紫色のビル
日付は12月29日です。東京都豊島区巣鴨の
ビルの前に木下明美さんは立っていました。この
紫色のビルの3階に秋丘芸能事務所はあります。
大相撲妖精協会の前の会長の鬼沼河童の介は、
ある罪により刑務所に入っていましたが、12月
の16日に出所しました。彼はその10日後に大
相撲妖精協会の会長に復帰し、それまで会長を務
めていた明美さんはその職を辞しました。彼女は
秋丘芸能事務所からの出向という形で協会の会長
になっていたので、事前の取り決め通りに、秋丘
芸能事務所に戻って来たのです。
彼女は古びた階段を上り、なつかしい事務所に
入りました。
明美「ただいまあ。社長、今、帰りました」
秋丘「やあ、ごくろうさんでしたな。あんさんが
ここに来るのは、何日ぶりでっか」
明美「はい。去年の3月から出向していたので、
1年と9か月ぶりですね」
秋丘「そりゃあ、大変でしたな。ほんでも、その
おかげで業務委託料がもらえて、ずいぶん
助かりましたでえ」
明美「それから、社長。これ、おみやげです」
秋丘「なんでっか、これは」
明美「トマトマプレミアムという美容クリームで
す。社長が使っても、プレゼントにしても
いいですよ」
秋丘「あっ、これ、うわさに聞いたことありまっ
せ。えらく、いいものらしいですな」
明美「ええ。トマト妖精のトマ代という女性が経
営している研究所で作っている物です。妖
精相撲の会場で販売していたんですが、す
ごい人気で、相撲は見ずに、このクリーム
だけを目当てに来る人も大勢いました」
秋丘「さいでっかあ。この事務所からも、そのく
らい人気のあるタレントが出るといいんで
すがなあ」
明美「あの~、事務所から新しい人気タレントは
出ていないんですか」
秋丘「出てまへん。妖精協会の業務委託も終わっ
て、このまま人気タレントが出えへんかっ
たら、ウチは倒産どす」
明美「そんな気の弱いことをおっしゃらずに」
秋丘「白浜海斗は戻って来まへんのやろか」
明美「私も一度その気はないのか聞いてみたんで
すが、今のガソリンスタンドの仕事が気に
いっているようでして」
秋丘「はあ、さいでっかあ」
秋丘は、黒ぶち眼鏡がずり落ちそうになるほど
ガックリとうなだれました。