第156話 新たな改革
2021年1月 Vandits garage <冴木 和馬>
常藤さんと雪村くんも参加しての(株)Vanditsの広報部会議。今回はこの先の広報部としての動きを決める内容になっているので、全員に参加して貰っている。
「なんだ?皆、緊張してんのか?」
「仕方ないかと思います。大評定祭での和馬さんの発言を聞いてますので。どんな突拍子もない事を振られるのか戦々恐々としてるんでは無いでしょうか?」
常藤さん、なかなか酷いな。ファミリア時代は役員会と月に一度の食事の時くらいしか会話する事が無かったので、何となく壁を感じる人だと思っていたが、こうして一緒に働くようになって非常におちゃめで楽しい人だと気付いた。
あと、俺をイジって遊ぶのが好きな人だ。
「そうですか。まぁ、あまり構えさせたくはないんだけどな。とりあえず大評定祭で発表した事は事前に皆にも発表しておいた通りなんだが、広報部は板垣の退任のプレスを出して貰う事とインタビュー動画を作って貰う事くらいしかお願い出来る事は無いんだけど。杉さん、どうなってます?」
「既にインタビュー動画の編集も終わってます。明日、動画の配信とプレスコメントをHPに掲載します。正午を予定してます。」
「分かりました。さて、こっからは広報部に大いに関係ある話をしていく。その前に大筋の話をしてから、その中で広報部に関わりある事をピックアップして話していこう。」
まずは来季でのJFL昇格がクラブ最大で最低限の目標である事を全員で確認。これは選手全員が一年間ブレる事無く活動を続けて行けるように、スタッフも全力でサポートしていく。それはこれまでの活動と変わらない。
その上で、これからの(株)Vanditsとしての活動・発展の話をする。
「2026年までにVandits fieldに増えた敷地内に大規模な施設を順次建設していく。」
まぁ、当たり前だが皆の表情が固まっている。とりあえず全員に資料を配り見て貰いながら説明していく。
「大まかな流れは2023年に学校法人蒼星学園の校舎が建つ。2024年度には一期生のみでの学校運営がスタートする。」
学校法人蒼星学園。笹見徳蔵さん達が立ち上げた私立高校創設の為の学校法人の名前だ。名前は芸西村の園芸特産品でもある花の名前、『ブルースター』からいただいた。村に根付き見事な華を開いて欲しいとの願いと色々な分野で光り輝く人材の育成に寄与すると言う意味を名前に込めた。
「それに応じて2021年6月から野球場北側に大型駐車場、クラブハウスも敷地内に建設を始める。これはVandits fieldを建設した時から、俺達の中でもずっと懸念材料であった駐車場の確保を先にしてしまう為だ。敷地西側にある野球場まで続く道をバスが通れる広さに拡張する。この道は完全一方通行だ。駐車場から出る際に使ってもらう道になる。そして、入って来る道は学園側の入り口と共有の以前MK射撃場があった側の敷地東側道路になる。」
学校法人側の設計士と真子達がチームを組み、打ち合わせは随時続けてくれている中で決定しているモノを伝えていく。整地作業の進む拡大された敷地は東側四分の一が学校法人の敷地、残りがヴァンディッツ関連の敷地となっている。
広がった敷地は全部で28haほどあるが、当然ではあるがこれを全て2026年までに開発すると言う話では無い。28haと言われてもなかなか想像は付かないかも知れないが、2019年に開場した新しい国立競技場の建物がすっぽり4つは入ってまだ余るだけの広さなのだ。
そんな広大な敷地を一気に開発出来るだけの資金力はまだない。今は最低限必要な物を見定めて作っていく事になる。それがクラブハウスと駐車場と言う事だ。
「そしてここからが広報部も関わって来る事だ。まず今続けている配信チャンネルの拡充。まずは今までずっと迷惑をかけていた人手不足、ここに着手する。3月に中途採用で4名の広報部スタッフが配属になる。どの人も放送関係での現場の勤務歴がある人ばかりだ。少しは皆の忙しさを解消出来ると思っている。」
