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鉄血のユカラ  作者: 金鹿 トメ
カムイチュプのユカラ
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1話 出会い

陽の当たらない闇の中を飛ぶ鳥がいる。

時には戦場で、時には深い森の中で、そして時には街の雑踏の中で。

影のように寄り添い、そこに住む人間を陰ながら守護し、見つめ続ける。そんな鳥が。

歴史の陰に潜む一羽の鳥の羽ばたきが、世界を大きく変容させる。

世の中にはそんなこともあるものだ。

とある商人の男が一羽の鳥に出会ったところから物語は始まる。



時は明治43年。西暦では1910年。

北海道の東南にある港町。釧路。

霧の多いこの街に秋の気配が迫っていた。

霧にけぶる神秘的で陰気な町。

そのどこかにある洋風の建物の中で、二階の窓辺に凛と立つ黒軍服の男。

窓の外の白い霧とは対照的な黒。

その気高き姿は太陽を司る神の神使を思わせる。

彼は正面にいる白スーツの男に言った。


「お前はヤタガラスを知っているか」


外を背にして窓辺に立つ黒軍服の男の表情は、逆光になっており伺えない。

軍帽をかぶり、二の腕までの長さの短いケープマントを身にまとっている。

そのマントは片方が意図的に背中側に捲られ、赤い肩章が見えていた。

黒い軍服の男の肩に縫いつけられた赤い布には、普通なら連隊番号が書かれているはずだ。

だが、マントを捲り、あえて注目させている部分。

そこに描かれているのはある鳥の絵だ。

それはヤタガラスの絵だった。

太陽の中に住むと信じられ、太陽神天照大神を奉じる日本の象徴としても扱われた神の鳥。

戦国の世にその名をとどろかせた雑賀衆の家紋。

よく似たそれを身につけた男は、白スーツの男に返答を促す。

黒軍服の男は、伏せていた顔を上げ、火のように赤い目を向ける。

この商館の主である白スーツの男性を真剣な表情で見すえた。

熱視線に見つめられた白スーツの男はにこやかに答える。


「僕が知っていたのは噂程度のものだけど」


そう前置きしてから、白スーツの男は言った。


「ヤタガラス。彼らが戦場に舞い降りるとき必ず日本軍は勝利する。

 ……そう言われているね」


「部隊としての実態は全く分かっていない。唯一分かっていることは、彼らの肩章には連隊番号ではなくヤタガラスのエンブレムが描かれているということだけだ」


白スーツの男はそこまで言うと黒軍服にゆっくりと近づく、そして少し高い位置から、目の前の彼を上から下まで眺めた後、感慨を込めて言った。


「僕も半信半疑だったよ。実物を見るまでは、ね。」


満足そうに黒軍服の男を見下ろした後、白スーツは言った。


「さて、君の体調もすっかり戻ったようだけど、頼んでいた件はどうなったかな?」


白スーツの男は踵を返して部屋の中の椅子に腰かけ、再び黒軍服の方を向いて言う。顔は笑顔だ。黒軍服は意図を図りかねるとでも言いたげな様子で言う。


「体調についてはもう大丈夫だ。調査の方は、……こんなこと俺が調べるまでもねぇと思うが」


怪訝な顔をしている黒軍服に白スーツの男は言った。


「ああ。君の実力を疑っているわけじゃなくてね。君のヤタガラスとしての力を片鱗でもいいから見たいんだ。ほら百聞は一見に如かずっていうでしょ。気を悪くしたらごめんね」


