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第127話 冴木和馬の価値

2019年12月 高知市内ホテル <冴木 和馬>

 おいおい。お前の気持ちなんて言われても困るよ。こんな人達を前にして。さて、どうした物か。


 「笹見さんよりどう言ったお話を皆さんがお聞きになったかは分かりませんが、私自身としては面白みのある人間では無いと思っております。まぁ、話題には事欠かないのは自負しておりますが。」


 そんな言葉に諸先輩方からは笑いが、自陣からは苦笑いが起こる。


 「私の気持ちと仰っていただけるのであれば、今回のお話に参加させていただけるのは非常に有難く思います。我々も育成世代の組織編成は早急にクリアしなければならない課題でしたので。」


 そこで御岳コーチがふと手を挙げる。皆の視線が集まると、軽く頭を下げて発言した。


 「皆様から聞いた話で感じた事じゃが、儂と冴木君との間で以前に話した内容を一部その学校の仕組みに取り入れられると思うのだが、冴木君どう思う?」

 「....あぁ、なるほど。確かに。」

 「ほぉ、聞かせて貰って良いかの?」

 「えっと、私達が考えているのはVandits安芸にユースチームを組織する事です。しかし、現状ではそれだけの選手を受け入れるだけの準備が出来ていません。それで僕と御岳さんで考えたのが、どこかの高校と提携してユース生を受け入れて貰う形です。広島や京都がユースを設立した時に、そのユース生を一つの高校でまとめて受け入れて高校と共に育成理念を作り上げたと言う先行事例はあります。それが、今回の私立高校設立に活かせないかと。ユース生はもちろんですが、スポーツ科の生徒は基本的にVandits field敷地内のグラウンドでの練習を許可する。そうする事で練習施設や寮などを学校側で準備する必要が無くなります。」

 「....それは問題無いのかのぉ。」

 「もしかしたらあるのかも知れません。とは言っても、スポーツ科の生徒全員をユースで受け入れるなんてのは出来ませんから、部活に入部する生徒がメインになると思います。笹見さん達の考える私立高校に入学してサッカーのユースに入りたいと言っても、学校設立の段階では恐らく高知県ではうちのユースしか選択肢はありません。県外のユースに通うなんてのは無理でしょうし。」

 「そうか。高知ユナイテッドはジュニアユースチームだったか。」

 「そうですね。今後の流れでどうなるかは分かりませんが、現状では高知県でU-18世代がサッカーを続けるには、高校サッカー部に所属するしか方法はありません。」

 「なるほど。」


 さらに説明を続ける。

 もう一つ大きな課題となるのは、ヴァンディッツとしてはユースチームは作りたい。しかし、ユースチームは高体連が主催する公式戦(インターハイや高校サッカー選手権など)には参加する事が出来ない。そして生徒は高校サッカー部とユースチームの両方に選手登録は出来ない。ユースチームに参加しながら空いた日に高校サッカー部の練習に参加する等の事は出来るだろうが、公式戦への参加は無理だ。

 とするならば、ヴァンディッツがユースチームを作るのはJリーグに加盟が決まってから、早くともJFLで上位を確実視出来るようになってからが現実的だと言える。無理にユースを作り、スポーツ科の生徒を分ける必要は無い。

 ただ高校サッカー部の場合はさっきも話した通り、三年間指導したにも関わらず他のクラブチームとの契約を結ばれる可能性も大いにある。ヴァンディッツとしてのメリットが少ないとも言える。


 「しかし、高知でのサッカー文化の裾野を広げ、サッカー技術の向上を目指すのであればこのサッカーに特化したスポーツ科の創設は非常に魅力的だと感じます。」


 ここで真鍋さんからも手が挙がる。


 「それは女子サッカーでも同じ規約なんやろか?」

 「U-18世代に関しては同じです。U-15以下に関しては男子チームに登録しながら女子チームの試合に参加する事も出来たと記憶しています。山口、どうだったかな?」

 「そうですね。可能です。ただ男子と女子のチームで指導者が同じか同じ学校のチームで無ければ指導方法や戦術が大きく変わってしまいますから、育成世代では付いて行くのは難しいと思います。....まぁ、それは男子のユースと高校の部活動も同じ事だと思います。」

 「確かにのぉ。チームが変われば指導方法も変わる。そうなれば選手が余程器用でも無い限り両方のチームの指導に対応するのは難しいか。」


 この高校世代のユースか高校か問題は意外に悩んでいる選手も多いと聞く。日本代表選手の中にも高校サッカーを選んだ選手もいれば、ユースを選択した選手もいて、どちらが正解と言う事は無いように思う。ユースに入れなかった選手が高校サッカーを選ぶみたいな話も聞くが、高校サッカー出身で世界的なプレイヤーになった選手もいる訳でユースが優れていると言う事では無いだろう。


