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鉄血のユカラ  作者: 金鹿 トメ
カムイチュプのユカラ
19/28

18話 お役御免

コタンに着くとちょうどよく中年のアイヌ人男性がおり、延々と薪割りの作業をしている。

サロルンは早速とばかりに得意げにアイヌ語で話しかける。


「『私たちは交易に来ました。村長の家に挨拶に行きたいのです。場所はどこですか』」


「なんだ嬢ちゃん。アイヌ語しか分からないのか?」


返ってきたのは日本語だ。しかも全く淀みがない流暢な。

面食らって固まったサロルンに代わり坂本が言う。


「えっと、僕たち交易に来たんだけど、村長さんの家ってどこかな?」


「ああ、それならこの先だ。案内しよう」


男は作業を止めてまで案内してくれる。

村の中で一番大きな家に向かう道すがら、男は言う。


「俺は佐藤茂助さとうもすけという者だ。村長の佐藤知古美郎さとうちこびろうの親戚にあたる。あんたらはどこの誰だ?」


サロルンは借りてきた猫のように固まって下を向いてしまっている。代わりに坂本が言った。


「僕は坂本商会の坂本弥太郎です。こっちの子はサロルン。僕たちは釧路から来ました。前々から根室の毛皮取引にも手を広げたいと考えていたのですが、直接伺う時間がなく、今回やっと時間を取って伺えた次第です」


「そうか、それはご苦労なこったな」


「それはどういう意味で?」


言外に混じるものを皮肉と受け取った坂本は、相手の機嫌を損ねぬよう探りを入れる。

だが、相手から返ってきた言葉は違った。


「いや。その子はわざわざそのために雇った通訳なんだろう? そこまでして来てくれたのはありがたいが通訳までは必要ないのに気の毒だと思ったんだ」


「そうなんですか」


「この辺は昔から和人の言葉が通じるからな。俺以外にも喋れる人間は珍しくもないし、名前も和人風が多い」


「なるほど」


「村長がその辺の事もよく知ってるはずだから聞きたいなら聞くといい。さあ着いたぞ」


こうして村長の家に招かれた坂本たちは、客人を迎える際の一通りの儀式を受けて、中に上がった。

中にいたのはまさしくアイヌの首長を絵にかいたような老人だった。

豊かな髭をたくわえ、アイヌ風鉢巻のマタンプシを着け、アットウシと呼ばれるアイヌ独特の文様の着物に似た服を着ている。

しかし、そのアットウシからは、ワイシャツと軍袴が覗いていた。

伝統も重んじるが、新しいものも実利があれば重んじる人物。

坂本は持ち物からその人物をそう推察する。

席に案内されると村長がまず語りだす。


「本日は釧路からはるばるおいでくださりありがとうございます」


「いえ。こちらこそ、急にお邪魔したのに快く迎えてくださりありがとうございます」


形式ばった挨拶の後、坂本は続けた。


「僕たちは取引のために来ましたが、その前に一つはっきりさせておきたいことがあります。機嫌を損ねるかもしれませんが、聞いていただけますか?」


「まあ聞くだけは聞こう」


「ではお言葉に甘えまして。先ほど茂助殿から聞いたのですが、ここの周辺のアイヌは和人の言葉を話し和人の名前を持つと言っておりました。そのことについて村長が最も詳しいとも。このことについてお聞きしてもよろしいでしょうか?」


坂本は答えてくれない可能性を考えていたが、村長はあっさりと言った。


「ああ。そんなことか。簡単だ。露助だよ」


「ろすけ?」


黙って聞いていたサロルンが首を傾げてつぶやく。

坂本はサロルンの疑問にまず答えた。


「露助ってのはロシア人のあまりよろしくない呼び方だね。なぜロシア人が出てくるのかはちょっと唐突で分からないけど」


サロルンはその言葉に身を固くした。坂本がそれに気づくまえに村長が言う。


「何もしらないんだな。まああんたはよそ者だから仕方ないだろう」


「簡単にいうとだな。この辺は昔は国境だったからロシア人の悪いやつらがウロウロしてたんだ。そしてほとんどのアイヌは善良だが、中には食うに困って金欲しさに連中の手引きをする奴らもいる。そんな奴らをすぐにしょっ引けるようにって和人様の偉い人間がアイヌも和人風に振舞うように決めたんだとよ」


「なるほど」


「まあ和人にも我々を悪く言う者もいるがね。露助は軍艦まで出して盗としてやってくる。和人は嫌味はいうし口うるさいが、補助金やら土地やらをくれたり、開拓の時に親切にしてもらったからと恩返しをする奴もいる。露助と和人どちらが行儀がいいかって言われれば答えは決まってるだろう」


サロルンは気落ちしたようにすっかりと下を向いている。坂本はそれに気づかずに言った。


「確かにその通りだ。あなたは見立て通り、清濁併せ吞める実利の人のようですね。話が早そうで助かります」


「おだてても何も出んぞ。これで満足したか」


「はい。それともう一つだけお聞きしたいことが、こちらは一瞬で済みます」


「なんだ?」


サロルンのマタンプシを指さし、坂本は言う。


「この柄のマタンプシを身に着けたアイヌに見覚えはありますか?」


「無いな。何かあったのか?」


「彼女の父親の行方を探しているんです」


「そうか。お前は釧路の坂本商会の者だと言ったな。何か分かったら使いを出そう」


「ありがとうございます。さあサロルン。商談に入るから見本を一つずつ出して見せてくれないか?」


大方の疑問が解消されたところで坂本と村長は商談に入る。

坂本の目線から言えば、成果は上々だった。

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