第135話 それぞれの新体制
2020年2月 Vandits garage <山口 葵>
「皆さんはデポルト・ファミリアの社員でもありますので、女子部の運営に関わる者として知る権利があると思います。なのでお伝えしておきますが、女子部の初年度のスポンサー収入は1億4200万円です。」
私以外の二人は固まっています。いえ、原田コーチも少し驚いた表情を見せていました。私はあのホテルでの会合に参加させていただいた時に真鍋さんからの『1億円のスポンサー料の提示』を聞いていましたから、いえ、それでもやはり大きな金額にビックリはしました。
「大変に大きな金額です。それだけ皆さんにかかる期待があると言う事です。なので選手の確保や強化部の人員は問題ありません。存分に行ってください。さて、ここからは広報部からの話になります。杉山さん、お譲りします。」
「有難う御座います。原田コーチには既に説明はしてありますが、3人は三月に新体制発表会がある事は知ってますね?」
私達が頷くと杉山さんは笑顔で「結構結構。」と、何枚かの紙を私達に見せてくれました。そこには女子部のユニフォームデザインが描かれていました。私達は思わず「わぁ!」っと声を上げてそのデザインに釘付けになりました。
左肩から右腰に向けてメインカラーに設定された白から梅を思わせる紅梅色へと緩やかなグラデーションになっていて、右腰には何輪かの梅の花のデザインが彩られています。また肩をぐるりと回るように深緑の円が描かれ脇から腰にかけてその深緑のラインが流れています。深緑色はまさにヴァンディッツカラー。
しかし、そのデザインは非常に鮮やかで可愛らしさも感じられるデザインでした。
「ユニフォームデザインは有澤くんです。」
由紀さんが心配そうにこちらを窺いながらデザインの説明をしてくれます。
「メインユニフォームのデザインコンセプトは『姫』です。大評定祭で詩織さんが演じた姫をコンセプトにしました。気品を感じさせる白を基調に高知県東部の山々を感じさせる深緑のライン。もちろんヴァンディッツカラーとしても採用されてますので、両チームの連動感を持たせる意味でも採用しました。そして、今私達の会社で復活させようとしている『芸西の梅林』。それを腰部分にデザインする事で、常に大きな夢を大事に携えていると言う意味合いを込めました。」
カッコイイ!デザインに込められた意味もグッと心を掴む内容で、優と美咲の反応を見てもかなり気に入ってくれてるみたい。由紀さんは次のデザイン画を見せてくれる。これはアウェイユニフォームかな。日本代表を思わせる蒼のデザイン。
「アウェイユニフォームは濃い蒼と水色を交互に使って、湾曲したデザインの上に白のカラーを小さく散りばめる事で、波しぶきを感じさせるデザインにしました。葛飾北斎の絵を参考にしてみたんですが、ここを見て欲しいんです。」
そう言って肩口に波しぶきを思わせるたくさんの白い点を指差しています。原田コーチが「こっちで確認しようか」とモニターに映して拡大してもらうと白の点に見えていたデザインは白色の梅の花だと言う事が分かりました。
「かっこいぃぃ!」
優の言葉に由紀さんも笑顔になります。私達も大きく頷いて同意しました。そして次に見せてくれたのはGKユニフォーム。ホームは深緑のデザイン。アウェイは紅梅色。どちらもグラウンドで映えそうなデザインでした。
「どう....かな?」
由紀さんには珍しくおどおどしながら私達にお伺いをたてます。私達3人は顔を見合わせ、由紀さんに向かって親指をグッと差し出しました。
「最高です!!可愛いし、カッコいいし、コンセプトもグッときちゃう!」
「いやぁ!創設前の初期ユニフォームでここまでデザイン凝ってるチームなんていませんよ!」
「こんなカッコイイユニフォーム着た事無いので、今から楽しみです!」
私・優・美咲が次々と感想を伝えると、本当にホッとしたように大きく息を吐き出した由紀さん。それを見て常藤さんも安心したように笑顔を由紀さんに向けていました。
「我々、運営部としても素晴らしいデザインだと思いましたが、やはり選手の皆さんの感想が聞きたいと有澤さんが仰るので、確かにそれもそうだと。しかし、これでデザインは決定で宜しいですね。」
由紀さんは少し涙を目に浮かべて大きく頷きました。そして、常藤さんは説明を続けます。
「女子部のユニフォームに関しても、ヴァンディッツと同じくユニフォームサプライヤーは付けません。理由は色々とありますが、何よりデザインに自由性を持たせることが出来ますし、販売価格も抑えられます。それにまだプロリーグチームと言う訳でもありませんしね。自社でやれる分には自社で構えるようにしましょう。実は大手ではありませんが2社ほどから提案いただいてはいたんですがね。」
