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第137話 無計画な願い

いつもお読みいただきありがとうございます。

2020年2月 Vandits field <山下 千佳>

 一応の自己紹介をして笹見さん、いえ、月乃さんを車で芸西村のVandits fieldまでご案内します。そこまでの車中で少しコミュニケーションを図ります。ご本人から月乃と呼んで欲しいと言われたので、恐縮ですが月乃さんとお呼びする事にしました。年下だからとは仰いますが、さすがにメインスポンサー様のお孫さんを呼び捨てには出来ません。


 「月乃さんは事務所まではどうやって来たんですか?」

 「高知龍馬空港でタクシーに乗って、Vandits安芸様のHPに書かれていた住所を運転手の方にお見せして連れて来ていただきました。」


 タ....タクシーですか........。一体、いくらかかったんだろう。真子さんが仰ったように少し破天荒です。でも、物腰は柔らかで話し方は丁寧で、なのにやる事が大胆で。不思議な人です。


 「高知に来られるのは初めてですか?」

 「はい。颯一君から話は聞いてましたが、本当に海が綺麗ですね。琴ヶ浜で見る夕方の海が本当に綺麗だと颯一君が言ってましたので、高知にいる間に見られればと思っております。」

 「今日なんかは絶好の夕景かも知れません。良い時間になったら海にも行きましょう。」

 「宜しいのですか?」

 「はい!私もしばらく海を見てないので。役得です。」


 そう言って私が笑うと、月乃さんも「あら、私が高知に来て良かったみたい。」と一緒に笑ってくれました。こう言う冗談は受け止めていただけるようで安心しました。


 Vandits fieldに到着してご案内する順路としては入り口を抜けて陣中食事処からスタジアムに上がる、観客の皆さんが最も利用される順路をご案内しました。


 「中は見えないようになっているんですね。本当に戦国時代がテーマの小説に出てくる砦のようです。」

 「はい。ご宿泊されるお客様もいらっしゃいますし、チームの練習などもありますので。ちなみにあの少し高い丘の上の宿泊施設『本陣』の客室からは外は綺麗に見る事が出来ます。」

 「なるほど。高低差で視覚を制限しているんですね。..まぁ!コンテナでお店やエントランスゲートを作っているんですか?素敵です。」

 「これは真子さんのアイデアですね。カッコイイですよね。」

 「でも....ゲート二つではお客様がたくさん来られた時には円滑なご案内が難しいのでは?」

 「....ゴホンッ。実は二つのエントランスゲートを挟むように置かれたあのチームエンブレムの入っているコンテナ二つも、エンブレム部分のドアを横にスライドさせるとエントランスゲートとして利用出来るようになってるんです。集客状況によってゲートを増加するようにしています。」

 「なるほど。四つあれば混雑は避けられそうですね。」

 「私共の予想では5000人規模までは大丈夫かと。それにヴァンディッツのホームゲームは他クラブさんに比べて開城時間が早く閉城時間も少し余裕を持たせてますので。今のところは2000人規模では混雑した事は無いですね。」

 「そうなんですね。」


 エントランスゲートから陣中食事処へ歩きながら説明を続けますが、月乃さんは大学生だと伺いましたが何の学部を専攻されているんでしょう。着眼点が非常に鋭く感じます。そこはやはり笹見建設の孫娘と言う事なのでしょうか。うぅ~ん....謎な方です。


 「ここが食事処ですね。ホームゲームの時には多い時で10店舗以上のキッチンカーがここに揃います。」

 「コンテナでも販売出来るんですね。」

 「そうですね。簡易のキッチンを作ってます。こちらに関してはうちの調理部が出店する場合のみ利用してます。」

 「今度はぜひ試合の日にお邪魔したいです。でも、和馬さんから以前お聞きしましたけど、たしかに5000人規模を超える改修を行った後はこの食事処も狭くなってしまいそうですね。」

 「仰る通りですね。恐らくアウェイ側にも構える形になるかと思いますが、そうなるのは敷地問題が解決してからですね。今の敷地では広さが足りません。」


 月乃さんは私の言葉に頷きながらスタジアムの入口へと向かう。今日は土曜日ですから早い時間からメイングラウンドでヴァンディッツと安芸高校サッカー部が合同で練習をしています。


 「ここがちょうどホーム側のゴール裏とメインスタンドのちょうど中間入り口になります。このコンコースは座席拡張するまでは両ゴール裏とメインスタンドをぐるっと回る事が出来ます。バックスタンドは芝生席になってます。」

