第134話 新たな可能性
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2020年2月 高知市内レストラン <冴木 和馬>
久しぶりにスーツを着た。案内された部屋は他の席からも離れた独立した個室の部屋だった。こう言った予約にはあまり慣れていないので、雪村くんにお勧めの店を聞き予約してみたが雰囲気は良さそうだ。
椅子に座り相手を待つ。約束の時間にはまだ早い。
「急に担当になって迷惑かける。」
「いえ、久しぶりに和馬さんとお仕事出来るの嬉しいですよ。」
「はい。光栄です。」
隣に座る秋山と今年度新設されたサポート部に配属されている一年目の富田が答える。秋山とは確かに久しぶりに一緒に仕事をする。この数ケ月は事務所で挨拶と軽い雑談くらいしかしていなかった。
富田はサポート部として約一年勉強して来て、今回の事で常藤さんに相談した時に「秋山のサポートなら問題ない」と富田を推薦された。本人は緊張でガチガチみたいだが。
「まぁ、秋山と俺で話は進めるから、富田は経験だと思って笑顔キープでな。」
「はいっ!」
うん。笑顔は素晴らしい。そう話しているとノックが聞こえ従業員の方が「お連れ様がお見えになりました」と案内してくれた。入って来たのは同じくスーツ姿の男性1人と女性二人。俺達は立ち上がって迎える。
「今日はお招きいただき有難うございます。」
「お忙しい中お時間いただきまして有難う御座います。どうぞ、おかけください。」
テーブルに向かい合って3対3で座る。今日は新規取引先になっていただきたい企業との初顔合わせだった。それぞれが挨拶し、名刺交換をする。俺の名刺も急遽作り替えた。それを見た相手の男性が不思議な顔をする。
「冴木ゆず園....ですか。デポルト・ファミリアさん所有の柚子園ではないと。」
「はい。実はゆず園自体は私が個人で所有して管理しておりまして、製品の委託販売をデポルト・ファミリアで行う形です。」
「なるほど。」
そう。今回の商談は柚子園で採れた柚子を使った加工製品のアドバイスをいただこうと高知県内で様々な医薬品から医薬部外品・化粧品・スキンケア商品などの開発を手掛ける『(株)鳴生産業』さんにお話を伺うお約束をいただいていた。
鳴生産業さんはこの手の会社としては全国的にも有名な会社で本社と本社工場は高知にあるが、工場4カ所と営業所3カ所を全国に展開している。
このお話が出来るのも鳴生産業さんがVandits安芸の譜代衆としてスポンサー支援をしていただいている御縁もあっての事だった。担当の野瀬さんが今回の話を非常に喜んでくれている。
「いやぁ、社長も非常に感謝しておりまして。アドバイスと言う事でしたけれども我々で出来る事は出来る限り相談に乗るようにと言われておりますので。」
「有難いお話です。社長にはスポンサーになっていただいた際にも、スタジアムに観戦に来ていただいた際にも、いつか一緒にお仕事をと言っていただけておりましたので、お言葉を真に受けてご連絡させていただきました。」
「嬉しいです。柚子を使った製品開発のアドバイスと言う事で、今日は当社の開発部の山本の話を聞いていただけたらと。山本君、説明お願いします。」
眼鏡をかけたロングの黒髪の女性が会釈をしてファイルを取り出す。開発部の山本さんの第一印象は間違いなく研究職の方だなと言った印象。ただ、その長い髪が恐ろしいくらいにつやつやなのは、やはり自社で開発した商品を使っているからだろうか。
「今回、御話をいただいて柚子を使って当社で開発可能な商品の一覧がこちらになります。」
リストの紙を一枚見せていただけたが、ズラッと商品候補が並んでいる。シャンプーに始まり、乳液・ハンドクリーム・フェイスマスク・顔パックに入浴剤まで。さすがと唸ってしまう技術力だ。
しかし、こちらからもお話を聞いていただく上での条件をちゃんとお話ししておかなければならない。
「事前に野瀬さんにもお話しているんですが、当社としてはそれほど大きなロットでの発注が難しいので、鳴生産業さんでそれが可能なのかどうかも心配しておりまして。」
ここで説明が営業部の平木さんにバトンタッチする。
「そこに関しましては当社と技術協力や下請け等でも協力していただいている工場さんと企業さんがありますので、ご紹介は出来ますしそちらは小ロットの発注も可能ですし素材持ち込みも可能な企業ですので。当社の方も開発には関わらせていただけますので。」
「なるほど。有難う御座います。」
「ただ....」
ここで平木さんと野瀬さんの表情が曇る。どうしたんだ。
「正直申しまして開発出来る商品は多いのですが、小ロットでの商品化となりますとシャンプーや乳液などのスキンケア商品や化粧品は、販売価格が非常に高額になってしまうんですよ。」