白スーツの男は今は一方的に命令できる立場であるにも関わらず、申し訳なさそうにしている。黒軍服は合点がいったようで、納得した様子で言った。


「いや。飼い主からの依頼なら仕方ねぇ。当然肩慣らしがてら調査はさせてもらったぜ」


「じゃあ教えて、北海道のどこかに埋蔵金が隠されているって噂は本当なのか」


そう問われた黒軍服の男は、部屋の壁に掛けられた北海道の地図の元につかつかと歩み寄り、言った。


「結論から言う。俺の調べた限り、噂が上がっているどの勢力もまとまった資金を持ちえない。埋蔵金なんてもっての外だ」


「なるほど、ちなみに調査したのは?」


「松前藩。蝦夷共和国の残党。アイヌ。そして坂本龍馬を師と仰ぐ志士の残党共だ」


「志士の残党って、北光社ってちゃんとした名前があるんだからそう呼んでくれ」


散々な言われ方をした白スーツの男は驚いて訂正する。黒軍服は首を傾げながら言った。


「いや、お前ら坂本商会は北光社の人間じゃねぇだろうが。まあ関わりは深いから北光社でまとめるか」


「そうしてくれ。その呼ばれ方はちょっとね」


雇い主である白スーツの男が一息つくと、黒軍服は続ける。


「さて、この四つの勢力が黄金を持ちえない理由だが」


「松前藩は言うまでもないな。廃藩置県によって青森県になった場所だ。名前が変わってることからもわかるように、今までコロコロ体制が変わってて、しかも開拓に相当資金をつぎ込んでる。仮に多少入る金はあっても出ていく金が多い状態だ。青森でも手一杯の状態で隠し財宝なんて維持できん」


「蝦夷共和国は論外だな。滅びたのは大分前だ。隠してる資金なんぞあったら残党が船でも鉄砲でも買ってまだ戦ってるだろうぜ。あの新選組の鬼の副長土方歳三が率いた勢力が弔い合戦とばかりに徹底抗戦しないはずがない」


「それからアイヌだ。北海道の川では砂金が出る。そいつを集めたと考えるなら、この中だと一番可能性の高い勢力だが。こいつらもあり得ない」


「どうして?」


「……あまり愉快な話じゃねぇが、アイヌの集落ではたびたび飢饉が起こってる。北海道全土で括るなら毎年どこかでは発生してるぐらいにな。被害も深刻だ。餓死者が出るのも珍しくない。本当に金があったら真っ先に自分らの食料を買うだろうよ」


「確かにそうだね。僕の所に働きにくる子も多いし、けどなんでアイヌばかり?」


「どうも和人と喰ってるものが違うのが原因らしいが、今回の件には関わらんからそこまでは突き止めてないな」


「わかった。ありがとう。続けて」


「そして最後。坂本龍馬が紀州藩の船と衝突事故を起こした時に、紀州藩から賠償金として分捕った金を秘密裏に北海道に運び込んだ。って話だが。こいつだけやけに具体的だな。こいつはお前の方がよく知ってるんじゃねぇか?」


「ははっその通り。北光社はもちろん、うちにそんなお金あったらもう使ってるよ」


「だろうな。坂本商会の当主であるお前が知らされてないならねぇんだろうよ」


「だから北海道に埋蔵金はない。結論は以上だ。」


黒軍服の男は不愛想にそうまとめると、白スーツの男は拍手をする。


「うん。流石ヤタガラス。戦場でも平時でも最も大切なのは情報だ。日本軍に勝利を導く理由もよく分かる。やっぱり百聞は一見に如かずだねぇ」


「世辞はいい。これで俺が本物だって信じて貰えたか?」


「ん? 最初から信じてたよ。言った通り君の力量がどれほどか知りたかっただけさ」


けど、そうだなぁ。一つだけ付け加えるなら。

楽し気にもったいぶりながら、坂本は言った。


「その噂、元々流したのは僕たちなんだよね。龍馬の埋蔵金が北海道のどこかにあるって。聞いた感じちょっと尾ひれついてるみたいだけど。ほら、坂本商会にお金があると思ってもらう方が商売に有利かと思ってさ」


「そういうことかよ。喰えねぇ男だ」


「まあまあ、今は味方だし、安心して?」


険悪になりかけた雰囲気を笑顔で払拭すると、白スーツの男、坂本は手を差し出し、言った。


「坂本商会の代表。坂本弥太郎だ。坂本龍馬から見ると甥のさらに子供に当たるよ。改めてこれからよろしく」


黒軍服の男は、伸ばされた手を取る。


「元大日本帝国陸軍情報部隊。通称”ヤタガラス”所属。猫塚大九郎だ。担当は前線での斥候、狙撃での要人暗殺。主に前線の斥侯に送られてたが、見ての通り基本的な諜報術は仕込まれてるぜ。参謀が脳だとしたら俺たちは戦場の目だ。ここは戦場じゃねぇが、俺がお前の目になろう」


「頼もしいな。じゃあ今は僕が参謀ってことか。悪だくみは得意だから任せてくれよ」


坂本はそう軽口を叩き、部屋の扉を開ける。


「じゃあ早速。一仕事行こうか」



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