starlight for you
イゾルカ視点
ある日の午後。私は今日もキーナとクメリアと共に研究室に篭もっていた。目的はただ一つ。彼らのプラネタリウム修理を手伝うことだ。
遡ること数週間前。私は研究が思うように進まず暇を持て余していた。キーナとクメリアの研究の手伝いでもしようかと二人を探していると段々と仲間が増えていき、私たちにサプライズでプラネタリウムを修理しようとしていた二人を見つけたのだ。彼らのせっかくのサプライズを台無しにしてしまった代わりに提案したのが、その場にいなかったアイルに全員でサプライズを仕掛けること。ウリムとエヴァンスは食べ物や飲み物を、オノロンとカルナスは会場の設営を、そしてキーナとクメリアはサプライズの大目玉であるプラネタリウムの修理を行っている。私は二人が困った時のお助け役、もとい応援マスコットだ。これは自虐ではなく、お茶を入れてあげたり相談に乗ってあげたりと、本当に応援マスコットと言って差し支えないことしかしていないからだ。
技術面でサポートが必要ないほど、この二人は想像以上に優秀だ。最初こそ手こずってはいたものの、みるみるうちにプラネタリウムはその形を取り戻していった。完成まであと少し。優秀な修理屋二人はお喋りこそ多いが、せっせと手を動かし続けている。どこかの誰かさんにも見習って欲しいほどだ。
そんなことを考えていれば「イゾルカ!」と声がかかる。
「はーい、どした?」
「とりあえず完成したんだ!見て見て!」
そう言って二人が装置を見せてくる。大きさは私が両腕でギリギリ抱えられるくらい。修理前はもう少し小さかったはずだ。
「いろいろパーツを足していったらこんなに大きくなっちゃって……。で、でも、性能に問題はないと……思う……!」
キーナも珍しく興奮した様子で説明してくれた。
黒い球体の表面に、大小様々な大きさの丸い穴がいくつも空いている。この球体から光が発され、擬似的な光で星を表現するらしい。本で読んだ知識で理屈や構造は理解しているが、いざ目の前にするとよく分からないものだ。こんな無骨な機械から星空が生成されるのも、それがどれほどの精度なのかも、いまいちピンと来ない。でも、それが逆に楽しみでもあった。
「まだテストしてないから完全な完成とは言えないんだけどね。これからオノロンたちの所へ持って行ってテストしようと思うんだけど、手伝ってくれない?」
確かにこれだけの大きさなら、キーナとクメリアが持ち運ぶのは無理だろう。ここはお助け役の腕の見せどころだ。
「もちろん!じゃ、これもってっ……!?」
「ど、どうしたの……?イゾルカ……。」
「あ……えっと……。」
めちゃくちゃ重い。この機械、想像以上に重いのだ。さすがに持ち運ぶくらいは出来ると思っていたが、どうも私には無理らしい。それに、下手に持って落として壊すのも恐ろしい。
「私、オノロンとカルナス呼んでくる!二人はここで待ってて!」
こういう時は、ちゃんと大人を頼ろう。下手なことをして取り返しがつかなくなるくらいなら、さっさと人の手を借りるに限る。二人を部屋に残し、地下にいる二人を呼びに階段を駆け下りた。
「オノロン、カルナス、いる!?」
走ったせいで息が上がり、まるで緊急事態でも起きたかのような呼び方をしてしまった。そのせいかシアタールームの奥から結構な勢いで二人が飛び出してきた。ごめん、緊急っちゃ緊急だけど大事じゃないんだ。息を整えながら心の中でそう謝っておいた。
「どうしました?イゾルカ。何かあったんですか?」
「すげぇ息切れてんじゃん、何?何があった?」
「あ……いや、違う違う……!緊急事態じゃなくて……!」
上がった息を整えつつ、私は二人に状況を説明した。
「……なるほど。完成したはいいものの、重くて運べないんですね。」
「そう!走ってきたから息が上がっちゃってさ〜ごめんごめん!」
「別に構いませんが……イゾルカ、あなた廊下を走ったんですね?」
「あ、やっべ。」
普段から廊下は危ないから走るなと耳が痛いほどに言われていたのに、説明した勢いでつい自白してしまった。オノロンの方から少しだけ怒りの波動を感じる。
「危ないから廊下は走らないようにと、私やアイルから散々言われていますよね……?今月何回目でしたっけ……?」
オノロンの方をちらっと見れば、普段から上がっている口角が数倍上に上がっている。まずい、結構怒ってる。
