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第139話 新体制発表

2020年3月 Vandits field体育館

  『まずは一人目のご紹介です。三重県立三重中央高校から加入してくれた18歳。先々月の全国高校サッカー選手権大会では所属高校のベスト8入りに貢献しました。献身的なプレイと無類のスタミナを武器に社会人サッカーの世界に飛び込んでくれました!ポジションはDH、三重出身!!小脇 栄!!!』


 歓声と拍手に迎えられてユニフォーム姿の小脇が登壇する。マッシュルームカットの髪形でまだ幼さの残る顔だが、誰もがその太腿とふくらはぎの筋肉に目を奪われる。幼い容姿とはあまりにかけ離れたその暴力的な下半身に、サポーター達の期待は否が応でも高まる。当の小脇は緊張しながらもしっかりお辞儀をして笑顔を保っていた。


 『そして二人目。関西大学サッカーリーグで昨年3位に入ったKN大学サッカー部から加入。その類稀な身体能力とボールへの嗅覚はヴァンディッツに更なる得点を生む原動力となるか!ポジションはFW、兵庫出身!!棟田 (ちから)!!!』


 身長は192cm、しっかりとした胸板に大きな肩幅は存在感抜群だ。サポーターからは沖と二人でツインタワーも組めると想像が膨らむ。顔は少し強面だが、笑顔は柔らかく、真剣な表情とのギャップにサポーターからの反応は上々だった。


 『それでは、最後の一人を紹介します!!』


 有澤の紹介と共に現れたその人物に会場は興奮のるつぼと化す。現れたのは誰もが知るあの選手だった。


 『昨年までJ2東京ヴィクトリーに所属しておりました土居洋平選手です!!』


 この発表にはサポーターだけでなく、スポンサー席に座る面々からも大きな拍手が送られる。登壇する土居は他の2選手と同様にVandits安芸のユニフォーム(土居の場合はGK用ユニフォーム)に身を包み、真剣な表情で会場に礼をする。


 『土居洋平選手は日本代表に召集された経験もある言わずと知れた名GK!!今季Vandits安芸でのプレイを決断してくれました。その経験値と見事な判断力はこのチームの更なる飛躍に欠かせない存在となる事でしょう!』


 ステージ上に並ぶ3選手に有澤が近付き、一人一人意気込みを聞いていく。


 『さて、まずは小脇選手からお話を伺いましょう。小脇選手、Vandits安芸への加入ありがとうございます。』

 『あっ....いえ、こちらこそっ!』


 焦ったように慌ててお辞儀をする小脇。その様子をサポーターや参加者達は微笑ましく見ていた。


 『高校卒業して地元三重を離れて高知県で地域リーグに参戦。社会人チームへの加入。Vandits安芸の第一印象などを聞かせていただいても良いですか?』

 『えっと..Vandits安芸の配信チャンネルはずっと見てて、去年の夏にお話をいただいた時にはすごくビックリしました。一番早くお声をかけていただけたので....すごく嬉しかったです。』

 『チームには既に合流されたとお聞きしました。練習に参加された印象はいかがでしたか?』

 『はい。事前に試合映像を見させていただいた事もあって、練習でのパスやトラップと言った基礎への要求されるレベルが非常に高いと感じました。練習でも感じましたが、まだまだ自分には伸びしろもあると感じる事も出来ました。』


 小脇の言葉に観客からは「おぉ~!!」と期待を感じる反応が見れた。


 『それでは、お集まりのそして配信でもご覧になられているサポーターの皆様へ一言お願い致します。』

 『三重中央高校から来ました小脇栄です。体力には自信があります。早くチームの力になりたいとも思いますが、まずは皆さんに顔を覚えて貰えるようにガンバリます!!』


 小脇のお辞儀と共に大きな拍手が起こる。

 有澤は次に棟田にインタビューをする。


 『さて、棟田選手。昨シーズンは関西大学リーグでも年間6得点の活躍でした。Vandits安芸にも自慢のFW陣が揃いますが、棟田選手の長所を教えていただいても良いですか?』

 『はい。まずは体の強さだと感じています。ゴールエリア内やクロス対応での競り合いの強さには自信があります。Vandits安芸には中堀選手や飯島選手など屈強なFWの先輩方が多いので、先輩方との連携で自分が後れを取らない事がまずは目標になると思います。』