「なるほど。確かにそうでしょうね。どれくらいの金額差が出そうなんでしょうか?」
平木さんは「こちらをご覧ください」と俺達に資料を渡してくれる。例として挙げてくれているのは、シャンプーをよくドラッグストアなどで見かける500~600mlのボトルで販売する場合、年間の精算ロットが100ダース(1200本)だったとすると利益ベースギリギリに乗せるなら一本5000~6000円での販売価格になる。
さすがにこれは高すぎる。高知のような地方でしかもその更に郡部市町村での販売がメインになるにも関わらず、一本5000円もするシャンプーなんて誰も使わない。さすがにこの金額に俺も頭を抱えた。
「ロット数を上げればもちろん3000円台くらいまでは下げる事も可能です。ただ800ダース(9600本)以上の生産でないと厳しいかと。それでもかなりギリギリです。」
「って事は1000ダースは一度に生産しないと価格を落とすのは厳しいって事ですね?」
秋山がしっかりと確認を取る。
「そうですね。シャンプーなので腐る事も無いのですが、あまりに大きな在庫はそれだけ初期の費用も大きくなりますし、何より初生産だと不安の方が大きいかと思いますので。」
それはそうだ。彼女たちとしては開発・生産するのが仕事で、売るのはこちらの仕事だ。作れと言われればそりゃ作ってくれるだろうが、長期的に安定した発注が無ければ鳴生産業さんにも旨味が無い。
「3000円台でギリギリ利益ベースとなると事業として利益を出そうと思えばそれでも4000円代の価格に設定しないと厳しいですよ。冴木さん。」
秋山が俺に確認を取る。さすがに企業との打ち合わせなので、苗字で呼ぶ。
和「そうですかぁ。デポルト・ファミリアとしてもこの分野は初めての事なので分からない事だらけで。一度お話を聞いてみたいと思ったんですが、この値段だとかなり厳しいですねぇ。」
「ただ開発費用を抑えた上で製作出来る商品はあります。」
山本さんが説明してくれたのが『オイル抽出』だった。柚子から油を抽出し、アロマオイルとして販売する。これならシャンプーやハンドクリームの様にその後の開発費用は抑えられ、少ない物は5ml、多い物でも50mlほどで販売が出来る。金額も1000~2000円程度に抑えられるし、アロマオイルとしての販売金額としてはそれほど高い金額では無いそうだ。
和「アロマオイル....確かにそれなら高額って感じもしないか。」
山「オイル抽出は方法は違いますが、果皮からも種子からも出来ます。またアロマオイル以外にも調理に使う油として商品化する事も出来ます。たとえば蕎麦やラーメンに一二滴垂らして香りづけするみたいな使い方も出来ます。」
秋「これもそれほど製品化にはスキンケアの商品ほどはかからないって事ですか?」
平「そうですね。かなり抑えられます。」
まだまだ検討する余地はありそうだ。平木さんからは食品としての商品化も選択肢はあるとの提案も受けた。これは鳴生産業さんでは行っていないが、柚子胡椒や柚子茶など加工品販売は高知県内でも盛んに行われている。
平「柚子ドリンクに関してはあまりに他社からも種類豊富に販売されてますし、物珍しさと言う部分ではあまり望めないかと。それに直売所で販売されるようでしたら、お野菜を販売されてらっしゃったりしますし、二階カフェでもメニューに使えたりもしますので、食品の方が広がりは持てるかと。」
なるほど。この提案には俺達3人も思わず笑顔になる。それ単体で売る事ももちろんだが、在庫を抱えないように使用目的を増やしておく事は確かに大事だ。
平「食品の加工ならば地元のお母様方とかの方が伝統的な作り方もご存じでしょうし、そのレシピを加工品会社に持ち込んで衛生面を徹底した中で作ると言うやり方もありますし、確か直売所には加工場も併設してらっしゃるんですよね?」
秋「良くご存じで。そうなんですよ。」
平「実はうちの母が何度もお邪魔してて。野市に住んでるので、私も二度ほどカフェを利用させてもらいました。」
和「有難う御座います。」
そうか。食品ならば自分達で加工する事も出来るか。調理部の田中さんにも相談してみるか。最近、人員を増やしたばかりだけどまた仕事増やしちゃったら怒られちゃうかなぁ。
しかし、良いアドバイスをたくさんいただけた。そこからはレストランの食事を楽しみ、今後も相談させていただけるように御縁を作れた。
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2020年2月 Vandits garage <山口 茜>
仕事の後に女子部のミーティングが行われました。参加したのは、原田コーチ・私・優・美咲と常藤さん・杉山さん・千佳さん。あれ?セレクションに合格して先週の最終交渉で加入に合意してくれた選手のリストを見るだけだったよね?どうして常藤さんと広報部の人がいるのかな?
