第131話 予期せぬ提案
いつもお読みいただきありがとうございます。
2020年1月 Vandits field <有澤 由紀>
今日はVandits安芸の練習試合。四国リーグ昇格、チャレンジチーム決定戦を優勝してから初めてのホーム戦です。会場にはすでにたくさんのお客様が入ってくれています。恐らく今日は初めての満員御礼が見られるのではないでしょうか?
大評定祭の時よりも明らかに入城者の流れがあるように感じます。
それもそのはず。今日は練習試合だけでは無いんです。以前に取材依頼があった四国の観光特番の取材クルーが会場には来てくれていて、事前に観客入場時間前に食事処や他の施設は撮影をしていただいています。
そしてそのまま取材クルーの皆さんは練習試合の撮影もしていただけるようで、まさかの出演者の方が配信のゲスト出演もしていただける事になりました。
『さぁさぁ!ご来城の皆さん、配信をご覧の皆さん、お待たせしました!Vandits安芸のホーム戦のお時間ですよぉ~!!』
会場から大歓声が起こります。配信画面でも一気にコメントが流れ始めました。
『今日もここ、Vandits field戦場から熱く熱くお送りして参ります。本日のメインMCを務めますのは有澤由紀と、そしてぇ』
『アシスタントMCを務めます阿部桜です。宜しくお願いします。』
会場からは名前を呼んでいただいたり、向月の皆さんからはついに私と桜さんのコールまで作って貰えたようで、皆さんから手拍子と共にコールが届きます。
『さてさて、桜さん!今日は私達だけでは無いんですよね?』
『そうなんです!素敵な素敵なゲストの方々にお越しいただいております!』
会場から『おぉ~~!!』と喜びの声が届きます。
『まずはやはりこの方、Vandits安芸の姫、宗石詩織さんです!!!』
『こんにちわぁ!宗石詩織です。本日も宜しくお願いします!』
「シオン~~!!」「姫~~!!」とスタンド上の解説席に向かって皆さんから声援が起こります。しかし、姫だけでは無いんですよ。今日は。
『そして、もう一方!!元日本代表、熱きCB!!ジャパンブルーと同じくらい埼玉レッドの似合う漢!槙田 裕章さんです!!』
『こんにちわぁ~!!いやいや!埼玉ももちろんですけど、広島と神戸でもプレイしてますからぁ!お願いしますよぉ!』
槙田さんの来城はサプライズです!会場からは割れんばかりの大歓声が起こり、向月からは槙田さんのコールが起こります。
『うわ!埼玉時代のコールだ!すげぇ!嬉しいなぁ!今日は皆さん一緒に盛り上がってきましょう!!』
ここでマイクは配信用に切り替わります。
「いやぁ、桜さん。凄い事になっちゃいました。四国リーグ決まったら、戦場に元代表選手来てくれましたよ!」
「嬉しいですねぇ!私はこのチームに関わらせてもらうまでは申し訳ないんですがサッカーあまり知らなかったんですけど、それでも槙田さんはテレビで良く拝見してました。」
「ありがとうございます!僕も呼んでもらえて嬉しいですよ!たぶんこれからVandits安芸さんはたくさんのゲスト呼ばれると思いますけど、代表経験者で初めてのゲストって言うのは相当嬉しいですね!諸先輩方には申し訳ないですけど。」
本当に槙田さんはお話が上手で緊張している私達を助けてくれます。
「それに宗石さんと御一緒出来るのがホントに嬉しい!最初にテレビ局の方から出演者のリスト貰った時に、宗石さんと僕が高知担当だった分かった時にはホントに車の中でガッツポーズしましたもん!」
「嬉しいなぁ!ありがとうございます!」
「あんまり喜びすぎるとファンの方に叱られちゃいますんでね。でも、Vandits field凄いっスねぇ!!これ、ホントに今年まで県リーグのチームの本拠地ですか?普通にJ3のチームって言われても全然疑わないっスよ。それにセンスありますよね。あのコンテナ使ったグッズショップとかエントランスとか。おっきいスタジアムもそれはそれで素晴らしいですけど、このコンパクトな感じにセンス散りばめてんのはちょっと特別感ありますよね。プレミアとかでもこの規模で全然リーグ加盟してるチームもありますから。」
普段から代表戦や試合の解説をされてる方ってやっぱり話の広げ方だったり、聞いてる方が興味あるであろう話題に切り替えるのが上手すぎます。ホント一緒に座ってて勉強になる。
詩織ちゃんが槙田さんに今日の試合の見どころを聞きました。
