Secret hide and seek
オノロン視点
とある日の昼下がり。カルナスはこんな昼間からラウンジで突っ伏している。大方酒でも飲んだのだろう。昼間の飲酒は控えるようにと先日言ったばかりなのに。
「……カルナス。こんなところで寝ないでくださいよ。」
「あぁ……?うるっせぇなぁ……。別にいいだろ迷惑かけてねぇんだから。」
「そういう問題じゃありません。ここで寝て風邪でもひいたらどうするんですか。」
「風邪なんかひかねぇよ。今まで一度もひいたことねぇだろ!」
そう言って起き上がる彼女からアルコールの匂いはしない。本当にただ昼寝をしていただけのようだ。
「あなたねぇ……昼寝をするなら、せめて自室で休んだらどうです?体痛くしますよ。」
「しょうがねぇだろ。ちょっと目瞑ったつもりがいつの間にか寝てたんだから。」
大きく伸びをして溜息をひとつ。目を閉じたつもりが眠ってしまうなんて、余程疲れているに違いない。
「寝不足なんですか?一体何を……。」
寝不足になった理由を訪ねようとすると突然
「あ!オノロン!あの話どうなったの!?」
イゾルカの声が聞こえる。声のする方へと目を向ければ、彼女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「イゾルカ?あの話とは一体……?」
「忘れたとは言わせないよ!筋肉!あるんでしょ!?」
何を言い出すかと思えば、あまりにも拍子抜けする答えだった。と同時に、思わず頬が引き攣るのを感じる。
「き、筋肉……?何の話ですか一体。」
「前にプラネタリウム運んでる時にカルナスから聞いたの!オノロンはああ見えて筋肉ついてるんだって!」
「カルナス、あなたイゾルカに何言ってるんですか……!?」
「別に嘘は言ってねぇだろ。それの何がいけないんだよ、なぁ?」
確かにカルナスの言う通り。彼女は何一つ嘘はついていない。しかしそれは、私が皆にひた隠しにしていた事実なのだ。
「あなた、わかっててイゾルカに言いましたね……!?」
「あー……そん時は忘れてたんだよ。しょうがねぇだろ、言っちまったもんは。」
私との秘密だと理解しておきながら反省の色はなし。全く、余計なことを言ってくれたものである。
「それで、事実なんでしょ?ねぇ、見せてよオノロン!」
それに、カルナスがそれを言った相手がイゾルカというのも分が悪い。興味関心の塊のようなこの子は、一度火をつけたら必ず事を目にするまで黙らない質なのだ。 これ以上ここで騒いでいれば、他の子供達が騒ぎを聞き付けやってくるかもしれない。イゾルカだけでも満足させ黙らせなければと腹を括る。
「……わかりました。見せますから着いてきてください。……カルナス、あなたもですよ。」
「は!?なんで俺まで!?」
「私との約束を破り、勝手に秘密を暴露した罰です。責任取ってください。」
「俺は事実を言ったまでだ!」と騒ぎ立てるカルナスと、今か今かとワクワクした瞳を無邪気にこちらへ向けるイゾルカを連れ、私達はラウンジを後にした。
彼らを連れ、入ったのは自身の研究室。ここなら外からも見えないし、ある程度騒いでも外には聞こえないだろう。ここまでの道中は誰にもすれ違わなかったし、恐らく来客も無いはずだ。
「ねぇ、なんでわざわざ研究室?パッと見せてくれるだけで良かったんだよ?」
イゾルカはそう言うが、これはそんなに簡単な話ではない。
私はこの事を皆に秘密にしている。理由は単純。誇るものでは無いからだ。
体力作りと健康の一環として、簡単な運動をすることが私の日課だ。運動、といっても腹筋やスクワット、軽いストレッチなどといったものがメインであり、激しい運動などは一切行っていない。はずなのだが、どういう訳か私は筋肉が付きやすい体質のようなのだ。ほんの少し軽い運動を続けているだけのはずなのに、気づけば腹筋に薄らと筋が見え始めた。それを、ある日たまたま私の部屋に訪れたカルナスに見られたのが事の始まりだった。
「おいオノロンいるか……って何してんだお前。」
ノックもなしに人の部屋に入ってきた彼女と目が合う。その視線は私から、やがてシャツの下に露になっている腹部へと移された。
「……え何、お前腹筋鍛えてんの?」
やはり他人の目で見てもそう見えるらしい。しかしそれでは困るのだ。せめて弁明がしたい。
