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此処を先途と救済を  作者: よるのすきま
第一章 愛すべき日々の記録
4/23

50 points in a moment

ウリム視点


 午後三時。ラウンジには甘い香りが漂っている。

「今日の出来栄えはどうだい?ウリム。」

目の前の男──エヴァンスは、そう言いながら私が次に発する言葉を今か今かと待っている。その姿が、ご飯を前に待てをしている犬みたいだと思った。

「……五十点。いつも通り。」

そう零せば、これまたいつも通りの笑顔を浮かべて

「そうかぁ……。ウリムの舌は厳しいね。今度は百点が出せるように頑張るよ。」

といつも通りのセリフを吐いた。

不定期で行われる研究報告会。というのは名ばかりのお茶会だ。私としては真面目に研究報告をするつもりで来ているのだが、目の前の男は毎回クッキーを手作りしてはその点数を求めてくる。そしてご丁寧に紅茶までセットで出してくるので、どうしたってお茶会にしかならない。その分研究報告はある程度しっかりしてはくれるから、報告が上がらず本当にお茶会をしていると嘆いていたイゾルカよりはマシなのかもしれない。

「……あのさ。」

声を発すれば、「どうしたの?」と声がかかる。

「なんで毎回、クッキーの点を聞いてくるわけ?私、百点満点のクッキーなんて知らないんだけど。」

ずっと疑問だった。別に私はクッキーに詳しい訳じゃない。食べたことがあるにしたって、エヴァンスかオノロンのどちらかが作るクッキーだけだ。舌が肥えている訳でもないし、そこまで興味がある訳でもない。ただ食べて、適当な点を言っているだけなのに。

「うーん、そうだなぁ……。まぁ確かに、ウリムがクッキーのプロじゃないのはわかってるよ?」

クッキーのプロって何?聞いたことないんだけど。そう言いたいところをグッと堪える。多分こいつは、この後に言葉を続けるはずだからだ。

「点を聞くのは……僕がウリムの中で百点を取りたいから、かな?」

かな?と言われても。こっちが疑問を投げているのに、疑問で返すのはやめて欲しい。

「……じゃあ、私が適当なこと言って永遠に百点が取れなくていいの?」

こんな質問、なんて返すかなんてわかっている。案の定、エヴァンスはいつも通りの笑顔を浮かべて

「もちろん、構わないよ。」

とだけ言った。私はこいつのこういうところが、世界で一番嫌いだ。



エヴァンス視点


「というわけで、今回の報告は以上かな。」

紅茶の湯気がすっかりなくなった頃、茶番の後の研究報告会はいつも通り閉幕した。僕のテーマは「死んでいることの定義」。反対にウリムは「生きていることの定義」。テーマが対な僕たちは、こうして不定期に研究報告会を開く。

 最初のクッキーのくだりは別として、今回もなかなかに興味深い報告ばかりだった。自分の欲しい情報も手に入ったし、話したい内容も共有できた。時計を見れば、始めてから二時間ほど時間が経っていた。

 そろそろ時間かと席を立つ。その時、目の前に座る彼女になんとなく視線をやった。

ウリムはクッキーを食べていた。僕が作った、五十点のクッキーを。何も言わず、表情ひとつ変えずに。

ウリムは、僕の作ったクッキーに満点を出してくれたことはない。いつも同じ五十点。でもそんな五十点のクッキーをいつも必ず、何も言わずに食べきってくれるのだ。なんだかそれが、妙に嬉しくて。

「……ふふ。」

無意識のうちに笑みが溢れた。ウリムにはそれが聞こえたのだろう。すっかり空になった皿から僕へと視線を移すと一言。

「……何?報告書に不備でも?」

表情は若干不満そうだった。

「いや?全くもってないよ。」

多分食べきってくれるのも、今不満そうな顔をしているのも無自覚なんだろうな。彼女のこういうところが本当に可愛くて大好きだ。そう思ったら余計に頬が緩んでしまう。

「じゃあなんで笑ったの?理由もないのに笑わないでしょ。オノロンじゃあるまいし。」

「地味にオノロンに失礼だよ、それ。」

まぁわからなくはない。オノロンが笑顔じゃない時なんて今まで、少なくとも僕が記憶している限りはない。いつ見ても同じ笑顔だからそう言いたくなるのも仕方ないのかもしれない。でも、この笑顔はそういうものじゃなくて。

「……まぁそりゃ、理由もなく笑いはしないよね。」

「本当に何?場合によってはキーナとクメリア呼ぶよ。」

「えっ。ちょっ、それは勘弁して!」

キーナとクメリアは決して悪い子たちじゃない。むしろ彼らのことは大好きだ。かわいい兄弟だし、自分より年上が多い中で唯一の年下二人組。ただ唯一、僕が許容しきれないのが彼らの実験に付き合わされることなのだ。

他の兄弟たちの実験に付き合わされることは偶にあるがどれも安全で、せいぜいテストを解くとか質問に答えるとか、その程度だ。ただ彼らは違う。彼らというか、主に問題なのはクメリアなのだが。

彼の研究テーマは「絶望とは何か」つまるところ、絶望はどこなのかとか、どの程度までやると絶望するのかとか、そういうえげつないやつなのである。一度だけクメリアの実験を手伝ったことがあるが、出来ればもう二度と手伝いたくない。それを知った上で、ウリムは「キーナとクメリアを呼ぶ」と言っているのだ。ウリムが「実験を手伝う」なんて言って、僕が「ウリムにそんなことはさせられないよ!僕が変わりに!」となる流れを完全に理解した上での発言。自分を人質にとった、あまりにも醜悪で完璧な脅し文句。勝てない。どうしたって僕は、彼女には勝てないのだと言われているような気がした。

「……そ、それは勘弁願いたいかな……。ほら、思い出し笑いみたいなものだよ。ね?」

だいぶ無理があっただろう。多分今僕の顔を鏡で見たら、だいぶ笑顔がひきつってるはずだ。

ウリムも案の定怪しいと言わんばかりの目線を向けていたが、面倒くさくなったのだろう。

「……あっそう。相変わらず変な人。」

とだけ零して席を立った。

 とりあえず二人を呼ばれなくてよかった。そっと胸を撫で下ろしながら、空になった皿とティーカップを手に取る。

「……次も五十点、取れるといいな。」

そんな独り言を溢しながら、次のクッキーはどんな風にしようかと考える。パッと思いついたレシピを忘れないよう反芻しながら、そっと談話室の電気を落とした。


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