Sweet and sour 3pm
カルナス視点
午後三時。今日も今日とてキッチンではエヴァンスが何かを焼いている。その傍らで、俺は缶に入った酒を呷っている。普段ならまぁ有り得ない、少々奇妙な組み合わせだ。
「なぁ、なんで新作の試食係が俺なんだよ。オノロンとかでよかっただろ?」
先程やることも無く廊下を歩いていたら、「カルナス、今暇でしょ?ちょっと付き合ってくれない?」と言われ、連れてこられたのがここだった。一体なんの用事かと思えば、菓子の新作を作ったので、その試食をお願いしたいのだとか。だが生憎俺は菓子の美味さなんかわからないし、胃に入れば大概皆同じだと思っている。そのためろくなアドバイスは出来ないぞと言えば、それでもいいのだと言う。相変わらず変わったやつだ。
「オノロンにも後で頼むよ?けどとりあえず、他の人に食べてもらっても美味しいかなーって。」
「なるほど、つまりは毒味役って訳だ。」
「そういうんじゃないってば。」
などと言いつつ、エヴァンスはコンロの前に移動して湯を沸かしていた。
「紅茶、入れるけど何がいい?これに合うお酒もあるだろうけど、今カルナスが飲んでるのじゃ合わないと思うから。」
「いや菓子でも合うやつは合うぞ?でもまぁ、どーせ入れてくれるんなら……考えるのめんどくせぇな。オススメは?」
「そこ面倒くさがるところ?まぁいいや。僕のオススメはキャンディのストレート。」
「じゃそれで。」
「了解。」
言葉を交わしながら、エヴァンスはコンロの火を止めて茶葉の瓶を手に取る。ティーポットに二、三杯それを振り入れてお湯を注いだ。コポポポ、という音と共に湯気が立ちのぼっている。
「茶葉が蒸れるまで少し待ってね。」
そう言って、俺の目の前に新作の菓子を乗せた皿を置いた。
「んだこれ。クッキーじゃねえじゃん。」
「僕、クッキーとは一言も言ってないよ?」
そう言いながら、エヴァンスは俺の向かい側に座る。その物言いに少しムカつきながらも、目の前に置かれたそれを見た。
そこにはピンクや黄緑、薄黄色などの色とりどりの焼き菓子が、小さな箱に丁寧に並べられていた。
「あー……あれだろ?マカロニみてーなやつ。」
「マカロンね。それじゃあサラダになっちゃうよ。」
馬鹿の一つ覚えのようにクッキーばかり焼いていたこいつが、ついに色のあるものに手を出したようだ。
「それまだ試作だからさ、あんまり上手くないんだけど……。とりあえず味、どうかなって。」
普段から菓子を作っているだけの事はあるのか、素人目に見れば綺麗な見た目をしていた。けれどこいつからしたらまだまだなんだろう。変なところでこだわりが強いところはオノロンそっくりだ。
「味って言われてもな……。ま、とりあえず食ってみなきゃわかんねえよな。」
箱から一つ取り出して口に含んだ。食べたのはピンク色。香りからして恐らくストロベリー。食べれば口の中で甘さと酸味が広がる。入れられた紅茶と飲めばさらに香りが広がった。
「美味いな、これ。ストロベリー?」
「残念。ラズベリー。」
「ベリー違いか。だいたい同じだな。」
そんなことを言えばエヴァンスの顔が少し曇る。諦めろ。お前が味見を頼んだのはこういうことを平気で言うやつなんだぞ。そう思いながら最後の一口を飲み込んだ。
「……で、どう?一応聞いておくけど。」
「だから美味いって。俺が言うんだから間違いない。」
「信用ならないなぁ……。」
人に頼んでおいてそれか、とも言いたいだろう。こいつが求めている反応はこういうものじゃないことくらいは容易に想像がついた。だが生憎そんな気を遣えるほどまともに生きてはいないし、わかっているからこそ美味いとだけ伝えてやったのだ。一応は事実なんだし、それで勘弁願いたい。
「まぁとりあえず、カルナスの口に入れても大丈夫なら大丈夫なんだろうね。きっと。」
「やっぱ毒味じゃねえか。」
そんなことないよーなどと言いながら、奴はおかわり用の湯を沸かしに行った。
ポットから湯気の出る音が聞こえる。エヴァンスは追加の茶葉を取ろうとしていた。そんな時、背後から
「お、珍しい組み合わせだな。何してんの?」
腑抜けた声が聞こえてきた。
