第145話 いたずら心
2020年5月 黒潮町西南大規模公園サッカーグラウンド <御岳 栄次郎>
この子達が公式戦・練習試合合わせても初めて勝利出来た事に本当に安堵している。儂が練習を見るようになって、対外試合は一切禁止にした。公式戦で初勝利を挙げるまでは常に上のレベルとの練習を積み続ける必要があると感じた。
練習試合をしたくても実績の無い安芸高校では強豪校との練習試合を組める訳も無く、組める学校は同じ一回戦負け常連の高校ぐらいであっただろう。そことの練習試合に勝利して、なまじ勝利の味を覚えて欲しくは無かった。それならば、トップチームが指導に来てくれたり、シルエレイナの高校生メンバーとの練習の方が余程身になる。
ヴァンディッツのメンバーも子供達にどう言う指導をしているかを全員が共有してくれていて、来る者によって指導が変わるような事もなかった。正司の成長はまさにヴァンディッツのメンバーの指導のおかげだ。初心者だからあれもこれもと指導せず、相手との間合いの駆け引きと追い込み方だけに特化させた。そう成田の得意とする技術だ。
高校卒でヴァンディッツのスタメンを張る成田は安芸高校や室戸高校でサッカーを続ける子供達の憧れとなっている。強豪校にいた訳でもない。全国大会に出た訳でも無い。それでも自分達の地域のチームでしっかりとレギュラーを掴み取っている。
『自分だって!』そう思わせるには大きな存在と言えた。
勝っても子供達に涙は無い。良い傾向だ。この勝利で満足をしていない。優勝はとてもでは無いが臨めない事は分かっている。しかし、来年。そこに向けて大きな礎を作れた。来週の試合も彼らにとって大きな挑戦になるだろう。
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2020年5月 Vandits garage <雪村 裕子>
安芸高校サッカー部のインターハイ予選勝利の翌日、高知新聞のスポーツ面には小さく小さく『安芸高校創部以来初の単独チームでの公式戦勝利』の記事が載っていました。
出社前にトークアプリに画像を載せて司さんに送ると、『ありがとう!やる気出た!』と返ってきました。安芸高校での指導はこの二年間、選手達が代わる代わる指導に訪れて勝利と言う結果を待ち望んでいました。
そんな中での待望の勝利は選手だけでなく、私達社員の中でも嬉しいニュースになっています。
「おはようございます。どうされました?口角が上がってますが。」
「あっ、申し訳ありません。おはようございます。いえ、安芸高校サッカー部の記事を思い出してました。」
「あぁ。私も自宅で妻と思わずはしゃいでしまいました。高知新聞も粋な事をしてくださいます。」
常藤さんが出社されていた事に気付かず、恥ずかしい表情を見られてしまったようです。しかし、常藤さんもご夫婦で喜ばれたようでそれもまた嬉しい限り。
「我々の育成組織で無いのは重々承知しておりますが、二年も関わらせていただいている生徒さんですから。事情はさておき、やはり嬉しい物は嬉しいですね。」
「はい。選手の皆も昨日の練習は相当士気が高かったと聞いてます。自分達の弟のように接してきた生徒さんたちですから、喜びも一入だったみたいで。」
「そうでしょうそうでしょう。自分達の活動に関わる人達が幸せを感じていただく。形は少し違うかもしれませんが、これもまた一つの我々の活動理念の結果と言えますよね?」
「はい。」
すると、設計部との早朝の現場打ち合わせを終えた登島さんが席に戻ってきました。
「あっ、裕子さん、常藤さん、おはようございます!見ました!?新聞。」
「おはよう。登島さん。その話を今、常藤さんとしてた所よ。」
「もぉぉ~!OGとしては嬉しくて嬉しくて!家族も新聞載ってるぞぉ!って盛り上がってました!」
「ふふふ。次の試合もきっと頑張ってくれます。次の試合は何とか応援に行ってあげたいですね。」
「そうですね。トークグループの方に自由参加で載せておきます。」
「ありがとうございます。」
登島さんは高知県出身で、しかも安芸高校の卒業生です。卒業後、大阪の大学に進み帰省に合わせてデポルト・ファミリアの入社試験を受けてくれました。入社後にヴァンディッツが安芸高校の指導をしている事を知ると我が事のように喜んでいたのが印象的でした。
