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此処を先途と救済を  作者: よるのすきま
第一章 愛すべき日々の記録
10/23

Something that fell won't come back

オノロン視点



コンコンコン、ときっちりノックを三回。扉の向こうからの返事を待つ。返事はない。

(やはり、部屋には居ない……?)

諦めて向こうへと歩いていったカルナスを追いかけようかとした時、「あーい、誰?」という間の抜けた声が扉の向こうから聞こえてきた。

「……アイル、私です。少しお話いいですか?」

「あーオノロンね、はいはい。今開けるからちょっと待っててー。」

そう言うと彼は自室のドアを開ける。ドアの向こうから覗いた彼の顔はいつも通りだ。

「どした?中で聞こうか?それともラウンジとかのがいい?」

子供たちは研究所内をウロウロしている。万が一ラウンジに戻ってこないとも限らない今、迂闊に外で話すのは避けたかった。

「個人的なことですので……。できれば、中で。」

「そ。わかった。部屋汚いけど文句言うなよー。」

彼はそう言うと、あっさりと私を中へ招き入れた。

部屋の中は確かに少々荒れている。普段ならお小言の一つや二つ出るところであるが、今はそれどころではない。

「んで、話って?」

「大した話ではないんですがね。」

少しだけ、逡巡した。本当にこの話をしてしまっていいのだろうか。ただ少しだけ動きが怪しいというだけで、彼を尋問するような真似をしてしまっていいのだろうか。仮に彼が何も知らなかったら、私は彼に余計な重荷を背負わせることになる。

「……どしたの?顔色悪いけど。」

アイルの声がけでハッとする。なるべく平静を取り繕おうと口角に力を入れ、深呼吸をする。

もうここまで来たのだ。どのみち誤魔化して引き返すことなんてできない。それに、アイルはこの件に関係ない可能性だって十分にある。心の中の蟠りを無くすにはこうするしかないのだ。

「……アイル。あなた、私達のことについて何か知っていますか?」

慎重に言葉を選ぶ。声の大きさ、スピード、息継ぎのタイミング。全てに神経を集中させ、アイルの反応を待った。

彼は、瞬きひとつしなかった。呼吸も乱れることなく、いつも通りのアイルがそこにはいた。しかし、次に彼の口から放たれた言葉は、今までのアイルのものとは確実に違っていた。

「私達って……オノロンと誰かってこと?それとも……俺達全員のこと?」

そう言った時、ほんの少しだけ瞳が揺れた気がした。

知っている。この男は、私達に関する何かを確実に知っているのだ。宛になるかもわからない私の直感が、この時は確かにそうだと告げた。この言い方と瞳の揺れは、明らかに勘違いなどではない。

「……その言い方、あなた何か知ってますよね?」

「さぁ。オノロンが言う『私達』が何なのかハッキリしないから何とも言えないんじゃない?」

あくまでもアイルはまだ白を切るつもりだ。私が言っていることの意味なんて、どうせ最初からわかっているくせに。

「私達全員ですよ。あなた、本当は全てわかっているんじゃないですか?そんな態度で何も知らないとは思えません。」

「思えないってだけで決めつけるか?普通。オノロンって案外喧嘩早いところあるよねー。」

「話を逸らさないでください。これ、見覚えありませんか?」

そう言って、例の本を取り出す。それですら表情一つ変えない。

「なにそれ、真っ黒じゃん。どうした?どこで見つけたの?」

「どこだと思います?」

「資料室か倉庫。」

「半分正解。資料室です。これにも見覚えがありませんか?」

「ないねぇ。どうやら俺を疑ってるみたいだけど、いくら聞いたって何も出ないよ?俺、本当に何にもしてないから。」

あくまでも「自分は無実」であるつもりらしい。この話が始まってからというもの、この態度は一度たりとも崩れていない。それでも、本当に何も知らないのであれば「そもそも何の話をしているのかわからない」と言うはずだ。しかしこの男の表情からも言動からも、そんな意識は微塵も感じられない。彼は確実に「何か」を知っていて、私がそれについて問い詰めていることをわかった上で「知らない」と言い、反応を楽しんでいるように見えた。

あまり話しすぎてこちらが考えている余計な事を伝えてしまっても面倒だ。とりあえず「そうですか。」とだけ告げ、部屋を出ようと立ち上がった。

「あれ、もういいの?」

「……はい。今のあなたではお話になりませんから。」

「そ。ま、いーや。んじゃ俺は寝るから。またねー。」

その言葉を最後にアイルの部屋を後にする。閉ざされた扉からは、何も聞こえなくなった。

急いでカルナスに報告しなければ。そう思い、震える手を押さえつけながら研究所内を歩く。

怖い。久々に、恐怖というものを感じた。アイルの一言一句、一挙手一投足に、何一つ生気を感じられなかった。全てを見透かされ、掌で踊らされているような、そんな感覚。冷たい瞳はどこまでも濁っていて、そこに私が映っていたかは定かでは無い。普段から何を考えているか掴みにくい子だとは思っていたが、あれはもうそういうレベルのものではないだろう。

(アイル……あなた、一体何者なんですか……?)