 「最前列の席はあんなに近いんですね!臨場感が凄そうです。」

 「Jリーグのスタジアム規定が5mとなってますので。6mギリギリに設定してます。」


 月乃さんをメインスタンドの練習が見やすい位置へとご案内します。すると板垣監督と百瀬コーチが私達に気付き、腰を折って礼をしてくれます。月乃さんも非常に丁寧にお辞儀をしてくれます。その姿は本当にお辞儀の仕方を叩き込まれているお嬢様と言った感じで、自然で優雅さを感じました。


 座席に座ってしばらく練習を眺めます。お互いに厚手のコートを着ていますので、それほど寒さは感じません。


 「あっ!タクちゃん。」

 「はい。拓斗君は安芸高校サッカー部のレギュラーFWですね。秋の大会は残念ながら3対2で負けてしまいましたけど。拓斗君は1点取ったと聞いています。」

 「和馬さんがサッカーチームを立ち上げられるとご家族に話された次の週にはサッカー部に入部したと真子さんからお聞きしました。タクちゃんも和馬さんと同じく先が見通せる考えが備わってるんでしょうね。サッカーチームを作るなら、自分が入りたいと思ってたみたいです。」

 「周りの部員の皆さんは皆小学校からサッカーをしているお子さんばかりですけど、中学からサッカーを始めた拓斗君は人一倍練習して今のポジションを勝ち取りました。それは拓斗君達に誘われて入部した未経験者の部員の子達の励みにもなってるみたいです。」


 ホイッスルが鳴り、休憩に入るようです。すると拓斗君が私達に気付き、御岳コーチに一言告げてこちらに向かってきます。


 「月乃さん!こんにちわ。ビックリしたぁ!」

 「タクちゃん、こんにちわ。驚かせてごめんなさい。もぉ!月乃さんなんて。お姉ちゃんって呼んでください。」

 「止めてよぉ。もう子供じゃないんだから。」

 「ふふふ。」


 やはり幼い頃からのお付き合いもあって、月乃さんも先ほどまでとは違って非常に表情が柔らかく感じます。拓斗君が小声で月乃さんに話しかけます。


 「お兄ちゃん、安芸の家にいるよ?」

 「はい。知ってます。夜は真子さんとお食事に誘われてますので、タクちゃんも一緒に行きましょう。」

 「うん。まだお父さんとお母さんには言って無いんだよね?」

 「はい。私の父と母には話しました。」

 「そっか!僕はお兄ちゃんたちの味方だからね!」

 「ふふふ。そんな、争う訳じゃないんですよ。ちゃんとご報告して許可をいただくだけです。」

 「そう言うトコは月乃さんらしいね。ちゃんとしてる。」

 「当然です。」


 そう言って月乃さんが大袈裟に胸を張ります。拓斗君と一緒に笑っている姿は本当の姉弟のようで、どうやらお話の内容はそれと無く分かってしまいましたが聞かなかった事にしておきましょう。この手の話題に首を突っ込むと面倒になると、デポルト・ファミリアに配属になってから嫌と言うほど思い知らされました。


 拓斗君が練習に戻り、私は月乃さんにVandits安芸の選手を紹介しながら練習の見学を続けました。


 ・・・・・・・・・・

2020年2月 高知市内居酒屋 <冴木 和馬>

 柚子の商品開発の打ち合わせを終え事務所に戻って来ると、真子から真剣な顔で「今日の夜は予定を空けておいて」と言われた。もともと予定は無かったが、話を聞くとどうやら月乃ちゃんが高知に来ているらしい。それも一人で。

 今は山下がVandits fieldを案内してくれているらしい。


 なんだろう。この胸騒ぎは。と感じながらも仕事に没頭する。夕方、練習を終えた拓斗と颯一を家に迎えに行き、高知市内にある割烹居酒屋に向かう。月乃ちゃんは山下が観光がてら高知市内まで送ってくれるらしい。

 急遽、仕事ではない事をさせてしまった山下には「焼肉屋の予約を取ってあるから誘いたい奴と好きなだけ食ってこい」と伝えたら、電話の向こうでテンションが上がりまくっていた。少しはお返しになっただろうか。


