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第133話 来年度への期待

2020年1月 自宅 <熊井 美祢子>

 仕事が終わり帰宅途中にコンビニに寄って夕食を買う。自宅に戻るとまだ時間まで余裕があります。シャワーを済ませてコンビニで買ったパスタをレンジで温めます。今日は少し寒いのでスープも添えようとポットのスイッチも入れました。


 パスタが温まりスープの準備も出来ると、自分のスマホの画面を自宅のテレビにリンクさせます。するとテレビ画面にヴァンディッツチャンネルの画面が映し出されました。

 ヴァンディッツチャンネルの動画配信予定時間まであと5分。我ながらタイムスケジュールは完璧です。今日は『Vandits Room』の動画が配信される予定なのですが、特別版とサムネには表示されています。

 いつもなら有澤さんの自宅と言う設定で、シオンや阿部桜さんなどがゲストに訪れ、ヴァンディッツだけに関わらず高知の観光情報やスタッフや選手の間で流行っている物の紹介など少しバラエティ色の強い番組内容になっています。


 今日はどんな内容になっているんだろう。配信画面ではカウントダウンが始まる。そして、画面に映し出されたのは。


 (どっかの事務所?)


 事務所みたいな場所で会議スペースの様にも見えますけど、いくつもテーブルが見えます。その一つに有澤さんが座っています。綺麗で素敵な事務所だなぁと思いながら見ていると、いつもの雰囲気とは有澤さんが違います。まさかテーブルに肘をついて机に置かれた何かを食べながらボーッとしてるんです。


 えっ?放送事故っ!?って言うか、何でたまご蒸しパン!?


 だらりとしている有澤さんがいつもの配信で見る有澤さんとは違ってオフを感じさせました。すると画面外からどなたかの声が聞こえます。


 「由紀さん、お疲れさまでぇす。」

 「あっ、千佳ちゃん!お疲れ!時間ある?」

 「何ですか?」


 うわぁ!山下さんだぁ!あの時の親睦会以来だ!これはサポーターからしたらレアだなぁ!広報の山下さんが登場して、画面下には二人のお名前と役職が字幕で表示されました。


 「あっ!たまご蒸しパン。美味しそう~。」

 「ふふふ。ペイジの新作!!」

 「良いなぁ!」

 「どうぞどうぞ!つまんでつまんで。」


 ペイジって向月の三原さんのお店だ!凄い!なんかホントにお二人の仕事終わりを覗かせてもらってるみたい♪たのしぃぃ!!私もパスタをもぐもぐしながら配信を眺めます。

 二人がのんびりとパンを食べている無言の映像が10秒ほど流れています。まったりしちゃうなぁ。


 「で?なんですか?」

 「それはこっちの台詞。その小脇に抱えてる物の正体を教えなさい。」


 有澤さんがジロリと山下さんを睨むと山下さんは苦笑いしながら抱えていた物をカメラにも見やすいように抱えてくれます。えっ!?


 「せんじゅ丸のぬいぐるみっっ!!!」


 思わず声が出てしまいました!待って待って!そんなのグッズで発売されてないよ!どう言う事どう言う事!?


 「あれ?せんちゃんのぬいぐるみじゃない。作ったの?」

 「私、そんな器用じゃないです。明日からHPで予約販売するんです。」


 まさか!絶対買いじゃん!!!山下さんが雑談風に説明してくれます。種類は2種類。山下さんが手に持っているのは25cmのせんじゅ丸。山下さんがポンと机の上に置くとちゃんと立っている。


 (すごい立つんだぁ。)

 「可愛いね。」

 「それだけじゃ無いんですよ。由紀さん。」


 そう言って山下さんがぬいぐるみの腰部分をぐいぐいっと触ると脚が曲がってちゃんと座るパターンもありました!!


 やばい!!可愛すぎるっ!!絶対買いだ!!!


 私が興奮していると山下さんが「そしてもう一つ」と机の下から取り出したのが、そのぬいぐるみの倍くらいの身長のぬいぐるみでした。これはこれで抱きながら自宅で試合観戦出来そうでこれも買いだなと思いました。


 「どっちも可愛いねぇ。でもぉ、お高いんじゃないんですかぁ?」

 「何ですか。その通販番組みたいな振りは。小さなせんじゅ丸のぬいぐるみが3800円。大きなせんじゅ丸は8800円で発売予定です。」

 「へぇ!予約して貰えるかなぁ。」

 「ですねぇ。ただ、これ完全受注販売なので、購入いただいてから一ヶ月はお待ちいただかないといけないんです。」

 「そうなんだぁ。そりゃ早めに予約しとかないとね。開幕戦に持っていきたいもんね。」

 「そうですね。まぁ、今シーズンの公式戦・練習試合の日程は全て終了してますので、一番近いホーム戦でも3月末になりますからまだ十分に間に合いますよ。」


 ここでサッカーに詳しい人間ならピンときます。今年、Vandits安芸は天皇杯予選に参加しないと言う事が。確か天皇杯の高知予選は来月からだったはずです。3月末まで練習試合も無いと言う事はこの予選には参加しないと言う事です。


