circulating stars
代わり映えのない日常。相変わらずアイルはどこで何をしているのか、研究報告を上げてこない。今頃、他のみんなは研究に没頭している頃だろうに。おかげさまで私の研究は行き詰まっていた。
今日は洗濯も掃除も終えたし、お昼だってさっき済ませたばかりだ。これといってやらなければいけないこともない。完全に暇である。
「ウリムとエヴァンスはー……研究の続きまとめるからって部屋に行ったし……。オノロンとカルナスも珍しく報告会するんだったよね……。あと、キーナとクメリアは……何してるんだろ?」
我らが末っ子二人組。普段は可愛くて仕方がないあの二人も、うちの立派な研究員だ。だいたいいつも研究所の中を走り回ってはアイルかオノロンに怒られているが、あれも彼らからすると研究の一環らしい。子供の感性って、時々よくわからないことがある。
「そうだ!どうせ暇だし、研究混ぜてもらおーっと!」
どこかの誰かさんと違って、机の上で何もせず一日を終えるなんて嫌だ。せめて何か意味のある事をしたい。なんでもいいから、今日一日が楽しかったと思える事がしたい。思い立ったが吉日。早速立ち上がって、研究所内を歩き始めた。
「んー……あの二人がいるとしたら、とりあえずそれぞれの部屋だけど……。」
ラウンジを中心として、周りを囲うようにそれぞれ与えられている個室。キーナとクメリアの部屋は隣同士なのでそれぞれノックしてみるが返事は無い。試しにドアノブを握ってみたが、どちらも鍵がかかっているようだった。ノックされて出てこないような子達では無いし、鍵がかかっているならカードキーを持って外に出ているということなので、ここにはいないだろう。見当違いだったようだ。
「ここにはいない……っと。じゃあ、次は研究室!行ってみよー!」
ラウンジから伸びる廊下を渡れば、研究室の扉がずらりと顔を出す。全部で八つ。この中のどこかにいるだろうか。
使用中の研究室は、ドア横にあるランプが緑から赤く光るようになっている。見渡して見れば一つだけ、赤いランプになっている部屋があった。
「もしかして……ここ?」
一呼吸の後ノックする。しばらくすれば、中からパタパタと足音がして
「……イゾルカ?どうしたの?」
現れたのはウリムだった。
「あれ!?ウリム!何してるの?」
「それはこっちのセリフなんだけど……。」
暇なら入れば?と促され、言われるまま研究室へ入った。
「……つまり、キーナとクメリアを探してたんだ。」
「そう!やることなくなっちゃったからね。二人の部屋に行ったけど鍵かかってたから、こっちかなって思って来たんだけど……。」
「キーナとクメリアじゃなくてごめんね。暇つぶしになるかわからないけど、どうぞ。」
そう言いながらウリムは紅茶を出してくれた。漂う香りに、研究室はあっという間にお茶会モードへ切り替わる。
「んーん全然!むしろウリム忙しかったでしょ?紅茶まで入れてもらって、こっちこそごめんね。」
彼女の入れてくれた紅茶はアールグレイのミルクティー。オノロンともエヴァンスとも違う、優しくて甘い味だ。
「いや、別に忙しくはない。私も暇だったし、部屋にいてもやることないから何となく来ただけだけ。」
「ウリムも暇なんだ……。あ、そうだ!」
ウリムは突然大声を出した私を見て少し驚いた顔をした。
「何……?何かあった?」
「ウリムも一緒に探さない?キーナとクメリア!」
どうせ暇なら、一緒に探したっていいだろう。お互いいい暇つぶしになるし、一人で探すより二人で探した方がもっと楽しいはずだ。
「別にいいけど……探してどうするの?」
「わかんない!実験手伝うとか?まぁ何にせよ、二人を探すって目標が出来れば暇じゃなくなるでしょ!」
まぁ確かに、とウリムも了承してくれた。そうと決まれば話は早い。空になったティーカップを流しへと置いておき、二人で部屋を出た。
また後で使うから、とウリムが研究室に鍵をかける。その時背後から
「あれ?ウリムにイゾルカじゃないか。そんなところで何してるの?」
エヴァンスの声が聞こえた。隣にいたウリムがすかさず顔を顰める。
「エヴァンス?部屋にいたんじゃないの?」
振り返れば、ウリムとは対称的な笑顔でそこに立っていた。
「さっきまでね。でももう今日やろうと思ってたことは終わっちゃったし、暇だな〜って思ってたところなんだよね。」
なるほど。だから話し相手にウリムの所へ来たのか。そう思って隣を見れば、さっきより嫌そうな顔をしている。同じテーマなんだし、もう少し仲良くすればいいのに。
「そうだ!なら、エヴァンスも一緒に行かない?キーナとクメリア探しに!」
横から明らかに嫌な空気を感じたが一旦無視。だって目の前のエヴァンスときたら、目を輝かせてそれはそれは喜んでいるではないか。
「本当にいいのかい?是非一緒に行かせてよ!」
どうせ暇同士だ。それに、少しでもウリムとエヴァンスには仲良くして欲しい。きっといい機会になるだろう。