「お説教は物運んだ後にしろよ。キーナとクメリア待たせてんだろ?」
カルナスのナイスパスにより、オノロンから発せられた怒りのオーラが薄まる。普段のカルナスならきっとここに加勢してきただろうが、キーナとクメリアを待たせていることの方が心配だったのだろう。カルナスはもしかすると、誰よりも面倒見がいいのかもしれない。
「……そうですね。二人をあまり待たせすぎるのはよくありません。……イゾルカ、この話は後で。」
そう言うと、オノロンは普段の笑顔に戻った。(戻った、と言っても遠目から見たら何が変わったかよくわからないが。)
そのまま二人とともにキーナとクメリアが待つ研究室へと向かう。もちろん、きちんと歩いて。
「二人とも、お待たせ!連れてきたよ!」
そう言ってドアを開ければ、二人は待ってましたとばかりにこちらへ近づいてくる。やってきたオノロンとカルナスに、興奮気味に装置の説明をし始めた。
やがて説明が終わり、装置の運搬に取り掛かる。オノロンとカルナスが二人がかりで持つと、いとも簡単に持ち上がった。オノロンもカルナスも力が無さそうな見た目をしているのに、どうしてあんな軽々と持ち上げられるんだろう。大人になれば、私も二人みたいな力がつくんだろうか。
「どうしたイゾルカ、ぼーっとして。」
プラネタリウムを運びながら、万が一何かあった時のために彼らの横を並走していれば、カルナスにそんなことを言われた。
「いやー……。二人ともそんなに強そうな見た目してないのに、よくこんなの持ち上げられたなぁって……。カルナスなんか私と同じ女の子なのに……。」
そう言うとカルナスはゲラゲラと笑った。
「女かどうかが関係するかは知らねぇが……。まぁ見た目はその通りだな。俺もオノロンも見た目はヒョロい。」
「でしょ?」
「俺は何にもしてないから見た目通りヒョロい。けどオノロンは見た目あんなんだけどちゃんと筋肉あるからな。」
「えっ。」
「まぁなんつーか、着痩せのプロって感じかもな。ゴリゴリのマッチョってよりしなやかな筋肉が付いてる感じ。」
カルナスのそんな言葉を横目にオノロンの方をちらっと見る。キーナとクメリアに挟まれ、話しながら機械を持って歩くオノロンは随分と余裕そうだ。でも、パッと見で筋肉がありそうな感じには見えない。
「本当なの?それ。」
「疑うんなら今度見せてもらえよ。俺の言ってることがわかると思うぜ。」
百聞は一見に如かずって言うしな、なんて言いながら、カルナスは困惑する私を置いてシアタールームの中まで入っていってしまった。
中に入れば、プラネタリウムは予定されていた位置にしっかりと置かれていた。オノロンがキーナとクメリアに確認を取りながら、傾きや縦横の回転を微調整している。途中でカルナスがそこに加わり、代わりに用の済んだオノロンがこちらへやってきた。
「さっきカルナスと随分楽しそうに話していましたが、なんの話をしていたんですか?」
「え、べ、別に!」
急にそう聞かれ、驚いて誤魔化してしまった。しかし、オノロンに対してこういう誤魔化し方は非常に良くない。
「トークテーマくらい教えてくれたっていいじゃありませんか。……それとも、私に何か隠し事ですか?」
「や、違う違う!全然そんなんじゃなくて……!」
変に誤魔化すと、徹底的に聞き出そうとするのがオノロンなのだ。こうなると正直に話した方がいい。そう思い事情を話した。
「……そんなくだらない話で盛り上がったんですか?全く、カルナスも適当を言いますね……。」
「やっぱりカルナスの嘘?オノロン、見た感じ筋肉があるように見えないけど、プラネタリウムを軽々持ってたから……。」
「あぁ、それは……。」
そう言うオノロンの目が少しだけ開く。正確に言えばいつも開いているのだが、ニコッとしているせいで閉じているように見えるのだ。そんな彼の開かれた目と私の視線がぶつかる。なんだか彼の目を久しぶりに見た気がした。緑とも、青とも違う独特の色。そういえば、こういう時のオノロンって確か──。
「……それはまたの機会に。それよりイゾルカ。さっき廊下を走ったこと、お忘れですか?」
めちゃくちゃ怒っているんだった。
「あっ、いやぁ〜その……忘れては無いよ!?もちろん、ちゃーんと反省してます!」