「……カルナス、ドア閉めてください。」
夜とはいえ他の子供達に聞かれないとも限らないため、大急ぎで部屋のドアを閉めるよう促す。
「……?なんだお前、気持ち悪ぃな。」
怪訝そうな顔をして文句を言いつつ、カルナスはドアを閉めた。
「……これは私の努力じゃないんです。」
「……は?」
いきなりそう言った私に、心底意味不明だと言わんばかりの顔をするカルナス。それもそうだ。私が逆の立場でも同じ顔をするだろう。
「……その、私どういう訳か筋肉が付きやすい体質らしく……。普段健康のためにと軽く運動しているだけなのですが、最近腹筋が発達しているような気がして……。」
「なんだそんなことかよ。良かったじゃねぇか。」
「良くありません!」
「は?なんで?健康のために運動して腹筋まで付いたんだろ?何の文句もないだろ。逆に、これ以上何が不満なんだよ。」
「不満という訳ではないんです。ただ……自分の意図しない形で腹筋が発達するのが解せないというか……。」
「は?」
「だから!……腹筋を発達させようとするなら、それ相応のメニューを考えて、それに準じた努力をしたいんです。でも、今回は健康のために軽く運動しただけなんです!それで腹筋が付いてしまっても、それは私の努力とは言い難いというか……。」
「なんだお前。過程はどうであれお前の努力の賜物じゃねぇかよ。細けぇことにいちいちめんどくせぇな。」
それを言われてしまうとどうしようもない。全くもってその通りである。
「……とにかく、あまり自慢できるものでもないし、これに自信は持てないんです。私にとっては誇れるものでもない。」
「あーはいはいそうかよ。じゃあそれでいいんじゃねぇの?」
「はい。なので、このことは皆には黙っていてくれませんか?」
「あー……。つまり、お前の変なプライド的に、誤まった情報が真実として伝わるのが許せねぇってことだろ?それならわかったよ。」
「さすが、話せばわかってくれますね。ありがとうございます、カルナス。」
とまぁ、こんな具合に会話をしたはずなのだが。
(やはり、飲酒時の彼女は信用ならないですね。あそこまで念押ししたのに、こうもあっさり口にするんですから。)
「オノロン……?大丈夫?そんな深刻に捉えなくていいんだけど……。」
カルナスとの約束のことで頭がいっぱいになっていれば、心配そうなイゾルカの声が聞こえた。
この事実を知っているのは現状彼女だけだし、嘘をついてもいいことは一つもない。隠し事はいつか明るみになる。私も大人として、いい加減腹を括るべきだろう。
「……いえ、大丈夫です。少々考え事をしていたので。」
そう言って、イゾルカの方へと向き直る。彼女の瞳には相変わらず好奇心だけが湛えられている。
「見せる前に一つ、約束してくれますか?」
「うん!なになに?」
「……決して、このことを他の誰にも言わないことです。」
カルナスと約束を交わした時、彼女は微量ながら飲酒をしていた。飲酒時の彼女はあまり信用ならない。しかしイゾルカは違う。言いつけは大概守るし、約束ともなればまず破ることは無いだろう。
「なんでそんなにひた隠しにするのかわからないけど……わかった!約束する!」
彼女は満面の笑みでそう答えた。そうなれば、私も彼女を信用するしかあるまい。
シャツのボタン下三つを外し、控えめに捲る。露になった肌には、あの日よりもはっきりとした筋が見えた。
「わ……!すっご……!本当にあるんだ……!!」
知識として知っていても、おそらく初めて見るのだろう。好奇心に塗れた彼女の瞳は最高潮に輝いている。
「これ、触ってもいい……?」
「ええ。大したものじゃないですけど。」
そう言えば、ぺたぺたと控えめな手が触れる。時間にしておよそ三十秒。不気味な沈黙と初めての感覚のせいで、体感はもっと長かった。
「……そろそろいいですか?」
ついに耐えきれなくなって音を上げた。イゾルカには悪いが、この状況、かなり耐え難い。触れられているところはむず痒いし、何より羞恥心がすごい。研究室で自分は一体何をしているのかという気にすらなってくる。
「あっ、ごめん!ありがとう!」
イゾルカも申し訳なさそうな顔をしてすかさず手を離す。あぁ、イゾルカにそんな顔をさせたい訳じゃないのに!
