第143話 四国リーグ 第1節
2020年4月 グリーンフィールド新居浜 <三原 洋子>
【四国サッカーリーグ 第1節 対香川高松FC】
愛媛県新居浜市にあるグリーンフィールド新居浜。芝も綺麗で屋根付きの観客席も少し構えられている立派なグラウンド。なでしこジャパンの女子W杯ドイツ大会の直前合宿にも利用されたくらい環境面では整っています。
試合開始前に相手ゴール裏にいる応援団の皆さんへ高知のお土産を持って挨拶に行くと非常にビックリされて丁寧にお礼も言っていただけました。その時に少しお話をさせてもらったら、やはり四国リーグの常連チームの中ではVandits安芸が四国リーグへ昇格して来た事は一つの事件であり、四国リーグが注目されるきっかけにもなると歓び半面、危機感半面と言った反応らしいです。
ヴァンディッツがそう言った目で見られるだけの存在になっていると言う事に少し驚いたのが本音です。でも、これから先も一緒に歩んでいくと決めた私達にとってはこう言った事も嬉しく感じてしまいます。
四国リーグの開幕戦は県外だと言うのにも関わらず、500人近い人が集まってくれました。ピッチ横に構えられている屋根付きの観客席を私達で占領するのは申し訳ないので、ゴール裏にある芝生の斜面を相手チームの応援団の方にお話ししてヴァンディッツの応援に来てくれた皆で陣取らせていただく事にしました。
実は今回の開幕戦前に公式HPが更新されていて、私達は新規加入のメンバーを確認する為にも見たのですが、まさかの五月選手の登録ポジションがOHからDHに変更されていました。確かに県1部リーグでOHが一人のシステムがメインで採用されていた事が多くて、OHとしてポジション登録されている3人の中で五月選手は特に出場機会に恵まれていないようには感じていました。その為にDHにポジションを変えたと言う事なんでしょうか。
そんな中で今日のスタメン・控えには土居選手も登録されておらず、これは今までの選手はもちろん新規加入の期待された選手ですらすぐにスタメンに入れるほどヴァンディッツは甘くないと言うチーム全体の成長が見られたように感じました。
今シーズンのスタートはどのような結果が待っているのでしょう。私達はワクワクしながら、観戦に来てくれた皆と応援練習を始めました。
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<伊藤 久志>
今シーズン、ヴァンディッツは大きな勝負に出たと個人的には感じている。五月をDHにコンバートした事ももちろんだが、チーム創設から昨シーズンまで続けてきたシステムを今シーズンから変更した。
基本となるシステムは3-2-2-2-1。DFライン3枚にダブルボランチ、左右のSHとシャドウ2枚に1トップ。まあ、このシャドウがOHの役割を果たす事もあるので、厳密に言えば3-2-4-1と言うのが正解なのかも知れない。
そこに3-1-4-1-1と言うシステムに挑戦している。これは正直、原田さんがコーチをしていた昨シーズンから練習試合では挑戦していたシステムだ。ここまで公式戦ではダブルボランチが定石だったヴァンディッツだが、今後数年の事を考えればワンボランチ・アンカーでのシステムも考慮しなければいけなくなってくる。
3枚のDFライン、アンカー、SH/SW2枚OH2枚、シャドウと1トップ。恐らく今のヴァンディッツにはこのシステムが一番攻撃面でも守備面でも実力は発揮出来るはずだ。
今まではダブルボランチが最終ラインの可変に加わるパターンが多かったが、ダブルボランチの可変式5バックよりもサイドが戻ってDFラインに加わる可変タイプの方がうちのメンバーの実力的に合っている。
SHの成田や馬場さん・松尾などは普段から守備意識も高くしっかりとフォローが出来る為、無理にダブルボランチで厚みを持たせるよりは前に重心を置いて早めのプレスをかける意識を持つ方がチーム的にもあっている気がしている。
今日のスタメンもGK和田、CB大西、SB和瀧・成田、DH及川さん、そしてSHに馬場さんとアランが置かれた。OHに八木と俺で、シャドウに幡さん、1トップに飯島。恐らく公式戦では初めての布陣。
控室で何度も確認作業が行われた。全員が若干の緊張感を持って試合に臨む。チーム全体の成長と選べる手札を増やしていく事。恐らくこれから先、Jリーグに行こうが続いていく作業。この考察・思案・実行・精査を続けなければ成長は無い。満足は妥協と停止しか生まない。常に挑み続ける。
また長いシーズンが始まる。自分達の立ち位置を見せる一年。槙田さんに教えられた事を心に銘打つ為の一年が始まる。
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<高瀬 健次郎>
