7話 馬鹿と天才は紙一重
坂本がサロルンから父親の特徴を聞き取り、警察への手紙を書いて使い走りに持たせて出す。
そして一夜明け翌日の朝になった。
商館内でさまざまな人が起き出して活動を始めるころ。警察からの使いがやってきた。
「坂本殿に報告せよと所長から言伝って参りました! 現在進展なしとのこと」
「なにもねぇのに来んなよ」
「猫ちゃん。起こされて不機嫌だからって当たらないで、この人だって仕事なんだから」
坂本はそう言ってから、やってきた巡査に声をかける。
「ご苦労様。また何かあったら報告お願いします」
「はっ! ではこれにて失礼」
そう言うと巡査は回れ右をして帰っていく。
その背中を見送り、玄関を閉めながら猫塚は言った。
「見つからねぇってことはもうこの街にはいねぇのかもな」
「そうかもね。もしそうなら北見に行く道すがら探してあげようか」
「そうだな」
執務室に戻ろうとする坂本に猫塚が言う。
「なあ、盗賊団のあいつは突き出さなくていいのか?」
「ん? ああ。そっちも手を打ってあるから大丈夫。出来たら警察沙汰にしたくないんだよね」
どういうことだ。
猫塚がそう聞く前にサロルンが起きだしてくる。
寝ぼけ眼の彼女は開口一番坂本に言った。
「おなかすいた」
「おはようサロルン。三人そろったし朝ごはんにしようか」
今日はトーストと目玉焼きだよ~
そう言って二人が大広間に向かおうとしたときだった。
扉が開き、誰かが入ってくる。一番にその人物を見た猫塚が火の目を見開き、言った。
「お前ら! 物陰に隠れろ」
猫塚がそう言うと、懐から拳銃を取り出し、商会の入り口にいる人物に向ける。
猫塚の言葉通りサロルンを物陰に押し込んだ坂本が見たものは、昨日の大男。サロルンに襲い掛かっていた盗賊団の首領だった。
「てめぇこんなとこまで来るとは、どういう了見だ! 逆恨みにもほどがあるぜ」
激昂している猫塚の背後から、坂本が独り言のように言った。
「ああ。随分早いんだね。それだけ彼のことが大事だったのかな?」
そういって猫塚の前に出て、銃を下ろさせた。
「来てくれてありがとう。手紙は読んでくれたってことでいいのかな?」
「読んだぜ。どういうつもりか聞きに来た。あんた本気で言ってんのか?」
「どういうつもりも何も本気だけど?」
「なにがどうしたんだ?」
物陰に押し込んだはずのサロルンがひょこりと出てくる。
そんなサロルンに、猫塚はお前は伏せてろ。とジェスチャーを送ってから言った。
「どういうことか説明して貰わんと話が見えん」
「あ、そっか内容は言ってなかったもんね。盗賊団を全員うちで雇えないかなと思ってお手紙送った」
「は?」
猫塚は口を開けて呆然としている。
坂本は続けて言った。
「あの後もう一回目を覚ましたから、僕が直接交渉して住所聞き出したんだ」
「聞きたいのはそういうことじゃねぇんだが」
猫塚が混乱からか軍帽をかきむしっているうちに大男が言う。
「嘘をつくならもっとましな嘘をつくだろうと思って確かめに来たんだが、本物だなこいつは」
「僕に二言はないよ。荷揚げの人足は何人あってもいいし、ほかの仕事がよければ適当なのを見繕えるかもしれない」
「本気なんだな。それを聞けたならいい。今すぐに全員を集めてくるから荷揚げの仕事をさせろ」
「よろしく。こっちも早速手配するよ。はい。これが新しい仕事場の住所。すぐ港向かって仕事教えてもらってね」
坂本が懐から取り出し、メモに走り書きしたそれを受け取り、盗賊団の首領だった男は大人しく帰ってゆく。
彼がまるで当たり前のように去っていくのを猫塚は頭を抱えて見送った。
「お前。……俺の時も思ったが明らかにおかしいだろ」
坂本は黒髪をかきあげながら、言った。
「何が?」
「何がじゃねぇよ。信用しすぎじゃねぇのか?」
「ああ。僕商人なんで目利きは確かだからね。人間も品物も変わらないよ」
「……」
色々と言いたいことはあったが、あまり口達者ではない猫塚は言い返せずに沈黙を返した。
サロルンが坂本を見つめて言う。
「本当にありがとう。それとごはん」
「ハハッそうだね。冷めちゃうから行こうか」