設予定の私立高校の設計図が映し出されていた。真子がすぐに祥子さんに社内電話で連絡を入れると、祥子さんが飛び込むように入ってきた。


 「三階建て!?東西に二棟で渡り廊下で繋ぐ!?校舎の敷地も教室も多すぎません??(祥子)」

 「添えられていた説明を読みます。建設は東校舎から行い、西校舎は数年(予定)後に完成目標にする。理由としては東校舎を私立高校用校舎、西校舎を数年後に拡張予定の私立中学用の校舎とする為。だそうです。(富田)」


 全員が固まる。やはり高校だけで終わるつもりは無かったか。ジュニアユースは既にあるのだ。受け入れる為の中学を作らないはずがなかった。


 「中高一貫ですか。恐らくそれで終わりでは無いでしょうね。(常藤)」

 「でも、昨年末に徳蔵さんと話した時には小学校は作らないと言ってましたからね。なにか理由はあるんでしょうけど。確かに芸西小学校はある程度生徒もいたと思うので、生徒の奪い合いとかはしたくないでしょうし、中学から作っておけば、移住してきた方達の保育園・小学校の生徒は確保出来る可能性もあります。(和馬)」

 「ここまで来たら大学って言いたいけど、さすがに大学クラスの敷地になると、いくら買い取った敷地があると言っても足りないわね。(真子)」


 そう。さすがに大学までには発展しないだろう。それに大学まで行くと当初の目的であった木工建築の分野での即戦力の育成と言う意味からは少し離れてしまう気もしている。サッカー分野での人材育成ならば将来的に大学との連携も考えなければいけないが、それは県内外の大学との提携の可能性もあるのだから、急ぐ必要は全くない。

 今は高校設立とそれを軌道に乗せる事が先決だと思っている。


 「クラブハウスと二階建ての駐車場。そして校舎建設ですか。工事用車両で付近の道路は行き交う事になりますね。富田さん、申し訳ありませんが工事がスタートする前に工事が始まる説明文を載せたビラを作成していただけますか?工事用に使う道路は地図を載せて色を変えて記載してください。それが出来たらすぐに芸陽印刷さんに急ぎの依頼でお願いしてください。とりあえずは1000枚で結構です。出来次第、近隣住民の方に説明と共にビラを手渡しでお配りしますので。」

 「手渡し、ですか?」


 常藤さんの言葉に富田の言葉が詰まる。そりゃ、そうだよな。1000枚ものビラをポスティングでは無く手渡ししようってんだから戸惑って当然だ。しかし。


 「配布に関しては私と和馬さんで行いますのでご心配なく。宜しいですね?」


 俺の方をさも当然ですよね?と言いたげに見る常藤さん。俺は笑顔で頷く。当たり前だ。宿泊施設を買い取ってVandits fieldに改修する工事の時もそうだし、初めての大評定祭の時もそう。俺と常藤さんでご迷惑がかかりそうなお宅に一軒一軒回って説明と謝罪をしたのだ。今回も同じ事だ。


 富田はすぐに取り掛かった。恐らく来週明けにはビラも完成しているだろう。一気に忙しくなるな。


 ・・・・・・・・・・

2021年3月 自宅 <三原 洋子>

 今日はVanditsチャンネルの配信日。今回はVandits fieldが全面改修中なので新体制発表会は行われず、配信での発表になったそうです。

 新加入選手にも注目ですが、昨シーズンでチームを去る選択をした選手も数名いるようです。現段階で発表されているのが、


 ・DH 古川 純選手 → 引退(デポルト・ファミリア社員として勤務継続)

 ・SH 馬場 悠真選手 → 引退(〃)

 ・FW 幡 雄人選手 → 引退(〃)

 ・SH 大原 圭司選手 → 移籍(滋賀県リーグ所属チームへ)

 ・FW 鈴木 洋平選手 → 引退(実家の酒蔵に就職)


の五名。まさかのスタメン起用の多かった純と馬場さん、そしてツインスピードスターの一角だった幡さんが引退を選ぶなんて、本当に意外過ぎる発表でした。


 配信が始まります。由紀ちゃんがMCです。隣には桜さんも座っています。


 『皆様お待たせいたしました。2021-22年度シーズンの新体制発表会を行います。まず初めに代表取締役社長の常藤正昭より皆様へ今シーズンに向けてのご挨拶をさせていただきます。』


 常藤さんの言葉は短く明瞭でした。Vandits安芸の年間目標であり絶対目標が『JFL昇格』。その一点のみをターゲットとして全員が臨める体制作りをこのオフで行ってきたと自信ある表情で答えてくれました。シルエレイナ高知は当然の四国リーグ制覇とそして待っていた報告がありました。


 『シルエレイナ高知のなでしこリーグ2部への加盟入れ替え予選会に登録する為の申請を行いました。加盟条件の中にあるU-15、出来ればU-18の育成組織の設置につきましては昨シーズン中にお知らせしたとおり、昨年12月と本年1月の二度に渡る加入審査を経まして、今シーズンより19名のU-18世代の加入が決定しております。』


 昨シーズンの春に突如公式HPと配信で発表されたシルエレイナ高知U-18チームの結成。まだチームが動き出して半年と言う短い期間での発表に急ぎ過ぎじゃないかと言う意見もサポーターの中にはありましたが、配信の中で伝えられた『実力が十分ありながら、加盟条件を満たせなかった為に断念せざるを得ない状況を作りたくない』との運営部とチームの思いから育成組織の設置になったそうです。


 それだけなでしこリーグ加盟への自信が既にあると言う事なのかも知れません。


 『また現状でシルエレイナ高知に登録されている18歳以下の選手に関しては、本人に希望を聞いてどちらに所属しても構わない形は取ってあります。』


 いやぁ、最短なら今シーズンでなでしこ2部への加盟があり得るかも知れないチームを離れて育成世代へ行く選手なんていないでしょ。それに昨シーズンの試合結果と内容を希美ちゃんに聞いたけど、ほとんどの選手に出場機会もあったみたいだし。


 その後の話ではシルエレイナU-18に加入する選手は全選手が安芸高校への入学・編入が決まっているとの事。県外生・遠方からの引っ越しの生徒に関しては学生寮を用意しているとの事で、この辺の事も後日配信で特集して貰えるみたい。


 そして、話の総括として両トップチームの好調さを反映してか、育成組織への加入希望が増え、今シーズン前だけで選手・ご家族を含めて芸西村へ9名、安芸市へ40名の移住または転居をしていただけた人がいるそうで、そう言った意味ではサッカー事業を続けていく中でデポルト・ファミリアの事業の一つである移住援助の部分でも結果が出つつある事が大きく評価できるそうです。


 『それではここで運営統括部の冴木和馬より皆様へのご挨拶をさせていただきます。』


 冴木さんの話はいつも簡潔。要点をダラダラ話さず、行動→目標→結果予測を分かりやすく話してくれる。運営部としての話は、すでに工事がスタートしたスタジアムの客席改修と駐車場建設、そしてクラブハウスの建設。これに関しては客席と駐車場に関しては来シーズンの開幕までに利用出来るように優先して工事を進めていく事になっているそうですが、クラブハウスに関しては現状の事務所と体育館で機能を代用は出来ているので、他の工事との兼ね合いを考えながら建設を進めていくそうです。

 全体の工事完了は2022年の7月頃を予定しているそうです。


 『さて、ここからは皆さんが気になっている今シーズンからVandits安芸、シルエレイナ高知に新たに加わってくれる選手のご紹介をしましょう。』


 待ってましたよ。冴木さん。

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