確かにメーカーのサプライヤー契約は色々と助かる事も多いそうですが、その分いくつか規約と言うか制約もあるそうで、自社でユニフォームを構えればそれも関係ないと言う訳です。
「そしてここで3人にはお仕事をお願いしたいのです。」
「なんでしょう?」
私が聞くと常藤さんは満面の笑顔で問いに答えてくれました。
「三月の新体制発表会の女子チーム設立発表の場で、3人にはユニフォーム発表のモデルになって貰います。あっ、拒否権ありませんので。」
「分かりました!」
「えっ!?即答!?」
常藤さんの言葉に優は即答で了承します。私と美咲は戸惑いと驚きですぐには返事出来ません。
「何言ってんの?プロクラブなら毎年ユニフォーム変われば選手が着用してスポンサーさんやサポーターの前で披露するのは当たり前なのよ?それに三月じゃまだ新しい選手の人達も入って来てないし、今の段階では私達以外は全員未成年の学生でしょ?仕方ないじゃない。あの子達にスポンサー様がずらりと揃う中に出なさいなんて頼めないって。」
「さすがですね。プロを経験されている井上くんならご理解いただけると思ってました。山口くん、渡邉くん、申し訳ありませんがそう言う事ですので、お願いしますね。」
「「..はい。分かりました。」」
そう言われてしまえば拒否出来ません。それに優の言った理由はご尤もな内容でした。発表会の場と言われると多少の恥ずかしさはありますが、それでもサポーターの皆さんにユニフォームを見て貰えて、その反応を一番に感じられる役目は嬉しいですし。
「さて、ここまでの話ももちろん大事ですが、会社として一番大事な話をこれからさせていただきます。今後皆さんにもご協力・ご尽力をお願いしなければいけないかも知れません。」
常藤さんは真剣な表情で私達にモニターを注目するように目線を移します。モニターにはなでしこリーグ2部の加盟基準と加盟募集要項が映し出されていました。
「こちらで見ていただいても分かるようになでしこリーグが定める加盟の為の条件さえ満たせれば男子チームと違い、JFLなどの下部リーグは基本存在していません。なので我々が原田コーチと話し合い決めたスケジュールはこうです。二年の準備期間を設けます。この間に高知県女子サッカーリーグで優勝を目指し、来年には四国女子サッカーリーグでの優勝を目指します。そしてその間にクラブ法人としての体制を整えます。デポルト・ファミリア内にVandits安芸と女子チームの運営会社として設立する形です。」
「両チーム同じ運営会社ですか?」
「そうですね。それは今年中にしっかりと運営部で話し合って決める事になるでしょう。一気に二つも法人化してしまうと取締役と監査役だけで2チーム分、まぁざっくり10人ほど新しく役員を選定しなくてはいけなくなりますので。残念ながら今の状態ではその候補がいません。」
なるほど。そこの所は私達ではまだ勉強不足でした。男子の場合はJFL、女子の場合はなでしこリーグ加盟時点でクラブの法人化が絶対条件ではありませんが、加盟の為の条件になって来るそうです。その事もあり、Vandits安芸も法人化に向けて四国リーグ昇格が決まった時点から動き始めています。
「ただ四国女子サッカーリーグ優勝と言う実績の他にもう一つ実績を積みたいと考えその候補に挙がったのが『皇后杯』です。」
私は『皇后杯』と言う響きに懐かしさと少しの悔しさが込み上げてきました。私と優は藤枝女子の頃に皇后杯に挑んだことがありました。二年生の時には一回戦で勝負にもならず大敗し、三年生の時には一回戦で中国地域リーグに所属していたチームを破り二回戦に進出しました。しかし、二回戦で当時からなでしこ1部で強豪だった日乃本FCに格の違いを見せつけられました。
高校女子サッカー界では優勝経験のある私達でもやはりトッププロのチームにはスコア以上に勝負にならない内容でした。
「ここでなでしこリーグ所属チームと善戦、出来れば勝利するような事があれば間違いなく大きなアピールになると考えています。皆さんとしてはどうでしょう?」
私が代表して答えます。
「チーム体制だけ整えてなでしこリーグに所属が認められた所で、チームが弱ければサポーターの方の理解は得られないと思います。確かにリーグ戦なり皇后杯なり、何かしらの実績は必要になって来ると思います。」
「では、その予定で話を進めましょう。」
こうして三月の女子チーム発足発表の段取りが決まりました。全選手の発表はその日には行わず、別日に配信動画で発表する流れとなりました。
そこまで迫っている自分達のスタートラインに胸が躍る思いでした。
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2020年2月 Vandits field <板垣 信也>