そう言うとスタッフの皆からは笑いが漏れた。ずっと少数精鋭で頑張ってくれた。それに報いたいとは思いながら、配属するスタッフが誰でも良いと言う訳でも無かった。杉さんとのミーティングでも「今は新人育成をしている余裕は無いので、経験あるスタッフが欲しい」とハッキリ言われた。
なので、中途採用スタッフを探したし、今度の内定新卒社員の中には映像関係の専門学校の卒業生も何人かいる。全部で10名ほどのスタッフを増員できるはずだ。
「まずはVandits安芸の譜代衆でもあるポエムさんが選手のSNS投稿を一括管理してくれるアプリを作ってくれている。内容的には最初はブログ管理のみとなってる。アプリ内の管理フォームに選手が文章と写真を送ったら、アプリ内にブログとして上がる形だ。これに関しては有料サービスとして展開して順次拡張していく予定だ。呟きアプリへの投稿に関しては基本的に選手本人に任せるしかないと言う判断で変わらない。なので、4月からはそこの投稿内容の管理をしてもらうスタッフを決めて貰う事になる。しっかりと部署・役割として配属する形になるのでそのつもりでいて欲しい。」
ずっと後回しになっていた選手達のSNS活動はポエムさんが協力を申し出てくれた事で大きく前進した。今後はブログ関連はポエムさんが管理、日々の呟きに関してはこちらで管理する事になっている。本格的に始めるのは夏以降になる予定だ。
「そして、これはほとんどのスタッフはまだ知らないと思うが、2022年2月から南国放送さんが(株)Vanditsの冠番組を立ち上げてくれる。」
皆がざわつく。これは良いサプライズを届けられたかな?南国放送さんからお話をいただいた時に迷わず飛びついた。しかし、これには大きな条件が乗っかっている。
「ただ番組開始の条件はVandits安芸がJFLに昇格する事、もしくはシルエレイナ高知が来年度末までになでしこリーグ加盟を決める事だ。」
盛り上がっていた雰囲気が少し治まる。放送局側からすればある程度の放送開始するだけの理由が必要になる。JFL昇格やなでしこリーグ加盟は大きな話題にはなる。そう言った意味での条件付けとなった。
「今年度に関しては南国放送さんの取材は、一年を通して練習や選手の私生活の一部も受ける形になった。理想で言えば今年の四国リーグ制覇とJFL昇格決定の瞬間を合わせてドキュメント特番として放送した上で、冠番組のスタートをアピールしていきたい狙いがあるそうだ。」
これに関しては皆納得してくれている。同じ放送分野で働くモノとしても起爆剤が大きければ大きいほど勢いは持続する可能性を持つ。なので少しでも話題性は上げておきたいと言う考えだ。
「そして、もう一つの条件だが。有澤。」
「はい。」
「南国放送さんからメインかアシスタントかは分からんが、有澤をMCに起用したいと話が来てる。受けるか?」
きょとんとした有澤の表情に皆から笑いが起こった。すまんな。またサプライズだ。
・・・・・・・・・・
<有澤 由紀>
ちょっと待ってよ!MC?いや、配信じゃ無いんですよね?深夜だろうと早朝だろうとテレビに出るってことですよね?しかもレギュラーで。
「えっと....何と言って良いか....」
「無理に受ける必要は無いから、ゆっくり検討してくれ。南国放送さんとしてもVanditsチャンネルでメインMCとして配信している有澤が務めてくれる事はチャンネルを視てくれている視聴者を呼び込めると考えての事だ。しかし、あちらも無理を言う気はないそうだ。チャンネル運営を第一に考えてお返事をいただきたいと丁寧にお話はいただいてる。」
「アナウンサーになれって事ですか?」
「そうじゃなくて。難しく考える必要は無いと思うぞ。配信でやって来た事、有澤がずっと続けて来てくれた事の舞台がネットからテレビに移るだけだ。確かに制作のスタッフは変わるだろうが、有澤や広報部が譲れない部分はしっかりと相手方に伝えて、これからもヴァンディッツやシルエレイナの広報を続けていく。俺はそうあって欲しいと思ってる。」
「分かりました。とりあえず考えさせてください。」
