第124話 四国リーグチャレンジチーム決定戦
2019年12月 香川県総合運動公園 <雨宮 加奈>
【四国リーグチャレンジチーム決定戦 準決勝(トーナメント一回戦) 対 伊予砥部FC】
準決勝は香川県の高松市西部にある生島町の香川県総合運動公園サッカー・ラグビー場で行われます。会場はメインスタンドにコンクリートの階段状の観客席は若干設けられていますが、ゴール裏・バックスタンドは芝の斜面になっていて非常に長閑なグラウンドです。
愛媛代表の伊予砥部FCは先に会場入りしていて、ヴァンディッツサポーターや社員の皆さんも選手達よりも先に会場に着いていたようでした。私達は控室やベンチ周りの準備があるので、試合運営の方に許可をいただき、かなり早い時間から会場入りを選手達よりも先にさせていただいていました。Vandits安芸のラッピングバスが会場入りするとサポーターの皆さんからは歓声と驚きの声が車内にまで聞こえてきたそうです。運営の皆さんの狙いはバッチリだったようです!
私達も一旦バスに入り皆さんに合流します。バスを降りる前に御岳コーチが全員に声を掛けます。
「良いかのぉ!このバスを降りる瞬間から自分達が日本代表であるくらいの気持ちで会場入りをしなさい。どんなに周りから勘違いと言われても良い。お前さん方はもう立派にクラブを背負って昇格を目指す心意気は備わったはずじゃ。良いな!このバスを用意してくれた運営とスポンサーの方々とサポーターの期待を裏切るような態度は見せるんじゃないぞ?それだけの責任感を持って今日の試合に臨みなさい。」
「「「はいっ!!」」」
皆が気合を再度入れ直します。バスの周りでは向月さんがメインとなってヴァンディッツコールをしてくれています。ここにいるだけでも200人近いサポーターさんが集まってくれているでしょうか。本当に心強いです。
選手がバスを降りる姿を見て、サポーターの皆さんも更に期待感を増して貰えたのか声援が大きくなりました。私達スタッフが降りるとサポーターの方からまさか「雨宮さぁん!」「選手を頼みます!」と声が掛かりました!私の顔も知られている事にびっくりしました。もちろん私はVandits安芸のHPにスタッフとして掲載されています。この決定戦前には役職がマネージャーから『主務』に変わりました。
主務はチームの日程調整や対戦相手の交渉、ホテルや練習場所の確保など試合運営に関わる大きな重責を担います。もちろん私だけではなく、デポルト・ファミリアのリサーチ部の皆さんが助手として普段は助けてくれています。
選手の皆は会場入りして準備を始めます。会場は変わってもいつもと同じようにロッカーに選手達の試合に使う様々な物をセッティングしています。ユニフォームはもちろん、選手ごとに使う部位の違うレガースやスパイクの数も選手ごとに違います。そう言ったモノも把握してロッカー前に整頓して並べていきます。
着替えを終えた選手から順次その場でストレッチを始めたり、ピッチを確認しに行く選手もいます。すると選手と相手チームのアップを見ていた監督と原田コーチが控室に帰ってきました。
「恐らく伊予砥部FCは今までの2トップのシステムでは無い1トップのシステムになる可能性があります。少し戦術を見直しましょう。」
相手チームのアップを見て判断したそうですが、相手のスタメンで起用される事の多いFWのアップ強度がスタメンで出るにしては少し落ち着いた雰囲気だった事が監督もコーチも引っ掛かっているようでした。
相手が1トップで来た場合の対策を練り直します。ある程度はここまでの練習などでしっかり選手達には伝えてありますが、もう一度監督とコーチの間で確認作業を行うようです。
選手達がアップから戻り最後のミーティングを行います。
「良いですか?相手は1トップですがメンバー表を見るとDF登録選手は5人しか登録がありません。と言う事は恐らく4バックのシステムでくるはずです。伊予砥部FCの今までの試合データを見る限り、うちのような変則3バックを採用した試合はありません。5バックか4バック。そう考えるとDFの替えが利かないこの状況はむしろこちらには好材料です。」