「まずはもうVandits安芸の勢いが見たいですね。四国リーグ昇格決めたばかりで間違いなくテンションは高い状態でホーム戦迎えれてるでしょうから。あとは今日から復帰の左SBの岡田選手が気になりますね。いやぁ、はっきり言って怪我してる状態で移籍出来て、しかもリハビリ期間待ってもらえるって社会人じゃあり得ないですからね!ホント岡田選手は相当気合入ってると思いますよ。クラブとサポーターに岡田だぞ!ってアピールしなきゃいけませんからね。」
その後、両チームのスタメン・控え・監督の発表があり、いよいよ選手入場となります。
そこで槙田さんがさらに見どころを加えてくれます。
「本人のプレッシャーにして欲しくはないんですけど、個人的にはVandits安芸の右SB成田選手が気になりますね。これだけ勢いがあって全勝を続けているチームの中で全試合とは言わずとも、ほとんどの試合でスタメンを務めている18歳はちょっと気になっちゃいますね。左SB、復帰したばかりの岡田選手、不動のCBの大西選手、そして若手の成田選手。ラインコントロールはもちろんの事ですけど、オフェンスとディフェンスの切り替えなんかも見どころになると思いますよ。」
さぁ、元代表に魅せてあげてよ!ヴァンディッツ!!
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<宗石 詩織>
前半20分、既に2点を先制しているVandits安芸。正直言って今日の試合で復帰した岡田選手がこれほど他の選手と連携が取れるとは思いませんでした。
最終ラインの統率も大西選手を中心に危なげなく執られていて、サイドを駆け上がってオフェンスに参加する事の多いVandits安芸の戦術を岡田選手はしっかりと理解しています。何より相手の攻撃の目を摘む。相手のロングパスや苦し紛れの前へのパスに対する対応が非常に強い。競り合いにも負けないしクリアなどのセカンドボールへの位置取りが素晴らしい。
今までは大西選手や成田選手が注目を集める事が多かったDF陣ですが、はっきり言って頭一つ抜きん出るくらいにプレイに余裕を感じさせます。
「前半20分が過ぎて2対0。依然ヴァンディッツペースで試合は進んでいます。ゲストの宗石さん。ここまでの試合を見ていかがでしょう?」
「久しぶりにこうして解説席に座らせていただいてヴァンディッツを見られる嬉しさもありますが、なにより槙田さんも仰っていたDFが素晴らしいですね。まだ20分しか経ってませんけど相手チームがほとんどゴールエリアに近付けていないですから。岡田選手も問題なくDFラインで機能していると言えますよね?槙田さん。」
「そうですね。非常に面白いのはDF3人がそれぞれ個性が尖ってますよね。CBはラインコントロール、右SBはデュエルの強さと攻撃参加、左SBがカバーリングとオフ・ザ・ボールへの対応。それを各々がしっかりと理解して自分がどうフォローするべきかをDFラインとボランチで共有出来ているのが素晴らしいですね。恐らくですけど、チーム全体を通してチームカラーとして取り組んでいる事なんだと思いますね。」
岡田選手の復帰によってDFの安定感は確実に増したように感じます。中心選手の多いMF、得点力の増したFW、そして安定感が向上したDF陣。段々とピースは揃いつつあるのでしょうか?しかし、やはりJリーグとなるとまだまだ成長を期待してしまう部分はあります。
それでも期待の持てる試合を見せて貰っています。
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<有澤 由紀>
「ここで三つの長いホイッスルぅぅ~!試合終了!4対0でVandits安芸が見事に勝利しました。四国リーグ昇格を決め、意気が高まる中でのホーム戦は無事に勝利で飾る事が出来ました。」
私はふぅっと息を吐き、解説の詩織ちゃんと槙田さんに試合の感想をお願いしていきます。
「そうですね。安定感と言う意味でチームは既に四国リーグに向けて、しっかりと準備を始められているんだなと感じられる試合だったと思います。この試合で伊藤選手と飯島選手が出場しなくてもこの結果ですから、チーム全体の、選手一人一人の個の力が高まってきているんだと感じました。交代枠も使い切って出来る限り練習試合では様々な事にチャレンジする板垣監督のスタイルは四国リーグに入っても変わらないんだなと安心出来た面もありました。来シーズンが本当に楽しみですね。」
「本当にそうですね。では、槙田さん、お願いして宜しいですか?」
