第144話 成長の証
2020年4月末 Vandits garage <常藤 正昭>
(株)Vanditsとデポルト・ファミリアと言う二つの組織の代表となった事で、仕事も二分化され、社員の皆さんは両方の仕事をする事が無くなり、より仕事の細分化を図れるようになりました。しかし、統括の立場である私は頭の中の整理と日々の忙しなさに追い立てられる毎日になっています。
サポート部も現在はデポルト担当と(株)Vandits担当に分かれて人員が配置されていて、やる事は圧倒的に増えましたがそれをサポートして貰える体制をやっと作る事が出来ました。
コンコンッ!「失礼します。」
「あぁ、もうそんな時間ですか。」
「少し早めではありますが、南国市で少し道が混んでいるようですので、早めに出発する予定です。同行は富田さんです。」
雪村くんが高知市内でこの後スポンサー企業の皆様との会食の出発時間を知らせてくれました。雪村くんには相談の上、サポート部の部長に戻って来ていただきました。やはり適材適所。今のデポルトの中で彼女以上にこのポストを任せられる人がいないと言うのは、まだまだ成長が足りない証拠と言えるのかも知れません。
施設管理部はこの四月から入船君が部長となりました。そうです。Vandits安芸の創設メンバーの控え要因だった彼です。施設管理部で働き始めて四年目。今は誰よりもデポルトの管理物件に関しては知識を持ち、施設管理部のメンバーとも積極的にコミュニケーションを図る彼を部長に抜擢しました。
たしかにまだ早いと思える面もありますが、そこは部員達との連携で全員でフォローすると言う雰囲気が上手く部署を回せているようです。
準備が終わり席から立つと富田君は既に入り口で待っていました。
「お待たせしました。」
「お車、準備出来ております。」
「有難うございます。」
後部座席のドアが開けられ中に乗り込むと運転席の男性が声をかけてくれます。
「常藤さん、お疲れ様です。」
「疲れるのはこれからですよ。尾道君。いえ、いけませんね。そんな事を言っては。しかし、これをずっと和馬さんがやられていたかと思うと、本当に頭が下がります。」
今は全部署から離れて、尾道君が運転手兼お客様対応を任されています。と言っても、ほぼ宗石さん専用対応係になっていますが。
入船君も尾道君も、そして農園部の部長の望月君も、ヴァンディッツを選手として退いた後、どのような道に進んでくれるかと心配していましたが、本当に会社にとって欠かせない役割を担ってくれています。
会社設立当初に事業の柱の一つとして掲げていた『選手のセカンドキャリア支援』と言う意味では、まだ自分達の会社で継続雇用をしているだけです。これが地元企業への雇用提案や独立起業等の支援も出来るような活動にしていかなければなりません。
それにはまだまだ頑張りが必要です。
富田くんも乗り込み、車を高知市内に向けて走らせます。私は伝え忘れていた事を尾道君に話す事にしました。
「尾道君、運転中に構いませんか?」
「はい。なんでしょう?」
「去年に退団した小林君。覚えていますか?」
「....もちろんです。」
2018-19年シーズン終了とともにVandits安芸を退団(正確にはデポルト・ファミリアを退職)した小林将人君。DFとして頑張ってくれていましたが、出場機会を求めて鹿児島1部リーグに所属する霧島FCに移籍しました。
「鹿児島にある焼酎の酒造メーカーで社員として働きながらサッカーをしていましたが、チームの霧島FCが鹿児島1部で優勝したそうです。小林君は年間全試合でスタメン出場を守ったそうです。」
車が不意に待避所に停まります。尾道君が少し俯いていました。
「....そうですか。....良かった。」
「二週間ほど前にご連絡いただけましてね。冴木さんと常藤さん、チームの皆が送り出してくれたおかげで無事に今シーズンから地域リーグに上がれますと。」
「律儀なトコは変わりませんね。」
「そうですね。最後にチームの皆さんにも言付を預かっています。」
「言付ですか?」
「はい。『地域CLで待っている』そうですよ。」
「ははは。........生意気です。」
「我々も負けていられません。」
「はい。皆には伝えておきます。」
「お願いします。では、参りましょうか。」
車はまた静かに走り始めました。
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2020年5月 黒潮町土佐西南大規模公園サッカーグラウンド <冴木 拓斗>
