優秀なフジミヤくん
魔王城はユキオリ=テンカの能力によって形成された構築物である。彼女は展開と圧縮を施行し数多の空間を生成できる。能力を施行している最中は構成した空間から離れることが出来ない。
数刻前
「ま、参ったな」
細身でスレンダーな美女が冷や汗を垂らしながら話す。
「まさか魔王城に神導者が入ってくるなんてね。思いもしなかったよ」
テンカは目の前の如何にも勇者ですという神々しい格好をした男に語る。
「君たちの魔王様は意外と弱いんだね」
事務机の上にどすんと魔王ラスカ=バングの生首が置かれる。
テンカは一瞬、唾を飲むが直ぐに次の言葉を放つ。
「ああ、魔王はお前らとは違って平和主義者なんでね」
「フフフ、魔族が平和主義者?そんな無駄な事をしないで魔族らしく生きたらどうだ?経典じゃ君たちは悪者扱いだよ」
「勘違いしないで欲しいな。魔族にも心優しき者はいる。勿論その反対も存在するがな。それは人間も同じだろう?」
「そう僕らみたいな必要悪とかね」
「で?今まで直接的に武力行使をしなかったお前らが来た理由はなんだ?魔王を殺して私は殺さないのか?私にでも惚れてしまったのか?」
「確かに君は美人だが、僕の好みではないので遠慮しておくよ」
「じゃあ、本題に入ろうか」
男は深く座り直した。
「エズキツ=シロを抹消しろ。これが僕たちの今回の勅令」
「はぁ?なぜシロを?」
「どうやら僕らの計画に邪魔なようなんだ。忌み嫌われる不死身が存在してはいけない。僕らの神聖な計画にはどうしても排除しなければならない邪魔な存在なんだ」
「逆に私らは抹消しなくてもいいのか?」
「ああ」
「しかし、シロを抹殺しようにもアイツは不死身で生き返るぞ」
「筋書きは出来てるからそれに従ってくれ。ちゃんと彼の不死身に対してもしっかり対処は出来ている」
男は折り畳んだ紙を渡す。テンカは渡された紙を開きザッと目を通した。
「地獄扉ってお前これ言い伝えじゃないのか?」
「詳しい事は分からない。お上が言ったんだから実際にあるんじゃないのか?あのお方が胡乱な話を信じ、計画するとは思えないからな」
「まぁ兎も角この勅令は必ず果たしてくれよ」
「演技は苦手なんだがな。私が他の仲間に告げ口をすることも可能なはずだが。そこはまさか考えていない訳ではないよな?」
「ああ、勿論。お前が告げ口しようとしてもそれは不可能だ。祝福で封じられているからな。その根拠にお前が目の前にいる僕を殺せないという事象が起きているじゃあないか」
「流石、神導者。全く面倒くさい」
「あ!もう1つ聞いておくことがあるんだ」
「なんだ?」
「魔王城付近にある黄泉って知らないか?」
「なんだ?それは」
「分からないならいいよ。これこそ本当に言い伝えなんだ。じゃ、僕は私用で散策してから帰る」
「さいなら」
男は椅子からたった後、服装を整え礼儀正しく部屋から出て行った。
冷や汗はもう既に乾いていた。
暫くしてからテンカは深く大きい溜息をした。
シロを裏切る。そして魔王が死んだ。同時に起きた2つの事件。魔王の死、それ自体は首から下を確認していないからなんとも言えないなぁ。指揮撹乱の為に拉致った可能性はまだ十分にある。しかし、シロを裏切るのかぁ。
はぁ。
あの、たった14歳の少年をねぇ。
森に1人、裸体の男。
彼の名はエズキツ=シロ。後に世界を滅亡に追いやる惨めな不死身。
今さっき、復讐を誓ったところだ。
シロは不自然に落ちていた新鮮なリンゴを見つめ手に取る。
なんでこんなところにリンゴが?まぁそんなことより服が欲しいな。流石に裸のまま彷徨く訳にはいかない。
そう思った裸の男は森の中を彷徨う。なんとなく見たことのある場所だった。
特徴的な葉と甘い樹液の香り。
桜食。樹液に群がった害虫を摂取する食虫植物。樹液は栄養素豊富でとても美味しい。樹液の元は虫なのだが、知らない方がいいだろう。群生している付近に害虫は存在しない。それは桜自身が選り好みしているからだ。蜜蜂や蝶類は彼らと共生関係にあるようで、ここら一帯には綺麗な虫がよく見られる。ちなみにことわざで「悪い子は桜に喰われる」というモノがある。
ここら辺にはアイツの家があるからそこで服を拝借しよう。
シャリっ。
リンゴを齧る。果汁が美味い。全身に生きる幸せが響く。久しぶりに食べ物を口にした気がする。
ん?
森から林道の方に目をやるとキョロキョロしながら歩いている明らかに不審な男を見つけた。
男の腕には見覚えのある衣服があった。
あれは俺の服だ。なぜあの男が持っているんだ?