大事な四国リーグ開幕戦。スタメンには入れなかった。少しの悔しさを覚える。だんだんとチームが大きくなり、勝ち進むにつれて自分の中に悔しさや焦りの感情も起こるようになってきた。チームが出来たばかりの頃には感じていなかった感情だ。
監督からは「プロフェッショナルに近付いている証拠です。」と言われた。そうなのかも知れない。いつまでも楽しいサッカーは続けられない。チームメイトでありながらライバル達と生活している。
ゴール裏からチャントやコールを練習する声が聞こえてくる。俺は近くにいた悟(大西)に声をかける。
「悟、覚えてるか?」
「何をですか?」
「まだチームが出来る前さ、お前だけ先に伊尾木川の近くの前の事務所に合流してさ。皆で飯食いながらサッカーの試合をテレビで観た時の事。」
「あぁ~。ありましたねぇ。前の事務所好きだったなぁ。懐かしいっすね。」
「あの時さ、和馬さんが言った事が本当になってる。」
「え?」
「今治のサポーターがさ、青森まで応援に駆けつけてくれてたのを見て、俺達もこうやって地元に愛されるチームになるんだって。そう言ってたんだ。」
「....そうでしたね。」
「同じ四国だけどさ、それでもこんなに沢山の人が駆けつけてくれるチームになった。凄いよな。」
「ホント、あの時からは想像できないですね。」
「勝とうな。悟。」
「もちろんです。」
俺達は拳を突き合わせる。あの日の夢物語はまだ終わっていない。
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<成田 雅也>
胸が焼け付くくらいに熱い。どれだけ走っただろう。監督から厳命された徹底した相手SHへのマーク。今回の相手がこちらのDFを崩す手として多用してきたのが、こちらの右サイドから切り込んでくるサイドアタックでした。相手のSHはスタミナとダッシュ力に長けた選手で、自分がマークしていても何度も見失いそうになるくらい緩急の付いたダッシュを見せる選手でした。
絶対に抜かせるわけにはいかない。その一念でした。低い姿勢、相手との間合いを切らない。ひたすらに頭の中で繰り返す。相手の呼吸とドリブルの癖を読み続ける。室戸高校で監督が気付かせてくれて、ヴァンディッツに加入して一年間ただひたすらに繰り返してきた自分の強み。
「くっそ!てめぇ....しつこいんだよ!」
言わせておけばいい。大西さんからも伊藤さんからも言われた。相手チームの選手から厳しい言葉や汚い言葉を投げられる選手になれと。それだけ相手の心を乱せる選手になれと。悔しければ振り切って見ろ。
今っっ!!!
相手の足元からボールが離れた瞬間に足を伸ばしながら相手の体とボールの間に体を滑り込ませる。ボールを自分の足元に置き、背中に相手を背負う。必死に自分を引き剥がそうとする相手を感じながら、サイドにフォローに走って来る伊藤さんにパスを出した。相手が自分を引っぱってわざとファウルを貰い、こちらのプレイを止めようとするが腰を落として体が倒れないように耐える。
プロの試合ならばアドバンテージを取って貰える場面かも知れないが、それを都道府県や地域リーグの審判に求めるのは酷。これも岡田さんから教えて貰った事。自分達のアドバンテージになりそうな場面なら、耐えてでもファウルを貰うな。グッと体を前傾にして相手の抵抗を堪える。
伊藤さんが繋いでくれたパスは見事に飯島さんがミドルでゴールに突き刺してくれた。その瞬間に相手チームの交代でそのSH選手が交代になる。悔しそうにこちらを見ながら下がっていく選手に少し気持ちが上がる。
試合前に言い渡された仕事をやり遂げた。頭をポンと叩かれる。伊藤さんだった。
「やったな。雅也。」
「フォローありがとうございます。」
「ま・さ・やぁぁぁぁぁ!!!」
そんな自分に飯島さんが飛びついてくる!!お前の頑張りのおかげだと背中をバンバン叩かれた。3対0。完璧なDFラインで失点を防いでいる。自分がここにいる理由。このポジションを守る理由が少し出来た気がした。
ヴァンディッツの中の立ち位置を見つけなければいけない。それが今シーズンの目標だ。
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同日 冴木ゆず園 <冴木 和馬>
少し暖かくなってきて柚子の木にも春に伸び始める枝が目立ち始める。早めの次期から剪定作業を始めた。これから夏を過ぎ秋に入るまでは選定作業と草刈がメインの仕事になる。恐ろしい広さの農園をたった3人で毎日のように剪定と草刈りを繰り返す。
当然、皆で決めたスケジュールだが、はっきり言って眩暈が起こりそうだった。剪定する時期もエリアごとに分けてみる事にした。今後数年間は色々な事を試していくつもりだ。年末には初めての『えんがわ』への出荷が待っている。