この日は来月から始まる新体制に向けてのヴァンディッツメンバーのみで全体ミーティングが行われます。来シーズンに向けて大きな変化がいくつもあり、選手達にももしかすると多少の戸惑いがあるかも知れませんが、これからプロクラブを目指していくチームとしては一年ごとにチームに変化が訪れる事は仕方のない事だと言えます。
大きな変化としては、
①原田幹久 Vandits安芸チーフコーチ → 女子部監督
②百瀬浩平 J3香川讃岐FC → Vandits安芸チーフコーチ
③池 つぐみ サポート部 兼 Vandits安芸副務
④上谷 健一郎 ベンチャー企業より出向 → 分析・アナリスト
以上になります。一年間チーフコーチを務めてくれた原田君が来シーズンからスタートする女子部の監督となる為、Vandits安芸のコーチ陣から外れ女子部の指導に専念する事となりました。御岳さんを後任のチーフコーチと言う話もありましたが、ジュニアユースの指導と安芸高校の外部指導員となかなかの忙しさを極める為、その話は却下となり新たに候補を探すと言う事になりました。
今シーズン中、ずっとに探し続けていたヴァンディッツ・女子部両チームの新しいコーチ陣は先月でJリーグやJFL・なでしこリーグの年間日程が終了した事により、一気に移籍や勧誘を本格化させました。たった二ヶ月の間でしたが、女子部のスタートに向けてスタッフを増やす事が出来ました。
選手だけに関わらずサッカーだけで生活していく事は指導者・コーチも非常に難しいのです。特にアマチュアの世界で言うならば、企業チームに所属していれば社員として仕事しながらでも安定して収入を得られますが、そうでないチームの場合はスポンサーか親会社がいなければ指導者やコーチ業だけで生活するのは不可能です。そう言った意味ではVandits安芸は少なくともコーチ陣はサッカーの業務のみを仕事として収入を得られるので、非常に恵まれた環境だと言えます。
そう言った背景もあってプロやJFLでチームと契約できなかったコーチにとってはVandits安芸は非常に魅力的なチームに映るでしょう。しかもここまで順調に昇格を果たし、地域リーグに上がりついにはJFLを現実的な目標として掲げる事が出来るようになりました。
新たにチーフコーチとなった百瀬が今日初めて顔を合わせた選手達に挨拶をします。彼からは「自分を呼ぶ時には敬称は無しでお願いします」と頼まれました。私がどうしても百瀬さんと呼んでしまうので、チームの指示系統をしっかりつける為に彼が率先して言ってくれました。
「はじめまして。Vandits安芸のチーフコーチとしてチームに加わる事になりました百瀬浩平と言います。歳は40歳です。去年まではJ3の香川讃岐FCでテクニカルコーチをしていました。去年から何度も板垣監督と運営の皆さんから声をかけていただいてこのチームでJリーグ昇格、J1優勝を目指したいと思い来ました。一緒に夢を掴みましょう。宜しくお願いします。」
原田君とはまた違ったタイプのコーチと言えます。しかし、目標や自分の考えをしっかりと伝える事は原田君と同じく非常に大切な資質と言えます。選手達からの拍手に笑顔で応えています。
今月からは新たなチームスタッフでシーズンを戦う事になります。もちろん選手達にも大きな変化はありますが、それはまた三月の新体制発表会でお知らせする事にしましょう。
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【Vandits安芸 2020-21年シーズン チームスタッフ】
・監督 板垣信也(39)
Vandits安芸での監督3年目を迎える。 A級ジェネラル
・チーフコーチ 百瀬浩平(40)
元J3チームのテクニカルコーチ A級ジェネラル
・アシスタントコーチ 御岳栄次郎(69)
ジュニアユースコーチ・安芸高校外部指導員兼務 A級ジェネラル
・チーフトレーナー 高橋雅志(34)
鍼灸師の資格
・アシスタントトレーナー 樋口光(27)
フィジカルトレーナー兼務 B級コーチ B級フィジカルコーチ
・コンディショントレーナー 白川大(42)
理学療法士・作業療法士
・GKコーチ 片倉成一(40)
元J2チームに選手として所属 B級コーチ
・アナリスト 森慎也(23)
大学時からアナリスト業務を担当 チーフ扱い
・アナリストチーム分析官 上谷健一郎(29)
ベンチャー企業より出向 大学からサッカー部マネージャー・アシスタント業務に従事
・主務 雨宮加奈(23)
学生時代からマネージャー業を歴務。
・副務 池つぐみ(22)
サポート部 兼務 学生時代ラグビー部主務経験
・通訳 水守莉子(21)
Vandits安芸所属水守アランの妹 日本語・英語・独語・仏語・蘭語が堪能
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