オノロンからさっき怒られた時と同じ、いやそれ以上の怒気を感じる。まずい。オノロンが本気で説教を始めると三時間は平気で溶ける。しかも結構怖い。一度だけ食らったことがあるが、もう二度と同じ目には遭いたくないと思った。そんな地獄を、もう一度味わうなんて。何としても回避しなければ。そう思っていれば
「……まぁ、今回は状況が状況でしたし、怪我もないようですから。お咎めなしとします。」
と、ため息混じりの声が聞こえてきた。驚いて目を向ければ、オノロンの顔はいつも通りの笑顔だった。
「ほ、ほんと……!?」
「はい。イゾルカは不必要に危険行為をするような子ではありませんし、一度注意すればわかってくれると信じているので。二度と廊下を走らないように。いいですね?」
「もっちろん!ありがとうオノロン!」
さすが大人。話せばわかる人。オノロンに最大の感謝を述べて、反省の意を心に刻んだ。
それからは大忙しだった。キーナとクメリアがプラネタリウムの最終調整を行い、オノロンとカルナスはその補佐を、ウリムとエヴァンスはこの日のために二人で考案した新メニューを作り始めた。こうして、あっという間にサプライズの準備は整ったのだ。
当然、私にも役目がある。アイルを部屋から引きずり出し、目隠しをして、シアタールームまで無事に連れていくという役目が。今はアイルの部屋の前。目の前の扉をノックして、サプライズを始めなければ。
「アイル、いる?」
コンコンコンと、三回ノック。もし部屋に居ない場合や寝ている場合は返事がないはずだ。少しドキドキしながら返事を待つ。すると
「あーい、なんだぁ?」
間抜けな声がドアの向こうから足音と共に近づいてくるのが聞こえた。自分の鼓動の音が煩い。足音が近くまで迫って、ドアがガチャっと音を立てて開く。その瞬間。
「おりゃあっ!」
「え、ちょっ何!?」
アイルの目元目掛けて目隠しの布を当てる。アイルに抵抗される前に目元にそれを巻き付け、彼の頭の後ろで縛った。幸いなことにアイルは状況が理解出来ず困惑していたようで、抵抗されることはなかった。
「えぇ、ちょっと何?新手の実験?俺何されんの?」
状況が全く理解出来ていないアイルはそんなことを言っていたが一旦無視。ここまで出来ればあとは連れていくだけなのだ。
「細かいことはいいから、移動するよ!怪我しても自己責任だから、ちゃんと歩いてよね!」
視界を奪っておいてついてこいは無謀なので、仕方なく手を握ってやる。相変わらず血の通っていないような冷たい手だった。対する本人は「これで怪我して自己責任ってやばくね?お前倫理観って知ってる?」とか何とかほざいていたから、心配するだけ無駄だろう。
手を握りながら、廊下や階段を歩いていく。道中は無言だ。こっちは怪我をさせないように、アイルは怪我をしないように必死だったから。そうして無事にシアタールームまで辿りつき、私の役目は終わった。
「じゃ、目隠し取るよ。」
アイルを床に座らせ、目隠しを取る。目を開けたアイルは、珍しく驚いた顔をしていた。
シアタールームの天井に、オノロンとカルナスがシートタイプのスクリーンを張ってくれた。椅子を退かし床に横になれるようにして、頭上を負担なく見れるようにしたらしい。プラネタリウムの機械はキーナとクメリアが頭を悩ませながら一から直したものだ。最終調整を終え、いつでも使用出来るようになっている。奥にはテーブルと椅子がまとめて置かれていて、ウリムとエヴァンスがこの日のために考案したスコーンと紅茶、パスタスナックなんかが置かれている。二人曰く、結構な自信作だそうだ。
「どう?みんなでアイルにサプライズ!びっくりした?」
そう言って顔を覗き込めば
「……あぁ、結構びっくりした。ありがとな、みんな。」
どことなく嬉しそうな顔をしていた。相変わらず、アイルは笑うのが下手くそだ。
「それじゃ、まずはお茶にしよう!ウリムとエヴァンスが作ってくれたんだよ!」
せっかく作ってくれた自信作なら、温かいうちにいただくべきだろう。いつまでも座り込んでいるアイルの腕を引っ張って、机に向かった。
「今回は僕とウリムが用意したよ!みんなの口に合うといいけど。」
そう言いながらエヴァンスはみんなの分のお茶を入れて回っている。机の上には、いつものエヴァンスのクッキーの他に、パスタスナックとスコーン、見慣れないクッキーもあった。
「……パスタスナックは私、スコーンはエヴァンスが作った。……あと、そのクッキーはステンドグラスクッキーって言うやつ。……私が作った。」
