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第151話 投資と貯蓄

※今回はお金の話です。人によっては考え方が違う場合もありますので、登場人物の中ではこう言った考えと割り切ってお付き合いください。


2020年9月 焼き鳥屋『鉄』 <冴木 和馬>

 俺は手持ちの500万を使って足りない金額は父から借りた。自分の会社の業績も分かっていたから借りた金は3年以内に返済すると約束した。そして、古民家クラスの中古物件を買い、ファミリアにリノベーションとその後の売却先を探させた。当然、依頼料は支払った。


 何よりもファミリアメンバーに足りなかったのは経験だった。どんなに小さい物件でも構わない。多種多様な物件を取り扱って実績を作る事だった。なので、俺が購入した物件をリノベーションした所で、ファミリアに入るのは設計料と売却紹介料だけだ。

 実際のリノベーション工事は個人的に笹見さんが紹介してくれた工務店にお願いした。当然、俺の資産はゼロになるが、売却出来たお金を全て父への返済に回した。結果的には売却まで二年と掛からず無事に返済は終わり、その金額をまたそのまま借り入れ、次の物件の購入資金に回した。その間にも会社の業績は上がり、俺の給料も上がって行っていた。およそ三年半で大学卒業時に比べ年収は180%アップしていた。


 そこからはもう一気だ。有名企業の福利厚生施設のリノベーションから始まり、大型施設や経営不振の旅館からの依頼が殺到するようになった。全員が忙殺される勢いで働き続け、業績は一期ごとにうなぎ上りだった。

 その時に俺がしていた資産運用は投資信託と個別株だった。これに関しては大学時代の友人達が証券会社に就職していた事もあり、窓口になって貰って運用を任せた。それと同時に日米の国債、有名企業の社債も購入し、少ない利幅ではあるがしっかりと資産を増やす事に専念していた。


 そして30代となる手前に北海道の中古ホテルを購入する資金を用意出来るだけの資産になっていた。実際は真子にもお互いの両親にも借金する形にはなってしまったが、同じやり方でおよそ10年の間で8件のホテルを立ち上げ、運営をファミリアに委託した。


 北海道のホテルなどは俺の用意した資金をファミリアが利益から返済する形で10%近くの売上を受け取っていた。そして購入資金に達した時に俺への売上割合は数%に変わったが、今後はファミリアの所有とするかどうかを話し合いを行った際に、次のホテルにシフトした方がリスクが少ないと会社は判断した。

 北海道のホテルは言っても中古だ。もし経営が立ちいかなくなったりした時に委託運営であれば、自分達が所有しているよりもリスクは少なくて済む。なので、ファミリアとしては自分達で土地の購入から建設までを担うホテル建設にシフトした。


 俺の中では8件のホテルからの収入が安定した事で、会社からの給与と合わせればもう子供達が余程の浪費家にならない限りは自分達の老後までは十二分過ぎる収入は得られたと思い、それ以上の物件での投資はやらないことにした。


 「えぐぅ....参考になんねぇ....」

 「だから言ったろ。」


 俺の話を聞いていた五月が天井を見上げてギブアップした。プロサッカー選手を目指す彼らと経営者スタートの俺とではあまりに方向が違い過ぎる。

 ただ、経験から話してやる事は出来る。


 「ただ、いくつかお前達に教えてやれるって言うか、参考にしてもらえるような話はある。」


 選手達にとっては少し現実離れし過ぎた話に呆けていた顔が、こちらを見つめる。俺はなんて事は無い質問する。


 「この中で、貯金してる奴は?」


 ほぼ全員から手が挙がる。俺はさらに付け加える。


 「じゃあ、月に5万以上の貯金してる奴は?」


 一気に手が下がる。残ったのはやはり勤務歴が長いメンバーだったり、年齢が上のメンバーばかりだ。これは仕方ないとも言える。若いうちは収入も少ないし物欲や目移りするモノも多い。貯蓄に気が回っているだけまだ良い。ヴァンディッツの選手達はまだ世間の若い子達からするとしっかり資産に対する危機感は小さいながらも持っているのだろう。

 すると、市川が手を挙げる。


 「資産投資なのにまずは貯蓄なんですか?」

 「大前提として言っとくけど、自分の生活水準落としてまで投資ってやるもんじゃないからな?」


 ほとんどのメンバーが頭に?マークを飛ばしている。


 「まぁ、考え方は個人差があるから俺の考え方が正解じゃないって事を大前提に聞いてくれよ?俺の中で貯蓄は『《《確定支出》》』なんだよ。」


 当然まだ?マークは飛び続けている。ここで俺が言いたいのは若いうちに良くある考え方として多いのが、『給料が余ったら貯金しよう』って考え方だ。実はこれは俺の中では正解では無い。俺は『月5万の貯蓄は既に決まっている支出』として給料を貰った段階で貯蓄に回してしまう。


