第157話 日本代表の意地、サッカー小僧の意地
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2021年1月 Vandits garage <百瀬 浩平>
新シーズンからチームを率いる事になり、自分も事務所に来る事が増えました。今回は急遽の呼び出しでした。個室会議室には冴木さんと森君、そして広報の杉山さんがいました。
「急に呼び出してすまんな。」
「いえ、まだ練習には時間がありますので。」
そこで冴木さんから告げられた話に自分は一瞬頭が真っ白になった。
「一月下旬に春野陸上競技場で一次キャンプに入るJ2の新潟からテストマッチの打診が来た。」
まさか。そんな。こっちは地域リーグのチームなのに。
「おい!大丈夫か?」
「あっ、はい。でも、しかし....」
「高知ユナイテッドは同時期にキャンプを張っている讃岐とのテストマッチが近い日程であるからタイミングが合わず、大学からは断られたらしい。で、まぁ最近何かと話題があるうちに白羽の矢が立ったと。」
迷うはずがありません。ぜひにとお願いすると、あちらから条件が出ているそうです。一体....
「条件は完全非公開。サポーターはもちろんマスコミすらシャットアウトだそうだ。」
「でも、新潟がキャンプしてる春野競技場では難しいんじゃないですか?陸上競技場は入り込もうと思えば入れちゃいますよ?」
「そこで指定されたのがうちのスタジアムだ。敷地を隙間なく木の壁で囲まれてて、ここより高い建物が周りに無い。なので、Vandits fieldを使わせて欲しいと言うのが向こうのお願いだな。」
「それは自分には決定権は無いと思いますが。」
「まぁな。受けるで良いんだな?」
「もちろんです。今のJリーグの強さを肌で感じられるのは願っても無いチャンスです。」
「分かった。返事しておく。」
完全非公開とする為に色々と準備が必要らしいです。テストマッチ前日は新潟は練習が午後オフとなっていて、その時に観光バスでVandits field入りする。そしてその日は本陣に泊まって貰い、次の日の昼にテストマッチを行う予定となりました。
そして夕方にはまた観光バスでキャンプに戻ると言う段取りだそうです。
新潟からしても短いキャンプ期間とは言え、一度も実戦練習をせずに終わるのは消化不良になると考えたのでしょう。しかもサッカーキャンプは宮崎県や沖縄県にチームが集中する事が多く、なかなか同じJチームが同時期に高知でキャンプを張る事がありません。
なので、練習相手はおのずとアマチュアチームになるのですが、『練習相手になるだけの実力』のアマチュアチームが高知には少ない。
お零れをいただいたとも言えるが、千載一遇のチャンスだ。しっかりと自分達の実力をアピールしたいですね。
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2021年1月 Vandits field <冴木 和馬>
前日の現地入りからスタッフの確認作業は何度も続いていた。『完全非公開』が絶対条件である為、警備スタッフすら雇わなかった。自分達の社員だけで行い、参加する社員にも「個人的なSNS等で拡散などテストマッチが外部に知れる行為を行った者には減俸等の処分もあり得る」と言う覚書にサインを書いて貰い、参加しない社員にはテストマッチが終わるまで一切知らせない措置を取った。
しかし、その雰囲気とは裏腹にテストマッチ前のウォーミングアップに表れた新潟の選手の皆さんの雰囲気はすごぶる良く、早朝にランニングを行った選手からは施設を絶賛していただけたと言う事も耳に入っている。
新潟の選手の反対側ではヴァンディッツの皆がアップを始めている。少し緊張しているように見える。当たり前か。自分達が追い求めるゴールラインの向こうで活躍する選手達と、たった一度とは言え相まみえる事が出来るんだ。緊張も興奮もしない方が可笑しい。
俺はアップを終えて集まっている選手達の元へ行く。百瀬が選手達と確認のミーティングが終わった後に俺に声をかけて欲しいと言ってきた。百瀬も板垣もなぜか俺に締めの口上をやらせたがる。
「さて、ついに来たな。テレビの中で見続けたオレンジのユニフォームと相対する気分はどうだ?」
何人かの選手は苦笑いをしている。何人かの選手はワクワクした表情か。ここはさすがに性格が出るな。
「緊張も興奮もいらんからな。」
俺の言葉に何人かが信じられないと言うような表情で俺を見ている。
