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第154話 2020-21年、大評定祭

2020年12月 apaiser <三原 洋子>

 配信が終わりました。皆で話をします。話題の中心は、やはり冴木さんの復帰に関するモノでした。


 「譜代衆の企業がどう判断するかだよな。」

 「はっきり言って試合会場へ応援に来てくれたり、配信で追いかけてくれてるようなサポーターで反対って人はホントに僅かだと思うわ。」

 「司選手に言わせてしまったってのが、ツラいよな。サポーター全体からそう言った雰囲気を出せていけてたら....」

 「でも、運営の交代なんてチーム状況が悪い時でも無いと要求なんて出来ないし、本来私達はチーム運営に関しては抗議したりしないって言うのがルールじゃない。それはさすがに代表として頷けないわ。」

 「そうだな。チームがどんな決断をしようと寄り添う。話し合いの機会を貰ったり、説明を求めたりはするけど、更迭や交代・辞任は求めない。それは向月の鉄のルールだからな。」

 「今回の場合はどうする?及川選手の要望を後押しする形で向月のチャンネルで動画を出すとか?」


 どうするべきなんでしょう?でも、及川選手一人で行動を起こさせるわけにはいきません。私達も冴木さんの復帰を望んでいるなら、及川選手と一緒に歩いて行かなくては。


 「今からメンバーに一斉送信で及川選手の我儘に賛同するか反対するかの判断をしてもらいます。過半数以上の賛成が取れた場合は向月として及川選手の要望に賛同しますと言う動画を出します。良いでしょうか?」


 皆は頷いてくれました。すぐに一斉送信を送りました。


 反応はすぐにありました。日付が変わる前には登録メンバー840名中、828名の賛同と12名の委任の返事をいただきました。私達は一丸となって及川選手を後押しする事が決まりました。


 ・・・・・・・・・・

2020年12月 東京『ホテル・アリア』会議場 <常藤 正昭>

 私は板垣監督、中堀君、及川君、雪村くん、富田くん、そして和馬さんと共に東京に来ています。今回の及川君の発言に伴い、譜代衆の皆さんに意見を頂戴する為です。譜代衆の中でも大きな資金を投入していただいている企業のほとんどは本社が東京にある為、東京と高知の二カ所に分けて説明会をさせていただく事になりました。

 明後日には高知で説明会が待っています。


 会議場には十数人の譜代衆企業の代表の方が見えられています。笹見建設からは徳蔵氏と愛さん、ポエムからは宇城代表、ミオンテックからは社長の真壁さん。そして高知の矢ノ丸の矢野社長もわざわざ東京までお越しいただきました。

 デポルト・ファミリアや(株)Vanditsにも関わりある事ですので、シルエレイナ高知のメインスポンサーでもあるアスプレーション・マネージメントの真鍋薫さんと代表取締役であり薫さんの娘さんの有希子さんもいらしています。


 「お忙しい中、お時間をいただきまして誠にありがとうございます。」

 「及川君。思い切ったの。」


 徳蔵氏が及川君に向かって笑顔で語り掛けます。及川君は真剣な表情で徳蔵氏を含めた譜代衆の皆様へお辞儀をします。


 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

 「迷惑などとは思ってはおらん。少なくとも儂はの。」


 徳蔵氏が周りの皆さんの様子を見ています。宇城さんや真鍋さんも笑顔で頷いています。


 「僕達はクラブ運営に対しては口を出さないと決めていますから。問題ありません。」

 「でも冴木さんを運営に戻して欲しいって声が、他の譜代衆の方からは多かったって聞いてますけど、その辺はどないですの?常藤さん。」

 「はい。いくつかの譜代衆の方から問い合わせと言う形で冴木の復帰時期をご質問頂いた事はございます。」


 それを聞いて真鍋さんがふぅっと息を吐いた。そしてミオンテックの真壁さんにその事について伺いを立てる。


 「言い方は悪いが現状のヴァンディッツのクラブ運営資金だけならば、笹見さんと宇城君と私、そして矢野さんの力があれば何の問題も無い。冴木君がどのような思いで運営から退いたかを知りながら、それでも復帰を急かすような場を乱す企業にはご退場いただいてもいいのかも知れない。が、それだと地元企業に対して対面も良くない。矢野さんはどうお考えですか?」


 この大企業の経営者の皆様の中に入って、矢ノ丸は高知県の中では大きな企業ですが全国で言えばまだまだ小さい企業です。しかし、矢野社長は真壁さんの顔を見ながらしっかりと答えます。