ウリムは私のお願いは基本断らない。というか断れない。ひとつ違いの私のことは姉のように慕ってくれているから。だから今回は、今回だけはそれを利用させてもらおう。
「もっちろん!ね、ウリム?」
そう言ってウリムの方へ振り返れば
「……っ、イゾルカが、そう言うなら……。」
渋々首を縦に振るしかないのだった。
結局、私とウリム、それにエヴァンスが加わり、三人でキーナとクメリアを探すことになった。私とエヴァンスはニコニコしているが、ウリムはやってしまったと言わんばかりに顔が死んでいる。研究報告をきちんと上げてくれたり、報告会の度にクッキーを焼いてくれたり、エヴァンスはうちのアイルよりよっぽどできたペアだと思う。ウリムからしたらそんなに嫌なものなんだろうか。これが所謂、『ないものねだり』ってやつなのかもしれない。
エヴァンスが必死にウリムに話しかけているのを見ながら、そんなことを考えていた。そのまま廊下を歩いていれば、角から二人、誰かがこちらに向かって歩いてくる。
よくよく見れば、それはオノロンとカルナスだった。オノロンはいつも通りの笑顔を浮かべていて、カルナスは少しだけバツが悪そうな、渋い顔をしていた。大方、オノロンに酒と煙草に関してお小言を言われていたのだろう。報告会とは言っていたが、実際はお説教会なのかもしれない。
「おや、みんな揃って何してるんですか?」
オノロンがこちらに気づき近づいてくる。その時ふわっと香ったのは、多分煙草の匂い。それが何となく強い気もしたが、報告会の時に隣で吸っていたのだろう。カルナスの煙草の香りが付いたのだと思った。
「お疲れ様、オノロン、カルナス。今ね、あんまりにも暇だからキーナとクメリア探そうと思って。」
オノロンはそう言う私と一緒いるウリム、エヴァンスを見て納得がいった顔をした。
「それはいいですね。私達もちょうど暇になりましたし、混ぜてもらっても?」
「もっちろん!こういうのは人が多い方が楽しいもんね!」
さすがはオノロン、ノリがいい。それに、明らかに部屋へ引っ込むつもりだったカルナスも『私達』という言葉で逃げられないようにする秀逸ぶりだ。その証拠に、カルナスはやられたと言わんばかりの顔をしている。
「クソ……。……で?アテはあんのかよ。」
渋々ながら、付き合ってくれるらしい。(まぁ半ば強制ではあるが。) カルナスもなんだかんだ面倒見がいいのだ。
「んー……今のところ部屋にも研究室にもいなかったから……。地下とか?」
地下には、研究室とは違う部屋が多くある。資料室にシアタールーム、倉庫やシミュレーションルームなんかがある。その一つ一つが大きいため、広々とした地下に集約されているのだ。キーナとクメリアは、たまにシミュレーションルームで遊んでいたりする。大抵は実験のためだが、時々そこでゲームなんかをやったりしているのだ。
「地下な。んじゃさっさと行くぞ。」
そう言ってカルナスが歩き出す。それにウリムやエヴァンスが続く。私も続こうとした時
「イゾルカ、ちょっといいですか。」
オノロンから声をかけられた。何事かと振り返る。そこには珍しく笑顔のないオノロンがいた。怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。無表情という言葉がそのまま当てはまるような、そんな顔。
「ど、どしたの?オノロン。」
思わず声が震える。
「……アイルは、どこですか。」
オノロンは私の手を掴み、目を逸らさせまいと真っ直ぐに捉えてくる。これじゃまるで、私が何か悪いことでもしたみたいだ。
「……多分部屋だよ。どうせ寝てるんでしょ、あいつのことだから。」
これは事実だ。顔は見てないが部屋のドアを叩いても返事はなかったし、お昼を食べてすぐ部屋に引っ込んだのをこの目で見ている。全くもって嘘はついていないのだ。オノロンの覇気に負けるまいと目を合わせ続ける。
やがてオノロンも嘘ではないとわかったらしい。
「……なるほど、そうですか。アイルらしいですね。」
突然掴んですいませんでした、と私の手を優しく撫で、そのまま何事も無かったかのように先を行く三人の後を追い始めた。
時々、オノロンはああいう顔をする。独特の雰囲気、逆らえない覇気。大抵の場合は怒っている時だが、先程のオノロンからは怒りはあまり感じられなかった。どちらかといえばそれは──。
(焦ってる、のかな。でも何にだろう。)
年上の考えることはやっぱりよくわからない。考えたってきっと間違っているのだろうし、聞いたってきっとはぐらかされるのだ。これ以上考えても仕方がないのならと一度思考を止め、オノロンの背を追った。
私達はそのまま地下へと降り、キーナとクメリアを探す。一つ一つの部屋は広いが、部屋の数としてはそう多くない。きっとすぐに見つかるだろう。
「これだけ人数もいるんですし、手分けして探しませんか?」
オノロンの提案により、資料室をオノロン、シアタールームを私、倉庫をウリム、シミュレーションルームをエヴァンスが探すことになった。カルナスは廊下に出てこないかの見張り、もといサボりである。
