19話 流血の原因は
※めちゃくちゃ血が出てる描写があります。心して読んでください。特に男性はショックかもしれない
坂本は商談を終え、こちらが渡すことになった物品を船から下ろすために来た道を戻っていた。
目の前に飛び込んできた光景に思わず坂本は言う。
「どういう状況だい?これは」
彼の目の前に居たのは、コタンの出入口付近で薪割りをしている茂助となぜかそれを手伝っている猫塚だった。
自分たちを案内した後に作業に戻っただけなので、茂助までは想定内だったのだが、
なぜか猫塚も彼を手伝っていたことに対して坂本は冒頭の言葉を言ったのだ。
猫塚は悪びれもせず答える。
「恩を売って今晩の宿でも確保しとくかなと思ってな。この茂助って奴が手配してくれるそうだ」
「ああ。それもそうだね。僕たちはベッドで寝なれてるけど、サロルンはこっちの方がいいかも」
そう言ってサロルンに意見を求めようと振り向いた坂本は、彼女の顔色が悪いことにようやく気づいた。
「サロルン真っ青だよ? 大丈夫?」
「何だよ。腹でも下したのか?」
猫塚の嫌味にも答えない。その様子に猫塚は事態の深刻さを察知して慌てて駆け寄ってきた。
坂本も心配して近くに寄り添っている。
「お腹、痛い」
立っているのもやっとだったようでサロルンはその場にしゃがみ込む。背を撫でようとした坂本が臀部を濡らす赤色に気づいた。
「これ血じゃないか!」
いつの間に怪我をしたのかと坂本はサロルンを問い詰めようとした。
その時。猫塚が突き飛ばす勢いで坂本を跳ねのける。そして坂本が呆気に取られてる間に、猫塚はそのままサロルンを抱き抱えた。猫塚は茂助に言った。
「お前らのコタンの中で女だけの家はあるか? そこの人間にこいつの介抱を頼みたい」
「ああこっちだ。俺の姉さんで、占い師もやってるから病気も見られるぞ」
「こいつは多分病気じゃねぇが。まあいい。急いでそこまで案内しろ!」
サロルンを抱え、駆け出す猫塚に坂本は唖然としている。
そんな坂本に猫塚は振り向いて言った。
「お前は船まで戻って救急箱を持ってきてくれ、あと捨ててもいい綿や布を持てるだけ頼む」
それだけ言うと、茂助に案内された家に駆けこんでいく。
駆けこんだのを見届けた坂本は、はっとして猫塚の指示通り船に向かい、必要な物を取って戻ったのだった。
*****
坂本が家に入ると、サロルンの着ていたコートを簡易的な仕切りにして、中で介抱が行われていた。
白黒の上物のコートは血がべっとりと染みついている。
そのコートを見、坂本はふと疑問を覚えた。
これだけの流血がある傷がいつの間にか出来たとして、いつも着ているコートに傷一つ無いものなのだろうか。と。
戻ってきた坂本に猫塚が言った。
「やっぱ月のものみてぇだな」
何を言われているのか分かっていない坂本に猫塚は言う。
「女って大体月一で動けなくなんだろ? あれだよあれ」
「……そうなの?」
坂本は何が起こっているのかわかっていないが、要するに生理だ。
世の中の女の人が問題なくこなしている事なのに、今回なんでこんな状況になっているのかと言えば、年若いサロルンがまだ対処に慣れていないという一点につきる。
そもそも生理そのものをよくわかっていない坂本に対し、猫塚が的確に指示を出す。
「さて、お前が持ってきたのは、救急箱にベッドシーツと予備の布団だな。サロルンのコートが仕切りになってるが、これをベッドシーツに交換してコートの血を洗うぞ。血は時間が経つと落ちなくなるからこいつは最優先だ」
「そして布団を割けば綿が用意できる。こいつは止血用にする。救急箱は念のためと思ったが、今回は必要なさそうだな」
「止血用の綿なら救急箱の中にもいくらかあるけど」
「絶対たりねぇからそいつを使うのはやめとけ」
自身での経験は無いはずなのに。
あまりにもよく知っている猫塚に坂本は好奇心から質問をした。
「そんなに大量に使うものなの?」
「サロルンは小柄だからそれほど量はないだろうが、個人差はあるみてぇだし、余裕は見た方がいい。んで、お前はどうする?」
「へ?」
間の抜けた返事にイラっとしたのか、猫塚はいつもより語気を強めて言った。
「ここで布団を割いて綿を用意するか、コートを洗いに行くかだ」
「じゃあ布団細切れにしとくよ。僕の服も白いから血が付くのはちょっと」
「それもそうだな。じゃあコートは俺が行く。お前はそこの姐さんの指示に従っとけ」
猫塚はそう言うとベットシーツとコートを入れ替え、そのコートを持って外に出ていった。
坂本は茂助の姉さんから乞われるたびに布団から綿を抜き出す作業をくりかえす。
しばらくすると水に濡れたコートを持った猫塚が帰ってきた。
対処が早かったおかげか血液のシミは無事落とせたらしい。
猫塚がコートを乾かすため部屋の壁に掛けた。
そこで状況が落ち着いたのか、茂助のお姉さんが言った。
「もう大丈夫だよ。今回は大騒ぎしたけど、月のものぐらいでなんて言わないでやっとくれよ。このぐらいの子は失敗して覚えていくもんだからね」
「それは分かっています。突然だったのに見ず知らずの僕たちを助けていただいてありがとうございました」
「いいのよ。もう日が暮れるし、今日は泊っていきな」
「そうですね。今の彼女を動かす訳にはいきませんから、お言葉に甘えさせていただきます」
坂本の言葉を聞くと、彼女は立ち上がって言った。
「私が居ちゃ休めないだろう。私は隣の茂助の家に居るから、何かあったら呼びにおいで」
「はい。本当にありがとうございます」
坂本は丁寧にお辞儀をして、彼女を見送った。