ウリムもエヴァンスと同様、みんなのお茶を入れて回っている。クッキーの時少し顔が曇っていたのを見るに、エヴァンスに手伝ってもらいながら作ったことが伺える。ウリムに聞けば否定するだろうが、今回の作業で少しは仲良くなれたのかもしれない。
「それじゃ早速……いただきます!」
待ちきれなくて、早速目の前のお菓子に手をつける。スコーンは少しザクザクとしていて、ほのかにしょっぱい。
「クッキーや紅茶が甘いからね。今回はしょっぱめのものにしようって話になったんだ。」
エヴァンスの言う通りスコーンは塩味。パスタスナックもコンソメ風味で、それが紅茶やクッキーの甘さを引き立てていた。
そうしてあっという間に、二人の用意してくれたお茶やお菓子は無くなった。みんなを見れば、それぞれ満足した顔をしていた。それを横目にキーナとクメリアがプラネタリウムの準備を始める。
「プラネタリウム、あいつらが直したの?」
横にいたアイルが二人を見ながらそう呟く。
「そーだよ!すごいでしょ!」
「なんでお前が得意げなんだよ。そういうお前は何してたんだ?」
「えー……っと、応援マスコット、的な……?」
「つまり何もしてないんだな。」
そう言いながらフッと笑う。何も知らない癖に笑うなんて。その横顔に無性に腹が立って、アイルの頬を抓った。「いててて」なんて嘘っぽい言葉を吐きながら、目線はずっとキーナとクメリアの方へ向けられていた。そんなことをしていれば「準備できたよ!」と声がかかる。私たちはシアタールームの中央へと向かった。
言われるがまま、部屋の中央へと寝転がる。こうして上を見上げていれば、スクリーンにプラネタリウムから星に見立てた光が発されるらしい。資料やオノロンから聞いた知識しかないから、実態がどんなものなのかは全く想像がつかない。そもそも、ずっとこの研究所の中にいる私たちにとって、星を見る機会などない。今まで意識したことすらなかった。知識でしか知らない世界に自然と胸が高鳴る。
「じゃ、始めるね!」
クメリアの声と同時に部屋の照明が落とされ、辺りが暗くなった。天井に点々と光が映され、星空を作り出していく。
暗闇に目が慣れる頃には、満天の星空が広がっていた。それは一つの光源によって作り出されているとは思えないほどに美しい。どこか恐ろしく、しかしそれ以上に心奪われる光景だった。ちっとも悲しくなんてないのに、思わず涙が零れる。周囲からも感嘆の声が聞こえた。ちらっと隣を見れば、アイルも天井を見つめていた。その瞳に人工の星の光が反射して輝く。こいつは今、一体何を考えているんだろうか。
そうしてプラネタリウムの上映も終わり、部屋の電気が戻る。と同時に、ガラクタ同然のプラネタリウムをここまで修復した二人に皆が賛辞を送った。カルナスにわからない所を質問していたとはいえ、ほとんどはあの二人で直したものだ。改めて感心せざるを得ない。
そんなことを考えながらふと、プラネタリウムを見ている時のことを思い返していた。満天の星空。今まで経験したことの無い感動。美しくて心を奪われた。しかしそれを、どうして今まで見たことがなかったのだろうか。
星は自ら光るものもあれば、自らが燃焼しているものもある。その光は夜になり、周囲が暗くなることで私たちの目に届く。星は昼間も光ったり燃え続けたりしているが、太陽の明るさでそれは目に見えない。ここまでは、資料やオノロンの話から得た知識だ。でもそれを聞いた上で、それらを確かめたことは無かった。外に出る、という選択肢が浮かんだことがない。そもそも、『外』のことを考えたことなんてなかった。
私たちは物心ついた時からずっと、この研究所で暮らしている。ここでご飯を食べて、研究をして、お茶会をして、眠る。そんな日々をずっと繰り返してきた。だからかもしれない。私たちの今いるこの状況はあまりにも閉鎖的で、どこか異質な気がしてならなかった。
この研究所のどこかに、外に出るためのドアはないのだろうか。ここでの暮らしはとても好きだ。何一つ不自由は無い。それでも、外という認識を一度持ってしまったから。星空という美しいものに、心を奪われてしまったから。本物の星を見ずにはいられない。気になったものは一から百まで知りたい。これが私の性分だ。
どうせアイルのせいで研究は進まないのだ。ならいっそ、外への扉を探す時間に当てればいい。星空を見た時よりもさらに高鳴った鼓動が、私の頬を紅潮させた。
了




