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第153話 初めての敗北

2020年11月 東京『ホテル・アリア』 <板垣 信也>

 借り切っている会議場では選手・スタッフ、そして高知から駆けつけてくれたデポルト・ファミリアの社員の方々が重苦しい雰囲気で座っています。


 地域チャンピオンズリーグ。11月11~13日の三日間で群馬県のアースケア敷島サッカー・ラグビー場でグループリーグ予選が行われました。私達が割り振られたのはAグループ。北海道地区代表チームと東海地区代表の愛知のチームと、全国社会人サッカー選手権大会枠、いわゆる全社枠の宮崎県のチームの計4チームで三日間連続の1マッチ勝負で行われました。


 ヴァンディッツはAグループを2勝1分の勝点7で同数の二位。予選A~Cグループの二位の中で最も勝ち点が高かったので、予選通過となり決勝リーグへ駒を進めました。


 決勝リーグは11月23~27日に一日置きで行われ、勝ち進んだチームはAグループの東海地区チーム、Bグループの九州/沖縄地区代表の沖縄県のチーム、Cグループの全社枠一位の千葉県のチームでした。


 初戦の同グループから上がって来た東海地区のチームに6対0で勝利し、チームの雰囲気はすごぶる良い状態でした。

 続く第二戦。沖縄チームとの対戦はスコアレスドロー。第二戦を終えた時点でヴァンディッツは1勝1分となり、得失点差で首位に立っていました。最終戦は勝ち点で並ぶ宮崎チームとの対戦になり、引き分け以上で2位通過を確定させる事が出来、少なくとも入れ替え戦には進めるはずでした。


 しかし、臨んだ宮崎チームとの最終戦。試合は膠着状態となり後半の85分。相手の左サイドからのカウンターに対して、相手SWにスライディングをした成田君のプレイがファウルをしてしまったように見えました。しかし、ホイッスルは吹かれなかった。

 その瞬間に成田君を含め、DF陣が一瞬動きを止めてしまったのです。GKの金子君が必死に「ファウル無いぞ!」と叫んでいましたが、スライディングを受けた選手が素早く立ち上がりこぼれ球をマイナスのクロスに入れ、走り込んできていたFWの足元に収まり、ほぼフリーの状態で撃たれたシュートはゴールネットを揺らしました。


 最後の最後まで諦めず走り続けましたが、たった5分で変えられる戦況では無く、まさかの敗戦。最終成績で3位となり、決勝リーグ敗退となりました。


 思えば、ヴァンディッツが初めて公式戦で負けた試合となりました。たった1試合。ここまで三年。公式戦無敗で来て、最後の最後、たった1試合。

 私達は最大のチャンスを逃してしまいました。


 選手の前に立ち、私は大きく頭を下げました。


 「........申し訳....ありません..でした」


 自分の震える声を抑える事が出来ず、涙交じりの情けない謝罪となってしまいました。会場のそこかしこで嗚咽の声が聴こえます。私も出来るならば自分の不甲斐なさと至らなさに涙を流し号泣したい思いでした。


 頭を上げ、話を始めます。


 「皆さんの今日までの努力を、皆さんのご支援を....本当に申し訳ありません。私の采配の責任です。選手達は最後まで私を信じ、全力を尽くしてくれました。全ての責任は私にあります。本当に申し訳ありませんでした。」


 頭を下げる私に倣い、コーチ陣も立ち上がり選手や関係者に向かって頭を下げてくれました。誰もが責任を感じ、誰もが後悔に心を切り裂かれています。


 何か出来たはず。こうしていれば。あの交代が。あの指示が。思い起こせばキリがありません。自分の今までの全ての指導が間違っていたのでは無いかと思ってしまいそうになります。


 すると後ろの関係者が座っている席にいた常藤さんが立ちあがり、皆に見えるように前に出てきました。私やコーチ陣と握手を交わし、話を始めました。


 「皆さん、お疲れ様です。残念な結果となってしまった事、板垣監督や選手・スタッフの皆さんだけでなく、我々社員一同も悔しさと後悔があります。ですから、謝るのは止めましょう。良いですか。我々は全力で立ち向かい、そして....敗れた。目標としていたJFL昇格を手にする事は出来ませんでした。しかし、時間は進み続けます。来季へのリベンジが今日から始まるのです。」


 選手の皆が顔を上げます。涙を浮かべながら、流しながら、常藤さんの言葉に頷いています。まだ折れていない。もう一度。そう目が語っていました。


 「さて、和馬さんからも言葉をいただきましょうか。皆さん、心を強く持ってくださいね。今の皆さんには少しキツイ言葉になるかも知れません。」


 少しの笑いと苦笑いが混じります。和馬さんがゆっくりと前に来ました。笑顔です。何事も無かったかのような、まるで皆と事務所で顔を合わせた時のようないつもの笑顔でした。


