頭ゆるふわ横恋慕聖女様の行く末は
「バヤール様をいい加減に解放してください!」
聖女様に公の場でそう懇願されて、内心ちょっとうへぇ…と思う。
聖女様は赤ん坊の頃に雪の降る中で教会の前に捨てられていた子で、神父様のお力で神のご加護を受けていることが分かりそのまま教会に保護された。
実際聖女様が保護されてからというもの、国は平和になり民は富を得て誰もが幸せになった。
…聖女様に、婚約者を横恋慕された娘たち以外は。
「また聖女様の悪癖が…」
「コロン様もお可哀想に…」
なんだか外野に憐れまれているが、ともかく。聖女様はたしかに存在するだけで人々を幸せにしてくれている素晴らしい存在だ。男爵家である我が家もお陰様で潤っている。けれどそう、その功績をぶち壊しにする悪癖が彼女にはあるのだ。
それが、婚約者のいる貴公子たちへの横恋慕。それもタチが悪いのが、恋が成就するとポイ捨てし新しい男を探し出すところ。勘弁してくれ。頭ゆるふわお花畑に育てた教会は、聖女様の加護を盾に責任も取らないし。
ちなみに今まで婚約者を捨てて聖女様を選んだ挙句捨てられた貴公子たちは例外なく元の鞘に収まっている。ただし例外なく一度裏切った婚約者から尻に敷かれている。最早スレイブである。
さて、聖女様の悪口を並べたところでそろそろ現実と向き合おうか。
「いやぁ…私も何度も婚約解消に向けて彼と話し合ってはいるんですけどね。本人が嫌がるんですよ」
「嘘!私は聖女です!望まない男の人なんて居ないはずです!」
「いやまあ…たしかに聖女様はお可愛らしいし加護も受けていらしてとても素晴らしい存在なのですが…恋が叶った瞬間ポイ捨てされると知っていて婚約をかなぐり捨てるような男じゃないでしょう。彼」
それでもいい!と靡く男がわんさかいるくらい可憐な聖女様だが、残念。あの男はその手のタイプではない。
「おや、恋人を前に酷い言い草だ」
「バヤール」
「バヤール様…っ!」
お目目を可愛らしくウルウルさせる聖女様を見て、バヤールは一言。
「出たな性格ブス」
聖女様は笑顔を引きつらせて固まった。いや、このやり取り何回目だと思っていらっしゃるのか。毎回ダメージすごいな。
「俺言ったよね?お前のこと嫌いだって。大体婚約者いるんだから恋愛ごっことか無理でしょ。そもそも即行でお前に捨てられるのわかってて一時の快楽のために婚約解消までする馬鹿がどこにいんの。…ああ、お前の歴代の男たちか。男の趣味わっるぅ…」
「バヤール、やめてあげなさいよ」
「だってこいついつまでもしつこくてうんざりしてるんだもの」
とうとう聖女様が肩をわなわなと震わせ始めた。
「ひ、酷いっ」
と思ったら泣き出した。誰も慰めに来ない。
「あーあー、そうやって都合悪くなったらまた泣いて。いいご身分だなぁ?」
「だからやめなさいって」
「大体俺、これでもコロンに本気で惚れてんの。悪いんだけどさぁ、邪魔しないでくれる?」
そう言って私を抱き寄せる彼。見せつけるように抱きしめて、額にキスをされた。彼の実家である子爵家に、暴言などについて教会から苦情が来ないことを祈る。
…でも、彼の一貫した態度にちょっとだけ胸がスッとした私は多分相当性格が悪い。聖女様よりずっと。
「…もういいっ!バヤール様なんて好きでもなんでもないんだから!」
これまでの度重なる塩対応に心が折れたのか、聖女様は捨て台詞を吐いて私たちから離れていった。
そしてその後、バヤールに近付くことはなくなった。
その後の話がまた酷かった。
我が家もバヤールの家も特に苦情が来ることもなく、穏やかな日々を過ごしていたのだが。
ある日、聖女様のその後を聞いた。
「聖女様、バヤールを見返すために公爵家の若君に手を出したみたいね」
「あー、聞いた聞いた。本当に男を見る目ないよな」
その公爵家の若君を見事に射止めた聖女様。
バヤールを見返すことに必死で、高位貴族との結婚に執着したせいで周りが見えていなかったのだろう。
だから、その若君が問題のある男だと見抜けなかった。
「若君の婚約者だった女性、解放されて心の底から喜んでたわね」
「彼女、良い家柄のお嬢様だからその後は良いお相手に恵まれたみたいだしよかったよね」
「聖女様はちょっと憐れだわ」
「そう?破れ鍋に綴じ蓋。収まるところに収まったんじゃない」
「まあ、そうとも言うわね」
聖女様は今、公爵家に軟禁状態だ。
若君を射止めて、すぐに婚姻を結んだ聖女様。しかし若君は異常なほどの束縛癖がある。世間一般で言うところのヤンデレという奴だ。
外部との交流を禁止されて、若君だけとしか関われなくされた。
ちなみに教会的には、加護さえあれば問題ないらしい。軟禁状態の聖女様だが、神の国への加護は変わらないので実質放置だ。苦言は呈しているようだが、それだけ。お咎めはない。
「これでようやく一途な恋もできるでしょ。それこそ若君の言うところの真実の愛ってやつに目覚めるんじゃない?」
「引くわぁ…」
「あっはっはっ」
嫌っていた聖女様がどん底に落ちて心底愉快そうなバヤールに引く。まあ、そんなところも嫌ってはいないけど。引くだけで。
「ていうか、なんでそんなに聖女様が嫌いなのよ」
「クソほど性格ブスじゃん」
「まあそれは」
「それと、コロンとの仲の邪魔になるし。コロンを傷つけかねないし」
「…もう」
なんだかんだで、ちゃんと私を大切にしてくれる辺り口は悪いけど性格はいい。私はそんなバヤールが好き。
「でも、誰にでも彼にでも敵意を向けちゃダメよ」
「わかったわかった」
「本当にわかってる?」
「少なくともコロンに迷惑はかけないよ」
「言っておくけど愛してるのは私だって一緒よ。貴方に何かあったら悲しいの。無茶はしちゃダメ」
私がそう言えば、バヤールは目を丸くして…そして私を強く抱きしめた。
「そういうところ、本当に好き」
「私だって貴方が好きだわ」
「好きっ!!!」
可愛い人に愛されて、今日も私は幸せです。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。