 「デポルト・ファミリアさんが地元高知でスポンサー企業を探していた際に、うちへ足を運んでくれヴァンディッツと共に歩む事でうちにとってどれだけのメリットがあるかと言う事を三ヶ月もかけて説明してくれたのが冴木君です。実際にヴァンディッツさん、デポルト・ファミリアさんとのお付き合いが始まって、今ではデポルト・ファミリア管理の宿泊施設や民宿のシーツや制服のクリーニング、ヴァンディッツやシルエレイナの選手達のユニフォームなどのクリーニングやメンテナンスでうちは大きな利益向上の機会をいただきました。笹見建設さんが冴木君を後押しするように、私も微力ながら冴木君の復帰には後押ししたい。しかし、それは彼がそれを望むかどうかが一番大事なのであって、無理やり運営のポストに祀り上げるような真似はしたくないと考えております。」


 その言葉を聞いて譜代衆の皆様も何度も頷いています。


 「と言う事じゃが、どうする?坊。」

 「Vandits安芸とシルエレイナ高知の運営に関して動けるように、(株)Vanditsの運営統括部の一社員のポジションとデポルト・ファミリアの農園部のポジションを兼務する形を取ろうと思います。及川が望むのは私が運営の場にいる事であって、頭を張れと言われている訳ではありませんので。」

 「徹底しておるな。」

 「いえ、しかし一つだけ決めた事があります。」


 和馬さんのその言葉に居並ぶ譜代衆の皆さんの顔色が変わります。和馬さんはあの及川君が発表した日から今日まで何度となく私と打ち合わせを重ねてきました。時には雪村くんや真子さん。(株)Vanditsのスタッフとも話し合いを重ねて、今回の決断に至りました。


 「やるからには徹底的にやります。恐らく来季は今までに貯め込んだ利益を全て吐き出す一年になると思います。」

 「具体的には?」

 「はい。まずは........」


 和馬さんが次々と上げていく計画にある方は驚きの表情を、ある方は厳しい表情を、そして徳蔵氏や真鍋さんは楽しそうな表情を見せていました。


 「なるほど。発表はいつじゃ?」

 「年末にスタジアムでイベントがありますのでその際に。」

 「譜代衆の大口企業として一つだけ要望を上げる。」

 「はい。」

 「冴木和馬の運営統括部の一社員での復帰は認めん。」


 まさか。一番の理解者だと思っていた徳蔵氏からの思わぬ言葉に私だけでなく、私達全員が耳を疑いました。


 「冴木和馬は運営統括部の責任者とする事。一社員などと責任から逃げる様な真似は許さん。及川君が自分のサッカー人生の現役としての最後の一年を坊に委ねたのだ。お前が徹底的にやると言うなら、それなりの立場でやれ。」


 和馬さんは小さく笑いました。そして、深くお辞儀をします。


 「畏まりました。社内で検討事案として提案し、ご報告させていただきます。」

 「常藤、構わんか?」

 「もちろんでございます。やっとお預かりしていた物を少ぉ~しお返し出来てホッとしております。」


 私の言葉に皆さんが笑います。しかし、冗談では無く本当にホッとしました。和馬さんをもう一度取締役に返り咲かせる道にやっと目途が立ちました。


 さて、大口の譜代衆からの理解は得られました。後はイベントでのサポーターの皆さんの反応がどういったモノになるのかが心配です。広報部の報告では動画のコメント欄での反応は賛成意見が多いようです。

 そして、向月の皆さんも及川君の決断を後押ししますと言う旨の動画を配信の翌日には上げていました。ある程度の理解は得られているようです。上手く転がってくれれば良いのですが。


 ・・・・・・・・・・

2020年12月 Vandits field <有澤 由紀>

 本日は『大評定祭』。毎年シーズン終了後に行うと言いながら、去年はその当時の親会社であるファミリアの元役員の不祥事があって開催をしませんでした。なので二年ぶりの開催となります。


 しかし、今年の内容に関しては初めての大評定祭の時に比べればだいぶ簡素化されています。ジュニアユースチームと室戸高校のフレンドリーマッチ。Vandits安芸と安芸高校とのフレンドリーマッチを行った後に、シルエレイナ高知の選手と共にサポーターの皆様にご挨拶。そして、抽選で当たった方のスタジアム内施設の見学会とピッチに入れるイベントを行うくらいです。


 しかし、入城者は満員打ち止め。フードエリアも大盛況でグッズ販売も好調でした。地域CL敗退もあって心配していましたが、サポーターの皆さんの熱はそれだけでは治まらないようでした。