コーチ判断も同じで恐らく伊予砥部FCからすると、うちの攻撃力を上回る為にはやはり中盤でのボール支配率で上回ろうと考えたのだと思います。4バックダブルボランチで最終エリアの層を厚くしつつも、しっかりとボールハントが出来る状況を作ろうとしているのでしょうか。
「何度でも言います。我々のやる事は変わりません。それが今日の試合に関してはやる事が明確になっているだけです。前半で幡君・古賀君・伊藤君で最終ラインを掻き回してください。ボールを失う事を恐れず、ドリブル・細かいパスで相手をつり出します。前半から後半にかけてある程度の運動量を使わせる事が出来れば、状況によって後半の中堀君・飯島君のフィジカル勝負になった時に大いに優位が保てます。今日の為に今年一年全員が走り込んできました。スタミナでは絶対に相手に負けない。その自信を持ってプレイしてください。」
選手の目はワクワクとやる気に満ち溢れています。私達も緊張よりも楽しみが勝っているかも知れません。
「さぁ、しっかり切符を取りに行きますよ!」
Vandits安芸にとって発足以来の大一番が始まります。
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同日 観客席 <雪村 裕子>
グラウンドの観客席にはたくさんの観客の方が来られています。ヴァンディッツサポーターの皆さんはゴール裏はもちろんバックスタンドにもいらっしゃっていて、ざっと考えても1000人は来ていただけていると思います。前日にはSNSなどでサポーターの方々が応援の呼びかけなどもしてくれていましたし、当日の今日も現地に向けて出発した等の報告を呟いてくれているサポーターさんがたくさんいらっしゃいました。
伊予砥部FCのサポーターの皆さんも100名近い方が来られていますが、さすがにこちらのサポーターの多さに驚いている方もいらっしゃいました。県1部を戦った今シーズン、向月さんは公式戦・練習試合に関わらず、試合会場でも初めてご来城いただけた方に向けて簡単なコールを一緒に練習したり、周りを気にせず拍手や声援を送って大丈夫等、観戦初心者の方が遠慮しなくて済む雰囲気作りに努めてくれていました。また向月さんの動画チャンネルでは選手個人別のチャントやコール、推し選手を作りたい人向けに選手紹介の動画などを作成してファン獲得にクラブと同じ熱量で動いてくれていました。
その甲斐も今回の香川遠征にも関わらずこの観客数の多さにも繋がっているのでしょう。今回は私達社員やベンチに入れないスタッフも観客の皆さんと一緒になって応援します。
「あっ!裕..雪村さん!!こっちこっち!」
向月の洋子(三原)さんが私達を手招きで呼んでくれます。さすがに他の観客の方もいらっしゃいますので、苗字で呼んでくれました。普段はお互いに下の名前で呼んでるんですけどね。
「お疲れ様です!凄い人数ですね!」
「待ちに待った四国リーグへの昇格戦やきねぇ!皆、燃えてますよぉ!」
気合の入っている向月の皆さんを見て、常藤さんやスタッフの皆も嬉しそうです。すると私の傍に向月メンバーの三田(浩伸)さんが近付いて小さな声で聞いてきます。
「あの....冴木さんは........」
「どことは言えませんけど、ちゃんとこのグラウンドで見てますので。大丈夫です。」
「....そうですか!良かった!!」
私の言葉に安心したように席に戻ります。そして三田さんが洋子さんにそっと耳打ちすると、洋子さんは嬉しそうな表情で拡声器を手にします。
「はぁ~い!!注目ぅ~~!!今日、観戦しに来たのが二回目以上だって人いますかぁ?」
するとかなりの数の手が挙がりました。洋子さんが「せぇのっ!」っと声をかけると皆さんが大きな声で、『ありがとぉ~~!!!!』と一斉に叫びました。すると続けて、
「ヴァンディッツの観戦に初めて来ましたって人いますかぁ?」
と聞くと、ちらほらと5~60人程度の人が手を挙げています。するとまた皆さんで『いらっしゃいませぇ~~!!』と叫びました。洋子さんが挨拶を続けます。
「初めて来てくれた皆さんも、また来てくれた皆さんも、そして仕事しながらとか用事しながらこの結果を気にしてくれてる皆さんも、皆の気持ちで選手を、スタッフを後押ししましょう!!何が何でも四国リーグ行きましょう!!今日は恥ずかしがらず明日職場で酒飲み過ぎた?って聞かれるくらい声出していきましょう!!」
