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第136話 思わぬ訪問者

2020年2月 Vandits fieldサブグラウンド <大西 悟>

 チームスタッフの体制が変わり、普段の練習も少し雰囲気が変わりました。まずは新たに加わった人達が積極的に選手達とコミュニケーションを取ろうとしてくれていて、自然と休憩時やプレイ確認の時の会話が増えています。


 そして僕達DF陣としては岡田さんが復帰して以来、練習の雰囲気がガラリと変わりました。岡田さんは以前からディフェンス練習なども見学してくれていて、意思の疎通を図ろうとプレイの確認や会話の機会は積極的に取ってくれていましたが、練習に参加するようになるとまず僕達の練習に向き合う姿勢に対して岡田さんなりの考えを伝えてくれました。

 今も雅也(成田)が岡田さんと話しています。


 「積極的に取りに行くのか、雅也が得意としてる独特の間合いでの焦らして取りに行くのか、しっかりと自分の中で判断を早めた方が良い。迷う時間はプレイの準備時間を短くする。それだけ相手への反応も遅れる。」

 「自分としてはやっぱり、こう、相手との間合いを図りながら奪いに行きたいって気持ちはあるんですけど。どうしても迷ってしまって。」

 「いいよいいよ。練習ならいくら迷っても構わない。迷ってる事も無駄じゃない。それを僕達にしっかり伝えて欲しい。そうすれば僕も悟も何か伝えられるものがあるかも知れない。自分だけで抱え込まない。ディフェンスラインは意識の統一が最も大事だから。まずはこうしたいって気持ちを教えてくれ。どの局面ではどうしたいのか、さっきの場面はこうしたかった。そんな感じで構わないから。」

 「分かりました。ありがとうございます。」

 「こちらこそだ。もう一回行こう。」


 二人がポジションに戻り、僕も雅也に向かってグッと拳を突き出します。雅也は頷きながらぶつぶつと何かを確認しています。


 岡田さんが練習を見に来るようになった当初からずっと繰り返し僕達DFとDHのポジションのメンバーに言い続けている事があります。


 「若手は特にだけど、言われっぱなしにならないで。先輩やコーチが指示した事をそのまま受け入れるだけにならないで欲しい。自分はどうしたいのか、どう思ってるのか。ちゃんと教えて欲しい。じゃないと連携なんて取れないよ。」


 それを何度も何度も繰り返し僕達に語り掛けてくれました。そして練習はもちろん、時には食事に誘ってくれたりして積極的に会話をしてくれます。チームで試合映像を見返す時なども、出来るだけディフェンス陣で集まって見るようにして、どういう意図で今のプレイになったのかを当事者が試合に出れなかったメンバーに伝える事で、誰が出場して誰が控えでも連携を取れるように意識の共有を図ってくれています。


 岡田さんが試合映像を見ながらのミーティングの時に話してくれた事がありました。


 「悟、さっきの部分。ダブルボランチの場合のボランチ同士の押し引きを及川さん達に任せるのは良い。でも、最終ラインの指示だけは絶対に譲っちゃダメだ。僕や及川さんの様に経験豊富ならまだ良い。でも、若手なら誰の指示に従えば良いのか一瞬の迷いを生む可能性があるから。そこの部分は譲らない。DFが連携する時には悟の指示に従う。これを徹底させなきゃダメだ。」

 「はい。」

 「まぁ、そうは言っても悟は十分やれてるんだけどね。何試合に1プレイくらいでそういったシーンがあるから。でも、その1プレイが失点に繋がって勝ち点取れなかったら悔やんでも悔やみきれないからね。やっぱり徹底していこう。」


 技術の部分では無く、気構えや精神面の部分を何度も何度も繰り返して指摘してくれる。ほんのこの間まで学生や趣味としてサッカーを続けてきたメンバーの多いヴァンディッツにとって、岡田さんや伊藤さんのようなプロの世界を経験している人達の何気ないアドバイスと言うのは非常に貴重です。


 「良いよぉ~!!ナァーイスッ!!詰めてけ詰めてけ詰めてけ!!!」


 雅也が高瀬に対して一気に間合いを詰めてデュエルを挑みます。それを見ていた百瀬コーチが雅也のプレイを褒めながら、さらに煽ります。高瀬は前に進みたいのに雅也がそれをさせない。結果、高瀬は一度後ろへ戻す選択をしました。


 「成田君!お見事!あともう少し積極的にボールに触れにいきましょう。この選手は抜けないと思われるのと、ボールを取られるかも知れないと思わせるのでは相手に対するプレッシャーは段違いです。練習ではドンドンチャレンジしてください。」

