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第138話 親として、先輩として

2020年2月 高知市内割烹居酒屋 <冴木 和馬>

 詳しく話せる流れにもならず反対されて、落ち込んでいる二人にしっかりと話しておかなければならない。どうして反対するのかを。


 「俺と真子は高校の頃から付き合っていて、大学二年の時に結婚した。大学卒業間際に颯一が生まれた。」


 実は子供達にはざっくり結婚までの経緯は話した事はあったが、その中でどう言った事があったかや、その後の結婚生活などの話はした事が無い。何なら常藤さんや雪村くんのような歴の長い社員達の方が俺達夫婦の事を知っているだろう。


 「大学でファミリアを立ち上げて結婚する頃にはアルバイトしていた同級生よりは少し給料も貰っていた。結婚間近の頃はそれこそ社会人と比べても見劣りしない収入は得ていた自信がある。それでも、結婚生活は簡単じゃなかった。」


 しかし、自分達の会社を軌道に乗せる事に忙しく、真子はそこに育児まで加わった。とてもではないが、この間まで学生をやっていた自分達二人にどうにか出来る生活では無かった。そして、真子は心を壊した。


 「毎日のように図面を書きながら涙を流し、どこを見ているか分からないような目で颯一を抱いて授乳をしてた。そんな生活が二年も続いた。」


 颯一と月乃ちゃんは今にも泣き出しそうなほど顔をしかめて真剣に話を聞いている。いや、二人だけではない。拓斗もだ。

 真子はグッと目を閉じて俺の話を聞いている。もしかしたら、あの日々を思い起こさせたのかも知れない。しかし、二人の息子は立派に育ちこうして違う事で俺達を悩ませてくれる。


 「そんな日々は拓斗が生まれても続いた。自分達で何とか出来ると意地を張って始めた結婚生活だったけど、子供が生まれて過酷を極めて心をすり減らした。自分達が未熟過ぎたんだ。子供が子供のまま親になろうとした。何の覚悟も準備も無く。........でもな、そんな生活を救ってくれたのもお前達だった。」


 今でも覚えている。拓斗に授乳をしていた真子を見た颯一が「ママが怖い。パパ、ママが怖い。」と言って泣き始めた。それを見た時に、真子も俺も事の重大さに気付いた。俺達はどんな顔で子供と向き合っているのか。子供を育てる事が作業になっていないか。


 その日の晩、子供達が寝付いてから二人で涙を流しながら話し合った。そして、真子は仕事を抑え第一線から退いた。今思ってもその判断は本当に正しかったと思う。


 「あの日からの日々が今日のお前達に繋がってる。だから、あの日までの日々は後悔だらけだが、あの日からの日々には後悔は無い。だからこそ、お前達の今の状態での結婚の話には賛成できない。」


 少しだけでも良い。この話を理解してくれたらいい。そんな気持ちだった。


 「結婚前提ならそれでも良いだろう。しかし、少なくともお前が大学四年になる時にもう一度話をしに来なさい。その時に二人の気持ちが今と変わらず結婚したいと思っていて、そしてそれまでの時間で気付けたことがあったなら、それを教えて欲しい。だから、判断は早まるな。今は男女として、お互いを好きでいられる関係の相手として、理解する知ろうとする時間を楽しみなさい。」

 「颯一、月乃さん。勘違いしないでね。小さい頃から仲が良かった二人が、そう言う関係になってくれた事は親としては本当に嬉しいわ。でも、結婚は別。そこはもう少し時間をかけて考えなさい。」

 「........はい。」「分かりました。」

 「父さん、母さんが仕事を離れたから僕達とちゃんと向き合えるようになったの?」


 拓斗が寂しそうに聞いてくる?自分達が真子から仕事を奪った、とでも思っているのか。全く感受性豊かで人の事を考えられる優しい拓斗はホントに変な所で事を大きく考えすぎる。


 「もちろん仕事のペースを落とした事も大きな要因だけど、それだけじゃない。言っただろ?意地を張ってたって。意地を張らなくなったからだよ。」

 「意地?」

 「そう。東京のお祖父さんお祖母さん、高知の祖父ちゃん、そして会社のみんな、リンや文也やトモ、常藤さんもそうだ。もちろん雪村くんや他の社員の皆も同じ。その中にはもちろん笹見会長や正樹さん愛さんもいる。俺達は頼れる人には頼るって開き直ったんだ。だからこそ、笹見さんのご家族とは会社の付き合いを越えた交流をさせて貰ってる。俺と真子がどうしても忙しかった日なんかに真子の両親に預かって貰えない時は白金の正樹さんのお宅で二人を預かって貰った事もあるんだぞ?」