 「では、儂達の考える私立高校では部活としてサッカー部は作った方が良いとなるか。」

 「そうですね。サッカーに特化したスポーツ科として銘打って教育しているのに、その学校にサッカー部が無いと言うのは明らかに可笑しいでしょうしね。ヴァンディッツの為に作ったと陰口叩かれて入学者が減るなんて言うのも面白くないですし。」

 「ただ、デポルト・ファミリアとしては一つ大きな問題がございまして。」


 ここで常藤さんが皆さんへ申し訳なさそうに告げる。施設を貸したいのはやまやまだが、寮やトレーニング施設などを新設するだけの資金は今のデポルトには無い。ヴァンディッツにおいても現状でスポンサーから入って来る支援金は全て短・長期に関わらず使い道は決まっている。特に大きな出費としては数年後、早ければ来年には取り掛からなくてはいけないスタジアムの一度目の拡張だ。現状2500名の観客席を最大収容人数5800名の観客席に増設する。その費用も捻出しなければならない。とてもでは無いが、『Vandits field内に』寮などを新設する余裕は無い。


 「ここでお任せ下さいと大見得を切れれば良いのですが、何分無い袖は振れない状況でございまして。誠に申し訳ございません。しかし、代替案が無い訳ではありません。」

 「例えば?」

 「学生寮ですが、Vandits field内である必要は無いかと。であるならば、芸西村内の古民家や空き家を改築して寮として使用する方法はあります。私共もヴァンディッツの寮で経験済みでございますので。」

 「なるほど。たしかにそうじゃの。どうかの?皆さん。」


 皆さん受け止め方は好感触だ。まぁ、まだここで全ての事を決めてしまう訳では無い。問題は校舎用地をどうするかと言う事がまず決めなくてはいけない事だ。まぁ、俺がうんと言うかどうかだけの話なんだが。


 「では、こちらも最後の切り札を切ろうかの。宇城君、薫。」


 笹見さんがそう言うと宇城さんと真鍋さんが俺達をジッと見渡しながら、衝撃の交換条件を出してきた。


 「常藤社長、もしこのお話、冴木さんはもちろんですがデポルト・ファミリア、Vandits安芸としてご協力いただけるのでしたら、僕の会社『Pm(ポエム)』名義で来季からVandits安芸のスポンサー契約をさせていただきたいと考えています。今の所、年間スポンサー料は2億を予定してます。」


 マジか。笹見建設さんの2億2000万円とほぼ並ぶ金額。思い切るなぁ。この人。

 そして次に真鍋さんだ。まぁ、この流れって事は。


 「うちも個人スポンサー、えっと..国人衆でしたか?そのスポンサーとしてうちはデポルト・ファミリアが立ち上げる『女子サッカー部』に1億ご用意させていただきます。」


 この人たちは分かってるのか。Vandits安芸も女子部もまだ何の収益も生めないチームなんだぞ。はっきり言ってスポンサー収入が無ければとっくに潰れてるチームなんだ。そんなチームにポイっと投げるみたいに1億だ2億だと言って来るとは。ちょっとこの人たちの頭の中が怖くなってくる。

 しかし....


 「分かるか、坊。お前がどんなに運営から離れ、会社を任せ走らせたところでお前がきっかけとなって始めた事にこれだけの評価をしてくれる者がいる。それは、もちろん今までデポルト・ファミリアの社員諸君の尽力があってと言う事も含めてではある。それでも、お主を評価する者は儂や常藤だけではないと言う事じゃ。これは冴木和馬と言う人間の価値の一面に過ぎん。」

 「....ありがとうございます。........そう言われてしまっては僕としては断れませんね。畏まりました。皆様の準備が整い次第、芸西村の山林所有者と交渉して買収を始めます。芸西村にはオフレコの形で協力は願い出るつもりですが、僕が一度、村議会議員とやらかしてますから妨害が無いとも言えません。反対する役場の管理職が出る可能性はあります。」


 その言葉に徳蔵さんは「またか」と言うような呆れた表情になり、他の方々は面白い者を見るような笑顔が見える。


 「構わん。この話を蹴ろうとするような議員なら次の議員選挙で当選は無いじゃろう。山林災害が起こらないように土地改良もして、村に新たな教育機関が出来て、間違いなく県内外から移住してきてくれる住民が増えるにも関わらず、己のプライドを優先する者など施政者には向かん。坊、気にせず声高にやれ。背中は押してやるし、屍は拾ってやる。」

 「動く前から殺さないでください。」


 勝手知ったる俺と徳蔵さんの会話に周りの皆さんも声を上げて笑い始めた。相変わらずだが、笹見さんの剛腕ぶりは衰えていない。まさか村議会議員もこんな所で大企業の会長にロックオンされているとは思うまい。しかし、うちとしてはこの波は絶対に逃してはいけない。