 「はいっ!!」


 板垣監督も雅也を焚きつけていく。どうしても少し遠慮がちになってしまうプレイの多い雅也。そこの部分を性格から変えてしまうくらいに皆で煽り続けています。

 ホイッスルが鳴り、今日の練習が終了する。それぞれの選手が思い思いにクールダウンに入って行くが雅也は大の字に倒れ込んだまま動かない。 


 僕と岡田さんが目線を合わせると、岡田さんはクイッと親指を雅也の方にやる。「様子を見に行こう」の合図です。本当に面倒見の良い人なんです。


 「大丈夫かぁ!」


 僕が雅也の顔を覗き込むと、一体何があったと言うくらい満面の笑みで息を切らしていました。見る人が見れば危ないお薬でもやっているんじゃないかと疑われかねない表情です。


 「おいおい....大丈夫か?雅也。」

 「....しぃ....」

 「え?」

 「楽しい!高校の時には出来なかったプレイが出来るようになって、理解出来なかった動きの意味が少しずつ分かるようになって来て....ハァハァ..自分でも上手くなってるんじゃないかって分かるんです。それが....楽しくて。」


 その言葉を聞いて僕達二人は顔を見合わせて笑ってしまいました。岡田さんが雅也の手を引いて体を起こさせます。


 「どんな局面でも楽しんでる奴が一番成長が早い。良い傾向だよ。」


 ヨロヨロながら笑顔で歩き出した雅也の背中を押しながら、「クールダウンだぞぉ」と皆でジョギングを始めました。


 ・・・・・・・・・・

2020年2月 笹見建設 <笹見徳蔵>

 久しぶりに社に顔を出す。ビルの入り口にあるエントランスホールから会長室として構えられた18階の部屋まで、会う社員会う社員に腰が折れそうなほどに礼をされる。このような事にはもう慣れたが、自分が父から工務店を引き継いだ時には考えられなかった。

 今でも少し堅苦しく思う事もある。しかし、大きな組織にはそれなりにそう言った立場の人間が必要になる。まぁ、それもあと一年と思えばそれほど苦でも無い。


 会長室に入ろうとすると隣の社長室から正樹の「どうして!?」と言う大きな声が聞こえた。気にかかり社長室のドアを叩く。愛の声で返事があり、中へ入ると正樹が頭を抱えていた。


 「なんじゃ。問題か?」

 「いえ、個人的な、家族の問題です。」


 愛が何事も無かったようにさらりと言い放つ。愛は正樹と結婚するまでは広告代理店に勤めていた。正樹と結婚する直前に会社を辞め、笹見で働くようになった。正直、これほど仕事の出来る嫁だとは思わなかった。間違いなく今の笹見の発展を支えてくれている一人だ。


 「家族の問題ならば、儂が聞いても問題ないかの?」


 愛をちらりと見ながら言うと、薄く笑いながら「そうですね。」と答える。すると愛のスマホの画面を見せてきた。そこには孫娘の月乃が誰かと映っていた。男か?しかし、顔を確認して驚いた。坊の息子の颯一だった。二人は腕を組んで幸せそうじゃ。しかし、少し颯一は困り顔かのぉ。


 「これは?」

 「月乃から彼氏を紹介したいと連絡が来ましたので。正樹さんに話してみると言ったらこの写真が送られてきました。」

 「月乃と颯一はいくつ違いだったかの?」

 「年齢は三つです。月乃が四月生まれで颯一君が3月生まれなので、学年では二つ違いです。」


 正樹は自分のデスクで頭を抱えたままじゃ。


 「そうか。高校が同じだったか。」

 「はい。大学は別になるそうですが。付き合って一年だそうです。」

 「颯一も和馬や真子が高知に行き、祖父母が傍にいるとは言え寂しい思いをしておったんじゃろう。月乃は面倒見が良いからの。」

 「最初は弟・姉のような子供時代でしたけど、お互いに想う所はあったようです。」

 「で、正樹は何が不満なのじゃ?」

 「父親として誰が相手でも不満なのでしょう。」

 「そう言う事か。まぁ、気持ちは分からんでもないが、月乃でこれだけ頭を抱えておったら、華や風花の時には寝込まにゃならんぞ。」


 儂と愛は正樹を見ながらため息をつく。


 「いつ紹介に来るんじゃ?」

 「したいと言うだけで、いつとは聞いてませんが。近々だと思ってます。」

 「そうか。まぁ、正樹が気絶せんように慣れさせておくんじゃな。」


 儂はため息をつきながら部屋を出た。仕事人間だと思っていた正樹もやはり人の親だと言う事が分かって少し安心もした。相手が颯一なら文句は無いだろうに。笹見建設の跡取りにすると言うのであれば、色々と気を遣わねばならんかも知れんが親族経営を終わらせ血縁関係のある者が後継する事が前提として雇い入れないと決めた矢先じゃ。それに月乃は三女じゃからの。好きに生きさせてもやりたい。