 颯一はビックリしている。覚えてないだろうな。小さかったし。その頃、年長さんだった月乃ちゃんは覚えているらしい。懐かしそうに頷いている。


 「そうやっていろんな人に助けてもらって何とか今日までやって来れた。自分達にそう言う経験があるからこそ、今の颯一たちには危うさしか感じないんだ。もう少し将来を現実のものとして考えられるようになってからまた話をしよう。」


 まぁ、要は他のご家庭でも良くある話だ。この二人なら大丈夫と思えるようになってから話を持ってこいと言う事。それがきちんと生活を成り立たせる事なのか、もしくは他の事なのかは分からないが。


 とりあえずは二人も納得してくれたようだ。やっと食事ができる。


 ・・・・・・・・・・

2020年3月 Vandits field体育館 <山下 千佳>

 Vandits安芸2020-21年度シーズン新体制発表会と女子部設立体制発表会の日を迎えました。二日前から体育館では準備が始まり、昨日はリハーサルも行われました。

 体育館は施設買収の際に耐震補強の工事と共に空調の設置もされていて、3月ですがそれほど寒さは感じません。館内にはずらりと椅子が並べられており、ステージ上には大型スクリーンと譜代衆企業の中でも大口と言われるメインスポンサーのロゴとチームロゴが市松模様にプリントされたロールが飾られています。


 本日ご参加いただけるのは譜代衆企業関係者の方が59名。サポーター抽選に当選した方が50名。そして、普段よりチームにご協力いただいている企業様・地元の方などご招待させていただいた方20名となっています。

 この発表会の後は高知市内のホテルで譜代衆歓迎パーティーが開かれる予定となっていて、普段お会い出来ない譜代衆の方々と選手が交流する場を設ける予定となっています。


 体育館の窓は全て暗幕と養生テープで覆われていて外からの光が入らないようになっています。発表会中の演出面との兼ね合いもあってスタッフ皆で作業しました。


 発表会の時間も迫りサポーター抽選の方々は既に着席されています。譜代衆の皆様はあらかじめ本陣の方で待機していただき、開始直前に体育館へご案内する形になっています。体育館入り口で参加される方をおもてなしさせていただいている私達も少し緊張感が漂います。

 譜代衆の方々がお見えになりました。今シーズンからは大口の譜代衆企業が増え、チームとしても非常に気合の入るシーズンとなっています。


 本陣のスタッフから待機されていたお客様は全て出られたとの報告を受け、我々は体育館のドアを閉めます。いよいよ始まります。


 ・-・-・-・-・-・-・-・

 拍手の中、舞台上でスポットライトを浴びながら挨拶をする有澤。やはりVandits安芸関連のイベントで進行と言えば、彼女を置いて他にいないだろう。


 『大変長らくお待たせいたしました。只今より2020-21年度シーズン、デポルト・ファミリアスポーツ事業新体制発表会を開催いたします。まずは今年度のVandits安芸のチームイメージ映像をご覧ください。』


 その言葉と同時にスポットライトが消え、大型スクリーンに動画が流れ始める。


 月夜の砂浜、空には見事な満月が浮かんでいる。ここは琴ヶ浜。雄大な海に波の音が響く。すると、そこに見事な体躯の虎が悠然と歩いてくる。虎は周りを見回したり、時には空の満月を見上げたりしている。


 ここで筆書きのフォント字幕が流れる。


 『土佐を、安芸を制して満足していないか』


 和太鼓のドンッ!と言う響きと共に表示された言葉に会場からは感嘆の声が漏れる。虎は砂浜を駆ける。大きな足音は和太鼓とリンクして観る者の気持ちを盛り上げていく。


 『安芸乃虎、四国平定へ!!』


 その字幕と同時に虎は満月に向かって大きく吠えた。そこで動画が終わる。


 舞台上に照明が灯されると、会場から大きな拍手が起こる。有澤が進行に戻る。


 『では、スポーツ事業運営統括責任者でありデポルト・ファミリア代表取締役社長の常藤正昭よりご挨拶させていただきます。』

 『デポルト・ファミリア代表取締役、スポーツ事業運営統括責任者の常藤正昭でございます。本日は2020-21年度シーズンの新体制発表会にこれほど多くの方のご参加をいただき誠に嬉しく思っております。有難う御座います。』


