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此処を先途と救済を  作者: よるのすきま
第一章 愛すべき日々の記録
2/22

melts sugar and time

イゾルカ視点


「いい加減にしてよアイル!」

こんな風に声を荒げながら机を叩くのはもう何度目だろうか。目の前の彼──アイルはそしれぬ顔で紅茶をすすっている。こいつのせいで研究が進まないというのに、一向に反省の色は伺えない。「もう、何回目だと思ってんの……!?」思わずついたため息が、紅茶の湯気を揺らした。


 私たちは物心ついた時からこの研究所で暮らしている。「アステリズム研究所」という名前のこの研究所には私を含め八人の研究員がいて、子供だったり大人だったり、年齢も性別も様々。それぞれに「研究テーマ」が与えられており、日夜与えられたテーマに沿って研究を続けている。また、対になる研究テーマを持つ研究員が必ずいるため、協力して研究にとりかかっている者が多い。私も勿論例外ではない。その対になるテーマを持つのが目の前の男、アイルなのだが──。「一度たりとて研究報告上げてくれたことないよね!アイルは!」そう。今まで幾度となく行ってきた研究報告会において、アイルは一度も報告書を持ってきたことがないのだ。私が記憶している限り、今日で四十四回目。本当にいい加減にして欲しい。おかげで私の研究は前にも後ろにも進めず、ずっと同じところで止まってしまっている。

「いつも『研究報告できた?』って聞くと『うん』って言うから信じて研究報告会開いてんのに!これじゃあただのお茶会でしょ!?」

目の前のペテン師はこれだけ私が怒っているにも関わらず、顔色一つ変えずまだ優雅に紅茶を啜っていた。

アイルは毎度研究報告会を開く度に嫌がらせのごとく紅茶を入れる。別に紅茶が好きなわけでも詳しい訳でもないのに、私を煽るかのようににこやかに笑い、やたら上機嫌で支度をする。そのくせ大事な研究報告はひとつも持ってこないため、毎回ただのお茶会と化すのだ。

「別にお茶会でいーじゃん。何をそんなに真面目になることがあるんだよ。」

ようやくティーカップから口を離したかと思えば、呑気な声と言葉が飛び出した。その言葉にふつふつと込み上げていた怒りが更に増す。

「良くない!アイルのせいで私の研究ぜんっぜん進まないんだけど!?」

そう。全くもって良くないのだ。私の研究テーマは「恋と愛の違いについて」。アイルと協力しなくてもいいならそれが一番だが、皮肉な事にアイルの研究テーマが「愛とは何か」であり、私の研究にはどうしてもアイルの研究情報が必要になってくる。つまり、このままでは私の研究が進まない。だからこんなに困っているというのに!

「俺のせいにするなよ〜。大体、俺の研究に乗っかろうとしてるお前が悪いだろ?」

この男、何も分かっていないのだ。

「乗っかろうとしてるんじゃなくて研究テーマが対になってるのがアイルなの!!!」

全く、誰がこんな適当な奴とテーマを対にしたんだろう。全くもって検討もつかないけれど、とんでもない采配をしてくれたものだ。もし会うことがあったら一度でいいから文句を言ってやりたい。

「まぁ落ち着けって。お茶会は嫌いか?」

お茶会は好きだ。オノロンが入れてくれる紅茶は最高。エヴァンスの焼くクッキーも美味しい。ラウンジや研究室でみんなと話しながらするお茶会は大好きだ。けれどアイルとするこのお茶会だけは嫌い。欲しいものは得られないし、アイルはアホみたいに煽り散らしてくる。それになんてったって生産性がない。自分だけが本気になって怒って、ものすごく無駄なことをしているような気持ちになる。呆れてものも言えず黙っていれば

「なんだ〜その視線。まるで『お前とするお茶会は嫌いだ』って言わんばかりの目してるけど?当たり?当たりだったら地味に傷つくなぁ〜。俺、意外と繊細なんだよ?」

全く。こいつはいつまでも口だけは達者だ。カップに残った紅茶はすっかり冷め切ってしまった。残すのは勿体ないからと一気に飲み干し、アイルに「次こそはちゃんとした報告持ってきてよね!」とだけ告げ席を立つ。横目に映ったアイルは「へーい」と空返事だけ返して、残りのクッキーを貪り食っていた。


「ほんっと信じられない……!」

抑えきれない怒りや呆れを零しながら一人廊下を歩く。アイルのせいで空いてしまった時間をどうやって埋めようかと考えていれば

「イゾルカ?どうしたのですか?」

背後から声がかかった。

振り返れば、そこにはオノロンが居た。オノロンは私達の中でも最年長。いつも優しくて頭が良くて、とっても頼りになる。何より彼の入れてくれる紅茶は本当に美味しい。同じ年上とは思えないほど、どっかの誰かさんとは大違いだ。

「オノロン〜聞いてよ!アイルがまた研究報告すっぽかしたの!」

「またですか?……それは少々、困りましたね。」

「そうなの!もー本当に……。……なんか、疲れちゃった。」

だんだん一人で怒っていることにすら疲れてきてしまった。もしかするとこの先永遠に研究報告が得られることは無いのかもしれない。そんな自分らしくない不安が頭を過ぎって俯いてしまった。そんな様子を察したのか、オノロンが

「……イゾルカ、私でよければお話聞きますよ。お茶会、しましょうか。」

と誘ってくれた。「とっておきの紅茶とお菓子を用意しますからね。」とだけ言って、私の手を引きキッチンへと向かった。繋がれたオノロンの手は酷く温かかった。


「でね、結局今回も報告書できてなかったんだよあいつ!」

最高の紅茶に最高のクッキー、そして最高の話し相手。オノロンは文句一つ言わず私の話を聞いてくれている。これまで四十四回に渡る私とアイルとの攻防を話せば話すほど、腹が立って仕方がない。やけ食いのようにクッキーに伸びる手も止まらない。

「なんであんなにルーズなの?あいつ。」

「どうしてでしょうね。普段の生活はそうでもなさそうですが……。」

「そんなことないよ!脱いだ服そのままにしとくし、寝癖はついたままだし、靴下はひっくり返したまま洗濯に出すし!」

「ああ……。そういえばそうでしたね……。」

私の話を聞きながらオノロンは苦笑いをする。あいつ、思い返せば思い返すほど碌なことしてないな。

「……流石においたが過ぎますね。私からも言っておきましょう。」

オノロンは大きなため息の後そう呟いた。この言葉、何より心強いけど言ってるオノロンの顔が怖い。御愁傷様、アイル。

 そうして、オノロンと私のお茶会、もといアイルへの愚痴大会は終了した。終わった後迷わずアイルの部屋の方に歩いていったところを見るに、雷が落ちるのはもうすぐだろう。私は少し軽くなった足取りで、自分の研究室へと戻った。

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