「……アイルか。てめーこそこんなとこで何してんだよ。」
「いやなんもしてない。暇すぎて歩いてたら甘い匂いがしたからつられてきた。」
「んだそれ。ガキかおめーは。」
そんな軽い話をしていれば
「ちょうどいい所に来たねアイル!僕の新作の味見してくれない?カルナスじゃ話にならなくって!」
と瞳を輝かせてエヴァンスがやってくる。
「おい、誰が話にならないだって?美味いって言っただろうが!」
「カルナスは大体何でも美味しいって言うでしょ!僕はもっとちゃんとした感想が欲しいの!」
この野郎、完全に俺の事を舐めてやがる。(舐められるような味覚の自分も大概だが。)声を荒らげながら言い合っていれば
「わーったわーった、俺が食うから落ち着けって。な?」
あんまり騒ぐとオノロンが来て説教コースだぞ?という、俺とエヴァンス同時に刺さる脅し文句と共に、アイルは目の前の椅子へと腰掛けた。こうなっては仕方ない。一旦閉廷だ。
「……それにしてもさぁ。」
ついさっき、エヴァンスからの質問攻めに耐え抜いたこいつは、散々食べたのにも関わらずまだマカロンを頬張っている。話しかけられた手前そちらに目をやれば、両頬が少し膨らんでいてまあまあなアホ面だった。そうやって食うもんじゃないだろ、それ。
「……あ?何。」
「なんでマカロンなんだろうな。いつもクッキーじゃん?」
「俺がんな事知るかよ。興味湧いただけじゃねーの?てか、作るもんに意味なんかあるか?」
「あるよ。お菓子には意味があるんだとかないんだとか。なんかの本で読んだ。」
「へー……。マカロンにもあんの?」
「ある。確か意味は……。」
「あなたは特別な人、ですね。」
二人だけの会話の中に、突然別の声が混ざる。驚いて顔を上げれば、頭上にニコニコと気持ちの悪い笑みを貼り付けたオノロンがいた。
「てめぇ!なんでこんなとこにいるんだよ!」
「まぁそう怒らないでくださいよ。マカロンの香りがしたので、思わずつられちゃいました。」
「お前もかよ!」
どいつもこいつも匂いでつられすぎだろう。悲しいかな、ここに集まっているのは年長者ばかり。こんなんで大丈夫なんだろうか。
「てか、さっきなんて言った?」
「ですから、マカロンの意味はあなたは特別な人、ですよ。」
そう言いながら、三人で向こうで洗い物をしているエヴァンスを見る。
新作を作る。出来たのはマカロン。俺達にはその味見を任せていて、本人曰く「まだ完璧じゃない」。そして、マカロンの意味は「あなたは特別な人」。これだけ証拠が揃うと、エヴァンスの考えが何となく読めてくる。
「……なぁ、多分だけど俺達今同じこと考えてるよな?」
「ふふ、きっとそうですね。」
「珍しいこともあるもんだねぇ〜。でも、わかりやすいっちゃわかりやすいか。」
エヴァンスはきっと、マカロンを「あいつ」に渡すつもりなんだ。理由は勿論、決まっている。
「おいエヴァンス。お前、ウリムのことが好きなんだろ?」
そう声をかければ、洗い物を落としたのだろう。ものすごい音がシンクの方から聞こえてくる。
「……はは、ビンゴだな。」
他二人の顔を見ればほくそ笑んでいたから、多分俺と同じようなことを考えているのだろう。俺達は、きっと顔を赤くしながらこっちにやってくるだろう奴になんと声をかけようかと考えていた。
「ほんっと信じられない!」
一目見れば憤慨していることは一目瞭然だが、耳まで赤くなっているのを見ればそこに照れが入り交じっていることがわかる。全くもってわかりやすい奴だ。
「なんだよ、別にいいじゃねえか。ケチ臭いこと言うなよ。」
「そーそー。ってか、だいぶわかりやすかったと思うよ〜?」
そう言う俺とアイルを交互に睨みつけてくるが効果なし。面白いおもちゃを目の前にした俺たちの前にその程度の怒りなど無力に等しいのだ。
「そうは言いますけどエヴァンス、あなた否定はしてませんよね?」
そこへすかさずとどめを刺すオノロン。無自覚なのかわざとなのかは知らないが、相変わらず容赦がない。現にオノロンの一言によって、エヴァンスは完全に黙りこくってしまった。俺たちはそれ以上何も言わず、奴の次の言葉を待つ。
