Step to you
エヴァンス視点
とある昼下がり。ここはオノロンの研究室。僕達はどういう訳か、アイル抜きの状態でここに集められていた。皆の顔を見てみれば、状況が理解出来ている者といない者が半々くらいだった。
今しがた、オノロンからアイルがここにいない理由の説明があったが、正直僕にはさっぱりだった。両隣を見ればウリムもイゾルカも頭の上にクエスチョンマークを沢山並べていたので、多分彼女らも理解出来ていない。睡眠薬を使ってアイルを眠らせた、なんて。聞いただけでその意図が理解出来る訳が無いのだから、多分これが正常な反応だろう。
そう思っていれば、オノロンが言葉を続ける。
「……まず、私達についてですが──。」
ここまででもかなり驚きな発言が飛び出したのだ。次は一体何が来るのかと身構えてしまい、無意識に身体が強ばる。
「……私達は、人間ではありません。」
その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けた。驚きもあったし、焦りもあった。でもそれ以上に、脳が今の言葉を理解しきれなかった。僕達が、何だって?
「……驚きますよね。でも、これは事実なんです。私達は人間ではありません。」
オノロンの声色はいつも通り冷静で、表情一つ変わらなかった。
それを見て、ようやく溜飲が下がった。正確に言えば全然そんな事はないのだが、オノロンを見ていればこれは紛れもない事実であることは理解出来たし、それを嘆いても事態は何も変わらないこともわかった。この場合はきっと溜飲が下がった、というよりも、諦めたの方が正しいのだろう。受け入れたくない気持ちはあれど、泣いて喚いたところで事実は変えられない。抗うことを諦め、受け入れることこそが、心を浪費することなく守れる最善の策だ。少なくとも僕にとってはそれが最善だった。両隣の彼女らは、そうでは無いようだったが。
二人を見れば、酷く驚いていることは明らかだった。二人して目を見開き、言葉を発しない。それもそうだろう。こんなこといきなり言われて、はいそうですかとすんなり理解できる方がおかしいのだから。これまで疑いもしなかった当たり前が、突然当たり前じゃなくなるなんて、思ってもみなかったことだろう。
「私達の血液は青ですが、本当の人間の血液は赤いのだそうです。根拠は他にもいろいろありますが……。」
そんな僕達を見ながら、黒い本片手にオノロンは話を続ける。
「これがその証拠です。気になるようでしたら、後で読んでみてください。時間が無いので、これはまた後にします。」
そう言って本は机の上に置かれた。ここからだと真っ黒な本にしか見えない。あんな本、図書室のどこにあったのだろう。
「それと。私達が人間ではないことともう一つ、大事な話があります。」
視線は本に注ぎつつ、意識はその声へと向ける。もう随分な爆弾発言をしたというのに、これ以上何があるというのだろう。
「アイルをここへ呼ばなかった理由です。それについてですが……。」
「それは僕から説明するよ。」
突然聞こえてきたクメリアの声に驚き、思わず視線もそちらへ向いた。クメリアの表情は暗い。彼のこんな表情は今まで見たことがなかった。
「……そうですね。その方が話が早いでしょうから。よろしくお願いします、クメリア。」
そう言われれば、クメリアはゆっくりと僕達の前に立った。彼は一体、何を知っているのだろう。
「それじゃ早速なんだけど……。エヴァンスは右肩、ウリムは左肩、イゾルカは……右腕かな。」
いきなり何を言い出すかと思えば、それぞれの名前と部位を並べ始めた。一体、それがなんだというのだろう。
「今さっき言った場所に……こういう傷は無い?」
そう言うと、クメリアは眼帯を取ってみせた。その下にあったのは、青黒い痣。あまり気にしてこなかった彼の眼帯の下には、こんな痣があったのか。驚きつつまじまじと見ていれば、彼は再び口を開く。
「これがなんの傷なのかは後で説明するとして……。どう?あった?同じ傷。」
言われてはっとする。あの痣と同じものが、自分の右肩になんてあっただろうか。確認しようとしてふと視線を横にずらした時、隣から小さい悲鳴が聞こえてきた。声の主は、ウリムだ。
「ど、どうしたの?ウリム。」
彼女の方へと視線をやれば、一点を凝視している。その顔は酷く青白い。
「そ、それ……!」
彼女の視線は、僕の右肩に注がれていた。まさか。
「……どうしたの?」
「そこに、ある……!」
彼女が指さす先。見にくい場所だが視線をやれば、そこにはクメリアと同じような痣が確かにあった。
「……本当、クメリアの言う通りだ。」
ちょっとごめんね、と言って彼女の髪の毛を少しをずらし、シャツの襟元を捲れば、同じような痣がそこにあった。
「……あるの?」
「……うん、ある。」
そう言えばウリムはまた小さい悲鳴をあげる。
この感覚には、なんだが覚えがあるような気がした。左隣からも同じようなイゾルカの声が聞こえた。彼女の右腕にも恐らくあったのだろう。あの痣が。
それぞれに痣があったことは勿論問題だ。しかしそれ以上に不思議で仕方ないのは、クメリアがこれを知っていることだ。どうして、彼は僕達の身体に痣があることを知っているのだろう。どうしてその場所をはっきりと言い当てられたのだろう。彼は一体、何を知っている?
