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第130話 現実とプライド

2020年1月 Vandits garage <五月 淳也>

 午後からは野市町の宿泊施設を見に行こうかと思っていたら、雪村さんから「会議室で会議があるので残ってください」と言われた。会議の予定は無かったはずだけど、なにか急遽入ったのだろうか。

 用意する資料なども無いと言う事なので、時間までは事務所で出来る仕事をしていく。自分が会社員として働くなんて思っていなかった。あのままYtuberとして活動を続けていたら。今考えても怖くなる。本当にヴァンディッツには、デポルト・ファミリアには、冴木さんには感謝している。


 リノベ民宿や賃貸物件の管理もやっと一人で任されるようになって来て、頭の中にふと引退した後はデポルト・ファミリアでお世話になるのも良いんじゃないかなんて思うようにもなってきた。ノブ(八木)に知られたら「Jリーグ行くっつってんのに引退後の事考えるなんて」って怒られるだろうな。


 会議の時間になり個室に入ると板垣監督と常藤さん、雪村さんがいた。え?会議って施設管理部じゃなくてヴァンディッツ?真剣な表情の監督が俺に座るよう促す。


 もしかして....クビか。今シーズン、県2部の時に比べれば出場機会は大幅に減って来てる。それくらい伊藤さんが加入した事はOHのポジション(八木・五月)にとっては競争を激化させる要因だった。

 ポジション争いに負けたなんて思っていない。自分が出場してる時にも結果は残せていると言う自負がある。しかし、俺には伊藤さんのような突破力、ノブのような天性のパスセンスは無い。そこで勝負するのは難しい。自分だけの良さを必死にアピールしてきたつもりだった。


 「お仕事、忙しい時に申し訳ありません。」

 「いえ、驚きましたけど。えっと....何ですか?」


 監督もやはりすこし言いづらそうな雰囲気だ。俺達の契約は正社員としての契約だからサッカー部をクビになっても会社には残る事が出来る。そこはまた会社との話し合いの上でなんだけど。

 すると常藤さんが2枚の紙をこちらに見せてきた。メールを印刷したものみたいだ。中を読むとJFLの『FC福島いわき』と『高知ユナイテッドSC』からの移籍交渉の為のメールだった。FC福島いわきも高知ユナイテッドSCもこないだの地域CLでJFL昇格を決めたチームだ。


 カテゴリー昇格で戦力の充実を目指して有力選手に声をかけている中で、俺に声が掛かった訳か。Vandits安芸は基本的に移籍交渉が他チームからあった場合は、選手自身が「教えなくて良い」と宣言しない限りは全て選手に話す事になっている。

 俺にも以前に他の地域リーグなどからの移籍話はあったが、どれも断っていた。


 「今季からJFLに昇格したチームです。カテゴリーも上ですし、なによりJに近いチームになります。判断は五月君に委ねます。相手チームからは実際に会って話したいと言う事も言われています。返事の期限は一週間になります。」

 「えっと....はい。分かりました。」


 そこで監督がタブレットの画面を俺に見せながら話をし始めた。タブレットには俺のヴァンディッツへ加入してからのプレイスタッツが表示されていた。


 「今シーズンからの女子チームの発足を受けて、ヴァンディッツでもスタッフの入れ替わりがあるのはご存じですね?」

 「はい。二月末と聞いてます。」

 「その時にPRASの開発元でもあるベンチャー企業からも出向としてアナリストがスタッフとして加わります。」

 「そうなんですね。」


 確かに新しいシステムを導入しても十全に使える人がいなければ宝の持ち腐れだもんな。それで出向スタッフが入る訳か。いよいよプロチームっぽくなってきてるな。


 「今回の移籍話があった事を受けて、新しいチーフコーチと出向スタッフにも私の思いを伝えて五月君のヴァンディッツへの貢献度を数字としてお伝えできるように準備しました。」


 プレイスタッツは正直見てもどう判断して良いのかが難しい所。こう言ったスタッツと言うのはチーム・個人に関わらず、比較対象の数字が無いと優劣が付けづらいと思っている。

 すると監督もそれを感じていたのか、次のデータを出してくれた。それはいくつかの項目を俺と他のOH二人の数字と比較した物だった。


 「ここからは私の印象と評価、そしてPRASが出した評価を伝えます。今、OHとして登録している3名のプレイスタイルを簡単に分類すれば、八木君が「供給型」、伊藤君が「突破型」、そして五月君が「奪取型」と言う判断になります。」