 まぁ、今は四国リーグに集中だよねぇ。でも、高知ユナイテッドとの対戦も見たかったなぁ。

 そんな事を考えている間にも二人の雑談は続いていました。


 「そう言えば由紀さん。準備段階の女子チーム。選手契約終わったんですよね?」

 「そうなの!有望な選手から期待の若手や育成世代まで色んな選手が来てくれたのよぉ。」


 来たぁ!女子チームぅ!!以前に配信でも女子チームの設立は公式に発表されてましたけど、その後は何の発表も無かったんですよね!見学OKな練習は基本的にトップチームだけの練習だから、女子チームのメンバーがどんなメンバーかは三原さんとかみたいにホームタウンに住んでる方じゃないとなかなか分からないもんなぁ。


 「女子チームに関しては3月初旬にVandits field体育館で行われる20-21年シーズン体制発表会見でサポーターの皆様にはご報告出来ますのでね。」

 「これはもちろん配信は....」

 「あるよぉ。会場に入城出来るのが譜代衆の代表者の皆さんと国人衆に登録していただいてる方の中から抽選で50名様までになってるのよ。ホントに少ない人数で申し訳ないんだけど、意外に配信の方がアップに撮ったりするから見やすいかも知れないし。」

 「そんな事言ったら抽選申し込む人に申し訳ないですよ!」

 「あっ、失礼しました。」


 お二人のまったりとした雰囲気が今までのVandits Roomとはまた違った感じで、私としてはこちらのパターンも好きです。

 ここで有澤さんから女子チームについて追加情報。


 「チーム体制の発表はさっき言った通り3月の発表会見で行うんだけど、決まってる事だけで言うと女子チームは4月から始まる高知県女子サッカーリーグに参戦します。」


 凄い!チーム発足後すぐにリーグ戦加盟かぁ。でも、四国や高知県ではアマチュアのリーグや公式試合が少ないって聞くから、年間の試合数確保も難しいんだろうなぁ。


 「と言う事でね。まだまだ続報はあるんだけど、そこの所は発表会をお待ちいただくって事と明日はHPのでぬいぐるみのチェックをしていただきたいねってお話。」

 「そうですねぇ。」

 「じゃあ、千佳ちゃん帰ろうか。」

 「そうですねぇ。」


 二人が立ち上がって画面外に消えると、照明がふぅっと消えて配信も終了しました。ホントに色んなパターンの配信番組を見せてくれて飽きが来ないのがヴァンディッツチャンネルの良い所。


 発表会も応募はしてるけどかなり狭き門なんだろうなぁ。でも、配信もあるしとりあえずそれを楽しみに待とう!

 私はパスタの残りに手を付けました。


 ・・・・・・・・・・

2020年1月末 自宅 <冴木 拓斗>

 「ただいまぁ。」


 ドアを開けて練習で疲れた体で玄関に倒れ込む。その音を聞いて誰かがリビングからこっちに来る足音が聞こえる。


 「おつかれ。早く風呂入れよ。」

 「あれ!お兄ちゃん!こっち来てたの?」

 「受験も終わったしね。」


 お兄ちゃんが久しぶりに高知の家に来ている。大学受験で忙しくてしばらくこっちからは連絡しないようにしてたけど、年明けすぐに大学の推薦入学が決まったって連絡があった。父さんも母さんもすごくホッとしてた。


 体を何とか起こしてリビングに向かってお兄ちゃんの後をついて行くと、リビングにはお祖母ちゃんとお祖父ちゃんもいた。東京から来てくれてたんだ。皆が揃うのは本当に久しぶり。前に父さんの会見の時に高知に来てくれてたけど、全員で揃う事は出来なかったし。


 「タクちゃん。お風呂入っておいで。今日はお寿司買って来たから。皆で食べよう。」


 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは僕から見ても僕達兄弟に甘々だ。食べる作法とか人との話し方とかは凄く注意してくれるけど、それ以外は東京にいる時から欲しい物は買ってくれるし、食べたい物を作ってくれる。さすがに僕も高校生になって甘えてばかりでは無くなったけど、それでもお祖父ちゃんたちに会えるのは本当に嬉しい。


 チラッとキッチンを覗くと珍しく母さんと父さんが一緒にキッチンに立っていた。部屋を満たす美味しそうなこの匂いは。間違いない!父さんの得意料理のスペアリブだ!!!