「どうして?って思ったよね。」
クメリアの口ぶりは、そんな考えを見透かしているかのようだった。
「これはね、この傷は……。……僕達が、アイルに殺された時につけられたものなんだ。」
彼の口から発されたそれを、すぐには言葉として認識出来なかった。彼から絞り出されたその音を、脳内で反芻してなんとか言葉に置き換える。
「こ、殺された……?」
ウリムの声で発されたその言葉で、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。やっぱり、クメリアはそう言ったんだ。
「そう。僕達は、アイルに殺されたんだ。その傷を触って、何か思い出さない?出来れば思い出して欲しいんだけど。」
覆らない事実を、クメリアは淡々と述べていく。それが「逃げるな」と言われているような気がしてならなかった。僕達は人間ではないという事実を受け入れて、諦めて受け流すだけで精一杯なのに。アイルに殺された、なんてとても信じ難いことを、事実として捉えて立ち向かえだなんて。あまりにも酷だった。
でも目の前に立つ彼は。いや、きっと彼だけじゃない。机を挟んで向こう側に立つ、オノロンやカルナス、キーナもこの事実に立ち向かったんだろう。なら、僕だけ逃げるなんてこと許されない。皆覚悟を決めたんだ。僕だって覚悟を決めなければ。逃げるな、逃げるな、逃げるな。そう言い聞かせて、震える指先に意識を集める。
恐る恐る、右肩の痣に指先を這わせた。触れた瞬間、ズキリとした痛みを感じた。やっぱり僕は、この感覚を知っている。これは──。
「ぐっ…………あああああああっ!!!!」
最初に思い出したのは、カルナスの悲鳴。確か彼女は太腿を刺された。それまでのことはよく覚えていない。アイルは両手を青く染めながら、カルナスに何か呟いている。状況は明らかに異常だ。頭ではそれを理解していても、身体が上手いこと動こうとしない。
そうこうしていれば、アイルはこちらへ向かってくる。その目は虚ろで、いつも着ているくたびれた白衣には青い血痕がこびりついていた。そうしてその足先は、ウリムに向かっていく。ウリムはこの惨状に怯えて動けなくなっていた。アイルからすれば格好の獲物だろう。ダメだ。ウリムは、ウリムだけは。何がなんでも守らなければ。だって彼女は。
「ウリムっ!!!!」
僕の一番の憧れで、大好きな人なんだから。
自分が取った行動に、後悔はない。別に怪我をしようが死のうが、ウリムが少しでも逃げる時間を稼げるなら、ウリムのことを守れるなら、なんだって良かった。
右肩には衝撃と激しい痛みを、左肩には彼女の温もりを感じた。良かった。彼女への一撃を、僕は何とか防げたんだ。
左肩からは、彼女のか細い声が聞こえてくる。しかし段々と、それが何と言っているのか聞き取れなくなってくる。
普段は感情を表に出さない。でも、考えていることがよく顔に出る。言葉数こそ少ないが、とても素直で実は弱虫な彼女は、きっと泣いているんだろうな。だからせめて自分は笑顔でいようと、痛みに耐えながら無理に笑顔を作った。
「や、やだ……。エヴァンス、エヴァンス…………!!」
最期に聞こえた彼女の声はひどく震えている。ああ、泣かないで。笑ってよ。僕は君のことを守れたんなら、それだけで幸せなんだから。
まあ、そんなことを言っておきながら、僕は結局彼女のことを守れなかったんだけど。
「……そっか。そういえばそうだったよね。」
