5話 三匹目の子猫ちゃん
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カッテンディーケ卿と合流した坂本、猫塚、サロルン。四人は大広間に行き、人数分の茶と菓子を出してもらう。
今日の飲み物はコーヒー。茶菓子はスコーン、そしてアイスクリンだ。
お腹を空かせているであろう猫塚の分は気持ち多く盛ってあり、さらにトーストと目玉焼きまでついている。
それらをサロルンがもの欲しそうに見ていたが、猫塚は知らんぷりだ。
アイスクリンとは、牛乳と卵と砂糖を混ぜて冷やしたシンプルなアイスクリームだ。
少し前まで舶来品しか存在しなかったそれは、この時点でもとても高価な品だ。
現在の価値で一人分5000円を下らないアイスが全員に配分された後、坂本はカッテンディーケ卿に質問をする。
「運び込まれた彼の具合はどうだった?」
「足の怪我はひどかったデス。デスガ命に別条はアリマセン。何とか処置を終わらましたガ。歩けるかどうかは本人次第デスね」
「先ほど一度目を覚まして何事か言っていましたガ、痛みで錯乱したので痛み止めで眠って貰イマシタ」
「そうか、話を聞けるようになるまではまだ時間が必要そうだね」
坂本がそう言うと、カッテンディーケ卿はサロルンに目を向ける。
「そしてこの子は新しい猫ちゃんですネ? 三匹目の今回は子猫ちゃんデスカ~。可愛いデス」
ヨロシク。そう言って手を差し出すカッテンディーケ卿をサロルンは見ていない。
むしろ猫と言われたことにショックだったのか下を向いている。
「ドウシタンデス?」
「なあ。お前たちにとってメコはどういう動物なんだ?」
「メコ? 猫のことかな。猫は穀物に害をなすネズミを取る小さな狩人だ。そして気まぐれでとても可愛い。人間の良き友達でもあるよ」
少女はまだ下を向いている。しばらくして、ぽつぽつ話し出した。
「……じゃあ悪い意味じゃあないのか。アイヌではメコは良く思われない。なぜなら飼い主に嫉妬してその家族に取り憑いて殺してしまうから、最後には飼い主までとり殺してなり替わるって言われてる」
「アイヌではそう言われてるのか、日本の昔話にもそういう筋書のものがあるね。けど大丈夫。ここにいる猫ちゃんたちはみんな可愛いよ」
そう言って両隣の猫塚とカッテンディーケ卿の肩に手を回す坂本。それに猫塚が呆れたように言う。
「大の男に可愛いはねぇだろ可愛いは」
「そうですカ? 我々キュートなところもあると思いますヨ」
「??? 二人ともメコなのか」
何を言われているのか分かっていないサロルンにカッテンディーケ卿は言った。
「ワタシ名前、猫入ってまス。猫の堤小さい堤防って意味でカッテン、ディーケ。デス」
「なるほど、猫塚はそのままメコだな。じゃあ二人ともメコだ」
そう言ってサロルンは二人をニコニコと見つめる。
気恥ずかしくなったからなのか、坂本の腕を振りほどきつつ、猫塚が意外なことを言った。
「そういうお前の名前の意味は何なんだ?」
坂本がそれを不思議そうな顔で見る。
サロルンは言った。
「私の名前はサロルンカムイから来ている」
「サロルンカムイねぇ。それは何だ?」
「大きな白い鳥だ。頭の上が赤くて。ところどころ黒い部分もある。父の生まれたコタンの周りの湿地によくいたようだ」
湿地にいる大きな鳥。そこまで聞いたところで坂本が嘴を突っ込んだ。
「タンチョウヅルのことかな?」
「お前たちはそう呼ぶのか? 多分そうだと思う」
ふむ。確かに言われてみれば鶴のように見えなくもないな。
猫塚はそんなことを思う。
白と黒のコートは体に合っておらず、大分隙間がある。
移動する際にぴょいぴょい跳ねるさまは、まるで翼をはためかせているようだった。
頭に巻いている鉢巻のようなものに引かれた朱色。
まさしく名は体を表すとはこのことだろう。
少女と猫塚はしばし見つめあう。
「私の顔に何かついているか?」
「……いいや」
猫塚は視線を外し、席につく。
溶けかけのアイスが、スコーンの上から取り皿に零れ落ちていた。
「サロルンもアイス溶けちゃうよ? 食べ方分からないなら手伝おうか?」
「お願いする」
坂本がスプーンでアイスを掬うと、サロルンの口元まで持っていく。
サロルンは口にアイスを放り込まれると至福の顔をした。
猫塚はそれをただ見つめる。
その間にも手元のアイスはまた溶けていくのだった。