 父さんが振り返って僕に話しかける。


 「ほら、颯一の合格祝いするから、風呂に入ってこい!」

 「ホッホォ~イ!!スペアリブだぁ!」


 僕は叫びながら風呂場に向かって走った。リビングからは皆の楽しそうな笑い声が聞こえていた。


 ・・・・・・・・・・

<冴木 颯一>

 「じゃあ、拓斗は今年は公式戦2試合しかなかったのか。」

 「まぁ、仕方ないよ。本格的な部活になっての初めての年だし。」


 拓斗の高校一年度は春と秋の県大会2試合だけだったらしい。もう少し年間で試合経験出来ればなぁ。


 「でも、来年からは高円宮杯U-18の高知県3部リーグに加盟できる事になってるから。」

 「そうなの?」


 拓斗の言葉に母さんも反応した。


 「うん。5チームのリーグ戦でホーム&アウェイだから年間で8試合公式戦が増えるんだ。それに来年はもう少し練習試合も増やしてくれるって御岳さんが言ってた。」

 「良かったねぇ。タクちゃん。」


 お祖父ちゃんがニコニコしながら拓斗を見ると拓斗も嬉しそうに頷いていた。


 「和馬さんはだいぶ肌が焼けて少し瘦せたわね。体は大丈夫?」

 「はい。慣れない農作業ですけど、すごく楽しんでます。来年度の収穫分は自分達のモノなので、絞った柚子酢と柚子の玉、お送りしますので。」

 「まぁ、楽しみだわ。でも、体にだけは気を付けてね。」

 「ありがとうございます。柚子のお酢に蜂蜜を少し混ぜてお湯で解いて飲むと体に良いんだそうです。ぜひ来年を楽しみにしててください。」


 お祖母ちゃんは安心したみたい。父さんもなかなか自宅に帰ってこなくなったそうだけど、北川村で農作業頑張ってるって言ってた。僕も負けていられない。


 「子供の前で話す事では無いかも知れないが、サッカーチームや会社は大丈夫かい?それだけが心配だよ。」

 「父さん、大丈夫だから。」


 お祖父ちゃんが心配そうに父さんに聞いているのを母さんが止めようとしたけど、父さんが「大丈夫」と話しを続けた。


 「ご心配をおかけしましたが、会社の方は無事に続けられてます。あの事の影響もほとんどありませんでした。僕の役職が変わったくらいです。」


 父さんは冗談っぽく話すけど、皆は苦笑いだ。そりゃ心配に決まってる。


 「チームの方も来シーズンの目途もしっかり立ってるようですので、四国リーグ頑張ってくれると思います。」

 「そうか。僕はスポンサーさんが離れるんじゃないかと本当に心配していたよ。」

 「申し訳ありません。今年度のスポンサーの3社からは残念なお話はありましたが、有難い事に6社から新たにスポンサーの申し出がありましたから。」

 「そうか。それは良かった。」

 「父さん!来シーズンはスポンサー増えるの!?」


 拓斗が興奮して父さんに質問すると父さんは拓斗の頭を撫でながら「そうだな」と答えた。


 「どれくらいの金額になるの?」

 「そんな事を聞くもんじゃないわ。」


 母さんが拓斗を注意すると、父さんは言葉無く両手で7の数字を出した。拓斗は分かってないみたいだけど、まさか7億!?もうJリーグチームのスポンサー収入だよ。それって。


 「まぁ、3月に新体制発表会があるから配信で見ればいい。ユニフォームも少し変わるみたいだぞ。」

 「うそっ!!??楽しみぃ!!」


 それは僕も楽しみだ!こないだ試作品だって東京の家にせんじゅ丸のぬいぐるみを送ってくれた。かなり可愛いしあれは絶対に売れる。ユニフォームも新しくなるなら買わなきゃ。なかなか試合観戦は出来なくなったけど、来シーズンは何とか2~3試合は観に来たいなぁ。


 「ユニフォームが発売されたら連絡しなさい。お金送るから。颯ちゃんもね。」


 おばあちゃんの言葉に僕と拓斗は小さく拳を握る。それを見た父さんと母さんは苦笑いしながらお祖父ちゃん達に「いつもすみません。」と謝ってた。


 久しぶりに皆でご飯が食べれて嬉しかった。東京に帰ったら『高知の祖父ちゃん(和馬の父)』ともご飯行こう!電話では連絡したけど、大学合格した事直接伝えたいし。


 まずい!物思いに耽ってると拓斗にスペアリブ全部食べそうな勢いでがっついている!僕は慌てて手を伸ばした。

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