26話 悪魔の葉っぱ
サロルンから取り上げた葉タバコ状の物体。
それを掲げ、匂いをかいだ坂本は顔をしかめた。
「……そういうことか。なら色々と腑に落ちるね」
「返せ!」
そう言って手を伸ばすサロルンに坂本は冷たく言った。
「返せ? そんなことはできないな。君はその袋を僕たちに渡してもらえるかい。君に悪気がないのは分かってるけど、このまま野放しには出来ないな」
怒気のこもった言葉を向ける坂本にサロルンはうろたえる。
「どうして? 私はただ」
「坂本さん。もしかしてこの子」
心配そうな顔をする武市に、坂本はうなづいて言った。
「ああ。万能薬を騙り、心を壊す薬を売る商人がいると聞いていたけど、まさか君がそうだったとはね」
「心を壊す、薬?」
「この草は大麻って言ってね。本来の用途は布やロープなんだけど、乾燥させた葉を吸引すると酩酊状態になるんだ。それだけならまだいいのだけど、厄介なことにこれを繰り返し使用することで心を壊す作用がある。しかも法規制されていないから流通を止めるのも難しくてね。うちの商会の子たちも何人もこれにやられちゃってさ」
「真面目で勤勉だった子がある日突然廃人になるのは想像つくかい? 人様の親から預かった子たちにそんな思いはさせたくないだろう。だから商会の規則で禁止して、僕らで犯人を追ってたんだけど
。思い返せば和人ばかりやられてたからそこから気づけたかな?」
坂本は、感情のままに陸奥守に手をかけようとする。
だが、偶然目の端に倒れ込む猫塚を捕らえた。
すると彼にいつもの優しさが戻る。
「こんなことで揉めてる場合じゃない。まずは猫ちゃんの手当をしよう」
「彼の手当てが終わる前に逃げたければ逃げればいい。その袋を置いていくなら深追いはしないよ」
坂本は猫塚を背負い、武市と共に家の中に入ってゆく。
サロルンはそれをどうすることも出来ずに見送った。
家の中に入ると猫塚は宿泊のために用意されていたベッドに寝かされる。
坂本は自分が面倒を見ると言い、武市を下げさせた。
武市が居なくなると、坂本は意識がもうろうとする猫塚に言う。
「不幸中の幸いってのはこのことだ。諜報員って自白用に薬物を使う場合もあるっていうけど、大麻も使うのかな?」
「まあ試してみれば分かるけどね。毒も君の秘密も、洗いざらい吐いてもらうよ猫ちゃん」
*****
翌朝。
猫塚が目を覚ますと見知らぬベッドの上だった。
起き上がろうとするも全身が虚脱感につつまれ思うように体が動かない。
しかも左足が燃えるように痛い。直火で焙られているような痛みだ。
せめてもの抵抗にと唸り声を上げると、それに気づいたのかどこからか声がかかった。
「起きた? 体はどう?」
声の主はベッドのそばにある椅子に座っていたらしい。声の主に体を向け猫塚は言った。
「坂本か。体は、すごく重いな。よっぽど朝の荷揚げの分が効いちまったらしい」
聞いた坂本の動きが一拍止まる。猫塚はそれに気づかずに言った。
「北見に入ったとこまでは覚えてるんだが、ここはどこだ?」
坂本はまた一拍止まった。しかしその後は淀みなく答える。
「ここは武市さんの家だよ。覚えてる?」
「お前の知り合いだったな。そこまではなんとか」
「礼拝堂で挨拶をしてる時から猫ちゃんの様子がおかしかったから、早めに寝床を用意してもらおうとして、この家に向かってる途中で倒れたんだ」
昨日あった都合の悪い事実を一切合切無かったことにして、坂本は取り繕う。
そして大麻のせいで軽い記憶障害を起こし、北見到着以降の記憶を飛ばしていた猫塚はあっさり信じた。
「マジかよ」
「うん。しかも運悪く転がった先にアイヌの仕掛け弓まであってね。毒抜きはしたんだけど、ごらんのありさまだよ」
足の痛みは仕掛け弓の毒のせいか。猫塚は腑に落ちる。が、同時に別の疑問がわいた。
「アイヌの仕掛け弓の毒はトリカブトだ。毒抜き出来ねぇ類のはずだが、どうやったんだ?」
「え? 一つあるじゃん。科学的に解毒は無理でも物理的に吸い出せば……」
部屋を見渡すと赤黒い液体で満たされた椀が目に入る。つまりこの男はやったのだ。物理的に。
何をされたのか、想像を振り払うように猫塚は大声を上げた。
「今のは聞かなかったことにしてやる!!!!」
猫塚は大声を出したせいで声が頭に響き、また突っ伏している。
坂本はそれを慈愛のこもったほほ笑みで見て言った。
「それだけ声が出せるなら大丈夫そうだね」
「面目ねぇ。すぐに治すから、お役御免は勘弁してくれ」
「ははっ。いいよ。君が死なないでいてくれただけで十分だ」
そこを扉がノックされる。
ちょっと展開が急な気もする。
史実だと坂本商会がマニラロープの権利持ってたりするから詳しいのかもしれないけど、もうちょっとフラグ込めておけばよかったな。