忘れていた惨劇を思い出した。僕らは確かに一度、アイルに殺されていたんだった。とんでもないことを思い出したというのに、頭は至極冷静だった。むしろ思い出したことで、僕らが人間ではないことの関係やアイルがここにいないことの理由も理解できた。普通の人間であれば、殺されたら生き返ることはまずあり得ない。でも僕らの身体には殺された証拠である痣が残っていて、なおかつ殺された記憶がなかった。この時点で、今の状況は僕らが人間でなければ成り立たないことがわかる。そして、この状況を作り出した元凶であるアイルはここに呼ばれなくて当然だ。この話をする上でどう考えても脅威である彼は、この場から遠ざけるのが無難だろう。睡眠薬と聞いた時はやりすぎかと思ったが、今考えればそうでもない。この話をしているのをアイルに聞かれてまた同じように殺されてしまったら、元も子もないからだ。ようやく、この話の全体像が掴めてきた。
「……あはは。なんだそんなことかぁ。なんだか恥ずかしいなぁ……なーんて……。」
自分の過去を思い出して、なんだか少し恥ずかしくなってくる。勿論やった事を後悔しているわけではないが、格好つけようと足掻いた割には全滅オチなんて、これ程までに格好つかないものもないだろう。思わず乾いた笑いが口から漏れた。その時だった。自分の右隣から、視線を感じる。気になってそちらへと視線を向けた。
視線の先、こちらを睨みつけていたのはウリムだった。その目には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。
「ウ、ウリム!?ちょっ、どうしたの!?」
心配になって彼女の方へと身体を向けた。しかし、彼女がそうしていた理由はすぐにわかった。
「あー……その……ごめんね?」
僕はまた、彼女を泣かせてしまったようだ。
ウリム視点
「……大丈夫?ウリム……っ。あ、はは…………っ、抱き、ついちゃった。」
右肩に感じた強い衝撃。次いでどく、どくという鼓動の音が伝わってきた。それがおよそ正常な速さではないことは、すぐにわかった。
どうしても理解できなかった。この男が、こうした行動を取る理由が。いつだって薄ら笑いを浮かべているのも、やたらと自分に関わってくるのも、ずっと五十点のクッキーを作るのも、何か思惑があってのことだと思っていた。いつだったか、どうしてこんなことをするのかと問えば、「僕が好きでやってるんだ」とだけ答えたのを覚えている。こんなことをするのが好きなやつなんてそうそういない。やはりこの男は、どこかおかしいのだろう。
現に、この男は状況を理解しているのかいないのか、未だヘラヘラと笑っている。理解できない。こんな行動を取ることも、それでもなお笑っていられることも、危険を承知で自分を庇ったことも、何もかも。
その命が、少しずつ潰えていくのを感じた。上手くやれば、自分だけでも助かったかもしれないというのに、私を庇ったばかりに死んでいくなんて。とんだ馬鹿だ、愚か者だ。
何をやってるんだ、どうしてこんなことを。そんな言葉が浮かんでは消える。違う。そういう事が言いたいんじゃない。助けてくれてありがとう?いや、きっとこれも違う。そうしている間にも、どんどんと彼の鼓動の音が鈍くなる。このままであれば、死んでしまう。
あぁ、そうか。そうだ。
「や、やだ……。エヴァンス、エヴァンス…………!!」
私は、彼が死ぬのが嫌なんだ。
理由は何なのか、自分にもわからなかった。自分を庇って犬死にさせるのが嫌なのかもしれない。自分を庇ったせいで彼が死ななければいけない事実が許せないのかもしれない。それでもそのどれもに共通するのは、彼が自分にとって死んでほしくないくらいに大切な人だったということだ。今更気づいたって、もう遅いのだけれど。
そうしていれば、自身の左肩に衝撃を感じる。次いで痛みと眩暈に襲われる。鼓動は早くなり冷や汗が吹き出す。あぁ、とうとう自分のところにも来たのだ。死が。
「ね、えっ……どうして…………?どうして、こんなこと…………っ?」