【全国高等学校サッカー選手権大会 高知県大会 一回戦 対 高知東高校】
待ちに待った選手権予選の一回戦の日。安芸高校サッカー部はヴァンディッツと同じようにスタメンは前日に発表されています。僕はFWでスタメン出場。一年生からも3人がスタメンに入りました。
皆をびっくりさせたのは二年生で未経験で入部したタダシがSBとしてスタメンに入った事でした。父さんからもヴァンディッツやシルエレイナへの練習参加しているのを聞いていましたし、自主練も入部以来ずっと続けているのも知っています。
今年に入って安芸高校サッカー部の練習は一気に強度が増しました。付いて来れない人も出るかと心配していましたが、ついて来れないのは一年生の未経験者の勝明だけで、勝明も技術的について来れないと言うだけで器械体操部出身と言う事もあって体力面では全く問題ありませんでした。
御岳コーチが東高校の注意点を話しながら、今日の対策を決めていきます。
「去年の戦い方と直近の練習試合を見る限り、東高校は恐らくサイドチェンジを多用するサイドアタックがメインの攻撃方法になるじゃろう。ただ、サイドチェンジする際、CBと左SB、右SHのロングパスの精度は実戦レベルでは無い。君達なら十分に対応できる。要注意はボランチ9番、ボールキープ力に優れとる。チャンスと見ると前へ持ち込む事も少なくない。ここは拓斗、浩明、FWが高い位置から積極的に絡んでいって構わない。しっかりと連携してあまり長く持たせない事を意識していこう。」
「「はい。」」
「そして、正司。」
「っ..はいっ!」
「今日のキーマンは君だ。相手は間違いなく去年までのうちのサッカーを知っとる。と言う事は初心者だった君のサッカーも知っとると言う事だ。」
「....はい。」
「間違いなく突破口を左サイドにしてくるはずじゃ。前半の時点でここは穴では無いと言う事を思い知らせろ。儂に不安は無い。あとは君の自信次第じゃ。思い出せ。拓斗や浩明ですら君を抜く事はもう容易では無くなっておる。成田や岡田に叩き込まれた事を頭の中で思い浮かべながら、前半で相手の攻撃パターンを潰してこい。」
「はいっっ!!!」
御岳コーチが笑顔で手を叩く。
「よぉし!良い返事じゃ。さて、万年一回戦負けのチームに油断しまくっとるチームのケツを叩いてやるとしよう。ジャイアントキリングと言うには相手不足じゃが、なんと言う事は無い。君達の初勝利にはちょうど良い相手じゃ。気持ちよく勝ってこい。さぁ、出陣じゃ!!!」
「「「「「応ッッッッ!!!!」」」」」
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<石井 正司>
少しまだ緊張している。でも、一年の時の緊張に比べたら少しマシになってるかもしれない。あの時は自分が何をしていたのかもあまり覚えてない。あの春の試合から一年間死に物狂いで練習してきた。やれる事は全部やった。
トップチーム(安芸高校はヴァンディッツをトップチームと呼んでいる)の練習にも参加させてもらったし、シルエレイナのGKの井上選手から「良いイメージを頭の中に生みたいならサッカー漫画読んでテンション上がった場面を想い浮かべると良いよ」と教えられれば、何度も読み返して台詞すら暗記した。
東高校はコーチの言う通り、中央突破も狙いながらやはり僕のポジション右SB側から切り込もうとして来る。相手のSH、ニヤついてる?僕は初心者だ。舐められてるんだろう。そりゃ、そうだ。簡単に抜けると高を括ってる。でも、そう簡単には抜かせない。
『いいかタダシ。相手に対する時は絶対に正面に足を揃えた状態で立つな。君が右SBなら相手をライン側に追い込むように左足を前にして相手を中央に切り込ませちゃダメだ。良いな!死んでもさせるな。絶対に止めるんだ。』
岡田選手のアドバイスが頭に浮かぶ。言われた通りの体勢で、腰を落として向かい合う。相手が少し目を見開いた。意外だとでも思ったのか?馬鹿にするな。僕だってただ立ってた訳じゃない。
相手が切り込もうとするのを切りにかかる。相手は抜けない。何度も試してくる。なかなか相手は切り込めない。じわじわとサイドラインが相手の背中に迫る。相手が無理に抜こうと焦って僕に接触する。相手のファウル。
「よっしぃぃ!!タダシ先輩、ナイス!!!」
「うん!!お願い!!」
CBを務める一年生の圭一郎にキックを任せる。一年生ながら経験者と言う事もあってDFのメンバーの中では一番ロングパスが上手い。