私はそう言うしかありませんでした。出役になる事の意味、今のままでいられると思うなと言うかなり前に和馬さんに言われた言葉の意味を考え始めていました。
部屋を出ようとした和馬さんが北川君に何かを伝えていました。
「あっ、北川。あの話、正式にOKだ。来年までに詰めてくれ。」
「分かりました!!ありがとうございます!!」
私はその会話が耳に入っていませんでした。
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2021年1月 Vandits garage <冴木 和馬>
日を改めて今度はデポルト側との打ち合わせだ。駐車場とクラブハウスの設計をまとめていく内容だ。ここが真子と祥子さんのコンビの凄い所だが、あれだけの設計依頼の仕事をこなしながら、クラブハウス・駐車場・新スタジアム・複合型商業施設などまだ建てるとも決まっていない設計案を普段から少しづつ話し合いながら作っていた。
俺が運営部長に就く事が決まった段階で二人にクラブハウスの設計を始めて貰おうと相談したら、設計案が3枚も出て来て常藤さんと二人で驚かされた。
今はその案の中から決める事になった。それぞれの建物をどう配置するかを相談している。
「将来的に試合が無い日も戦場や本陣(宿泊施設)なんかを開放していくつもりなら、駐車場から施設までの間にクラブハウスがあって、道すがらでクラブハウスと練習コートが見える様な配置にはしない方が良いわね。非公開練習とかが出来なくなっちゃうでしょ?」
ホントにこの数年で真子も少しサッカーに詳しくなった。
「私も同意見です。出来ればクラブハウスと練習用コートは学園施設の近くに建てる事を提案します。そうすればユースの子達が一般の方の目に触れる事無く学校生活を送れますので。」
その意見に俺と常藤さんも頷く。言い方は悪いかも知れないが、出来れば学校施設内の近くにVandits field利用者が気軽に近づける様な敷地設計にはしたくない。
「やっぱりそれが良いか。学校側からの道を新敷地の南側を通すようにして、駐車場は野球場の北側に作る。駐車場からそのまま施設内に向かって歩いて道を下るだけの順路になる。そうすればクラブハウスや学校の建物とは4~500mくらい離れる事になるからな。」
「えぇ、帰りはそのまま学校側の道とは反対側の下り道ですので、生徒やユース生が目に付く場所は通りません。問題無いかと思います。」
ここに関しては全員の意見が揃っていて良かった。
「それにクラブハウスが学校施設から見える事って、自分達もあそこを目指すんだって目標にしやすくて良いんじゃないかしら?練習コートもユースとトップチームは分ける予定なんでしょ?そうやって目標の場所を作るのは良い事よ。」
「ジュニアユースの練習場も学校設立とユース設立を機に安芸高校をお借りするのは止める事になってる。」
「あら、どこでやるの?」
「以前に古川が提案してくれた香南市香我美町にある岸本小学校跡地を利用させて貰う事で香南市には許可をいただいてる。ある程度の補修もこちらでさせてもらって、グラウンドと一部教室を使わせてもらう予定だ。」
「なかなか急ぎになりそうですね。」
そうは言っても学校が出来上がるまでにどう考えてもあと一年半はかかるだろう。その間に少なくとも耐震補強とグラウンドに照明を入れる事だけは終わらせておけばいい。それほど大変な作業でも無い。
「まぁ、とりあえずは本当にこの4年の期間でこれまでの利益とこれからの利益は全部(株)Vanditsに突っ込む事になるんですね。」
「そうなるな。」
なかなか普段から触れないが、これだけ業績順調なデポルト・ファミリアにも関わらず、恐らく株式上場の審査には通らないだろう。ほぼ利益が無いのだから。ある意味では設備投資などにどんどんと利益を投入しているので、将来性では明るく見えるのかも知れないが、あまりに社歴が短すぎる。所謂、信頼が無いのだ。
「まぁ、これはヴァンディッツにJFLに昇格して貰い、シルエレイナがなでしこリーグに加盟する事で一気に巻き返していただきましょう!」
ポジティブな常藤さんの言葉が、今は嬉しかった。