「いえ、イゾルカのせいではありません。どうか気にしないでくださいね。」
そう言いながらシャツのボタンを閉める。なんとも言えぬ微妙な空気が、未だ研究室の中を漂っていた。
「じゃ、今日は本っ当にありがとう!このことは心の内に秘めて、必ず秘密にしておくからね!」
ほくほく笑顔のイゾルカは、そう言うと私とカルナスを残して研究室を後にした。彼女が出ていった後、ドアが閉まるその瞬間まで上がったままの口角は、ガチャンという音とともに本来の位置へと戻る。まるで三日分の体力を使い果たしたのかという程に、疲れがどっと押し寄せた。
「……そんなに隠したいか?それ。」
そんな私の心情を知ってか知らずか、背後で呑気な声が聞こえる。
「……あなたのせいでこんなことになったというのに、まだ言いますか。」
疲れの中に若干の怒りを抱えながら、彼女の方へと振り返る。
「別に悪いことした訳でもねぇし、それがお前の狙った努力じゃねぇってだけだろ。結果的にそうなったってだけならそれでいいじゃねえか。」
「あなたの主張も一理あります。けど、私はそういう性分じゃないんです。それだけの話なんですよ。」
「あぁそうだな。めんどくせぇ性分だ。」
「問題はそこではなく、あなたが約束の一つもまともに守れない人だということです!」
怒りに任せて少し声量が上がる。目の前の彼女はさぞ怪訝そうにこちらを見た。
「……それは悪かったって。俺もうっかりしてた。」
仕方なくなのか心根なのかはともかく、彼女の口から謝罪の言葉が出た。その言葉に、少しだけ溜飲が下がる。
「……いえ、私もくだらない意地を張りすぎました。ごめんなさい。」
深呼吸をして冷静になれば、自身も過剰な警戒であったと感じた。互いの謝罪の言葉に沈黙が流れる。
「……まぁ、イゾルカはしっかりしてるから大丈夫だろ。」
そう言いながら席を立ち、先に研究室を出ようとするカルナス。そういえば、と思い出して、横を通り過ぎようとしたその腕を掴んだ。
細い。確かに細くて撓やかな腕だが、それだけではない。
「……なんだよ。」
カルナスと違って私は覚えている。あの日、約束の後彼女が教えてくれたことを。
「……あなただってあるじゃないですか、隠し事。」
掴んだカルナスの腕に這わせた指を、少し上へと動かす。普段服の下になっていて気づかないが、その腕にはしっかりと筋肉が付いていた。
「あなたは忘れていたかもしれませんが、私は忘れていませんよ?……あなた、あの時言いましたよね。『自分は腕の筋肉が付きやすい』って。」
そう言うと、カルナスの目が見開かれる。あの時言ったことを本当に忘れていたのだろう。それはそれは驚いた顔をしている。
「……ってめぇ、誰にも言ってねぇだろうな!?」
「もちろん言っていません。あなたと一緒にしないでくださいよ。」
「……そうかよ。ならいいけど……。」
「ほら、どうして秘密にするんですか?あなただって意図せず付いた筋肉なんでしょう?秘密にすることないじゃないですか。」
「うるせぇな!!別にわざわざ説明して回る必要なんかねぇだろ!第一、誰に説明する気なんだよ!?大抵のやつなんか『はいそうですか良かったね』ってなるだろうが!」
カルナスは、今までで見たことない程に顔を赤くして怒っている。こういう彼女も珍しいし面白い。約束を破られたのだから、これくらい意地悪したっていいだろう。
「ふふ、ちょっとした意地悪ですよ。それぞれ事情はありますしね。まぁ面白い顔も見れたし気持ちも晴れたので、このくらいにしておきます。」
「は!?おいオノロン!待てコラ!!」
背後から彼女が追いかけてくる気配を感じながら、捕まらないようにと急いで研究室を出た。
鬼ごっこで逃げる側なんて久しぶりだ。廊下は走らないようにしなければ。自然と上がった口角は、まだしばらくは下がりそうにない。
了




