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鉄血のユカラ  作者: 金鹿 トメ
カムイチュプのユカラ
24/28

23話 鉄の道

寒波とあんこう鍋のダブルパンチで体調が悪かったせいで遅れました。

皆さんは美味しくても調子に乗らず用法容量を守って食べてください。

 翌朝。サロルンが起きだした頃には猫塚と坂本はもうすでに動き出していた。


 坂本が様々な書類を作成し、猫塚は坂本が書き上げた積み荷の行先を指示した書類と手紙を伝令役として運んでいる。その手紙を受け取ったそれぞれの組織が人足をよこし、順次倉庫に送っていた。


「たいへんそうだな。そうだ!」


 サロルンは酒のつまみとして放り出されていたハムとチーズを取り出し、パンにはさみ込む。

それらを皆に配り、一行は簡素な朝食を済ませた。暇つぶしに読んでいた料理本の中の絵を参考にしたのだった。


 受け取った二人はそれぞれお礼を言う。


「ありがとうサロルン。本って役に立つだろう?」


「喰えなくもねぇな。ありがとよ」


 そして用事が終わると、港見物はせずに、網走川の河口近く網走湖の端にある三眺山のふもとまでやってきた。


 不測の事態により北光社の人間は出せないので、自力で向かってくれとのことだったのだ。

朝からの山登りにサロルンはへばっている。猫塚も慣れない船旅と朝の作業で疲れが溜まっているのか、イライラした様子でいった。


「おい。まさか北見まで歩いていく気じゃねぇだろうな。その気なら俺だけでも街に戻って馬を調達してくるが」


「大丈夫。もうちょっとだから」


「さっきから何回そのセリフ聞かされたと思ってんだ!」


 我慢の限界とばかりにキレかけている猫塚に、坂本は申し訳なさそうに言った。


「ごめんね。本当なら今頃は町まで引かれてる予定だったんだけど、去年の監獄の火事で工事が遅れちゃってるみたいでさ」


「引かれてる? なにが」


 へばり気味だったサロルンが坂本に聞く。

もったいぶっていた坂本もついに口を開く気になったようで、少しだけヒントを教えてくれた。


「サロルンにあげた本の中にもあるものだよ」


「いろは本の中に? あれは動物と植物と道具の絵が描かれてた。ということは道具だな?」


「そうだねぇ。道具といえば道具かな」


 坂本の言葉で猫塚は正解にたどり着く。


「そういうことか、なら確かに監獄まで行きゃなんとでもなるな」


「あれ? もうわかっちゃった?」


「まあ俺は大陸で実物を見たことがあるからな。乗ったことも何度もあるし」


「そっか、残念」


「乗ったこともある。ということは乗り物だな」


 サロルンは歩きながらパラパラとページをめくる。

だが、本物を見たことのない彼女は何度も何度もそのページを素通りした。

あれでもないこれでもないとページを捲る彼女の前が突如開け、鉄の道が現れる。


「? なんだこれは」


 二本の長い長い鉄の棒が等間隔で並べられ、下には木の板が沢山並べられている。

鉄の棒はいくつも繋げられ、その果ては見えない。

彼女はそれを調べるために近づこうとした。


「おっと危ない」


 すると坂本が後ろから羽交い締めにし、サロルンを抱き上げる。

急に足がつかなくなったサロルンは当然のように暴れた。


「なっ何をするんだ!」


 暴れるサロルンをさらに猫塚が押さえる。


「それはこっちのセリフだ! お前、細切れの肉片にされてぇのか?」


「なんで私がお前にチタタプにされなゃならないんだ!」


「おい坂本ぉ!」


 サロルンの質問には答えず、猫塚は鉄の道に踏み込むまで、ちゃんとサロルンを見ていなかった坂本に不満をぶつける。


 坂本は申し訳なさそうに言った。


「……ごめん。ちょっと行き過ぎたみたい。ここを戻ってさっきの分かれ道を左に行けば監獄に着くはずだ」


「ったく。それとサロルン。坂本より前に出るな」


「分かってる」


 猫塚はまた火のように赤い獣じみた目でサロルンを見る。野獣のような圧で猫塚はもう一言言った。


「分かってんならちゃんと守れ。細切れになってヒグマの餌になりたくなきゃな」


 自分が細切れにする。ではなく、細切れになる。

という言い方をしたのにサロルンは気づいたのか気づいていないのか。

サロルンは不貞腐れながら二人にはさまれて歩き、一行は監獄まで移動した。


*****


 一行は網走監獄の仮の獄舎の前までやってきた。

去年の火事で全焼したという獄舎は遠目に見ているだけでも隙間風がひどそうに見える。

新たな獄舎が完全に完成するのは二年後の明治45年の予定だ。

坂本は看守に言う。


「こんにちは。北光社の関連会社。坂本商会の坂本弥太郎と申します。木材の取引に参りました」


「ほい。遠くからご苦労さん」


「書類はこちらに。木材は港の指定の倉庫に預けてあります。そして北光社から連絡があったと思いますが、例のものを使いたい」


「ああ聞いてるぜ。おい新人。仕事だ。駅まで案内してやれ」


「え~。それ僕の仕事ですか?」


 後ろでくつろいでいる新人に先輩看守が言った。


「生意気言いやがって。豚小屋の掃除の方がいいか?」


「ハイハイわかりましたよ」


 一行は生意気な新人に駅まで案内される。

監獄の外に作られた石積みで一段高くなった場所。


 そこにあったのは先ほどの鉄の道。そして、その鉄の道の上にある巨体にサロルンはおののく。


「なんだこれは。蛇か? 牛か? ホヤウカムイ、サキソマエップ、お前たちはなんてものを飼っているんだ」


「汽車を見たことが無いのは分かったけど、そこまで驚くこと?」


 サロルンは驚かせようとした当の坂本が引くほどの驚きっぷりをしていた。

猫塚はそれに関わろうとせず、じっと汽車を見つめていた。


 サロルンの驚きが一通り落ち着くと坂本は説明を始める。


「これは汽車って言うんだ。元々人車鉄道の路線があってそこを馬を使って引いたりしてたんだけど、どうにも輸送量が少なくてね。網走監獄と共同で使う約束で、僕たち坂本商会と北光社の出資で舶来品の汽車を買い付けたんだ」


「網走監獄の囚人たちが汽車が進むための鉄道の工事を担当して、北光社で出来た産物を網走港まで運び、僕たち坂本商会が売りさばくって寸法さ」


「より早く遠くに進める欧州の文明の粋を集めた逸品。この鉄の馬は決して疲れない。そして馬の何倍もの馬力をもって重い荷物を引っ張れる。これが何台も揃えられるのなら、間違いなく北海道の開拓の力になるよ」


「これが、きしゃか」


 サロルンは持っていたいろは本のキの部分を開く。

そこにはまさしく、今、目の前にある鉄の馬が描かれていた。


「そういうこと。さあ、これに乗って北見に向かうよ」


「分かった」


「なあ坂本。野暮なことを聞いてもいいか?」


猫塚は遠くを見るような。ここではないどこかを見ているような目で言う。


「どうしたの?」


「……いやなんでもねぇ。気にすんな」


「? そう。なら乗って」


 坂本、サロルン。そしてしばらくして猫塚が乗り込む。

その際に誰にも聞こえないような小さな声で猫塚は言った。


「やっぱり俺は、おれはあなたを忘れられない」


「どうしたらいいんですか。やまなみさん」

10年に一度の寒波らしいですね。ますます冷え込むようですが、皆さんも健康にはお気をつけて~。

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