「いやぁ、驚いたと言う感想がまず浮かびますね。相手チームは愛媛の県1部リーグに所属されていると聞いてますけど、正直に言ってヴァンディッツはすでに県リーグの枠では勝負にならないんだと思います。ここまで公式戦全勝と言う結果がそれを物語ってますが、やはりもっと上のカテゴリーで揉まれる経験と言うのも必要かなと感じました。」
「なるほど。確かに格上との経験と言うのは少ないと感じています。」
「地域リーグに所属しているチームであれば天皇杯と言うのが一番の近道ではあるんでしょうけど、各都道府県地域リーグやJFLで強豪チームが犇めいてますから、なかなか本選出場と言うのは難しいとは思いますね。高知の場合はやはり高知ユナイテッドさんでしたっけ?そこが最大の目標にはなるんでしょうからね。」
「そうですね。今の目標、追うべき背中とも言えると思います。」
ここで少し槙田さんの表情が真剣な物に変わります。
「先ほど少し調べて貰いましたけど高知県1部から四国リーグに上がると、リーグの年間スケジュールは二ヶ月短くなるけど、試合数は4試合増えるらしいのでその空いている期間にぜひ県外の強豪チームとの練習試合などをガンガン組んでもらいたいかなぁ。まぁ、これはクラブの資金力にも関わってきますから、簡単な問題では無いでしょうけど。これだけのメンバーが揃っているチームですから、これから重要になって来るのは、より上の実力との経験値だと思いますね。」
「これは我々運営部にとっては非常に大きな今後の課題になりそうなご提案をいただきましたね。後ほどしっかりお伝えしておきます!」
その言葉に解説席は笑いに包まれて、そろそろ配信終了の時間が迫っていました。
「では、最後にお二人から本日の感想をいただけますと嬉しいです。」
そう言うと宗石さんが楽しそうな表情で答えてくれます。
「最近はVandits安芸さん以外のお仕事もさせていただけるようになりましたけど、やっぱりこのスタジアムに来られる時は気持ちが上がりますね。また来シーズンも良い報告をたくさん聞きたいですし、私も負けずに頑張りたいと思います。」
「そうですね。お互いに頑張っていきたいですね。では、最後に槙田さんお願いします。」
「正直言いまして都道府県リーグや地域リーグに参加しているチームの試合を見る機会って本当に少なかったので、今回ここに来させていただいてVandits安芸に非常に興味が湧きました。今後も追わせていただきたいですし、ぜひ全国に名前が聞こえてくるチームに成長して貰いたいなと思います。」
「そうなれるように頑張っていきたいと思います。それでは、本日の配信は以上となります。MCは有澤由紀。」
「アシスタントMCは阿部桜がお伝えしました。本日の解説ゲストは宗石詩織さんと元日本代表の槙田裕章さんでした。本日はありがとうございました。」
「「ありがとうございました。」」
無事に配信が終了しお二人を含め、撮影クルーの皆さんともご挨拶をさせていただきます。すると槙田さんが槙田さんのマネージャーさんと撮影クルーの責任者の方と何かお話をされています。何か不手際があったかとビクビクしていると少し会話が聞こえてきました。
「それじゃ、この後エンディング撮るだけって事ですよね?」
「はい。その後は高知市内に戻っていただいてホテルご用意してますので、打ち上げ的なお食事を出来ればと。」
「嬉しい!でも、ちょっと1時間くらい出発待って貰えませんかね?」
「うちは構いませんが。」
すると槙田さんが急に振り返って私達に問いかけてきました。
「有澤さん、ヴァンディッツのメンバーと監督にお会いするお時間っていただけたりしませんか?」
何を考えるよりも先に動いていました。「確認取ります!」とだけ言い残して、私は選手控室に走りました。
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※ 皆さんもお気付きだとは思いますが、このお話に登場した『槙田裕章』にはモデルになる選手がいます。しかし、そのモデル選手は実際では2020年時点ではまだ現役です。どうしても作中に登場させたくて、この時点では既に引退されていると言う設定にしました。
色々とツッコミ所はあるかと思いますが、仮想キャラと思ってあたたかく見守ってください。
誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。