 たしかにこの判断は納得がいく。ノブは自分でもゴールを狙う事はあるが、基本的にはラストパスを供給して周りを動かすタイプのプレイヤーと言える。伊藤さんはその比率がドリブル突破や自分自身が前に出て後ろからのパスの選択肢を増やしていくスタイル。どちらかと言えばFWの動きにも近いような感じだ。


 俺は奪取型か。確かに高い位置でのボール奪取は心がけてるし、それほど感触も悪くないように感じてるけど。PRASでもそう言う判断なのか。


 「私の中で考えていた事をこの一年、ずっと試させてもらっていました。そして、原田コーチや御岳コーチとも話し合って出した答えです。」


 緊張が高まるのが分かる。どう言う答えを突きつけられるのか。他チームの方が俺の実力を活かせるとでも言われてしまうのか。


 「五月君。今シーズンからDH、ボランチとしての練習を始めて貰えませんか?」


 予想しなかった答えに一瞬ポカンとしてしまった。コンバート。攻撃的なポジションから守備的なポジション。可変式5バックを採用しているヴァンディッツは特にボランチは守備の意識を求められる。


 「出場機会や出場時間の差はありますが、デュエル勝利数は成田君・及川君に次ぐチーム三番目の多さ。そしてロングボールのパスの成功数。カウンター時の攻撃参加率。どれをとっても伊藤君・八木君に上回る数字です。」


 確かにその数字だけ見ればOHよりはディフェンスよりの数字に見えなくもない。


 「そしてこれはチームとしての今後の方針の話。DHを務めている及川君と古川君、この二人が数年後にはスタメンとしての出場が厳しくなると言う判断です。」

 「いやっ!司さんは年齢的な面で仕方ないのは分かりますけど、純は僕より年下ですよ!?なぜ厳しいって判断になるんですか?」

 「....古川君本人がデポルト・ファミリアでの仕事にやり甲斐を感じてきているからです。本人からも一度相談された事はありますし、営業部の秋山さん、リサーチ部の入手さんからも今後の事について相談を受けた事があります。そこの所は常藤さんにも私自身、相談させていただきましたが。」


 俺と監督が常藤さんをチラッと見ると、いつもの優しい笑顔で常藤さんなりの考えを話してくれた。


 「古川君としても会社員としての将来とサッカー選手としての将来を天秤にかけているんだと思います。自分の実力で本当にプロとしてサッカーで生活を出来るだけのモノがあるのかどうか。そう悩みながら日々練習に取り組んでいた時に、仕事の面では大きなプロジェクトの責任者に指名され、直属の上司からも自分なら大丈夫と評価して貰えている。悩まない方が可笑しい状況とは言えます。」


 監督が頷きながら常藤さんの話を聞き、監督の想いを話してくれる。


 「確かに及川君・古川君が抜けると言う事もチームとしては非常に大きな将来の痛手になる事は間違いありません。しかし、それ以上に問題となる事もあるのです。」

 「それ以上の問題。」

 「はい。五月淳也と言うプレイヤーを控えで置いておけるほど四国リーグ以降のカテゴリーは甘くないと言う事です。」


 ガツンッと頭を叩かれ、グッと心臓を掴まれたような感覚に襲われる。


 「正直に言って後ろに重点を置いたフォーメーションの時はOHが一枚となる事があるうちのチームですが、あなた方3人のうち2人を休ませておける余裕は正直うちにはありません。出場して結果を残せるチャンスがあるなら、私はあなたのプライドを傷付けたとしてもコンバートを提案します。」

 「それが俺のこのチームで生き残る道ですか?」

 「五月君が今まで小学校の頃から関わってきたチームの中であなたが一番OHとしての実力が抜きん出ていたのでしょう。育成年代ではOHに一番巧い選手を置きたい指導者が多い事もあったでしょう。しかし、この二年間あなたを見せて貰った私が断言します。判断は遅くなってしまった事は非常に申し訳ありませんが、五月君はこのチームではDHとして出場してくれる事が、今以上にあなたと言うプレイヤーを華開かせる可能性があると感じています。」

 「・・・・・・・・」

 「すぐに返事は出来ないでしょうからゆっくり考えて下さい。」

 「いえ、DHとしてこれから練習を続けます。宜しくお願いします。」

 「良いのですか?」

 「はい。お話をいただいたチームには俺から御電話させてもらいます。」


 監督はもう一度俺に確認を取る。常藤さんも雪村さんも心配そうに俺を見ている。まいったな。心配かけてるつもりは無かったんだけど。自分の可能性を示して貰えるのは正直有難い。確かに今日までOHとして磨いてきた時間とプライドはある。

 それでも、今チームが上昇していく要素の中に俺のコンバートが可能性として入っているなら、何よりこのチームで今以上に輝ける可能性があるなら、俺はその現実に賭けてみたい。それに....