「常藤さんと広報部は別件だ。先にこちらを済ませよう。」
原田さんがタブレットを見るように促してくれます。私達だけでなく常藤さん達も各々タブレットは持っていて、原田コーチのタブレットはモニターにリンクしています。
「チーム加入に合意してくれたのは8名。22歳の大卒が2名、高卒が4名、中学校卒業で安芸高校入学予定が2名だ。これに加入が既に終わっている井上を合わせて今回のセレクション加入生は9名。チーム総勢で16名と言う事になる。」
「私達だけでチーム組めるって事ですよね!?」
原田さんの報告に美咲が嬉しそうに質問すると、原田さんも嬉しそうに頷く。原田さんはチーム発足当初こそあまり表情を表に出さず話す人だったけど、私達女子チームの指導がメインになって来てからはこうやって感情を表情に出してくれるようになってきた気がします。選手達の中でもコミュニケーションが取りやすくなったと好評です。
「ただ、年間での活動や試合運営を考えればあと数名は欲しい所だ。来シーズンのリーグ戦に関してはそれほど過密なスケジュールでは無いが、チーム戦力の拡充を考えればもう少し選手を増やしたいとも思ってる。」
「そうですよね。今の状態だと交代枠5名。そこにGKの子がいますから、実質は4名って事になりますからね。やっぱり最低でも二人は欲しい所ですね。」
「今、井上には強化部に所属して貰ってスカウトなんかの部分でも情報共有を助けてもらってる。で、まず常藤さんからお話がある。」
皆の視線が常藤さんに集まる。常藤さんは落ち着いた笑顔で優に辞令表を渡した。
「えっと....『強化部 女子チーム担当責任者』....ですか。」
「はい。板垣監督や御岳コーチ、原田コーチとも話し合いまして強化部の中にVandits安芸の部署と女子部の部署に分ける事になりました。まぁ、今は強化部自体も人数は少ないですから便宜上だと思ってください。」
「私、会社員の経験無いんですけど....」
「それも問題ありません。井上さんにしていただくのは強化部としての定期的な会議に参加していただく事と、4月より強化部に新設されるスカウト担当とのミーティングに原田コーチと共に参加して貰う事。今はこの二つだけです。」
「....それだけですか?良いんですか?」
「増やそうと思えばいくらでも仕事はあるのでしょうが、それは今後人数が増えていく中で他に任せられる人を構えましょう。ですから、その二つの会議に参加して貰うと言う事以外は待遇としてはプロ選手と言う事になります。トレーニングなども公式練習以外は好きな時にfield施設を利用していただいて構いません。唯一、プロ選手と違うのは、常にどこにいるかは事務所に《《確実に》》報告しておいてください。そして8時から16時までの勤務時間は必ず会社の管理施設のどこかにいてください。」
「分かりました。」
「申し訳ありません。出来る限り井上さんには自由にしていただきたいんですが、役職上は社員で監理ポストですので。」
「いえ、有難う御座います。」
そこで美咲が手を挙げて常藤さんに質問します。美咲の良い所は相手がどんな立場の人でも自分の疑問はしっかり投げかけられる所。分からない事を分からないまま仕事しない・練習をしないと言うのは、意外に出来る事では無いし私達も見習わなければいけない部分です。
「先ほどチーム選手の追加と強化部の人数を増やされる話をされてましたけど、以前にお聞きした時に強化部とチーム選手のお給料はスポンサー収入から支払われていると聞きました。あの....女子部、人数増やして大丈夫なんでしょうか?」
美咲のその質問に笑顔で常藤さんが原田さんに何かを指示します。原田さんがタブレットを操作すると、モニターにいくつかの会社名が表示されました。
「この7社が来期より女子チームのスポンサーになっていただけた企業の皆様です。」
常藤さんのその言葉に私達の目はモニターに釘付けになりました。まだ試合すらしていない私達に7社もスポンサーが。やっぱりVandits安芸のおかげなのでしょうか。
「これに関しては広報部・営業部の活動の賜物です。あとは和馬さんですね。皆さんの努力のおかげでまだ活動を始めていない女子部に期待を込めてご支援いただけました。」
すると企業名の一番上に書かれていた『Aspiration management』と言う会社名が色が変わってフォントが大きくなりました。
「このアスプレーション・マネージメントと言う会社が女子部のメインスポンサーになります。代表は山口さんと井上さんはご存じの真鍋薫さんです。」
「えっ!?校長先生!!??」
優が思わず叫んでいました。私が以前にお会いした事を説明すると納得してくれたようでした。でも、話しは当然これで終わりでは無かったんです。
誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。