 ジュニアユースと室戸高校のフレンドリーマッチはまさかのジュニアユースが3対2で勝利すると言う大金星が起こり、スタートから観客席は一気に盛り上がりました。ジュニアユースのメンバーのほとんどが安芸高校への進学が決まっている事も地元の人ならば承知の事ですので、来年以降の安芸高校の活躍も期待出来ると評価していただけたようです。


 そして第二試合はその安芸高校とのフレンドリーマッチ。実力差は明らかで8対0と言う結果以上の実力差を見せつける結果となってしまいましたが、高校生メンバーの健闘に観客席からは大きな拍手が起こりました。


 そして、試合後にちょっとしたイベントがあります。試合が終わりベンチへ帰ろうとする安芸高校のメンバーをスタッフが止めてセンターサークルに整列して貰います。そして、安芸高校三年生の一条清春君に一歩前に出て貰いました。

 私はマイクで会場にお知らせを伝えます。


 『大評定祭をお楽しみの皆様にここでVandits安芸からお知らせがございます。安芸高校スタメンとして出場した一条清春選手はこの三月で安芸高校を卒業しますが、四月よりデポルト・ファミリアへの就職が決まっております。そして、Vandits安芸への練習生としての登録が決まりました。』


 会場からは驚きの声と拍手が巻き起こります。ゴール裏からは早速一条君を奮い立たせるようなコールが即席で作られて、だんだんとそのコールが広まっていき一条君も色んな方向に頭を下げて嬉しそうな表情です。


 そして安芸高校サッカー部の皆が退場する際には、Vandits安芸のメンバーが選手登場口に整列して全員とハイタッチして健闘を讃えました。


 そして入れ替わりでVandits安芸の選手・スタッフとシルエレイナ高知の選手・スタッフがピッチへと出ていきます。ここからは進行が桜さんに変わり、両チームの監督・キャプテンが一年の総括を行ってサポーターへ挨拶しました。

 サポーターの皆さんは何度も手を叩き声を上げて選手・スタッフを鼓舞してくれます。その姿に私達の心にも「来期こそ!」の想いが更に強くなりました。


 『ここで(株)Vandits代表取締役であります常藤正昭より皆様へ一年のご支援への感謝の言葉を述べさせていただきます。』


 常藤さんが登場しますが、常藤さんはピッチ内に入る事無くラインぎりぎりに立って挨拶を始めました。JFL昇格を逃した事への無念と来季へのリベンジを誓い、皆さんへの更なる応援をお願いする形であいさつが終わります。


 『そして、先日は私共の配信チャンネル内で非常に驚かせるご報告となってしまいました事を申し訳なく思っております。実は今シーズンの開幕当初より及川選手とは今後の進退について話し合いはしておりました。その中で今シーズン限りでと言う及川選手の要望にクラブ側として待って欲しいとお願いする形になっていました。』


 今シーズン限りと言う言葉が出た時に観客席から大きくざわめきが起きました。それを来季に変更した理由を常藤さんは話します。


 『チーム発足当初より当クラブの目標の一つに、及川司をJリーグへと言う言葉がありました。それは及川司と冴木和馬の約束でありました。その約束をクラブ全員で達成させる。それが我々のモチベーションの核であったと言えます。』


 会場からの拍手に常藤さんが頭を下げます。


 『しかし、それがこのクラブをJリーグへと言う言葉に変わって来たのは、偏に皆様との関わりの中でもう個人と個人の約束だけで動くようなクラブでは無くなったと感じてきたからです。』


 クラブの成長はサポーターや地元住民の方との繋がりの成長。それを感じ続けてきた選手・スタッフ達だからこそ、目標が変わって来たんだと思います。そして、常藤さんは新たな目標に向けて今季は全員で目標達成に向かう事を誓いました。


 『では、最後にクラブ運営会社内での人事変更をお伝えします。』


 常藤さんのその言葉に会場にはまたざわつきが戻ります。


 『本来であればこう言った人事発表はHP上への掲載のみとなっているのですが、本人より強い希望があり、この場での発表となりました。(株)Vandits運営統括部の部長に新たに就任しました冴木和馬をご紹介します。』


 今日一番のサプライズと観客の皆さんのどよめき。及川選手の要望があったとは言え、その後何の動きも無かったこの話題に対してクラブは『部長』と言うポジションでの就任を発表しました。


 そして、選手登場口からスーツに身を包んだ和馬さんが登場しました。会場はざわついたままでした。

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