 『なるほど。さて、高知や芸西村への印象はいかがでしょうか?』

 『実は大学時代にも練習試合や旅行で高知は何度か来た事がありまして。なので加入が正式に決まった時には縁を感じました。』

 『四国リーグに向けて意気込みを聞かせてください。』

 『はい。まずはスタメンを目標にチームに溶け込めるよう練習を重ねたいと思っています。チーム得点一位を目指して頑張りたいと思います。』


 しっかりとした口調で非常に聞き取りやすい声の印象。昨年絶好調だったFW陣に加わった棟田がどのような活躍を見せるのかが楽しみだ。

 そして最後に土居へのインタビューが始まる。


 『最後に土居選手です。よくぞVandits安芸への加入を決断していただけました。決断に至った経緯をお聞かせ願えますか?』

 『実はVandits安芸さんがチームとして設立された時からずっとお誘いは受けていました。3年前は大きな怪我をしたばかりでしたが、まだ前のチームとの契約も残ってましたし正直な所、ここから都道府県リーグで再起を図ると言うのも自分にとっては相当にチャレンジになるなと感じていました。』

 『なるほど。』

 『しかし、これがまぁ、しつこかった!』


 ここで会場は笑いに包まれる。土居も笑顔で楽しそうに話す。


 『まさか怪我明けで出場機会も無い自分とずっと交渉を続けてくれるとは思っていませんでした。移籍交渉期間は常にご連絡をいただいていた感じでした。チーム運営でお忙しいはずなのに、何度も自分が出場する試合にも足を運んでいただきました。そう言った所が加入を決断する事になった大きな要因です。』

 『なるほど。しつこい運営ですみません!』

 『いやいや、何より....これはお話して良いかどうか分かりませんが、冴木さんが運営の立場から退かれる時にお電話をいただいて。その時にかけてくれた言葉で、よし!シーズンが終わったらヴァンディッツに行こうと決断しました。』


 インタビューを聞いていた皆の顔が真剣な表情に変わる。土居の加入に冴木和馬が関わっていた。それはサポーター達にとっても胸を熱くするエピソードだった。


 『どんな言葉だったかお聞きしても構いませんか?』

 『僕は怪我明けも調子を取り戻せずにいて、スポーツ紙なんかでも引退か?なんて書かれたりしてたので。冴木さんは「引退なんて考えてないと思うけど、もし本当にそう思いそうになったのなら、これからの君のサッカー人生をヴァンディッツに買い取らせて欲しい」と「土居洋平の経験と技術の全てを買わせてほしい」とその言葉に素直な人だなと。うちのチームのゴールを任せるとか今度はヴァンディッツのキーパーとしてJリーグでゴールを守って欲しいとか、自分でも見えない可能性を語られるよりよっぽど嬉しかった。自分の今までの経験を素直に買ってもらえる。そんな人がいるチームだからこそ来たいと思いました。』


 拍手が起こる。土居は優しく笑う。


 『最後にヴァンディッツでの意気込みを聞かせてください。』

 『自分の経験の全てをヴァンディッツに残せるように全力で挑みます。その中で自分がプレイヤーとして何を残せるか必死に探していきたいと思います。同じGKのポジションのメンバーは覚悟しておいてくれ。』


 この日、一番の大きな拍手が起こる。土居の覚悟を皆が受け止める。頼れる男が加わった。


 ・・・・・・・・・・

同日 Vandits garage <秋山 直美>

 新体制発表会はVandits安芸のパートが終わり、10分ほど休憩に入っています。私達営業部や設計部などは発表会の時間だけ少し仕事の手を休めて皆で事務所で配信を見守っています。

 コミュニティスペースには15人くらいの社員がプロジェクターで壁面に映し出したチャンネル配信をくつろぎながら見ています。私が座るテーブルには真子さん・祥子さん・さやか(入手)と結愛(伊崎)が座っています。