 たとえば手取り20万で固定支出(家賃・交通費など)を差し引いた金額が12万円だったとする。そしたらそこから5万円を貯蓄に回し、残り7万円で何が何でも生活する。それは自分が『月5万は何が何でも貯蓄する』と決めたから継続してる事であって、金額を決めていないならここまで切り詰める事は無い。


 「そうだな....例えば飯島。お前の月の手取りは?」

 「えっ....30万くらいっス。」


 すると周りから「おぉ~!」と感嘆の声が漏れる。まぁ、飯島は今年から給料ガッツリ上がったからな。それくらいの手取りはあるだろう。


 「例えばそこから固定支出が11万だったとしよう。すると残りは19万。貯蓄に10万回せるとする。それが一年で120万。五年で600万。ってな具合だ。」

 「え?どう言う事ですか?」

 「ここがお前達が普通のバイトでサッカーやってる人達やプロ選手との差だ。お前達はサッカーで大成する事ももちろん大事だが、一般社員でもある訳だ。もし社会人サッカーと仕事の両立を頑張るだけ頑張って芽が出なかったとしても、五年後には手元には600万円の貯蓄がある。そうすればお前達のセカンドキャリアや新しい挑戦をする時の生活費や費用に充てられるだろ?」


 少しずつ話を理解しているメンバーが出てきたようだ。少し安心する。つまりこう言う事だ。サッカーでプロになる事を諦めたとしても、会社に残って今まで通り真面目に仕事を続けていれば年間120万の貯蓄は約束される。

 当然、経験によって所得が増えれば貯蓄額も上がっていくだろう。その時のその貯蓄の中から自分でしっかりと将来の事を考えて、ある割合の金額を投資に回せるようになってくる訳だ。


 「飯島で言えば、30万手取りの中の20万円での生活水準は落とさない。10万円の貯金額の中から貯蓄に回す割合と投資に回す割合を考えていく。それをより明確にするために今後皆に金融リテラシーを学んでもらいたい訳だ。」


 これが、プロになれば尚の事。当然会社員時代とは受け取る金額が変わって来る。成功を収め上のカテゴリーに行けば行くほどその金額はデカくなる。そうなると資産運用にも知識と計画性が求められる。


 「何にも知らないで金だけ持ってると、怪しい誘いに乗りやすくなるって事だ。自分でしっかりとそこを判断出来る知識を持ってれば、よくプロスポーツ選手や芸能人なんかが引っ掛かったって言う投資詐欺も引っ掛からなくなる。はっきり言ってあんなもんある程度勉強してる人からすりゃ、引っ掛かる方が悪いんだ。もちろん騙す方が一番悪いんだけどな。自分がお金を持つって事に責任を持たなきゃならんと俺は思ってる。」


 皆の顔が真剣になる。ここで少しは皆を安心させてやりたかった。少し話の方向を変えてみる。


 「司、お前いくら貯蓄ある?」

 「え!?なんや、急に。」

 「良いからっ!」

 「....まぁ、1000万に足らんくらい。」


 皆がざわつく。ほらな。絶対司はしっかり貯蓄してると思った。仕事以外の時間をサッカーだけに費やして来てるような男だ。最近になって金銭的余裕が出来たらしいけど、その余裕がない時代からスポーツジムなど自分のトレーニング費用は抑えなかったと聞いている。それ以外の支出をとことん抑えていたんだろう。


 「だから、司は引退後、1000万の貯蓄を持った状態で次のステージに挑めるわけだ。これがどれだけ貯蓄の無い人間との間でアドバンテージを生むか。まぁ、簡単に想像出来るだろ?」


 何人ものメンバーが頷く。今のこいつらからすれば1000万って金額は、働かなくても2~3年は暮らせる金額だろう。


 「その中から300万~400万くらいを投資に回してみるとかな?しかし、それもちゃんと勉強してからだな。何も知らずにやる事くらい馬鹿な事は無いからな。」

 「何か難しそうっス。」


 八木がしかめっ面で頭を掻く。まぁ、そうだろうな。しかし、その解決策も簡単だ。


 「誰かに金を払って習えば良いじゃないか。金融セミナーとか、俺みたいに手数料払って金融機関で対面で投資するとか。」

 「投資するのに金払うんですか!?」

 「俺からすれば逆にその考えが意味分かんねぇわ。スクールの子達は月謝払ってサッカー習ってるだろ?塾に行って月謝払って勉強教わるだろ?じゃぁ、投資の事を教わるのに何で金払わないんだ?どうしてタダで教われるって考えになるんだ?」