「あとは、これで安芸高校からヴァンディッツ入りする子が出て来てくれたら、地元も盛り上がりますよねぇ。」
「そうですね。しかし、こればかりは板垣監督や御岳コーチ、百瀬コーチの判断となりますから、忖度は出来ません。」
「もちろんもちろん!でも、三年生の一条清春君とか、それこそ二年の拓斗君や浩明君は可能性ありませんか?三人共スクール出身だし。ホントに三人の時代にジュニアユースが無かったのが個人的に悔やまれます。」
「申し訳ありません。なかなか準備が間に合わず....」
「ちょ!ちょちょ!!止めてください!そんなっ!批判とかじゃなくて!一ファンとしてタイミングってホントにあるんだなって事です。」
「ははは。申し訳ありません。冗談です。しかし、スクール然り、ジュニアユース然り、これからは育成世代、育成組織にも結果が求められるようになります。正直言ってこの辺りの世代に関しては高知ユナイテッドさんの育成組織がほぼ優勝を独占してますから。」
「良いんです良いんです!我々はトップチーム同様、高知ユナイテッドさんに挑戦していく立場なんですから!いつかはひっくり返しますよ!」
登島さんの明るい性格は本当に事務所でも雰囲気作りに一役買ってくれています。サポート部としても今はデポルト・ファミリアのサポート担当として働いてくれています。サポート部自体がまだ立ち上げたばかりなので、今後の成長に期待です。
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同日夕方 Vandits garage <富田 郁>
今日の最後の仕事は常藤さんと和馬さんの打ち合わせに同席する事でした。雪村さんも同席されていますが、こう言った場にどんどん参加させて経験を積ませる事が雪村さんと言うか、この会社の方針です。
社内の打ち合わせなので雰囲気は非常にのんびりとした感じで、あまり仕事感がありません。それでも話し合われている内容は非常に重要なお話をされています。
「射撃場ですが、あちらの営業が来月からスタートする事になったので、今月末で芸西村の方は営業を終了してその一週間後から解体工事に入ります。(雪村)」
「やっとですね。敷地内の道も広げると聞いてますが。(常藤)」
「えぇ。今のところの予定はマイクロバスがすれ違えるだけの道を確保する予定です。山を崩すか斜面に土を入れるか、どちらにしても一年はかかるでしょうね。(和馬)」
「どのタイミングで寄付を?」
「出来ればすぐにでも渡したいですが、そこはあちらとの話次第ですね。」
「他の土地はいかがですか?」
「射撃場に隣接する土地から優先してお話をさせてもらってました。今は射撃場合わせて15haくらいの敷地は確保出来てます。」
「ほぼ終わっている状態ですか。ゆず園もやりながら見事なモノですね。さすがとしか言いようがありません。」
「地元の皆さんが協力してくれたおかげですよ。これで学校出来なかったら俺は一生芸西村に足踏み入れられないくらいの裏切り者になります。」
雪村さんも含め三人で笑ってらっしゃいます。以前に伺った話では、学校法人への敷地の寄付が終われば残りの土地はデポルトが買い取る事になっています。そしてどちらが所有するに関わりなく、自治体の許可が下り次第、樹木の伐採と土壌保全工事が始まる事になっています。
今年度中に全てを更地の状態にして、今後の拡張工事などに活かしていく事になります。もちろん工事は笹見建設さんが元請けとして動いてくれていますが、下請けなどには積極的に地元の工務店などを使ってくれており、この工事で少しでも芸西村にお金が落ちるようにはしています。
ついに動き始めた学校法人設立。今後どのような動きになるか気になります。
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2020年5月 市内カフェ <杉山 富夫>
今日だけでいくつかの打ち合わせや営業が重なっている為、高知市内で朝からずっと店を変えては珈琲をいただいている一日です。
この一つ前の南国放送さんとの打ち合わせでは、二月に放送した特番の視聴率が良かったらしく、また槙田さんから許可をいただいて放送した追加映像も好評だったらしく南国放送内に「高知テレビが高知ユナイテッドなら、うちはヴァンディッツ推しでいきましょう」と言う声も上がり始めたそうです。