 「全勝、止まったな。負けちゃったな。一番負けてはいけない試合で負けたな。」


 現実をしっかり。いつもと変わらない、飾らない言葉に私はやはり冴木和馬はどんな状況でも冴木和馬なのだと感じていました。

 しかし、


 「悔しいな。きっと、サポーターの皆も、待っててくれてたよな。」


 いつも通りの言葉なのに、和馬さんの声は震えていました。驚いて顔を見ると、笑顔を崩す事無く和馬さんは涙を流していました。選手だけでなく、スタッフも社員の皆さんも驚いていました。


 「常藤さんが言ってくれた。お前達だけじゃない。コーチ達、板垣だけじゃない。俺達も悔しいし後悔してる。何か出来たんじゃないか。俺が運営から下りなければ....」


 その言葉に全員の表情が険しくなります。和馬さんもやはり思う事はあったと言う事でしょう。責任を感じてくれていたのでしょう。


 「良いか。リベンジしよう!来季、誰にも文句の言われない成績で、もう一度ここへ戻って来る。そして得失点差とかそんな差じゃなく、文句ない全勝でJFLへ行こう。その為に、俺達スタッフ・社員もやれるだけの事はやる。だから、もう一年。頑張ろう!!」


 その言葉に八木君が立ち上がり、和馬さんに向けて握り拳を突き出します。馬場君が、高瀬君が、アランが、飯島君が、皆がどんどんと立ち上がり全員が和馬さんへ拳を突き出していました。


 「やるぞ!!もう一年!!」

 「「「「「「「「応ッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」」」」」」」」


 ・・・・・・・・・・

2020年12月 安芸市 apaiser <三原 洋子>

 あの敗戦から一週間。公式HPで試合結果の記事は上がってたけど、その後Vandits安芸関連の記事や配信は更新されていませんでした。


 シルエレイナ高知は皇后杯本選に出場し、一回戦の中国地区で戦うアマチュアチームの広島呉レディースに勝利して、二回戦はなでしこリーグ2部に所属する神奈川大和レディースにPK戦の末、勝利しベスト16へ進出。

 そこでなでしこ1部に所属し、来期からはWEリーグへの加盟が決定している埼玉浦和レディースに0対2で敗れました。


 それでもチーム発足一年目で全国での注目度はグッと高まったと感じる一年でした。


 そんな時にVanditsチャンネルで生配信があると急遽のお知らせが一昨日に届きました。当然、時期的に一年の総括のような内容になるんだと思うのですが、さすがにあの地域CLの後なのでサポーターとしては内容が気がかりでした。


 私達向月は集まってお店のカフェスペースで皆で配信を観る事にしました。メンバーの一人が自宅からプロジェクターを持ち込んでくれて、うちの白い壁に投影する形をセッティングしてくれました。

 集まったのは18名。余り物で申し訳ないけど、パンと飲み物を食べ飲み放題にして向月のオフ会イベントみたいにしました。そしたら、まさか東京からpandaさんとbandanaさんがわざわざ高知まで来てくれて参加してくれました。


 皆楽しみながら、少し緊張しながら配信を待ちます。チームロゴが出ていた待機画面に10秒前からのカウントダウンが始まりました。雑談していた私達が配信画面の映し出された壁に注目します。


 映し出されたのは有澤さん。Vanditsニュースの時のような真面目な雰囲気です。


 「うわ!同接5000人超えてるよ!」

 「すげぇ!注目されてるんだな。やっぱり。」


 始まったばかりで既に5000人。もう地方のアマチュアチームとは呼べない注目度でした。

 ゆっくりとお辞儀をした有澤さんが進行を始めました。


 『皆さん、こんばんわ。Vanditsニュースのお時間です。本日は特別版として生配信でお送りしております。』


 そこからは育成世代チームの年間報告から順に一年の総括が発表されました。ジュニアユースチームは見事に高円宮杯高知県リーグ3部を全体順位1位で終え、来期からの2部への参加を発表しました。

 さすがにここでは安芸高校の発表はありませんでしたが、安芸高校も来季から高円宮杯は高知リーグ2部へ参加が決まっています。


 ここでジュニアユースチームのVTRが放送され、チーム全員で応援・支援に対する感謝を伝える動画でした。こうした育成世代からスポンサーやサポーターの支援があって活動出来ている事を指導もされているんだなと知れました。


 そしてシルエレイナ高知の年間報告。原田監督、山口選手、井上選手がゲスト出演されて支援への感謝と来季への抱負を語ってくれました。山口選手も井上選手も今回の皇后杯の結果に全く満足してなくて、埼玉浦和レディースと戦えた経験をポジティブに捉えつつも、まだまだ自分達には成長の伸びしろがある事を実感出来たシーズンだったようです。