 祖父としての気持ちはそう思うが、父母としてはそうもいかん部分もあるのかも知れんの。


 まぁ、しばらくは使いもんにならんじゃろ。儂は学校法人の資料に目を通す。


 ・・・・・・・・・・

2020年2月 Vandits garage <冴木 真子>

 パソコンを前に少し手を止める。背もたれに身を任せ天井を眺めて頭の中を整理する。奈半利町で新たにリノベーションする宿泊施設の設計を始めたんだけど、なかなか考えが纏まらない。


 今までの古民家リノベーションとは違って、元々はスーパーとして使われていた店舗を宿泊施設にリノベーションするので各部屋のお風呂をどうするか非常に迷う。内湯は無い状態(シャワー程度)にして大浴場的なモノを作るか、やはり各部屋に湯船を作るのか。それ一つだけでリノベーションの費用は大きく変わる。


 (もう少し落ち着きあるデザインにしたいなぁ)


 何となく頭にあるイメージでラフにデザインを描くけど、何となく気に入らない。違うなぁとか思いながらまた描く。こんな事の繰り返し。こればっかりは自分の頭の中から自分が納得できるデザインを引っ張り出すしかない作業だから誰も助けてはくれない。


 コンコンコンッ!


 設計部のドアがノックされて、千佳ちゃんが顔を覗かせる。


 「お忙しい時にすみません。真子さん、真子さんにお客様なんですけどアポ無いみたいなんですよ。」

 「え?記者?」


 もしかしての可能性を探ると違うと言う。


 「えっと....笹見さんと仰ってるんですけど。ごめんなさい。お見掛けした事が無くて....判断出来なくて、どうしようかなぁって。」


 笹見?千佳ちゃんが知らない顔?千佳ちゃんは徳蔵会長にも正樹さんにも愛さんにも面識はあるはず。どう言う事?


 「大丈夫。対応するから。」


 とりあえず作業を諦めて千佳ちゃんがお客様を案内していると言うコミュニティスペースに向かう。そこにいたのは思いがけない人物でした。


 腰まで伸びた長い髪。派手さは無いけど上品で、クラスにいれば間違いなくマドンナと言われるような女の子。私に気付き振り返ると優しくニッコリ微笑む。


 「こんにちわ。真子さん。申し訳ありません。突然お邪魔してしまって。」

 「大丈夫。どうしたの?月乃ちゃん。」


 笹見建設社長笹見正樹さんと愛さんの三女、月乃ちゃん。東京に住んでいた頃は一年に数回は一緒に食事にも行ったりした。もちろん愛さんがいての事だけど。

 でも、私が高知に来てからは会うのは初めて。


 「どうしても真子さんと和馬さんにお会いしたくて。ご迷惑をお許しください。」


 丁寧に頭を下げる。どんなに自分が否定しようとしても滲み出る育ちの良さ。お姉さん二人は小学校の頃から名門と言われる学校に入り、月乃ちゃんもその流れに乗っていたはずなのに中学入学の時に正樹さん達に反発。どうしてもお嬢様校ではなく、普通の学校に行きたいと月乃ちゃんだけ渋谷区にある最近マラソンと野球が有名な大学の中等部へ。そこからエスカレーターで大学まで進み、今度の4月からは三回生だったはず。


 「和馬はちょっとすぐには捕まらないかもしれないけど。私は今日の仕事さえ終われば時間はあるわ。ホテルはどこ?」

 「いえ、まだ決めてません。」


 頭を抱える。すぐにスマホで調べる。芸西村の隣、夜須町にあるリゾートホテルを予約する。ホントにこの子は。依然と変わらずのんびり屋の無計画行動女子。思いつくと行動してしまう・口にしてしまう。それで敵を増やす事もあるけど、それ以上に人の心を開く事の多い子。


 「ホテル予約したから。夕食は一緒に食べましょ。拓斗も一緒だけど良い?」

 「もちろんです。タクちゃんと会うのも久しぶりです。」

 「まだちょっと仕事があるから、うちの社員に施設を案内させるから見て来たら?」

 「ご迷惑じゃないですか?」

 「今更ね。ふふふ。大丈夫よ。それにまだスタジアム見た事無かったでしょ?ぜひ見てあげて。」

 「分かりました。宜しくお願い致します。」


 千佳ちゃんに案内をお願いする。簡単な月乃ちゃん専用接客マニュアルは教えておく。千佳ちゃんは苦笑いしながら、月乃ちゃんと一緒に会社を出ていった。はぁ。今度焼肉でも奢ろう。


 一体高知まで何の用かしら?愛さんが一緒じゃないのも気になる。でも、何となく愛さんに連絡しない方が良い気がする。何かに巻き込まれそうな予感。結構当たるのよね。こういう予感って。

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