 店に着き急遽の予約だったにも関わらず個室が取れたことにホッとする。子供達と月乃ちゃん3人が並んで座り、俺と真子が子供達に向かい合う形で座った。

 案内してくれた店員さんに颯一が「少し家族で話すので、注文はこちらから呼びます。」と頼んだ。


 やはりそう言う事なのか。目の前に座る二人の顔も幾分緊張しているように見える。チラッと横目に真子を見るとワクワクしたような顔をしている。母親として息子の彼女に会うと言うイベントを楽しんでいるようだ。

 緊張した面持ちの颯一が口火を切った。


 「父さん、母さん、俺、月乃さんとお付き合いをしてます。」

 「....そうか。いつからだ?」

 「一昨年の年末。一年ちょっと前くらいかな。」

 「そうか。仲良く....はやれてるようだな。」

 「そう....だね。」


 言いながら二人が顔を見合って笑顔になる。まぁ、仲が良さそうで何よりだ。


 「颯一も四月からは大学生でこの二年くらいはお祖父さんお祖母さんに助けていただきながらだったけど、東京で暮らしてたんだ。誰かに後ろ指さされるような付き合いで無いなら俺は何も言わないよ。真子は?」

 「そうね。さすがに彼女なんか許しませんなんて言ってたら時代遅れも良い所だし。それに月乃ちゃんだしね。」


 そう言って真子は月乃ちゃんを見ながらニッコリ微笑む。月乃ちゃんは緊張した顔のままだが何とか笑顔を浮かべる。こうして俺達が問題無いと言っても緊張が解けないと言う事は、話す事はこれだけでは無いんだろう。


 「実は........結婚を前提に付き合っていきたいと思ってる。」


 颯一のその一言で真子からの雰囲気がピリッとしたのを感じた。予想出来ていた話ではあったが、あまりに現実が見れていない。


 「もちろん大学を卒業して結婚したいと思ってる。」

 「結婚は子供の遊びじゃない。今、話す事じゃない。」


 まだ話そうとする颯一の言葉を俺がぶった切った。不満そうな顔の颯一。不安そうな月乃ちゃん。真子は真剣な表情のまま二人を見ている。


 「子供の遊びなんて考えてない。真剣に考えて....」

 「それを子供の遊びと世間では言うんだ。今のお前でどう現実的に結婚を考えられるんだ。」

 「しっかり働いて....ちゃんと生活を..」

 「今までアルバイトもせず大学でも親の金で生活をしていくのに、一端になったような口を聞くな。どんなに二人で話し合ってどんな言葉を並べても、そして真子が良いと言っても俺は反対だ。」

 「大丈夫です。私も反対なので。」


 俺と真子の言葉に月乃ちゃんの表情が曇る。はっきり言ってやらないときっと後悔する事になる。今は二人が好き同士で盛り上がっているから良い。しかし、それが共に生活し子供を養うなんて事はもう好きだとか言う感情だけで乗り越えられるものじゃなくなる。


 「父さんと母さんも学生結婚だったじゃないか。」

 「だから反対してるんだ。」

 「もう少しちゃんと、現実的に考えなさい。今は舞い上がって結婚したい気持ちだけが先行してるだけよ。」

 「申し訳ありません。真子さんと和馬さんが反対される理由を教えていただけませんか?」


 縋る様な目で月乃ちゃんが投げかけた言葉に、真子は真摯に答える。


 「颯一が大学四年間でバイトをしてお金を貯める。そんなにあなたの大学は簡単なモノかしら?他の大学生と同じように考えていない?あなたは経営者を目指しているんでしょ?その人間が大学を出てすぐに家庭を持つと言うのは、言い方は悪いけど大きなハンデになると思うわ。それを理解してる?」


 真子の『ハンデ』と言う言葉に二人は目を見開く。そんな事を考えてもいなかっただろう。二人にはすまないがちゃんと話してやる必要がある。


 「付き合い始めて大学に入って卒業間近になって、二人で貯めたと二・三百万の預金通帳でも突き出して結婚させてくれと言うならまだ現実的だ。しかし、付き合いだして大学卒業するころには五年経つから結婚しようなんて、そんな無計画な人生設計に親として(うなづ)ける訳が無いだろう。」


 悔しそうにしながらも俺から目を逸らさない颯一はそう言う意味では立派だ。


 「さっき颯一が俺達夫婦も学生結婚だったじゃないかと言ったな?」


 二人が頷く。


 「だからこそ、俺も真子も反対をするんだ。」


 ちゃんと話してやらないといけない。親として。人生の先輩として。

誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。

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