深夜に15~30分の週一番組の提案も受けましたが、試合映像や練習映像を公開出来ない現状としては番組としての旨味があまり無い事をお伝えし、出来ればJFL入りした後に社内にまだそう言った雰囲気があるようならぜひお話に乗らせて欲しいとお伝えしました。
いやでも、深夜番組ですか。嬉しい限りですね。喉から手どころか体まで飛び出しそうな勢いで飛びつきたい思いですが、下手に飛びついて視聴率が取れずに一年持たずに打ち切りなどになってはクラブイメージにも影響を与えかねません。
ここは冷静に判断しなければ。
さて、次の打ち合わせ相手の水木さんが来られました。普段、水木さんは宗石さんの活動が東京メインになって来た事を受けて、ネット会議での打ち合わせが多かったのですが今日は高知入りしているそうで実際に会って打ち合わせをする事になりました。
「お久しぶりです。杉山さん。」
「ご無沙汰しております。と言ってもお顔はパソコン越しに拝見はしておりましたが。お元気ですか?」
「えぇ。宗石の方も順調で。本当にデポルト・ファミリアの皆様には感謝しております。」
「いえいえ、家族ですから。そう言った事は無しにしましょう。我々もご活躍を見られてホントに喜んでます!ついにドラマの主役返り咲きですね。」
「....はい。長かった。やっと..と言う想いはあります。本人も相当気合は入っているようで。」
宗石さんは7月から始まる第二クールのドラマの主演が決まり、すでに撮影にも入っているようです。実は水木さん達のファクトファミリーでは新しくマネージャーを雇われていて、水木さんは宗石さんの担当から外れ管理職・社長業に専念されています。ファクトファミリーも所属タレントが増え、現在は宗石さん・阿部さんを含めて6名の俳優・タレントさんを抱えていると伺っています。
「会社も順調なようですし、これからも良いお付き合いが出来そうで安心してます。」
私の冗談に水木さんも「いえいえこちらこそ。」とわざとらしく揉み手をしてくれて、雰囲気の良さが伝わります。
「実は今回、うちでこの春からタレントと言いますか、将来は女優になりたい候補生扱いで採用した子がいるんですが、その子が大のヴァンディッツサポーターで。」
「ほぉ。高知の子なんですか?」
「いえ、出身は長野県なんですが。」
「それは珍しいですね。長野だとうちの配信を見てもらうくらいしか情報仕入れる場は無いと思うんですが。」
水木さんのお話では、その子にも芸能活動をさせていきたい事は決まっているようですが、何か候補生期間中でも出来るような活動が無いかと考えていた時に、本人から「ヴァンディッツの追っかけサポーター活動をSNSで投稿したい」と言う提案を受け話し合いを続けていく中で、我々にも一度相談してみようとなったそうです。
「実はすでに開幕戦含めて今日までの3試合、全てうちの、あっ、その候補生の子は雨宮美晴と言いまして。雨宮の方は観戦に行ってるんです。もちろんマネージャーも同行してますが。その時にスタジアムなどで撮影した動画を本人のSNSアカウントで公開して大丈夫かと言う確認もあって、実際に会って打ち合わせをさせていただいた形でして。」
「なるほど。面白い企画ではあると思いますが....あの....つかぬ事を伺いますが、長野出身で雨宮と言う苗字で、ヴァンディッツのファンとなると....」
私の推測に水木さんの顔が苦笑いになります。やはり当たりだったようです。
「はい。デポルト・ファミリアの、いえ、今は(株)Vanditsですね。Vandits安芸の主務をされている雨宮加奈さんの妹になります。」
「うちの雨宮はそれを。」
「恐らくご存じないと思います。もちろんご家族との話し合いも終わり、ご両親にも契約内容等を確認していただいた上でお預かりしていますが、本人もご家族も加奈さんには伝える必要はありませんと。」
不可解です。雨宮くんがご家族と不仲などと言う話は聞いた事がありません。年末年始の休暇も実家に帰っていたようですし、確かに妹さんがお二人いた事も聞いた事があります。姉の贔屓目もあるが可愛い子なんだと言っていました。
「実は本人もご家族も面白がってまして。加奈さんに伝えずにいつかお仕事でヴァンディッツさんと御一緒出来た時に驚かせたいと。」
「ははははっ!なるほど。そう言う事でしたか。」
なかなか愉快なご家族のようです。そこからもう少しこの話を詰めていく事にしました。