「この試合には四国リーグ優勝もJFL昇格も、お前達の緊張感を増して普段のプレイをさせなくなるような要素は一つも無い。ただひたすらに今日までお前達が子供の頃から積み重ねてきた努力と研究の成果を試せる場面だ。気負いはいらん。思う存分、暴れてこい。なんたって向こうには日本代表のキャプテンを務めた選手までいるんだ。あの日、槙田さんに教わった練習の成果も見て貰おうじゃないか。」
段々と皆の目に力が入って行くのが分かる。自分達の腕試し。思う存分すればいい。
「さぁ!!ジャイアントキリングしてみようかッッ!!!」
「「「「「応ッッッッッッッッ!!!!!!」」」」」
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<成田 雅也>
スタジアムの工事は既に始まっているとはいえ、今の段階ならピッチを利用するのは問題ないらしく無事にテストマッチが出来て良かったです。審判は新潟側のスタッフの方が務めてくれて、申し訳ないがジャッジクオリティが若干落ちる事は了承して貰いたいと事前にスタッフの方が控室に謝罪にまで来てくれていました。
怪我をするような事は無いと思うし、それ以上にやっぱりJリーグ所属チームと手合わせ出来るメリットの方が遥かに大きいです。
整列してヴァンディッツが新潟側に握手を求めに行くと、順調に続いていく握手の流れが急に止まりました。前を見ると止まっているのは及川さんでした。
握手したまま立ち止まっています。
相手は西原丈一郎選手。誰もが知るレジェンド選手。『ジョー』の異名で呼ばれ、高校ではパス能力と統率力で一躍注目を集め、高卒ですぐにJリーグ入りからA代表に召集された事を機に、プロとして一気に才能を開花。そして20代前半でイタリア、後半にはドイツ、そして10年以上の海外での選手生活からJリーグに復帰。東京のチームを経て昨年、出身地でもある新潟のチームへ移籍。
移籍の時の記者会見で「自分の選手生活の最後を新潟で終えたかった」と話した事で新潟サポーターだけでなく、サッカー界全体の好感度を爆上げして「引退までに新潟をJ1昇格させる」と目標も掲げました。
「あんたが及川さん?」
「はい!初めまして。及川司と言います。」
「止めてくれよ。同い年なんだから~。」
「いや、でも....」
「まぁ、良いや。あんたの頼みに応えてチーム作るなんて、夢あるねぇ~。」
「いや、そんな....」
「いやいや、あんたが望んだ事で実際にチームが生まれてここまで昇って来たのは事実だろ?誇れよ。じゃないと、チーム作って奔走した親友が可哀想だぜ。」
「ジョーさん、試合っスよ。(新潟選手)」
「うっせえなぁ。良いじゃねぇか。公式戦でもねぇんだから。チッ、まぁ良いや。楽しませて貰うよ。宜しくな。」
ジョーさんは司さんの胸をポンと拳で叩きました。及川さんも笑顔でお辞儀しています。すごいな。日本代表を務めたレジェンドofレジェンドの選手に一目置かれるなんて。
ポジションに付く。フィールドの向こうに居並ぶ圧倒的な橙色。さぁ、失うモノなんか無い。
全部出すんだ。
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戦場広報室 <山口 葵>
私と優、そして美咲は強化部として試合準備をお手伝いしていたので、ご褒美に広報室のモニターで試合を見ています。
実は戦場のスタジアムには警備上の関係で設置した観客席やピッチの様子を見る為のカメラが数台あります。その中で実況席の外に設置されたカメラは角度を変えるとピッチ全体を見渡せるように撮れるんです。ゲームのウイ●レみたいな感じです。
「ってか、全然試合になってるじゃん。(優)」
「試合開始早々に点取られちゃった時はどうなるかと思いましたけど、勝負出来てますよね?(美咲)」
「テストマッチだから内容重視なのは両チーム同じだが、失点が無いってのは新潟側からすれば良い事だろうし、失点以降しっかり守れてるのはうちからすれば大金星な内容だよ。(原田コーチ)」
30分×3セットマッチ。すでに2セット目も終わりかけています。
「それよりも成田君の徹底ディフェンス、ヤバすぎる。相手ジョーさんなんだよ?ありえる?」
「一セット目こそ見せつけられるような突破されたけど、2セット目に関しては成田君側からの突破全然出来てないからね、新潟。(優)」
「明らかに西原選手の表情が不機嫌になってますよね?(美咲)」
二セット目終了の笛が鳴りました。60分終えて0対1。交代枠の制限も無いので、両チームが次々と選手を入れ替えるにも関わらず、成田君とジョー選手は出続けています。
これは間違いなく目を付けられてますね。
