1.0.1
オノロン視点
「確か……この辺にあったはずなんですけど……。」
だだっ広い資料室に一人。いろんな書架を探し回っているが、お目当ての文献は見つからない。
いつだったか、私はここで人間に関する資料を見たのだ。表紙は真っ黒、タイトルも背表紙もない。そんな不思議な本に興味を惹かれ、なんとなく手に取った。
しかし覚えているのはそれだけで、内容は一切覚えていない。読んだ文献の内容を綺麗さっぱり忘れるなんてそうそうないのだが、まるでそこだけ記憶を弄られてしまったかのように、本当に少しも思い出せないのだ。カルナスやアイル、イゾルカにも聞いたがそんな本は知らないという。
「おかしいですね……。じゃあ私が見たものは一体……。」
こうして探し始めてどれだけ経ったのか。到底見つかりそうもなく諦めようかと梯子を降りた。その時、服に本が引っかかり下へと落ちる。本は誰にも拾われることなく床へと落ちた。急いで拾い上げ本の無事を確認した後、元の場所へ戻そうとした。
本の抜けた、一冊分の隙間。その隙間の向こう側には反対側の書架の本が見える。その手前に一冊、隠すように本が置かれていた。表紙は黒。タイトルも背表紙も見つからない。
探していたものは案外近くに、隠されるようにしてそこにあった。
隠す、というのはサプライズということもあるが、見られたくなかったり後ろめたかったり、大抵の場合は都合の悪いものだろう。つまり、この本は私や誰か、もしかするとここで暮らす私たち全員にとって都合が悪いものなのだ。誰かが、意図的に。見つからないようにこの場所へ置いたとしか考えられない。でも一体誰が?すぐには思い当たらなかった。
思いがけず見つけた本をどうしようかと手元に目をやる。ずっと探していた癖に、やっぱりこの本のことは何一つ覚えていなかった。今度こそ忘れまいと、焼き付けるように表紙を凝視する。どこまでも黒い表紙。元々の素材が黒いのかと思っていたが、そうではなかった。焼けこげていたのだ。その証拠に、手袋には煤が付いていた。この本は燃やされているのだ。燃やされた上で、ここに隠されていた。
全てが謎だった。この本に関する記憶がないことも、この本が燃やされてここに隠されていたことも、この行為を行ったのが誰なのかも。唯一わかるのは、自身の記憶以外のことは誰かの手が加わっていることだった。
「……情報が多いですね。一度、部屋に持ち帰って整理しなければ。」
燃やされていたとはいえ、それは表紙だけ。中身はどうやら無事らしい。ここで読んでしまって元の場所に戻してもいいのだが、考えることが多すぎてとてもではないが無理だろう。本もそこそこ厚みがある。なにより、この行為を意図的に行った者が誰かわかっていない以上、この本を読んでいることがバレるのはあまり良くないだろう。部屋に持ち帰って夜にでも読むのが最良だ。
焦げた本を慎重に鞄へとしまい、服や床に落ちた煤をはらう。はらった後に残った微かな煤をハンカチで拭って、資料室を後にした。
了