疑問に思った俺はとりあえず裸のまま勢い良く走り、男の前に飛び出す。
「うわぁぁぁぉおおおぁ!!!!!!」
男は腰を抜かし道に倒れる。当然である。森からいきなり全裸の男が出てきたのだ。さっきは男の方を不審な男と言ったが、この状況なら俺の方が明らかに不審者であり変質者だろう。
「おい人間。なぜ俺の服を持ってるんだ」
「うあううう」
驚きのあまりに頭が整理できていなさそうだ。
「おい!人間!なぜ俺の服をもってるんだ!?」
「へぇゃぁぁぁああ、お、落ちてたんですぜぇ」
男は動揺しながら話す。
「落ちてた?」
「はいいい、森の中に落ちてたんですぅ」
「それで?なぜ拾ったんだ?言ってみろ」
俺は男の首を掴む。
「や、やめてください!殺さないでください!娘がいるんですぅぅぅ!」
男は足をジタバタさせながら藻掻く。
「正直に言えば助けてやるよ」
「こ、高価な装飾がなされていたんで置き引きしようとしたんですよ!お金が無いので売ろうかと!」
「ほー正直者だな」
「は、はい!そうですよね兄貴?正直者ですよね?へへ、命だけはね?」
「いいぞ、消えろ!」
「は、はいい。では兄貴すいませんでしたぁ!」
男は首に手を当てながら逃げて行った。
「痛っ!」
突然、ナイフが俺の首に刺さる。
「消えるのはァァァアッ!テメェエエエエエだ!!!!!ボケェカスがァァァ!!!!」
情緒不安定な男は刺さったナイフを横にスライドし首の肉を割く。
「こんの変質者がよォ!!!俺の邪魔すんじゃあねぇ!」
男は俺の服を取り返す為、わざわざナイフで俺を殺そうとしたようだ。
「お前なぁ」
「まだ生きてるのか、楽にしてやるよォォ!」
男は首に目を凝らす。切ったはずなのに切れてない。男の顔は見るからに変容する。四天王所属、不死身のシロ。魔王軍を知らない者はいない。多分、目の前の変質者が四天王の一員であると恐らく分かったのだろう。
「あ!あ!あ!」
「あ」としか発言しない男は後ずさりする。吃るとこんなに情けないのか。俺もできるだけ気をつけよう。
「ふ、服置いてきますね!兄貴!お元気で!」
態度を変え、焦った様子で逃げる。人を殺そうとした奴を許すわけないだろ普通に。
「あれ!?」
男は驚く。
男の下半身だけが逃げていく。上半身は腕を一生懸命に振っている。
「あ!あ!あれぇ!?俺の下半身が先にィ!!」
俺は男から再度、奪い取った(返して貰った)服を着ながらその光景を見る。うん、いつもの服だ。なぜ森に落ちていたんだろうか?男と目が合い俺は笑い出す。
「ギャハハハハ!非礼のお詫びに身体を真っ二つにしてやったぞ!感謝しろ!」
「あ、あああ!」
約20m先で男の下半身がバランスを失い倒れる。同時に男の息も絶えた。
四天王というクズどもに復讐をするのだから、この悪者もついでに始末しておこう。その方が世の中の為だ。
世の中の為?
なぜ俺は世の中の為だけにコイツを殺したんだ?
疑問がまとわりつく。俺は人間にも魔族にも対して復讐をしたいのになぜ?世の中を良くする意味なんてないだろ?確かに以前、四天王として働いていた時は人間に対して慈善活動を行っていた。でも、それは魔王の全種平等の理念に沿っていたからだ。それも昨日までの話、四天王に裏切られた時点で彼らの思想に協力する意味はない。交流とは利害関係だ。
自分の復讐の思想と世の中を良くする断罪行為は矛盾している。俺は何がしたいんだ?
人を殺すことにただ理由をつけただけなのかもしれない。罪悪感から逃れるために。
嗚呼、中途半端な気持ちに気づけて良かった。この男には感謝を伝えたい。俺の行動をしっかりと今ここで決める。人間、魔族両者に対してしっかりと復讐することを今、誓う。これは宣戦布告なのだ。
善性を捨てて闘う。それが真っ当な復讐だ。
整備されていた林道を数分歩き、再び森に入る。迷うと最初の場所に戻されそうな森を歩くこと数十分。やっと家が見えてきた。これは小言なんだが、ここら辺の地域には蛇が出る。噛まれるとかなり痛い。それに加え毒草も生えているから気をつけた方がいい。
あそこにぽつんと建っているのはクレイ=クリスタの家だ。エルフで俺の唯一の友達だ。ここまで来たんだから寄っておこう。
俺はさっきの決意を思い出す。
彼女はエルフであって復讐の対象ではない。エルフはエルフという独自の扱いで人間でも魔族でもない。
ならヨシ!
ドアを蹴破る。
「うわぁ!」
エルフの象徴とも言える耳がピクリと動く。相当びっくりしたのだろう。
「よぉ!クリスタ!」
紅茶の香りがする。鼻に抜ける良い匂いだ。
「普通に開けてくれ」
そう呟くと物音を立てずに椅子から立ち、長く美しい銀髪を靡かせながら紅茶を入れる準備をする。
「で?なぜここに来たんだい?」
棚から陶器を出しながらそう話を持ちかけながら彼女は話す。
それを耳にした俺はいつもの席に座る。
「しばらく会えなくなるから雑談やら何やら話をしておこうかなと」
「へぇ、なんだい。仲間とまた何かするのかい?」
話が一旦止まり場がピリつく。
クリスタは静寂の中、淹れたての紅茶を俺に差し出す。
「紅茶ありがと」
クリスタは俺を見つめる。さっきの返答を待ってるのだろう。
「まぁ、そのなんだ?アイツらに復讐をするんだよ。裏切られたんでね」
「ふうん」
そう言ったあと天井を見上げ考えている。
俺はその間に角砂糖を5つほど入れ紅茶を飲んだ。
彼女は暫くしてから新たに言葉を紡ぐ。
「復讐、復讐かぁ」
「君は善い人なんだからそういう事はできないと思うな」