 拍手を受けながら前・右・左と礼をする。


 『昨年はVandits安芸は目標としておりました四国リーグ昇格を果たし、チャレンジチーム決定戦の優勝を皆様と喜び合ったのも記憶に新しい所でございます。そして今シーズンはいよいよ、JFL昇格に向けた大きな飛躍の年になると考えております。そしてそれはVandits安芸だけでなく、女子部の新規創設と、試験運用しておりましたジュニアユースチームの正式な稼働も始まり、弊社に置きましては非常に非常に大きな転換期を迎える年になると考えております。』


 それを聞いていたサポーターから大きな拍手が起こる。女子部とジュニアユースの設立はVandits安芸が本格的にJリーグを目指していく中で、クラブ運営の面で非常に重要な課題になっていた。そう言った面での運営の充実もサポーターとしては非常に嬉しい報告になる。

 その後、チーム経営の面での報告があった。しかし、これに関してはチームとしての支出を大幅以上に上回るスポンサー収入を得ている為に報告する意味すら無いのかも知れない。詳細な数字は公表できないが、大幅な黒字経営である事は報告された。


 『尚、今シーズンからVandits安芸に関しましては運営の株式会社を設立し、代表は私が継続して続けさせていただく事となります。また、Vandits安芸の運営や広報・チャンネル運営など中心に動いておりましたデポルト・ファミリアの広報部に関しましては、会社設立と共に運営会社に移り、今後はVandits安芸専属の運営を行ってまいります。会社名は(株)Vanditsとなります。』


 この(株)Vanditsにはデポルト・ファミリアの広報部と強化部に所属する社員が全て移動する形となる。デポルト・ファミリア子会社としてのクラブ運営会社と言う立ち位置だ。

 そして次に国人衆の加名状況の発表が行われた。これは公式に人数が発表されるのは初めての事であり、現在は847名が『参戦』してくれており、今シーズンからの目標を1000名にするとの発表もされた。


 今年度のチームの活動に運営として最大限の努力を続ける事を約束し、常藤の挨拶は終わる。


 『続きまして、今シーズンのVandits安芸譜代衆の皆様のご紹介をさせていただきます。まずはユニフォームとトレーニングウェアにお名前が入ります譜代衆の皆様のご紹介になります。』


 ユニフォームスポンサーは4社。入れようと思えばあと2社ほどは入れられたのだが、デザインの関係もあり抑えた。

 まずは前面の左胸部分にはチームエンブレムを入れた。将来的にこのチームエンブレムの上部にJFLまたはJリーグロゴが並ぶ予定だ。右胸部分には今季からの譜代衆となった『Pm(ポエム)』と『MIONTEC(ミオンテック)』のロゴが入る。


 ポエムは言わずと知れたゲーム&アプリケーション開発企業で、学校法人の話があったあの会合にも参加していた宇城 慶太氏の経営する企業だ。ポエムの名前が読み上げられた瞬間、サポーター席からは「おぉ~っ!!」と言う感嘆の声が漏れ、それを聞いていた宇城氏も満足げな表情だった。それほどにポエムの知名度は大きい。

 ミオンテックは空調機器や浄排水設備などの開発・販売等を行う企業で、こちらもテレビのCMなどで名前は広く知られている。


 そして背中面には変わらず笹見建設のロゴ、一社のみの掲載だ。これが笹見建設との唯一の契約条件である。笹見建設のロゴが表示されると会場からは安心した声と感謝の拍手が起こる。それを聞いて笹見正樹と笹見徳蔵は立ち上がって振り向き、サポーター達に深々と礼をして拍手に応える。


 そして、ユニフォームパンツの左下にはユニフォーム掲載企業では唯一の県内企業『矢ノ丸』のロゴが入っている。これは県内のホテルや宿泊施設などの業務クリーニングを請け負う企業で、自社でクリーニングチェーン店も県内に10店舗ほど展開している。Vandits安芸のトレーニングウェアや試合用ユニフォームのクリーニングやデポルト・ファミリア管理の宿泊施設のシーツやマットなどのクリーニングも依頼している。


 続いて、トレーニングウェアにロゴを載せている譜代衆の発表がされた。これは14社ほどが名前を載せており、ほとんどの企業が県内企業となっている。その中には上本食品の名前もあった。


 ちなみに20-21年シーズンのVandits安芸のユニフォームデザインは最後まで変更の方向で話し合いが行われたが、結局は変わっていない。スポンサーロゴだけが変わった形になる。


 『今シーズンよりVandits安芸に加わる新加入選手の紹介を致します。』

 「「「おぉぉーーーー!!!」」」


 歓声と共にスクリーンでは各加入選手の紹介VTRが流れる。有澤が一人一人紹介していく。

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