 「このチームでJリーグに行きたいって思ってるのは上本食品組だけじゃないんですからね?」

 「....そうでした。ありがとうございます。来シーズン、期待しています。」

 「はい。宜しくお願いします。」


 俺と監督は固く握手を交わす。その後、常藤さんと雪村さんとも握手を交わす。


 「あなたに残って貰えて嬉しいですよ。」

 「そうですね。上司としても安心しました。」

 「皆さんはもう少しクラブとして会社としての魅力に自信を持ってくださいよぉ。良い会社だし、良いチームですよ?」


 俺の言葉に3人は顔を見合わせて笑っていた。そうなんだ。もう他の選択肢が考えられなくなるくらい俺はヴァンディッツってチームにのめり込んでるんだ。


 ・・・・・・・・・・

数日後 Vandits field ロッカールーム <五月 淳也>

 今日は少し仕事が遅くなり、皆既にグラウンドに出ているようだ。急いで準備をしていると俺の座っている椅子の横に司さんが座ってきた。靴紐を結んでいる俺の背中をポンと叩く。


 「移籍、断ったがやって?」

 「あれ?監督からっスか?」

 「まぁにゃ。頼まれたわ。五月淳也を及川司以上の選手に育ててください言うて。」

 「うわぁ。ハードル高ぇなぁ。」


 バンッ!と背中を叩かれる。司さんは楽しそうに笑っていた。


 「すぐに追いつくやろ。オレぐらいで満足してもろぅたら困るわ。」

 「最善を尽くして最高の結果をお見せします。」

 「お前のそう言う自信はオレも好きや。頼むぞ。」

 「司さん。引退なんか考えてないっスよね?」

 「そうは言うても年齢が年齢やきにゃ。監督が言うように準備は出来る時から始めちょかんと。焦ってからじゃ遅いき。」


 司さんは楽しそうにグラウンドへと出ていく。俺も何かワクワクしていた。

 自分の中にある可能性に自分自身が楽しみで仕方なかった。


 ・・・・・・・・・・

2020年1月 静岡県某所 <五百城 彩羽(いろは)

 学校から帰宅して自分の部屋に入ると机の上に私宛の封筒が置かれていました。まだ開封されていない封筒を少し緊張しながら開けます。差出人は(株)デポルト・ファミリア。

 十数枚の紙が入っていて、一番最初に夏に行ったセレクションに参加した事へのお礼が書かれていて、次にその時に面接で聞いた通り私の合格が正式に決まっていて私側からの加入の返事を二月中旬までに欲しいとの内容でした。


 居間に行ってお母さんに手紙を見せました。お母さんが「どうする?」と私に聞いてくれます。私は今の場所にいるくらいなら別の場所で暮らしたいと思っています。ここではもう自分はサッカー出来ない。


 「この手紙にも書いてるけど、チームに入ったら入学する事になる安芸高校には女子サッカー部は無いからサッカーの活動は女子チームだけになるよ?彩羽大丈夫?」

 「うん....行ってみたい。」

 「そっか。お母さんも仕事先には話してあるから三月末までには準備出来ると思うから、じゃあ、お返事して大丈夫なのね?」

 「うん....お母さん....大丈夫?」


 お母さんが仕事を辞めて一緒に高知に行く。嬉しいけど、すごく負担になってるんじゃないかな。サッカー続けるって言わなければ、お母さんは今の仕事続けられるんじゃないのかな?


 お母さんがぎゅぅっと私を抱きしめて頭を撫でてくれる。


 「馬鹿ねぇ。彩羽は。彩羽がやりたいようにすれば良いの。彩羽が楽しくしてくれる事がお母さんの幸せなんだから。だから、サッカーしたいと思うなら彩羽が思うようにしなさい。」


 私もお母さんをぎゅぅっと抱きしめます。顔をうずめたまま決意を告げます。


 「私、高知へ行きたい。もう一回、楽しいサッカーしたい。」


 お母さんはずっと頭を撫でてくれていました。

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