 「一応、伝えておく。学校法人の寄付金は現段階で理事全員と協力者からの寄付で建設費を含めて50~60億円ほどの予定じゃ。」


 おいおいおい....どんなデカい校舎建てるつもりなんだ。眩暈が起こりそうになりながら必死に笑顔を保ち続けた。


 「これが出資者のリストじゃ。」


 目の前に座る諸先輩方を含め、錚々たる名前が並ぶ中に見慣れた名前があった。


 『林 倫太郎 (株)ファミリア代表取締役 出資予定金額:1億』

 『高野 文也 (株)ファミリア役員 出資予定金額:1億』

 『須田 朋彦 (株)ファミリア役員 出資予定金額:1億』


 ・・・・・・・・・・

同日 Vandits garage <冴木 和馬>

 その後、理事候補の皆さんとの昼食を終えて、全員が事務所に戻ってきた時にはすっかり暗くなっていた。俺も含めて全員がコミュニティスペースでぐったりとしている。


 「まさかこんな話だとは思わなかったわね。」


 さすがの真子も気疲れしたのだろう。チェアの背もたれにどっしりと体を預けて天井を見ている。


 「僕が呼ばれたのはこの先の都市計画の見直しも考えてって事なんですかね?」

 「食事会の時に建築家の中屋先生にお聞きしましたが、都市計画案は中屋先生の方でも確認していただいたそうで、せっかくここまで議論を重ねている物に完全に横槍を入れる形になってしまいましたから、謝罪の意味も込めてと仰っていました。」

 「いやぁ、全然文書の謝罪で良かったですぅ。美味しいモノ食べれましたけど、あの場はもうこりごりです。」


 古川の泣き言に皆が同情の笑みを浮かべる。


 「どうされますか?」

 「言ってるじゃないですか。俺は運営にはタッチしません。デポルト運営部で話し合ってGOサインが出るのであれば、俺に買収を指示してください。」

 「しかし、さすがに個人資産を寄付させる訳ですから。安くない買い物です。簡単に判断出来るものでは無いかと思いますが。」

 「それを差し引いて余りある恩恵が会社にはあるんじゃないですか?俺の出した金額なんて数年でホテルから回収できます。こちらの事は度外視して、しっかり会社として判断してください。」

 「畏ま....分かりました。古川君、近々に勉強会を開きましょう。私も参加します。そこで会社からの提案として役場の皆さんに協力を仰ぎます。と言っても、自治体が所有している土地はそれほど多くないんでしたよね?」

 「そうですね。MK射撃場さんとの話し合いの時に調査した段階では、80%が個人または企業が所有している土地で15%が県、5%が村だったと記憶してます。」

 「まぁ、はっきり言って学校用の敷地であれば36haはもちろん、20haも必要無いでしょうからMK射撃場さんの土地から繋がる個人所有の土地を優先してピックアップしましょう。最悪、Vandits field北側の土地は我々の施設拡張が本格化してからでも遅くはありません。」

 「分かりました。僕も今日から学校法人設立の勉強を始めます。全くの無知なんで、置いてけぼりにされたくないです。」

 「笹見さんは学校法人は作った事は無いが学校の校舎は何度も建ててるし、真鍋さんは学校法人の理事と私立高校の校長経験者で法律にも強くて投資家だ。この二人だけで学校法人の寄付は集まっちゃうんだろうけど、こうやって様々な人を関わらせる事でワンマン体制の抑止力にしたり、教育に色んな広がりを持たせていきたいんだろうな。ホント、引退なんて言葉が程遠いお二人だよ。」

 「ですねぇ。」


 俺としては芸西村の個人所有の山林の土地ならば高く見積もっても1ha当たり1500万くらいのものだろう。25haを購入するとしても4億円もあれば恐らく予定している広さは確保できるはずだ。一番の問題はやはり所有者の方が売っていただけるかどうかだろう。

 基本的には恐らく先祖代々の土地であったりするのだろうから、売却してその土地に建物が建つとなると敬遠される方が多いはずだ。唯一の救いはその建物が学校だと言う事だろうか。まだマンションや工場を建てると言われるよりは印象は悪くないはずだ。あとは若い世代が移住して来るとか、しっかりと治山と言えば少し言葉は違うが山林管理、土砂崩れや地盤強化などをしっかり行って森を切り開いたから土砂が流れるとか山が崩れた等と言う事が起こらないようにしっかりと計画を出してご納得いただける材料を揃える事が重要だ。


 まぁ、その辺りは笹見建設さんに一日の長どころか万日の長があるので、アドバイスをいただきながら案を出していこう。はぁ、結局運営みたいな動きになってるな。良くない。ここはしっかりと古川に計画案を作らせよう。

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