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セットタイム <新潟ベンチ>
「何なんだよッ!!あいつは!!!」
ジョーさんの投げたペットボトルがベンチに飛び込む。全員にピリッとした空気が流れる。
「ジョーさん、勝ってるんスから。」
「2セット目は俺は個人的に負けてんだよッッ!!!」
「でも....」
「広報っ!!アイツ誰なんだよ!!」
「成田雅也、二十歳です。」
「....どこの高校だ。」
「高知県の室戸高校です。」
「どこだそりゃ。強ぇのか?」
ジョーさんが皆を見渡すが、全員首を傾げる。広報が続けて情報を話す。
「高校三年間はおろか、中学時代から公式戦は一回戦負けしか味わっていません。」
「そんな奴が四国リーグ全勝のチームのレギュラーを何で張れてんだよ?」
「Vandits安芸は毎年高知県東部の高校選抜とフレンドリーマッチを年末にファン感謝イベントの形で開いてます。彼はそのイベントで高校選抜に選ばれた時に、ヴァンディッツメンバーから加入を勧められたそうです。」
「ただのテストマッチの相手なのにやけに詳しいな。」
「この辺は全部Vandits安芸が配信してるチャンネルで紹介されてました。」
「なるほどな。あのJのチームのチャンネルすら登録者数超えてるってチャンネルか。」
「しかも、成田選手に声をかけたのは....及川選手です。」
繋がる時は繋がるモノだ。
「アイツは掴めたんだな。前髪を。」
「どう言う事っスか?」
「チャンスの神様は前髪しか無ぇって言うだろ?その前髪を掴めなきゃチャンスは掴めない。アイツはその時に掴めたんだろうな。」
「えぇ?ただ県リーグのチームに入っただけでしょ?」
ジョーさんの表情が一気に真剣になり、その選手ににじり寄る。
「笑ってろ。お前が数年後、羨ましそうにテレビで眺めてるW杯のA代表にアイツの名前があった時、お前は今みたいに余裕で構えてるか?」
ジョーさんは全員を見ながら話を続ける。
「お前ら全員に言っとくぞ。俺達は相手が地域リーグにいるからって下に見て戦えるような状況なのか?去年、悔しい思いをしたんじゃないのか?今シーズン、J1に上がるんじゃないのか?」
全員、ジョーさんから目を離さない。これが日本代表を束ねた男のキャプテンシーだ。
「お前達の中にも経験あるだろう。全くのノーマークの選手やチームがあっという間に自分達を追い抜いていった事が。お世辞でも何でもない。この60分で気付いただろう?ヴァンディッツはそう言うチームだ。気を抜くな。徹底的に潰せ。アイツらがJに来た時に、うちに苦手意識を持つくらいに実力の差を見せつけろ。」
全員の目がやる気に満ちる。ジョーさんが大きく手を叩く。
「さぁ、総仕上げといこうか!!!」
「「「「「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」
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<西原 丈一郎>
味方からのパスを受けて左サイドを駆け上がる。目の前には今日何度も腹立たしい思いをさせられた深緑のユニフォームの若造がいる。
独特の間合い・距離、そして諦めず体を寄せてくるそのフィジカルの強さ。昔、ドイツW杯予選で当たったブラジル選手を思い出す。あの時は何もさせて貰えなかった。あんな思いは二度とするかと思ったが、まさか高知で同じ思いをするとはな。
構わず体を寄せてくる。無意識に体がライン際に寄せられていく。ファウルを貰わない絶妙な体の当て方。恐らく先天的に感覚として持っているんだろう。神様はいつでも不公平で不条理だ。
「俺もアイツらにハッパかけといて、お前に負ける訳にはいかないんだわ。」
体を当ててくるコイツに俺は両腕を胸に押し当てながらコイツの体の動きを制限する。一度、タイミングを取るように俺から離れた瞬間だった。俺は渾身のパスでコイツの股の間にボールを通す。
その先に詰めていた8番が見事にゴールを決めてくれた。コイツがゴールを振り返った後、悔しそうにピッチを俯いて見ていた。
俺はコイツの顔を無理やり上げる。ビックリしたように俺を見るコイツに俺は俺なりの最大級の賞賛の言葉を投げる。
「下を向くな。上だけ見てろ。お前は俯く時間は無ぇ。」
くそ、柄にも無ぇ!!!
※西原丈一郎・・・完全オリジナル選手です。誰かが思い浮かんだとしても勘違いですww
誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。