 「女子はマジで今シーズンはえげつないスタートダッシュかましたよな。」

 「ネットニュースなんかでも何度か取り上げられてたし、サッカー系配信者の人や元プロの配信チャンネルなんかでも取り上げてくれてる事もあったからな。」


 私の店で働く希美ちゃんは来シーズンまでにシルエレイナの応援に良く来てくれていたサポーターさん達とサポータークラブ(応援団)を作るようで、今日はそのメインメンバーになる人も2~3人参加してくれています。


 「彩羽ちゃんがサッカー関係者に見つかるのがいつかって楽しみも出来ましたよね?」

 「分かる!!間違いなく世代別には選ばれる逸材でしょ!?もしかしたら(株)Vanditsのチームで初めての代表選手が出る可能性はありますもんね。」


 話題はシルエレイナの若き司令塔の五百城彩羽選手の話題に移りました。私も2試合ほど観戦に行きましたが、たったそれだけの観戦でも同世代の中では実力がずば抜けているのが分かりました。状況に応じて山口選手と司令塔をシフトしながら相手チームに戦術を絞らせない戦い方はなでしこリーグのチーム相手でも見事に結果を残しました。

 来シーズンが非常に楽しみです。


 そして、話題はVandits安芸へと移りました。ゲストは板垣監督と中堀キャプテン、そして及川選手でした。板垣監督からの総括とJFLへ昇格出来なかった事の謝罪があり、中堀選手のコメントも責任を重く受け止め来シーズンに臨む事を誓ってくれました。


 『来シーズンへの新たな挑戦がVandits安芸に待っていますね。さて、ここで及川司選手より配信をご覧の皆様、応援していただいている皆様へのご挨拶がございます。』


 画面に及川選手がバストアップで映し出されます。分かっています。全員が嫌な予感がしているのを。待って欲しい。その言葉だけは。お願い....


 『皆様、いつも温かくも熱いご支援と応援をいただきまして誠にありがとうございます。デポルト・ファミリア所属、Vandits安芸の及川司です。』


 及川選手の顔は笑顔でした。しかし、やはり話し始めた内容は私達が思っていた内容でした。


 『来シーズン終了を持って、サッカー選手として引退をさせていただく決断をしました。来シーズン、自分のサッカー選手としての人生に悔いの残らない一年にしたいと思っています。応援していただいている全ての皆様に最高の結果をお届け出来る様に全力で挑みます。宜しくお願い致します。』

 『非常に難しい決断をされたと思います。その決断の理由を教えていただいて良いですか?』

 『もちろん一番は年齢です。間違いなくVandits安芸が出来た年の自分のプレイと比べると技術的には落ちていない自信はありますが、体力は大きく落ちてきています。そして、実際に今シーズンはフル出場を守れる試合も少なくなりました。それが一番の理由です。』

 『選手の皆さんにはお話はされたんでしょうか?』

 『はい。監督を含め、チームの皆には先日の地域CLの最終戦の後にホテルで話をしました。本当は今シーズンでの引退を考えていたんですが、チームがこのような状況の中で引退して後悔は無いかと自分と向き合いました。そして来シーズンで引退はするけど、他の選手の皆には最後までスタメンをオレに頼ってるようじゃ困ると。今年のオフからDH全員がオレからスタメンを奪いに来る気概を持って行動で見せて欲しいと伝えました。』

 『非常に高い壁でいようと。そう言う事でしょうか?』

 『今の自分を高い壁だと思っている内はJFLへ行ってもJリーグへ行っても勝負にはならないと思います。軽く乗り越えて貰わなければ困ります。』

 『なるほど。では、ご覧になってる皆様へ一言お願いします。』


 するとさっきまで笑顔だった及川選手が急に真剣な表情になりました。真剣、いえ、険しい表情と言っても良いかも知れません。どうして?


 『有澤さん、杉さん、スタッフの皆。申し訳ない。少しオレに時間をください。』


 そう言って及川さんは話し始めました。


 『来シーズンでオレはサッカー選手を引退します。だから、何も後悔なくやり残した事無く選手生活を終えたい。譜代衆の皆様、国人衆の皆様、そしてサポーター・ご支援・応援をしてくださる全ての皆様へ自分からの最初で最後の我儘を言わせてください。』


 決意を感じる目で及川選手は静かに私達に頭を下げました。


 『冴木和馬をVandits安芸の運営として復帰させてください。あいつとサッカーをさせてください。』


 私達が息を飲む。誰もが思っていて、誰も口にしなかった願いを、彼の一番の理解者が口にしてくれました。

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