少しの沈黙の後、エヴァンスは口を開く。
「……そうだよ。みんなの言う通り。……僕は、ウリムのことが好きなんだ。」
今まで聞いたことがないほどか細い声でそう呟いた。その顔は酷く弱々しくて、普段大人ぶってものを言うエヴァンスの面影など少しもなかった。初めて見る年相応の子供らしい顔だ。
「お、おぉ〜……。」
思わず声が漏れる。アイルも同じような声を出して、変なハーモニーが出来上がる。
「何『おぉ〜……。』って!言わせるだけ言わせといて何その反応は!!」
ここぞとばかりに文句を言うエヴァンス。聞いといておぉ〜という感嘆で終わらせたのは申し訳ないとは思っている。けどいざこんな事態を実際に目の前にするとそれくらいしか出てこないのだ。
「二人も二人だけどオノロンは何?なんで泣いてるの?」
俺たちが変な音を口から出している横でこいつはずっとすすり泣いていた。こいつの方が意味がわからない。
「いやなんか……大きくなったなって……思いまして……。」
一応最年長だからなんだろうが、だいぶ気持ちが悪い。エヴァンスも案の定オノロンの様子に引いている。
「大袈裟なんだよオノロンは。ていうかやめてよ、そんなことで泣くの!こっちまで恥ずかしいから……!」
「そんなこと言われても……涙が止まらないんですよ。」
酒が入っている訳でもないのに、面倒くさいことになったオノロンは一旦無視。俺たちには目の前のおもちゃ、もといエヴァンスの話をさらに掘り下げなければならないという使命がある。
「あー……こいつのことはいい。ところでエヴァンス、いつからなんだ?それ。」
ウリムとエヴァンスは研究テーマが対になっているため接触機会は多い。そのためこうなるのも無理はない。だからこそいつから好きだったのかとか、好きなことを自覚してから態度がどう変わっただとか、そういう話が聞きたいのだ。
「いつからって言われると僕もはっきりとはわかんなくて……。なんか、気がついたら好きだった、みたいな?」
「なんだそれ、はっきりしねぇな。」
「しょうがないでしょ!気がついた時には好きだったんだから!」
「なら、ウリムのどこが好きなの?さすがにそれはあるでしょ?」
アイルがすかさず質問を挟む。確かにいつからがはっきりしなくても、好きなところは何かしらあるだろう。いい質問だと目で訴える。
「好きなところ、かぁ……。そう言われればいくつかあるよ。」
「ほう、例えば?」
「僕の作るクッキーを五十点って言うけど、毎回ちゃんと食べきってくれるところとか……。考えてることが割と顔に出るところとか……。」
「なるほど、つまりは顔が好きなんだな。」
「そんなんじゃないってば!」
どうせカルナスにはわかんないよ、と言いながら、エヴァンスがそっぽを向く。その時見えた耳は真っ赤だった。ウリムは顔に出やすいと言うが、こいつも大概だろう。
「そりゃ顔もかわいいけどさ……。ウリムはすごいんだ。僕よりよっぽど難しい研究テーマなのに、文句一つ言わずに真面目に取り組んでるでしょ?それがすごくかっこいいなって思うんだ。」
そういうところ含めて全部好きなんだよ、と言うエヴァンスの顔は、未だ火照ってはいるもののどこか清々しかった。それは聞いているこっちが少し恥ずかしくなる程に。
「ふーん、言ってくれんじゃん。」
「全くね。俺たちの弟がこんなに大人になってるなんて、なんか感動したわぁ。」
感心している俺とアイルを横目に、オノロンは未だ号泣を続けている。
「そんで、いつまで泣いてんだよお前は。」
「すみません……。あまりにも純愛で、つい……。」
そう言いながらハンカチで目元を覆っている。普段のこいつの言動を知っているからこそ、その動作がやたら嘘くさく見えてしまった。まぁ、その気持ちだけはわからなくもない。
「で、告白は?いつすんの?」
この空気をぶった斬るアイルの無神経な発言に、エヴァンスの顔が再び赤くなる。
「こっ、告白!?出来るわけないでしょ!?」
小っ恥ずかしいことは言えるくせに、こういうことにはまだまだ初心だ。さっきと同じ調子で好きだと言えばいいだけだろうに。
「別に、ウリムとどうなりたいとかないから!同じような研究テーマでペアも組めてるし、クッキー食べきってくれるだけで十分だから!」