焦る胸中に呼応するかの如く、足は一歩、また一歩とその歩みを早めた。



「カルナス!」

声をかければ、見慣れた桃花色の髪が揺れる。きっと私は余程酷い顔をしていたのだろう。振り返ったカルナスは私を見るなり困惑の表情を浮かべた。

「……何があった?」

ラウンジで他の子供たちに聞かれることのないようにと、ラウンジから離れた研究室へと移動する。扉を閉め椅子に腰掛ければ、ずっと喉の奥に閊えていた空気と嘔吐きが同時に押し寄せた。

「とりあえず水飲んで深呼吸しろ。話はそれからでいい。」

慣れた手つきで私を介抱するカルナスの顔に、先程までの困惑はない。今あるのは事実を知りたいと思う焦燥感と、ほんの少しの怒りだろうか。

「……もう、大丈夫です。お手数お掛けしました。」

「まだ顔色悪いぞ。別に無理しなくていい。」

「無理はしていません。それよりも、カルナスに早く伝えたいんです。」

「そう言うってことは、何かあったんだな?」

「ええ。あなただって、早く知りたいんでしょう?」

そう言えばカルナスは軽く笑いながら「話せる所まででいい」と呟いて、対面の椅子に腰掛けた。

「先程まで、アイルと話をしてきました。」



「……なるほどな。お前の問いかけに意味ありげな答え方をしていたわけだ、あいつは。」

「ええ、そうです。本を見せても特に言及はしてきませんでしたが……。」

「言及してなくてもそんな態度なら何かしら知ってるのは確実だろ。あいつ、まじで何考えてやがるんだ?」

「それも……わかりません。」

報告の後、訪れる静寂。ここにある事実は、何もわからないということだけだった。アイルが何を考えているのかも、何を隠しているのかも、私達がこれからどうすればいいのかも。何も、何もわからなかった。

「……カルナス、これからどうしましょうか。」

沈黙を破るために自ら絞り出した声は、酷く弱く、微かに震えていた。

「……どうもしないんじゃねぇの。」

「え?」

「別に、今まで通り普通にしてればいいだろ。」

「そ、それはそうですけど……!」

そうしたいのは山々だ。しかし今回の一件で、アイルは私が何か知っていることを理解した。目を付けられない訳が無い。自分だけに危害が加わるならまだしも、カルナスや他の子供達に何かあってからでは遅いのだ。

「平気だって。アイルは無意味に人を襲ったりしねぇよ。」

私の不安を感じ取ったのか、カルナスはそう呟く。

「余計な気張らなきゃいいんだよ。それに、俺たちは外への扉を見つけてる最中だ。それが見つからない限り、何かしてくることは無いと思うぜ。」

おまえはいちいち考えすぎなんだよ、と言ってからからと笑った。

大丈夫の根拠なんてどこにもないのに、不思議と大丈夫な気がした。一朝一夕の努力でどうにかなる問題でもないのなら、焦らず慎重に。安全な時間を少しでも先延ばしすることに集中した方が良さそうだ。

「……カルナスの言う通りですね。私達にできることを、一つずつやりましょう。」

「そーそー。それでいいんだよ。まぁ、引き続きアイルの動向には気をつけた方がいいだろうけどな。」

こうして、現状維持という結論で報告会は終結した。心の内には様々な疑念や不安が渦巻いているが、考えても進展は無いだろう。研究室からラウンジへと向かう長い廊下を、カルナスの背を追って歩きながらそんなことを考えた。

脳内でアイルとの会話を反芻する。その中でも一際引っかかりを覚えたのは、彼の発した「俺、本当に何にもしてないから。」という言葉。あれは一体どういう意図だったのだろうか。

「おい。もうあいつらの前になるんだからいい加減顔色戻せ。」

そんな思考も、カルナスの突然の呼びかけで吹き飛んだ。いつも通り深呼吸をして、口角を上げて、目を細めて。決して、他の子供達には悟られることのないように。

心の中を掠める一抹の不安をかき消すように、皆が待つラウンジへと重い足を向けた。




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