 この後はジュニアユースの事が軽く紹介されて、女子部の創立発表になります。


 「....なんか........やっと、ここまで来れたんですね。」


 私はいつの間にか呟いていました。それを聞いた皆が私の方に顔を向け、真子さんが「ん?」とどう言う事か尋ねてきます。


 「最初はスポーツ事業部作るって始まって、得意分野でチームの経営母体を作ろうって頑張って、やっとサッカー部専属のスタッフで部署も、運営会社も立ち上げる事が出来たじゃないですか。」

 「そう言えば....そうね。」


 真子さんは「確かに!」みたいな顔で笑っています。それを見た祥子さんも「そう言えばそうよね。」なんて言いながら真子さんと笑っています。


 「チームは全然動いてましたけど私達の当初の目的で言うと、やっと今、準備が整ったって事なんですよね?」

 「そうね。それまではサッカー部の皆にはホントに迷惑をかけてしまったけど、全スタッフが兼業だったものね。まだ広報と強化部の二つだけかも知れないけど、やっとしっかりした体制を選手の皆に用意してあげられるようになったって事ね。譜代衆と国人衆の皆様の支援のおかげね。」


 本当にその通り、確かにデポルト・ファミリアが運営資金を出してはいるけど、ほとんどの収入はスポンサー収入によるものが大きいのが現状です。。観客の皆さんからのチケット代などを収入としたければJFLに上がるしかないんです。

 それは楽しみな目標でもあり、このスポンサー収入は安定しないモノであると言うのを理解していると、早く昇格しなければと言う焦りも生まれてきます。


 Vandits安芸に関わるようになって、学生の頃や東京にいた頃にテレビのスポーツ番組でサッカーチームが昇格した降格したと毎年スポーツ番組で流れていましたが、それがチームにとって、サポーターにとってどれだけ大きな事で、降格する事が本当にリアルな死活問題になると言う事をヴァンディッツに関わる事で知りました。


 Jリーグでは年度毎にJ1~J3までの全クラブが経営状況を発表しています。それを毎年のチーム成績に照らし合わせて見ていると、リーグ降格をした年などは次の年に大きくスポンサー収入が落ちているチームが目立ちます。

 サッカーチームの運営にとってはやはりスポンサーからの支援と言うのは非常に大きな役割を果たしています。それを掴み続けるには最低限でも残留。出来るならば前年度よりも上位。昇格出来れば大成功と言える結果です。


 祥子「実際、県リーグから四国リーグへ上がる今年は国人衆の皆さんももちろんですけど、譜代衆の企業の方からの支援が大幅に増えましたから。スポーツチームはやっぱり『順調と成功』が『成績』と言う数字ではっきりと見えますから。そのスポーツに詳しくなくても企業側からすると判断はしやすいんだと思います。成績が上がる=順調、と見えるでしょうから。」

 真子「実際は中に入って見たら火の車みたいなチームばかりなんでしょうけどね。アマチュアチームでは。」

 秋山「うちの場合はしっかりとした企業母体が元々ありましたから。そう言った意味では全国の都道府県リーグのほとんどを占める有志が集まって立ち上げて存続させているチームの状況とは少し毛色は違いますね。」

 祥「そうね。今年から始まる女子チームなんて特にそうよね。高知県の女子サッカーリーグなんて他のチームのメンバーを見させてもらったけど、高校生チームと言うか育成世代チームのリーグ戦に参加させてもらうような感じだもの。そう言った意味ではまだまだ女子サッカーはアマチュアの裾野は狭いと言わざるを得ないわね。」


 女子サッカーのアマチュアの世界に関しては男子と違い、都道府県によってリーグの数もチーム数も大きな差があって、高知県に至っては『高知県女子サッカーリーグ』と銘打たれているのに参加チームの全てがU-18世代でチームが構成されています。

 言わば、『高知県女子サッカーリーグ』は『高知県高校女子サッカーリーグ』と同義なのです。それほどに高知県では成人女子のサッカー選手が少ないと言う事でもあり、そこにチャンスは大いにあります。それに今後、チーム運営をしていく上で高知出身の有力女子選手がヴァンディッツの伊藤選手の様に『地元クラブで活躍したい』となった時に女子部がその第一候補になれる可能性も高く含まれているはずです。


 今の状況を嘆くのではなく、今の状況で自分達がいかに存在感を発揮出来るのかを考える。私がVandits安芸の選手の皆に教えて貰った事です。

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