圭一郎が前へ蹴りだす。僕もすぐにポジションに戻った。ボールは上手く繋がってチャンスになったけど、ラストパスが合わずボールは相手のゴールキックになってしまった。でも、良い展開だったよね。今の。
「タダシィィ!ナイスゥ!!!」
「タダシ君、さいこぉぉぉ!!」
OHの清春先輩とSHの沼口(一年生)がこっちを向いて拳を突き上げる。僕も手を挙げて応えた。僕とマッチした相手SHが悔しそうにこっちを見ている。
よし、相手の感情を乱せてる。良い傾向だ。
~・~・~・~・~
それでも相手はサイドからの切り崩しを試してくる。でもさっきほどの無理やり感が無い。さっき相手の監督がSHの選手に「相手をしっかり見ろ」って叫んでた。だから攻め急がなくなったんだろう。
僕を抜いてやろうと体を少し動かしながらこちらを引き付けようとしている。
『タダシ君。僕なりのデュエルだけど、相手がもしボールを手で持っていたとしたら。それを想定して自分が手を伸ばしてボールに触れる距離以上は離れない。それが僕の距離感。その距離感なら絶対に瞬間で足を伸ばせばボールに足は届く。良い?やってみよう。』
成田選手が何度かご自分の練習後に付きっ切りで教えて下さった練習方法。成田選手がボールを両手で前に持って、僕はそのボールに左手を置く。その状態で成田選手は僕を抜こうとする。僕は抜かれないように距離を保つ。
どうして左手かって言えば、僕は右サイドだから左足を前にする姿勢が基本になるからだ。そして一番大事な事、ボールを見すぎない。相手の目を見る。それを忘れない。
細かく細かく右左とフェイントをかけてくるけど、はっきり言って成田選手に比べたら上半身が揺れてるくらいにしか感じない。足元のボールはほとんど動いてない。相手が僕から目を切った!!足を伸ばす!!足がボールに当たりカバーに来ていた沼口の前へ転がる!
沼口が圭一郎に預け、一気に前へ走る。圭一郎がワンツーで沼口へ返す。室戸中学とヴァンディッツのスクールでやっていた二人だけあって呼吸が合ってる。一気にカウンターに入った。
沼口から清春先輩、そして先輩のラストパスに合わせて最終ラインを突破した拓斗の足元に!しかし相手GKがスライディングでボールを弾いた。うぅ~ん。惜しい!!!
~・~・~・~・~
前半終了間際になって相手はこちら側からの突破を諦めたようにしてこなくなった。でも、油断は禁物。しっかりと相手のフォーメーションを見ながらポジションを取る。
沼口が少しライン際を空けた状態でDHの隼人先輩とCBの圭一郎とパスを回して相手の釣り出しを誘っている。
これ!練習した奴だ!!僕は沼口が開けてくれている右サイドラインを沼口を追い越して一気に駆け上がる。
『良いか。タダシ。サイドアタックってのはな、ごちゃごちゃ考える必要は何もねぇ。相手が自分の近くに来るまではボールは来るって信じて全力で駆け上がってろ。そして欲しいトコに手で合図出してやるんだ。足元に欲しいのか、前気味に追い越したボールが欲しいのか。はっきり見せてやるんだ。あとは簡単だ。死ぬ気でクロス上げるだけだ。これが外れたらチーム外されるって気持ちで上げろ。絶対に上がる!絶対にあいつが待っててくれてるって信じてあげるんだ。』
馬場選手から教わったサイドアタックの方法。良く考えると相手が詰めて来た時はどうすれば良いか習ってないよ。
でも、追い越したパスをくれと手を前に差し出す。すると「タダシ君、左!!!」と沼口の声がした。「左から!」ではなく「左!」。相手選手は追い付けていない。
視界に滑り込んでくるようにボールが見えた。いる!!!絶対に浩明はいてくれる!!前から相手DFが走って来るけど、絶対に僕のクロスが先に間に合う!!そう信じて蹴り込んだ!!!
上がったボールはエリア後ろ目に構えていた浩明の前に飛ぶ!浩明が相手選手と競り合いながらヘディング!しかし、左に体を寝かせたGKの胸に当って斜めに転がる!転がったルーズボールへ拓斗が滑り込んだ!!!
ボールは拓斗と一緒にゴールに突っ込んで行った。
拓斗と浩明が僕に向かって飛びついてくる。他の皆も次々に飛びついてきた!あぁ、自分の出したボールで点を取ってくれるってこんなに興奮するのか。
「よっしゃぁぁぁ!!!タダシィィ!!!」
凄いデカい声が向かいのゴール裏から聞こえて、そこに目をやると馬場選手と成田選手がガッツポーズでこっちを見てた!!
僕はもみくちゃにされながら二人に拳を突き上げた。