「じゃ、見つけたら教えてくださいね。」
オノロンのその言葉を合図に、それぞれが担当の部屋へと向かっていった。
シアタールームに入ると、この部屋特有の香りが鼻腔をくすぐる。私は結構この香りが好きだが、アイルなんかがここへ来るとよくくしゃみをしている。もしかすると埃っぽいんだろうか。
「キーナ、クメリア、いる?」
声をかけるが返事は無い。やはりこの部屋ではないのだろうか。諦めて廊下へ戻ろうとした時
「その声、もしかしてイゾルカ?どうしたの?」
クメリアの声が聞こえてくる。音の発生源は制御室の方からだった。ようやく聞こえたその声に安堵しながら、制御室の方へ向かう。
中を覗けば、これまでずっと探していたキーナとクメリアが床に座り込んでいた。クメリアは私を見るなり喜んで飛びついてくる。
「やっぱりイゾルカだ!何か用?」
「用ってわけじゃないんだけどね、ちょっと暇だったから二人の実験のお手伝いでもしようかなーって思って探してたの。アイル以外のみんな来てるよ!」
そう言いながら未だ床に座り込んだままのキーナの方へ視線をずらせば、黒い球体のようなものが見えた。
「キーナ、それ何?新しい研究?」
見覚えのない機械。少なくとも日常生活では使わないだろう。だとすると、二人の研究で作ったものなのかもしれない。
「あ、ううん。これはね、さっき倉庫で見つけたの……。」
まだ直してる途中なんだけどね、と言いながらキーナはそれを持ち上げる。黒い球体に円型の穴がたくさん空いている。何となく、資料で見たことがある気がした。
「プラネタリウム、って言うんだって。星を擬似的に光で作りだして、壁とか天井とかに投影して、観察しようって感じのなんだけど……。」
「プラネタリウムか!そんなのうちにあったんだねぇ……。」
話を聞けば、二人で地下倉庫を漁っていたところ壊れているこれを発見。資料とにらめっこしながら、地道に直していたらしい。
「機械修理ならカルナスにでも頼めばよかったのに。」
機械と言えばカルナスだ。大抵のものは修理できるし自作もできる。アイルも出来るには出来るが、研究所の設備を修理するくらいしか出来ないという。アイル曰く「機械いじりでカルナスの右に出る者はいない」のだとか。そんなカルナスに頼めば、プラネタリウムくらい二日とかからず出来上がるだろう。
「それはそうなんだけど……。自分でもやってみたくて。あと、内緒にしておいてカルナスやみんなに見せたかったんだ。」
キーナとクメリアはそう言いながらプラネタリウムを見つめている。もしかすると私は、可愛い弟妹の成長の機会を奪ってしまったのかもしれない。
「あーっごめん!そうだったんだ……私何にも知らなくて……!他のみんなには内緒にしておくから、ね?」
そう言うと背後からすかさず
「何を内緒にするんだって?」
聞こえたのはカルナスの声。驚いて振り返れば、ウリムにエヴァンス、オノロンもいる。
「あんまり遅いので心配して見に来たんですが……。やはりここにいましたか。」
しまった。私のせいで二人の計画がどんどん台無しになっていく。
「あ、あの、違うの!これはそのー……なんて言うか、本当に違くて!!」
「違うって何がだ?ごちゃごちゃうるせーぞイゾルカ。早くそこどけ。」
誤魔化そうとしても無駄だ。カルナスの方が力が強い。こうして微力な抵抗虚しく、あっさりプラネタリウムの存在はみんなにバレてしまったのだ。
「んで、あれを二人で直そうとしてたって訳だな。」
「別に怪しいことをしていたわけじゃないですしいいじゃないですか。それより、二人の計画を台無しにしてしまったことの方が問題ですね。」
元はと言えば二人を探しに行こうなんて言った私が悪いのだが、オノロンとカルナスは「自分たちも共犯だから」と弟妹達を喜ばせる方法を考えてくれている。
「ごめんね二人とも……。もっと謝らなきゃなのはキーナとクメリアにだけど……。」
当の二人といえば、ウリムとエヴァンスを混じえてプラネタリウムとにらめっこを続けている。そんな姿を見ていた時、ふとここにいない奴のことを思い出した。
「……そうだ、アイルはまだこの事知らないじゃん!」
「まぁそうですね……それが何か?」
「だから、プラネタリウムは私達も手助けしながらあの二人が直すの!それでアイルには内緒にしておいて、サプライズすればいいんじゃない?」私達も見守ったり手助けはするが、彼らが大半を直すことが出来れば一応サプライズにはなる。アイルが部屋で爆睡していてくれてよかった。
「あー……まぁ確かにそれはそうか。いーんじゃね?それで。」
こっちも手動かす手間が省けたしな、と言いながらカルナスが小さな修理屋二人を呼び寄せる。彼らに事情を話せば「全然いいよ!むしろすごく楽しみ!ありがとう!」と了承を得ることが出来た。
「では、これで一件落着ですね。」
未だ起きてくる気配のないアイルにどんなサプライズをしてやろうか。修理途中のプラネタリウムを囲みながら、みんなが心の中でそんなことを考えていた。
了