途絶えそうな意識の中、そう尋ねる。騒ぎの張本人であるアイルがこんな行動を取った理由が、本当に理解できないのだ。アイルは何も答えなかった。もしかしたら何か言ったのかもしれないが、聞き取ることはできなかった。
そのまま、強烈な眠気に襲われる。痛い。寒い。怖い。これが、自分の命の終わりだと知った。
「……き、だか、ら」と、エヴァンスは耳元で呟いた。どうしてと尋ねたのは、彼に対してではないのに。
それが、私の最期の記憶になった。
泣いてまで死んで欲しくなかった男は、今私の隣でまたもヘラヘラと笑っている。それがなんだか馬鹿らしいような、悔しいような気持ちになって、無性に腹が立った。自分がしたことがどれほどのものか、こいつはちっとも理解していないし反省もしていないのだ。
そう思うと、なんだか虚しさすら感じてきた。
「ウ、ウリム!?ちょっ、どうしたの!?」
視界がぼやけてくる。あぁ、嫌だ。こんな奴のために泣きたくないのに。
「あー……その……ごめんね?」
そういうと、この男はまた薄ら笑いを浮かべる。そうやって適当に謝って、本質は何も理解なんかしていないくせに。堪えきれなかった涙が溢れる。目の前の男は困ったような顔をしたがどうでもよかった。どうせ泣こうが喚こうが、こいつには理解出来ないのだから。
「ね、ねぇウリム、ごめんってば……!」
「何に対するごめんなの……!?何もわかってないくせに、適当にごめんなんて言わないでよ……!」
感情任せになって、思っていた事がどんどん口から出ていく。本当はこんな事が言いたいんじゃないのに。案の定、エヴァンスは酷く困惑したような、どこか悲しそうな顔をしていた。
「……そうだよね、ごめん。」
そう言って俯く。その口元に笑顔はない。
「……僕はさ、自分がした事を後悔なんてしてないんだ。むしろ良い行いをしたとすら思ってた。でも違ったみたい。」
「……え?」
「君をこんなに泣かせた時点で、僕のしたことはきっと間違ってる。そうでしょ?」
急に真面目なトーンになったかと思えば、すんなりとそう答えた。恐る恐る顔を見れば、今まで見たことがないほどに落ち込んでいるのがわかった。
「無責任な事をしたんだって、今ならわかる。本当にごめん。」
「……無責任?」
「うん。ウリムをあの一撃から守ることに精一杯で、その後のことを考えていなかったから……。」
呆れた。少しでも関心した自分が馬鹿みたいだ。こいつ、やっぱりわかっていない。
「そうじゃない!……私は、エヴァンスが自分を犠牲にしたことに怒ってるの……!」
「え?」
「なんで私を庇ったの?庇わずに逃げれば、エヴァンスだけでも助かったかもしれないのに!」
「それは……!そんな余裕なんてなかったよ!それに、ウリムが殺されるところを黙って見てるなんて……。」
話は平行線だ。お互い考えていることが見事にすれ違っている。唯一噛み合っているのは、これがお互いを思う故の発言だということだろう。
「……私は、エヴァンスに生きていて欲しかっただけなのに。」
ようやく口をついて出た本音。目の前からは、息を呑む音が聞こえた。
「……ごめん。」
小さな声でそう聞こえ、思わず顔を上げる。彼はようやく私が怒っている事の本質を理解したのか、本当に反省している表情を浮かべていた。
「……ウリムがそんな風に思ってくれてるなんて、これっぽっちも考えてなかった。」
ぽつぽつとそう呟く。これまでの私の態度から考えれば、こんな発言想像もしていなかっただろう。確かに柄じゃない。けれどこんなところで無駄な意地を張っていたって仕方ないのだ。本音をぶつけなければ、きっとこの男は私の言いたいことなど理解できないだろう。
「もう二度としないって約束して。……エヴァンスの事が、それだけ大事なんだから。」
ダメ押しのもう一回。エヴァンスの顔をちらと見れば、何故か赤くなっていた。こいつのこういうところ、やっぱり私には理解できない。