 こんな事は至極当然の事だ。誰かから知識を得る、経験を習う、それには対価が必要だ。それが直接金儲けに繋がってるなら尚の事だ。そんな事をボランティアで教えてくれるような人はいない。いや、今はYtubeなんかで動画をあげてる投資家もいるらしいが。


 皆からしても理屈では分かっているんだろう。自分が無知な部分を補って貰うんだから、教えてくれる人には何らかの対価は払わなければならない。でも、何か腑に落ちない。そんな感じだろう。


 「まぁ、投資の事については勉強できる機会は会社が作るから、全く知識無い奴は独断専行で走り出さないようにしとけよ。今の時代、スマホで簡単に株買える時代になっちゃったからな。って言っても、俺が資産運用始めた頃にはとっくにネット証券時代だったけどな。」


 昔は電話で売り買いを依頼してたって信じられないわ。どんだけ非効率だったんだ。てか、証券会社とか銀行の職員はすげぇ忙しかっただろうな。


 「まぁ、そんな感じだ。まずはしっかりと運用出来る貯蓄を作る。自分の生活と収入を理解するってトコから始めると良いと思うぞ。」

 「デポルトが出来てから和馬さんって資産どれくらい増えたんスか?」

 「増えてないよ。減ってるぞ?」


 皆の表情が固まる。当たり前だろう。どうしてそうなったか説明する。まず、デポルト・ファミリアの社長を退いた時点で持っていた自社株のほとんどを真子が買い取った。ファミリアの自社株(当時。今は自社ではない。)も全て売却したので手元には無い。なので、会社が成長しても俺にとって利益になるのは自分の給料が上がる事しかない。

 株を売却した事で現金資産は増えたが、結局芸西村の土地を買って法人に寄付するからその現金分は目減りしている。


 俺個人で言えば資産は減っているんだ。ただ、投資ってのはそう言う事じゃない。特に金銭での投資ならもちろん現金や株券などの資産が増えなければ、ただ損をしているだけだ。

 しかし、デポルト・ファミリアの資産はまさにここで知り合った賃貸や宿泊で繋がっているお客様と、何よりVandits安芸を始めとするスポーツ事業で選手として活躍する皆だ。


 チーム自体が上のカテゴリーへ上がっていく事でチーム評価が上がり、会社の評判を上げてくれている。


 「まぁ、ちょっと最後は話が逸れちゃったけど、そう言う事だ。俺達はお前達に賭けた。お前達は自分の夢に賭けた。お互いの掛け金は自分達の今後の人生だ。俺も常藤さんも雪村くんも秋山・祥子さん・杉さん・北川・山下、そして高瀬。俺達は高知県の何者でも無い食品会社の一社員達に自分の人生を賭けた。」


 上本食品組の表情がグッと厳しくなる。その重大さを、期待の大きさを、今のこいつらなら理解してくれている。


 「今だから言える。怖かったぞ?いくら親友の頼みだからとは言え、その辺の兄ちゃん達に20億30億もの金を突っ込むのは。まぁ、今は投資して良かったのかなぁと思い始めた所かな?」


 俺の冗談に皆からも苦笑いが生まれる。


 「分かってるよな?上本食品組だけじゃない。お前たち全員に賭けてるのは俺達9人だけじゃない。すでに100人を超えた社員一同、それに関わるアルバイトスタッフや農業ボランティアの皆、譜代衆・国人衆の皆さん、サポーター、そして何より、ここでみんなと一緒に生活してくれている住民の皆さん。これだけの人達がお前達を信じてくれてる。良いか?俺はいつだって、どんな時だって、お前達にプレッシャーを掛け続けるぞ?裏切るなよ!?別のチームへ行こうがサッカー辞めようがそんな事はどうだって良い。自分の人生は、もうお前たち一人のモノじゃないからな?諦めるような、投げ出すような人生だけは、絶対に許さんぞ?」


 俺の言葉に全員が姿勢を正し、正座に直る。そして、司がウーロン茶の入ったグラスをグッと前に突き出した。皆もそれに倣う。全員が俺を見ている。


 「頼むぞ!!ヴァンディッツ!!」

 「「「「「「「応ッッッッッッッ!!!!!」」」」」」」

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