そんな言葉に観客の皆さんからは笑い声が起こります。
「では、一番基本のヴァンディッツコールから一緒に練習しましょう!!コールのタイミングはこの背がおっきい男の人が大きな画用紙を上に挙げてくれるので、そのコールに合わせてくれれば良いです。じゃぁ、ヴァンディッツコールいくよぉぉぉ~~~!!!」
コールやチャントの練習がギリギリまで続きます。そうしているとメインスタンドやバックスタンドで見ていた人たちも、楽しそうだなと感じたのかバックスタンド側へ移動してくれたりしています。こうして選手達が再びピッチに出てくる直前まで練習は続きます。
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<古賀 啓太>
前半も30分が経過した。さすがに相手の守備に阻まれてなかなか得点は奪えないが、ボールも相手に極端に持たれていると言う事も無い。まぁ、言ってみれば膠着状態。
でも、俺達全員は気付けている事がある。エリア付近まで相手が攻め上がって来ると相手4バックの両サイドが極端に攻撃に参加し始める。人数を局地的に増やしてチャンスを物にしようとする作戦かも知れない。しかし、以前に御岳コーチから教わった事だがこう言った戦術は一つの試合で2~3回くらいしか使えないそうだ。なぜかって、まさに今の俺達の様に相手に気付かれるからだ。「あっ、人数かけてくる」って。
俺と幡さん・伊藤さんはエリアギリギリで外から入ってこようとする相手選手に貼り付く。相手最終ラインのCB二人もサークルを越えてこちら側のエリアに入ってきている。
その時だ!相手選手が俺達の間を抜いてエリア内の選手へグラウンダーの速いパスを出すが、それを見事に河合が止める。
来たっっ!!!全員にスイッチが入る!!何度も練習したパターンだ。俺は一気にゴールへ向けて全力疾走する。隣では幡さんが、少し後ろを伊藤さんが同じく必死の形相で全力ダッシュしている。
俺達の前にはボールの出方を見ながら、同じく全力で戻る二人の相手CBがいるが、パスの出足を見ながら走り出すのと、俺達の様にパスが来る事を信じてただ前を見て走っているのとではスピードが違う。一気にセンターサークル付近で相手CBに追い付きそうになった瞬間だった。
「ケイタ!右足!!」
伊藤さんの声が聞こえた!練習通り右後ろをチラリと見る。完璧な河合からのグラウンダーのロングパスが転がってくる。相手CBの一人が俺によってきた瞬間、体を左に寝かせながら右足外側にボールを当てて、ボールを右サイドに流す。
完全に不意を突かれたCBは必死に減速して右サイドに切り替えようとするが、もう遅い。同じく右サイドギリギリを必死に走り込んできていた成田がボールに追いつく。相手CB一人に対してこちらは5人が走り込んできている。しかも、CBは俺達の前にいる。成田はどこへ出してもオフサイドは無い。
しかし、成田は一気にゴールエリアに切り込んでいく。相手CBはパスは無いと成田へ向かって走り込んだ瞬間、成田が落ち着いて左に切り返しCBを振り切る。ゴールキーパーと1対1。ゴールはがら空き。落ち着いて右サイドにインサイドで流し込む。目が覚めるようなカウンターでようやく先制点を上げる!!
ゴール裏が爆発したんじゃないかと言うくらいの巨大な声援が飛んで来る。
成田が嬉しそうに俺に飛びついてくる!
「ありがとうございますぅ!!!完璧でしたぁ!!」
「よしよしよし!もう一点いくぞ。まだ走れるな?」
「オッス!!!!」
ホントに成田の反応は可愛い。俺達より年上の人達には「マメシバみたいだよな」と言われていて、時折練習中に「ナリシバ」と呼ばれてからかわれている。でも、あの嬉しそうな顔が見れるならいくらでもボールを送ってやるさ。昔は自分が点を取る事が最優先で他の事は考えられなかった。今でももちろん点は取りたいし大事な事だが、チームが勝てるなら喜んで囮でも何でもやると言う気持ちが生まれた。
それは原田コーチにも「一つ殻を破ったな」と褒めて貰えた。
結果は欲しい。しかし、まずはチームがしっかり結果を残す。その中で必死に自分の活きる道を見つける。それしか生き残れる方法は無い。待っていてもボールはやってこない。必死に走り、追い続けるモノだと、ヴァンディッツで教えられた。