「う……わかったよ。……約束する。もう二度と、こんなことしない。」
顔を赤らめながらも、彼は私の目を見てしっかりとそう誓った。ご丁寧に手まで握って。
「……約束だから。破ったら、二度と許さない。」
そう言えば、満足そうな笑みを浮かべていた。本当に、愛おしいけれど変な奴。でも良かった。それで良かった。それが良かった。
「イゾルカ……大丈夫ですか?」
オノロンの声が聞こえる。向けられた先はイゾルカだ。こちらが喧嘩している間、彼女は珍しくずっと静かだった。目線を彼女の方へと向ければ、一点を凝視して動かなかった。
「イゾルカ……大丈夫?」
アイルに殺された事実を思い出しているのだろう。それでもいつもの彼女とは似ても似つかない姿に、心配になって声をかける。しかし反応がない。
「イゾルカ、聞こえていますか?」
オノロンがもう一度声をかけると、彼女はゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「みんな……殺されたの……?」
何も知らなかった彼女の瞳からは、音もなく涙が零れ落ちた。
イゾルカ視点
「イゾルカ、後ろっ!!!」
滅多に聞くことの無いオノロンの大きな声。驚いて振り返れば、そこには腕を高く振り上げたアイルがいた。突然の事に驚いて、その様子をまじまじと見つめる。スローモーションのようにアイルの腕が降りて来るのが見えた。そうして、ぐさり。右腕に衝撃、後に激痛を感じた。
「なに、これ……っ!?痛い、痛い…………!」
痛みに耐えかねて声を出すが、アイルには聞こえていないようだった。こちらには目もくれず、そのまま前へと進んでいく。その間にも、オノロンの怒号や他の皆のざわめきが聞こえてくる。しかしそれも段々と遠くなっていく。足には力が入らず膝から崩れ落ち、右腕からは相変わらず青い血液がとくとくと流れていた。あぁ。痛い、怖い、寒い、辛い、苦しい。
ねぇ、アイル。私達が、一体何をしたっていうの?
先程のウリム達の話から察するに、皆もあの後殺されたようだ。一番最初に殺されたから皆がどうやって殺されたのかは知らないが、きっと壮絶なものだったに違いない。そんな大事なことを忘れて、何も知らずに今日まで生きていたなんて。
「……っ、ごめん、みんな……。私、なんにも知らなかった……!」
「イゾルカが謝ることじゃないよ!僕達は被害者なんだから!」
「そうですよイゾルカ。……ここにいる皆が、同じ痛みを味わったんですから。」
ようやく絞り出した声に、クメリアとオノロンがそう応えた。
それでも、何かが胸の奥につかえていた。この事を最後まで思い出せなかった皆への申し訳なさとは違う、何かが。私は、何かを取りこぼしている。
「イゾルカ……?」
オノロンの心配そうな声を余所に、思考を巡らせる。皆への謝意も、殺された時の恐怖も、現実を目の当たりにした衝撃も、全部本当だ。その全てを、この身をもって感じている。でも、そのどれでもない感情が、心の内を暴れ回っているのだ。
ふと、ここに居ないあいつの事を思い出す。あいつは今、どこで何をしているのだろう。どうしてこんなことをしたのだろう。こんなことをしておきながら、どうして平気な顔をしていられたのだろう。どうしてばかりが浮かんでは消えていく。
もし自分があいつと同じ立場になったら、と考えてゾッとした。きっと同じことはできないだろう。たった一回だとしても、罪悪感で押し潰されるに決まっている。あいつは大雑把だし、何をするにも適当だし、無気力なやつだ。それでも普段のあいつを知っている限り、平気な顔をして楽しんでこんなことをしているとは到底思えなかった。あいつは思っていることがあまり顔に出ないし、みんながいるところにも大抵現れない。もしかしたら、そうやって大事なことを隠して、一人で抱えて、苦しみながら生きているのではないだろうか。あぁ、だとしたら、そんな──。