何をぬるい事を抜かしているのか。さっきまでの感心を返して欲しい。
「えー……せっかくの告白チャンスなのに……しないの?もったいなーい。」
言い出しっぺのアイルは机に突っ伏してぶーぶー文句を言っている。
「そんなこと言ってるけど、みんなはどうなの?自分に好きな人がいたとして、そんな簡単に告白できる?それに僕のこと散々おもちゃにしてるけど、みんなこそ好きな人いないの?」
エヴァンスはここぞとばかりに反逆に出るようだ。
「いないな。」
「いないねぇ。」
「いませんね。」
結果はエヴァンスの惨敗である。酒カス、サボり魔、詐欺師みたいなこの三人に限って、そんなものに縁があるわけないだろう。
「じゃあ僕が告白しないことにも文句言えないでしょ。」
「いや、それは違うぞエヴァンス。俺だったら即座にする。」
すかさずアイルが手を挙げる。
「え?だって好きな人いないんでしょ?」
「そーだよ。でも、もしいたら俺はすぐ告白すると思う。」
「どうして?」
「だってせっかく好きって気づいたんなら早く伝えたくね?美味いものが出来た時に『これ美味いよ』って誰かに教えたくなるような感覚というか。」
「なるほど……?」
「あとは誰か別のやつのところに行って欲しくないからかなー。相手が俺の事好きじゃなくても、俺は君のこと好きだよーってわかっておいて欲しいっていうか。アピールはしとかないとね。スタートラインに立たなきゃゴールも結果もないんだから。」
アイルにしては珍しく真面目な顔をしてそんなことを答える。
「まぁ、それは一理あるね……。アイルでもそれっぽいこと言うんだ。」
「おい聞こえてるぞー。」
普段何を考えているかわからないとはいえ、随分と真面目な受け答えだと思った。こいつにはこいつなりの哲学的なものがあるんだろう。
「アイルはまぁわかったけど、オノロンとカルナスは?二人はどうなの?」
エヴァンスがこちらにも話を振る。こうなった時のこいつは結構面倒臭い。
「俺の恋人は酒とタバコだ。そういう意味じゃ、毎日告白してるようなもんだろ。」
「もーそういうのじゃないのに……。オノロンは?」
「私はしませんね。」
「でしょ!」
まさかの意気地無しが二人とは。てっきりオノロンは告白するタイプだと思っていたばかりに驚く。
「私は……好きになった相手には幸せでいて欲しいんですよ。恐らくですが、私は人のことを幸せにすることは難しいんです。その人にとってたまたま必要とされたのが自分なんだと、この席には誰でも座れて、いつだって替えがきくのだと思い込んでしまうんです。そんな臆病者と一緒に居たって、幸せにはなれません。私には、それがどうしたって許せない。だから想いは心の内に秘めて、その人の幸せを祈るんです。」
思っていた以上に重い。重症である。案の定アイルもエヴァンスも顔が引き攣っているではないか。可哀想に。
「なんか、僕とは考えてる事のスケールが違いすぎて……。びっくりしちゃった……。」
「気にすんなエヴァンス。こいつが頭おかしいだけだから。」
「カルナスに言われてもなぁ……。」
「まぁとにかくだ。」
この話を始めてからだいぶ時間が経つ。そろそろ締めとした方が良さそうだろう。
「今日ここに出くわしたのが俺たちで良かったな、エヴァンス。安心しろ。この話は俺たちだけの秘密だ。」
「信用ならないなぁ……。本当?」
「本当だよー。逆にイゾルカとかじゃなくて良かったっしょ?あいつだと多分すぐウリムに言っちゃうよ?」
「あー……確かに。まぁいくらかは信じられるかな。」
エヴァンスは他の誰かに言ったら許さないから、と俺たちに釘を刺して、片付けの続きへと戻っていった。
「かわいい弟の頼みですからね。他言無用ですよ、二人とも。」
「おーよ。しっかし、マセガキだと思ってたけど思ったよりしっかりしてんだな。」
「ねー、俺もびっくり。上手くいくといいなぁ。」
「上手くいくだろ、あいつなら。」
遠くから見つめる小さな背中は、さっきよりも背筋が伸びている。そんな背中を横目に小さく頑張れよとだけ零して、三人で部屋を出た。
了