作業をしていると農園のスタッフとして雇った能美が「おっ!」と何かに気付いて、そして俺を呼んだ。手にはスマホを持っていた。また作業中に何かのサイトを見てたのか。サボるような奴じゃないが、うち関連の試合がある日にだけは仕事に身が入らない。まぁ、俺もなんだかんだで気になっているんだが。
「冴木さん、事件です。」
「こんな長閑な農園で事件とは大変だな。で?なんだ?」
「Vandits安芸、開幕戦4対0で勝利。シルエレイナ高知、開幕戦12対0で勝利です。」
「えっ!?12!?」
思わず聞き返した。もちろん両チームとも勝利は期待していたが、まさか女子チームが二桁も得点するとは思ってなかった。嬉しい誤算だな。
「速報なんで詳しくはまだ分かんないですけど、中嶋って選手が5点も取ってますね。」
「おお!あの子か。Vandits fieldの外周を走ってるって司から報告受けてたんだよ。そっか、結果出て良かったな。それ以外にも7点取ってるって事か。いやぁ、凄いな。」
「点の取り方は分かんないですけど、ざっくり言うと中嶋選手5点、山口選手3点、櫻井選手2点、五百城選手2点の計12点です。」
「五百城!?えっ!?あの子、高1じゃなかったか?」
原田とチームの事で雑談した時に非常に気になってる高校生の子がいるとは聞いてた。もしかしたらこの先のシルエレイナの核になってくれる選手かも知れないと。でも、家庭の事情で引っ越した事もあってあまり本人に多く期待を感じさせたくないとも言っていた。
たしかメンタルケアの先生の手配をしたのはこの子の事があってだったはずだ。それがまさかの開幕戦で出場して結果まで出したのか。嬉しい結果だが、周りから注目されるだろうから本人が気にしないかが心配だ。
まぁ、また原田にでも聞いてみるとしよう。
とは言え、スタートを完璧すぎるくらいに切れたな。まぁ、山口や原田がいるから気が緩むなんて事は万に一つも起こらないだろうけど、何とか県リーグは全勝で終わって欲しい。Vandits安芸とは違う戦いを強いられてるシルエレイナだからな。高知や四国でははっきり言って敵がいないと言う事を、この一年、二年をかけて女子サッカー界に知らしめないといけない。
『これだけの実力があるなら、なでしこリーグに入って当然』と思われるチームにならなければいけない。
6月には早くも皇后杯の高知県予選が待っている。創部一年目で高知県女子サッカーのトップの座には就いていたい。そこが最大の目標だと思う。
しかしまぁ、とりあえずは男子女子共にトップチームが勝利で一年をスタート出来たのは験が良い。
「これで高校生やジュニアユースの子達も上手くスタート出来ると良いですねぇ。」
「そうだな。五月にジュニアユースの3部がスタートして、高校生は五月に春季大会と言う名のインターハイ予選だな。」
「拓斗君、楽しみですね。」
「去年は試合見てやれなかったからな。春は何とか時間作るつもりだよ。」
拓斗に話を聞いていても新入部員の子達も頑張っているらしいし、御岳さんの話ではヴァンディッツやシルエレイナの練習の手伝いに来てた初心者の子達は、選手達が休憩時間なんかに積極的に話しかけてくれて同じポジションの心構えとかを教えてくれているらしい。少しでも芽が出てくれれば良いんだけど。
出来るなら卒業した後も趣味とか社会人とかでサッカーを続けたいって思ってくれるだけハマってくれれば高校で続けた甲斐はあるはずだ。
育成世代の指導を始めて二年半。中学一年だった子が高校へ。高校だった子は社会人・大学へ。違うカテゴリーへと進んでいく事になる。始めた段階では今、高校三年生の世代が一番年上だったから、来年の三月が初めてのスクール生の高校卒業になる。確か4人だったはずだ。
どう言った道に進むんだろうな。サッカー続けてくれるかな。少しでも今年の春の大会で勝ち進めれば、もしかしたら大学や社会人でサッカーを続けるきっかけになるかも知れない。それは高円宮杯も同じ事だ。
自分の会社に勤めている訳でも無い人の将来を心配し、ワクワクドキドキするような日々を送る。そんな事、東京で仕事をしてた頃には全く想像すらしていなかった。自分の会社を大きくする事が一番。それに関わってくれる企業の皆さんがうちと関わって良かったと思ってくれれば尚の事。
それをあの司との約束の日から今日まで、自分が目標・信念としてきた事は変わっていないようで少しづつ変わっている気がしている。
最初はただJリーグに司を連れていくだった目標は、いつか『このチームでJリーグに行く』に変わっていた。そして今は『このチームに関わる人が皆幸せになれる手助けをしたい』と思えるようになった。
勝負の年の開幕戦は見事なスタートを切った。さて、どうなるか。また楽しみな一年になりそうだ。