「……ごめんな、イゾルカ。」
あいつが発した最後の言葉を思い出した。人を殺すというのに、最後にあんな顔してこんな事言うなんて。
「…………やっぱり、優しいんじゃん。」
アイルは加害者なんかじゃない。あいつも、私達と同じ被害者だったんだ。
「……それは、一体どういうことですか?」
オノロンの声が、一段低くなる。私が発したその言葉が予想外だったのだろう。声色からどことなく、怒りのようなものを感じとった。
普段なら、きっとここで怖気付いて引き下がっただろう。でも、今回はそんなこと言っていられない。私の一挙手一投足に、アイルを救い出せるかどうかがかかっているのだ。
「……そのままの意味だよオノロン。アイルは加害者なんかじゃない。私たちと同じ、被害者なんだよ!」
オノロンは相変わらず意味がわからないというような、怪訝そうな顔をしている。それでも構わない。
「確かに私達はアイルに殺されたよ。……でも、あいつが望んでそんなことするかな?私はそうは思わない。」
「……そ、れは……。」
「あいつはいつも研究報告上げないし、適当だし、人のことバカにするし、ヘラヘラしててどうしようもないやつだけど!……それでも、私はあいつのペアだから知ってる!あいつは、誰よりも優しいんだって!……私を殺すとき、あいつ言ってたんだ。ごめんって。あいつは、好きであんなことしてるんじゃない!あいつがあんなことするのには、何か私たちに言えない理由があって、一人で苦しんでると思うの!私、アイルを助けたい!!皆だって、心のどこかでそう思ってるでしょ……!?」
そう言えば、皆が息を呑んだ。私はアイルのペアという贔屓目があるが、皆だってアイルの優しさを知らないことはないはずだ。こんなこと、あいつが望んでやるとは思えない。
「あいつのこと、助けてあげられないの?せっかくここまできたのに、このままわかり合えないままで終わっていいの?」
アイルは、私以上に苦しくて寂しい思いをしているのかと思えば、悔しくて涙が出ていた。
「……あなたの言う通りですね、イゾルカ。」
しばらくの沈黙の後、オノロンの呟きが聞こえた。
「え……?」
「私達は自分の身に起こったことが衝撃的すぎるあまり、大事なことを忘れていました。……あの子が、あんな恐ろしいことをやりたくてやるわけがないですよね。」
「オノロン……!」
「……あいつの善性にそこまで賭けられるかって言われたら微妙だけどな。まあでも、あんなこと好きでやるようなタマでもねえだろうしな。」
「僕、そこまで考えられなかったよ……。でもそうだよね。アイルが好きであんなことするわけないよね!」
「カルナス、クメリアも……!」
皆少しずつではあるが、どうやら納得してくれているようだ。
「で、でも……!」
そこに、キーナの声が響く。
「どうしたの?キーナ。」
「あ、あの……確かに、アイルを助けたいのはそうなんだけど……。具体的に、どうやって……?このままじゃ、多分私達また殺されちゃうんじゃ……。」
確かにキーナの言う通りだ。アイルを助けるには、いい案を思いつかなければ。
「そんなの、都合よく思いつくの……?」
ウリムも怪訝な顔をしている。そう思うのが普通だろう。しかし、私にはすでに一つ妙案が浮かんでいた。
「それは任せて!こういうのはどう……?」
「なるほど。それならアイルにばれることなく意表を突くことができそうですね。」
「イゾルカにしてはまともな案だな。」
「もう!カルナスは一言余計!でも、これならなんとかなりそうじゃない?」
皆で今後の作戦を練る。全てはアイルと、自分達の未来のために。大丈夫。今度こそ、絶対に救ってみせる。
了




