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鉄血のユカラ  作者: 金鹿 トメ
カムイチュプのユカラ
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17話 天から降ろされた役目

操縦室に戻った猫塚は、壁の出っ張りに腰かけながら坂本に言う。


「調子はどうだ」


「まずまずかな。僕一人で動かせるぐらい自動化もしたし、昼間のうちは猫ちゃんは休んでてくれてもいいよ」


「そういう訳には行かねぇだろ。不測の事態に対応出来ねえし、もう一人ぐらい乗せたら良かったんじゃねぇか? いまさら言うのも何だがな」


「そう思ってカッテンディーケ卿にも声かけたんだけどねぇ」


坂本は深刻そうに言葉を溜め、こう言った。


「船酔いするからダメだってさ」


その言葉に猫塚は腰かけていた場所からずり落ちる。


「ちょっと待て。あいつ明らかに日本人じゃねぇだろ? 船で日本まで来てるはずなのに船酔い? 冗談だろ?」


「うん。カッテンディーケ卿はオランダ人だよ。医者だから酔い止め山ほど持ち込んでやっと来れたんだって」


「医者が私利私欲のために薬を持ち込んでいいのかよ」


「さあ? 彼、オランダの海軍学校で医術を学んでたんだけど、訓練で怪我しちゃって、そこから船酔いしちゃうようになったんだって」


猫塚は這い上がるのを諦めて床に座り込む。そして猫塚は言った。


「そいつは災難だな」


「そこで落ち込んでた時に、カッテンディーケ卿のお父さんが日本に居た頃、運営に携わった長崎の海軍操練所の話を聞いたんだって」


「親父さんも日本にきてたのかよ。苦労が好きな家系なんだな。欧州から見た日本なんて散々な言われ方したんじゃねぇか?」


猫塚の予想に反し、坂本はある人の日記の一節を、読み上げるように諳んじた。


「『こんな美しい国で一生を終わりたいと何遍思ったことか』」


猫塚はその言葉に息を飲む。その様子は正面を見つめながら運転を続ける坂本の目に入ることはなく、続けて言った。


「カッテンディーケ卿のお父さんの日記につづられた言葉らしいよ。自然ももちろんのこと、熱心に勉強していた海軍操練所の塾生にも好感を持ってくれていてね」


「カッテンディーケ卿はお父さんからそれを何度も聞かされて、そんな素晴らしい国なら行ってみたいって思ったんだって。だから一念発起してわざわざ来たんだってさ」


猫塚はようやく体勢を立て直すと、また壁によりかかる。


「……わざわざご苦労なこって」


「そんな無茶したわけだから、日本についたら体調崩したらしくてね。船医だったのに、捨てるように解雇されちゃったらしく、酒場で飲んだくれてたのを拾ったんだよね」


「無茶しやがって、猫は九つの命を持つなんて言うが、九死に一生だな」


「君だって無茶具合なら彼にどうこう言えた義理無いと思うけどね」


「あとカッテンディーケ卿のお父さんは海軍操練所時代に勝海舟とか坂本龍馬とも面識あるみたいで、なんか情がわいちゃってさ」


猫塚は照れたように言う坂本を見ながら思う。

よく言うぜ。

お前は弱っている人間。弱い立場の人間には手を差し伸べなきゃ気が済まないタチなだけだ。

俺の時だってそうだった。

猫塚はその言葉を飲み込んで言った。


「先祖からの因縁って奴か? なら引きずってでも連れてくるべきだったんじゃねぇか?」


「ははっ船酔いが無ければそうしたかもね」


坂本が振り返り、猫塚と坂本は見つめあう。そしてどちらともなく笑い出した。

船は東へと進む。行先は未来だ。


*****


航海は順調にすすみ、八時間ほどで一行は根室に到着する。

正午を少し過ぎた頃。三人は目的のコタンの近くの海岸に降り立った。


「さあ、ここからは私の役目だ」


サロルンは張り切っている。無理もない。今まで父親の陰に隠れていたのに、今は和人の有力者から頼りにされているのだ。

大人なら事の重大さに胃が痛くなるところだろうが、そこはまだ子供。失敗まで思いを馳せることが無いからか元気いっぱいだ。

坂本は、放っておけば走ってコタンまで向かいそうなサロルンの手を取る。


「さて、頼むよサロルン。交渉は君にかかってるからね」


「わかった。絶対に成功させるからな」


そこに猫塚が嘴を突っ込む。


「向こうの都合もあるだろうが。絶対はねぇよ」


坂本からの命令には忠実に従い、船から離れる準備を着々としつつも、サロルンには隙あらば余計な一言を言ってくる猫塚は相変わらずだ。

そしてサロルンも当然のように怒って反撃してくる。


「それでも絶対だ!」


「待って待って、まず交渉してみようよ。話はその後だ」


揉める気配を察知して坂本が見事に仲裁する。

サロルンは納得し、猫塚は自己嫌悪からか、下を向いた。

そんな猫塚に坂本が寄ってきて小声で言う。


「猫ちゃん。こっちの荷物はこんなものかな?」


「ああ、商品見本の必要分は下ろしたぜ。後は交渉の成り行き次第ってとこだな」


「そう。じゃあさ、船の点検は任せて先行っていい? このままだとサロルンが一人で行っちゃいそうだし」


何とか繫ぎ止めているものの、今まさに駆け出そうとしている少女を目線で示しながら坂本は言う。

猫塚は言った。


「まあ大丈夫だろう。基本的にアイヌはよそ者にも温厚だし、釧路の時と違ってまだ利害関係がねぇからな」


「あの時はびっくりしたよ。いつもは気のいい人たちなんだけどね」


「誰にでも譲れないものってのはあるんだろう。行ってこい。俺もすぐ向かう」


「分かった。天龍丸のことは任せるよ。おいでサロルン」


猫塚に船を任せると、サロルンと坂本は一足先にコタンへと向かった。

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